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この声が届いたなら  作者: 北条 夏
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第三話 好奇と絶望

《地の月六十二日 洞窟から南 十数キロ地点》


 「…あっちぃ…」


 今日もジェナスの森は晴れている。


 キーシャがスープを作りに来てそろそろ四ヶ月経つところだ。


 イラークは森で今まで生きるために当たり前のようにしてきた狩りをしていた。


 イラークは顔を下っていく汗を拭いながら辺りを警戒しつつ歩いていた。


 洞窟から南へ、十キロ程進んだここは変わらずジェナスの森だが風景は少し違っている。


 洞窟から村にかけては木々が沢山あり正に森だが、イラークが今立っているのはぬかるんだ沼地の上だった。


 気温は暑く空気は湿っていて立っているだけで不快な気持ちになる。


 当然ここにも魔獣が沢山居るのだからイラークが警戒するのは当然の事だ。


 しかしイラークはそれとは別の何かにも警戒をしているようだった。


 イラークが食べられる木の実や野草を長年の経験とキーシャから貰った本で見極めて採っていると奴らは来る。

 

 ひどく俊敏でずる賢く群れで狩りをする、そしてまさに今奴はイラークが採ろうとしていたキノコを一瞬で横取りし、少し離れた所でムシャムシャ食べていた。


 「!?こ…いつ…」


イラークはそんな略奪者を恨めしい顔で睨む。そう、その小さく白いモフモフした魔獣を。


 兎のようなその魔獣は毛が長く顔も目も見えない、サイズは大きくても六十センチメートル程で、四足歩行でピョンピョンと俊敏に動いている。


 ピョンピョンとはいってもかなり速い。もしかしたらビュンビュンかもしれない。


 魔獣は結構見てきたけど魔獣の事をそれほど知っている訳じゃないし、母に聞いても洞窟より南に住む魔獣の事はほとんど知らなかった。


 そこでとりあえず俺は、その小さな白いモフモフした略奪者を「長毛兎(ピョンダー)」と命名していた。


 観察した所長毛兎は六匹くらいで行動し、主に草食、希に死肉を食べている所を目撃した事がある。


 そして奴らが地味に厄介なのは、俺が食べようと思って採る野草、木の実、キノコ等を横取りし、そしてさらにその食材を覚え次から自分達で採って食べてしまうのだ。

 

 正直野草とか木の実とか沢山有るから良いよ別に、好きなだけ食べれば良いじゃん。

 

 けどさ、俺が採ろうとしたやつまで横取りしなくても良くない?

 俺が採ろうとしたって事はもうそれ俺のだからね?

 それ取るって犯罪だよ?確か窃盗とかいう。

 

 良し食べられるなって採ろうとしたら物凄い速さで掻っ攫うとか、それ何回もされるとね精神的にね、よろしくないのよ。


 イラークを襲うわけでもなく、長毛兎からしたら食べられる食材を教えてくれる生き物程度にしか思っていないのだろう。


 それがイラークには尚更面白くなかった。何度か食ってやろうと魔法で攻撃してみるも、長毛兎はまるで障害物レースでも楽しむかのようにことごとく(かわ)されてしまった。


 水の球体を作って中に閉じ込めようとしても、闇魔法で気配を消して不意討ちしても、すぐに避けられる。

 

 「はぁ…」


 こいつらが出てきてはこれ以上採取しても無駄だろうな。今日は大人しく帰るか。

 

 その後も目をつけられてしまったのか以前よりも増して何度も何度も俺の作業を邪魔しに掛かってきた。


 その都度魔法で撃退しようとするも結局躱される。それで奴らのお腹が一杯になるまで俺が手伝うはめになる。

 

 そんなやり取りが数日行われた。


「さぁてと!」


 イラークは今日も沼地に居た。今日は()りにではなく|()りに。

完全武装、といっても以前キーシャに買ってきてもらった革製の安い上半身前と後ろを守るように出来ている革鎧。革製のグローブ。木製のすね当て。短剣ぐらいの必要最低限の装備だ。


