欠席裁判
続きです。
-side 田島亮-
おたふく風邪から復活して2日目となった朝。いつものように多少の眠気を感じつつも、今日も元気に自分の席に着いた俺は......
「は!? なんだこれ!?」
自分の机の上に置いてあった1枚のプリントを見て阿鼻叫喚していた。
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〈2年3組文化祭実行委員からのお知らせ〉
先日行ったクラス会議の結果、今年の文化祭で2年3組は演劇を行うこととなりました。今回我々が取り組む演劇の詳細は下記に示す通りです。
題目:『タージ・マハル』
【キャスト】
主演: 田島亮
その他: 適当
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「演劇!? タージ・マハル!? いや、そもそも主演って何!? つーか、そもそもクラス会議とか俺参加してねぇんだけど!?」
仰天。ただただ仰天。プリントに記載されている内容を見た俺は、驚きのあまり空いた口を塞ぐことができない。
「おうおう、どうした亮。朝っぱらから元気だな。何か良いことでもあったのか?」
「......おい、翔。コレってお前の仕業だろ。お前とも随分と長い付き合いになるからな。俺には分かるぞ」
後ろの席から声をかけられた俺は背後を振り向きつつ、件の男に疑いの目を向ける。
「は? 俺の仕業? なんのこと?」
「とぼけんじゃねぇよ。いいから俺が『タージ・マハル』の主演男優になっている件について詳しく聞かせろ。こんなことをやりそうな奴はお前くらいしか居ないんだよ」
「はぁ......なあなあ、亮さんよ。証拠も無いのに人を疑うのは