 「今日こそ今までの行い後悔させてやる」


 静かに、しかし目をギラギラさせながら呟いた。

 長毛兎はそんな殺気を気にせず、すでに所定の位置に着いていた。

 今日は何を教えてくれるのかな、と言う様子でイラークの事を伺っているのだろう。


 もはやしっかり共存している、考え方ではそう思えなくもない。


 しかし、イラークは食う。ただそれだけが頭にある。調理法も決めてきた。

 散々利用されたのだから今度はこっちが、という気迫も込めてイラークは長毛兎に向け風の斬撃を最小の威力で、しかし今もてる最速で放つ。


 今まで攻撃を避けられ続けてもう諦めたと思っていた人間(イラーク)からの不意な攻撃にビックリしながらも慌てて逃げる。


 慌てたために長毛兎の動きが鈍った、後ろ足にしっかりと魔法による切り傷があった。


 長毛兎は動揺し、つい後ろ足の傷を舐める、イラークはその隙を逃さず先程と同じ魔法を繰り出す、瞬間、斬撃改め風刃(ウィンドカッター)は標的の隣、木に当たった。


 「…チッ!」


 仲間の長毛兎がイラークの周りでピョンピョン鬱陶しく飛び回り時折噛みついて邪魔をしてくるせいだ、そのせいで命中の精度が落ちてしまっている。

 だがその攻撃はイラークにはそれほど効かず革製の鎧に傷を付けるだけに留まっていた。


 「五匹…こいつら実は俺に有効な攻撃手段が無いのか?」


 よし今回は本気でやってみるか。水の柱が勢い良く出るイメージで。触れた相手が吹き飛ぶくらいの威力で。

 

 「…こい!」


 沼地の広範囲の至るところから噴水のように水を噴出させ。長毛兎の動きを鈍らせる作戦だ。

 噴水というよりは、何かが水の中で爆発しているのでは?と思ってしまう程の勢いで柱状の水が不規則に噴出している。

 

 以前にこれよりも小規模な魔法をやけくそでやったところ、長毛兎はその攻撃で少し動きが乱れていた。


 これはと思い今回の

─長毛兎を我の胃に捧ぐ作戦─に取り入れたのだ。


 水なら沼地故、魔法でかき集めるだけでほとんど足りる。


その為魔力も無駄に使わず制御に集中できるのだ。


 イラークの周りを飛び回っていた長毛兎が距離をとりながら不規則に動く。


今までとは威力も精度も桁違いで混乱しているようだ。

 

 長毛兎の一匹が避けきれず噴水に触れた、その瞬間長毛兎は跳躍していた軌道とは全く違う真上に飛ばされた。


 その瞬間を逃さずイラークは最初に放ったものより、威力重視の風刃を放つ、見事に当たってしまった長毛兎は体を横から半分程えぐられ、そのまま地面に落ちた。


 この風刃、他にも使える者は居るだろうが、通常は攻撃魔法として勉強と鍛練で習得する魔法だろう。


 しかしイラークは少し過程が違い。太い木を切る時、短剣で切ろうにも刃こぼれするし、手は痛くなるしで魔法で出来ないかと考えた。

 

 そしていくつか試したが風魔法で鋭い刃の三日月型に空気を圧縮し、スピードを早くする、というイメージを繰り返し練習し、完成させた。

 

 この魔法の利点は、相手にある程度のレベルまで達していない限り、一見何も見えない事、精度が上がると察知されづらくなるという事だ。


とは言ってもこの辺の魔獣はほとんど見えてしまうらしく、イラークは皆見えるものだと思っている。


 ちなみに切れ味を増す為に試行錯誤の結果水や土を混ぜた風刃も完成させている。

が魔力の燃費があまり良くないのでそれほど使っていない。

 

 地面に横たわる仲間を見て他の長毛兎は我先に逃げていった。


逃げる最中もう一匹水柱に掛かったので同じように仕留めておいた。

 

 「悪いね」


 依然周りを警戒しつつも、目の前で苦しそうにヒューヒュー鳴ってる長毛兎の首を、なるべく痛みを与えないように短剣で一気に切り落とす。


 長毛兎の毛皮を剥ぎ、内臓はなるべく傷つけないように血抜きを済ます。


ここで内臓を傷付けてしまうと肉の味が落ちてしまう。


 とくに膀胱は要注意なのだがイラークは心得ている。


そのまま周りに生えている薬草、キノコ類を採取して洞窟へと帰ることにした。



《 イラークの家 》

 

 洞窟からなんとも良い匂いがしている。


仕留めた長毛兎を持ちやすいサイズに捌きそれを土魔法で作った手作りの窯の中へ入れて燻製している所だった。


 料理と呼べるか分からないがこの手の事はキーシャが来る時以外は自分でしてきた。


本で知識は有るとはいえ燻製は初体験だった。

 

 燻製にした理由は、燻製が長毛兎には良さそうだと感じた以外に、日持ちするような料理に食材を調理できるようになるためだった。

 

 イラークは他の土地を見てみたい。いずれもっと広い世界を見てみたいと思っていた。


そのためには生活を効率良くする努力が必要だった。


 「燻製は…よし良い感じだな」


 やっぱり燻製は良い案だった、むしろ何故今まで思い付かなかったのか不思議なくらいだ。あ、勿論燻製以外にも作ってみた。

 

 まずは長毛兎のスープ、これは母さんのスープを参考に作った。


 長毛兎の肉を細かくひき肉状にして丸める。


 これを沸騰したお湯に入れ野草、キノコを入れ味付けはシンプルに塩胡椒だ。


 肉に臭みがある場合は香草と薬草を細かくしてひき肉に混ぜようと思ってたけどそんな心配は要らなかった。


 長毛兎の肉はたんぱくで臭みが少なかったからだ。


 まぁ味変も兼ねてちょこっと香草を入れたりするけど、その程度で充分だ。

 

 脂が少ない分ピリグの肉よりはジューシーじゃないけどこれはこれで結構旨い。


 あんなに嫌がらせしてきた長毛兎がちょっと好きになるくらい旨い。

 

 そして長毛兎肉のグリル。とは言っても野草とよく分からない甘い果物を合わせて只焼いただけ。


 味付けは母さんが置いて行った謎の黒い液体。


 舐めるとかなりしょっぱいがこの料理に使うと割と合う。


 うん、そうだね。


 結果、総じて長毛兎は美味だった。



 

 《 闇の月二十一日 》

 



 今日は少し奥まで行ってみる事にした。


 最初に南にある程度進んで東は…確かずっと進むと海とかいう大きな湖が有るって母さんが言ってたっけ。


 そこも見て見たいけど、そこまで着いたら終わっちゃうしとりあえず西に進んで無理せず帰ってくるって感じにするか。


 えっとあそこら辺からはまだ行ったことがない場所だから気を付けながら進んで、と。

 

 入念に脳内マッピングを駆使し散歩コースのように頭の中に描きながらイラークは若干わくわくしている。


 

 「…意外にキツイ…な!」


 出発してみたが暫く歩き続けて思ったのがこれである。


沼地や手を使わないと登れない程の凸凹道、絶えず周囲への警戒など、今までしてきたことだがこの距離は初めてだった。


 しかし今日の為に、あれから容易に狩れるようになった、長毛兎の燻製肉を三日分持ってきたのである。


 そんな簡単に挫折してられるかと自分を励ます。


 何も出くわす事なく一日が経過していた。寝ずに一日歩き通した。

 

 「ん~なんというか…」


 思ったより危険じゃなくて安心したような、ワクワクしていた自分が恥ずかしいというか、拍子抜けな感じがするな。


 とりあえずその辺の木を集めて魔法で火を付け焚き火をし、長毛兎の燻製肉を食べ、リラックスし過ぎない程度に大木を背に寄りかかるように短剣を抱えて眠りにつくことにした。


 


 翌朝、まだ辺りは真暗だが特に襲われることもなかったイラークは早々に準備し、歩きながら燻製肉をかじっていた。


 暫く歩いていると大きな狼や大きな蚊のような敵に襲われかけたが、深い森故日陰が沢山あるため得意の闇魔法で気配を消せた。


 更に闇の月で精霊が活発化しているので普段よりも効果が強い。


 そんなこんなで出発して二日目、まだ午後三時過ぎろうか、早くも空が夕陽に染まり始めたころ。


 「…!?なんだ?」


 大きな大木が何本も薙ぎ倒されるような地響きと何かが爆発した様な音も聞こえた。


 イラークは一気に緊張し、慎重に気配を消しながら音のする方に進む。


 距離にして一キロといったところか、しばらく進むと周りは何かが暴れたように荒れていた。


確実に近づいている。


 普段なら五分か十分程の距離だろうが体感にして三十分は掛けたのではないかと錯覚するほどに慎重に進んでいく。

 

 「……!!」


 ようやく目の前にその正体を捉えた。土埃であまり良く見えないが、大きな馬のようなフォルムだ。


 普通のサイズの馬三頭程の長さに高さもある。

 

 少し恐いが好奇心にかられ若干ワクワクしながら一定の距離を保って尾行すると、一本の見たこともない巨木の前に止まった。


 朽ちてしまっているのか巨木は途中から折れ、高さは十二、いや十三メートルくらいあるだろう。


 巨木の周りには何故か他の木々は生えておらず、かなり見晴らしが良い。

 

 そしてその生物は突然巨木に頭突きをし始めた、一回、二回、三回。


一度ぶつかる毎にイラークの内臓が震えるくらいの迫力がある。


 四回目をする所でその生物は動きを止めた、土煙が酷い為影でしか見えないがどうやら上を見上げているようだ。

 

 間もなく空から大きな影が、その馬目掛けて滑空して来た。


馬の頭上で急停止しホバリングする鳥のような魔獣の羽ばたきで周りの視界が一気にクリアになる。


離れて居ても風とも翼とも分からない音が、羽ばたく度に聞こえてくる


 「なっ…!」


 声を出しそうになるイラークだがそれを必死で堪える。


 初めてその魔獣をはっきり見たイラークは足がすくんでいた。


馬に似ていた魔獣は形こそ馬だが体色は黒、大きく足はしなやかに見えるが、イラークの身体よりも太くしっかり筋肉が付いてるのが分かる。


 頭に太く黒い光沢のある雷の様に曲がった角が四本後ろに伸びていて、その角に続くように小さな角が首元にまで数本、背中から尻尾の先まで黒い鬣が生えている。


 尻尾は地面にすれすれまで伸びていた。禍々しいという表現が合う魔獣だ。


 

 イラークはすでに二頭の存在感、圧力で気絶寸前だったが僅かに残ってる好奇心がなんとか正気を保たせている。


直感で二頭に名前を付けれるのだからまだ余裕はあるとも言えるが。


 


 冥闇獣を威嚇するように、空飛ぶ魔獣が甲高い咆哮をする。


 夕陽の光で分かりづらいが体毛は銀に近い灰色で鋭い爪は綺麗な青色をしている。


狼を連想させるようだ、とはいっても翼があり、身体の周りに青白い電気の帯の様な物が見える。


 しなやかに伸びた尻尾は綺麗な毛が靡いていた。


そして大きい、翼を広げているその姿は冥闇獣よりも大きいのではないか。


 冥闇獣と煌雷獣が睨み合いののち、互いに動く。


 冥闇獣は両角に黒い雷光を走らせながら煌雷獣に頭突きするがそれを煌雷獣は後ろ足で掴む。


 掴んだ足に黒い雷が流れてるように見えるが、煌雷獣はあまり気にしていない様子だ。


 そのまま一本の角をへし折る、瞬間黒い光が角から飛び散るように閃光した。


 イラークはとっさに目をつむったが、開いた時には煌雷獣は両翼をだらりとさせ、頭をだるそうに下に向け地に降りていた。


 何が起きたか皆目見当も付かないが、閃光の最中冥闇獣が煌雷獣に何かをしたのだと直感した。


 ドンッと激しい音がなる、冥闇獣がとどめを刺した、と思ったが冥闇獣は大木に頭突きしていた。


戦闘の最中なのにも関わらず何をしているのか理解出来ないが、煌雷獣が巨木をまるで守るように強烈な風と共に無数の光の刃を飛ばす。


 「グルゥゥ!!」


 冥闇獣は横から受け、これは効いたのか巨木と煌雷獣から距離をとる。

 

 煌雷獣に冥闇獣が向き合うと自身の周辺に黒い雷光を纏いながら両の前脚を地面から持ち上げている。


 鈍くバチバチと黒雷光を鳴らしながらの二本脚で立ったその様は只々巨体で恐ろしい。


 冥闇獣が再び前脚を地面に下ろす、下ろすというよりも思いきり地面を踏みつけた。


 周囲の地面、木々が揺れる程の衝撃がするがそれよりもバチバチという音が凄まじい。


 音の正体は冥闇獣から地面を物凄い速さで走る黒雷だ。


 真っ直ぐに煌雷獣に向かっている、しかし煌雷獣は躱す様子も無くその身に受けた。


 間違いなく人族ならばひとたまりもない一撃なのは火を見るよりも明らかだ。


 更に黒雷の音が激しくなるが煌雷獣が両翼を勢い良く広げると、煌雷獣の身体を走っていた黒雷が飛散し消えてしまった。


 

 巨木、煌雷獣、冥闇獣この三つの立ち位置がそれぞれ三十メートル程の丁度三角形になっている。


そしてイラークは巨木の後方の茂みまで来ていた。


 「痛ッ」


 二頭の戦いを目に焼き付けていたイラークの頭上に、頭程の大きさの犬に似た子魔獣が落ちてきた。


どうやら両者の激しい攻撃で一頭飛ばされてしまったようだ。


 「…子供…?」


 ふと巨木の上を見上げると小さな子魔獣が三頭、巨木の上から頭を出し周りを見下ろしていた。


 とりあえず状況は多少理解出来たが、気絶している様子の子魔獣を抱えて二頭の魔獣を観察する事にした。

 

 一般的な教養が有る者ならまず誰が見ても二頭の戦いは異常だと分かりそうなものだが、イラークは不思議とこの張り詰めた心臓を握られるような雰囲気に少しなれてきていた。


 「あぁ…」


 なれてしまっていた。


自分は距離を取り比較的安全な位置に居る、そう錯覚していたせいも有るのか。


 斜め前の冥闇獣と目が合った。



合ってしまった。


冥闇獣に気付かれたのだ。


冥闇獣は首だけでイラークを一瞥する。


 その刹那とも言える間、自然と目は大きく見開き、全身から脂汗が流れ出し、身体はピクリとも動かない。


 どれだけの時間が経過したのか、恐らく一秒にも満たない僅かな時間だろう。


 しかし永遠とも言えるようにイラークは感じていた。

 

 「ウォォォオン!!」

 

 「…!!」

 

 煌雷獣もイラークに気づいたのか、甲高い声が聞こえイラークは我に帰ることが出来た。


冥闇獣も再び煌雷獣を見ていた、そして煌雷獣はイラークを見ると両翼から今まで受けた事も無い程強烈な風を浴びせる。


 抱えていた子魔獣もろとも後方に数十メートル吹き飛飛び途中で木に背中から激突した。


 「ぐぁっ!!」


 激しく叩きつけられる音と全身が軋む音が聞こえたようがした。


 そのまま為す術もなく全ての力が抜けた様に、木に寄りかかり座っているしかなかった。


身体がピクリとも動かせないのだから。

 

 生きて…るのか?くそ…感覚がない。只の風だけであの威力…でも…気のせいか?吹き飛ばされる…前に…煌雷獣と目が…妙な…あ…。

 

…くそ…意識が飛…びそうだ。


 ダメだ…こんな所で…気絶…したら…こ……いつ……まで…………。

 

 足元にはぐったりとした子魔獣、少し先では再び二頭が激しく闘い合っていたのがぼんやり見えた。


 そこまでが限界だった、イラークは気を失った。


 



 「─ン──」

 

 「─ーン─」

 

 「─ウーン─」

 

 「─クーン」

 

 なにやら奇妙な音が、いや声か、イラークは一緒に飛ばされた子魔獣の声で目を覚ました。


 近すぎるほど子魔獣の顔が接近していた。


小さな脚でイラークの腹部をグリグリと押して起こしてくれていたらしい。


 「()っ…」


 生きてるのか?いや身体中痛みを感じるんだから生きてるか。


 どのくらい気絶してたんだ?いやそれよりもあいつらは!?……居ない、か。

 

 とりあえず伸びていた身体を無理矢理たたき起こし、片膝立ちで隠れる体制に変えた。


これならいざ何かあっても直ぐに対処出来るので、基本中の基本の構えになっている。


 暗い。空を見上げるともう夜になっている。


今日の夜なのか一日経過した夜なのか、はたまた二日か。


いや二人共無事であれだけの攻撃を受けたのに、不思議と身体もそれなりに動く、これが二日も一日も経過している状態ではないのは理解出来た。

 

 「とりあえずは助かった…か」


 身体は何とか動く。


ならばやることは一つ、今すぐこの場を離れること。

 

 「クォン」

 

 「…そうだったな、お前が居たな」

 

 子魔獣を置いてく事も考えたが、自分を起こしてくれた子魔獣には申し訳ない気がし、とりあえず安全な所まで運ぶ事にした。


 子魔獣を抱えながら辺りを見るが静かだった、魔獣も見えない。


 「今なら」

 

 とりあえず木に登って子魔獣を巣に帰す、そこまでしたら充分だろう。


そう考え木を登ろうとした時、またあの音が聞こえた。

 

地響き、木を倒す音。


 「おい…おいおい…冗談だろ!?」

 

 くそ!まだ終わってなかったのか?全力の闇魔法で陰に溶け込め…出来る…俺なら…落ち着いて…焦るな、けど急げ!急げ急げ!

 

 魔力を惜しみ無く使い闇魔法で気配消し少し離れた岩陰に隠れるのが精一杯だった。


冥闇獣が戻って来てしまった。


 音を出してしまってはあれ程の魔獣なら直ぐに気付いてしまうだろう。


とにかく音を出さないように子魔獣に手振り身ぶりで静かにしろと言うが、そもそも伝わっているのかが分からない。


 岩影から恐る恐る覗いてみると。


丁度冥闇獣が姿を現した。


その姿に更に恐怖し全身の毛が逆立つのがわかる、全身が震えそうになる。


だが動揺し魔法を弱めてしまわないように集中する。


 

 木々の間から差し込む月明かりで何とか見える程度だが、身体の至るところから判別出来ない色の血が流れている。


 そして冥闇獣の口からもう一つ口が出ている。


 いや、口には違いないが、首だ。冥闇獣の口から激戦を繰り広げていた煌雷獣の首が出ている。


少し動いている事に更にイラークは恐怖するが直ぐに違う事に気付く。


 冥闇獣が煌雷獣の首を咀嚼(そしゃく)しながら歩いていた。恐怖が増していくのが分かる。


 まだ見付かっていないがもう諦めてしまおう、もう充分だ、楽になりたい。


 そう思えるくらいには(おのの)いていた。


 何度も自分の弱さと葛藤しながら、イラークはそのまま気配を殺し息を潜める事しか出来なかった。

 

 「ドスッ」


 地面に何か落ちたような鈍い音がしたが、冥闇獣が煌雷獣の頭を吐き出したのだと理解するのに時間はかからなかった。

 

 音が聞こえるだけでも容易に想像出来るので聞きたくなかったがこればかりはどうしようもない。


 冥闇獣が巨木を倒し、バリボリと何かを食べている不快な音は更に恐怖を駆り立てるのには充分だった。



 岩影に隠れ、体を縮ませ小さくなり、子魔獣の口をギュッと押さえ縮こまったまま、しばらくその音を聞いていた。


 どのくらい経過したのか、恐怖で全く分からないが、また地響きが聞こえてくる。


 どうやらイラークとは逆の方に邪悪馬は行くらしく、音が遠のいていく。

 

 「…っはぁ~…」

 

 心の底から安心した。今までに感じた事が無い程の安心、脱力、このまま地面に溶け込んで無くなってしまうのではないかと思えた程だ。

 

 「あ、ごめん」

 

 ふとバタバタと暴れる子魔獣に気付き押さえていた汗ばんだ手を避ける。


 殺す気かと言っているように小さい頭で頭突きしてくるが当然痛くも痒くもない。


 「…まぁ…だよね」

 

 子魔獣を抱き抱えたまま倒れた巨木まで行くがやはり子魔獣達はみんな食べられてしまったようだ。


 イラークは無意識に自分が抱えている子魔獣を強めに抱きしめていた。


 これからどうするか、とりあえずこの子魔獣をどこか安全な所に置いてそれから帰るか。


 「はぁー…疲れた…」


 とぼとぼと帰路に就くイラークの胸を、先程強めに抱き締められ苦しい思いをした子魔獣が抗議の頭突きをしていた。



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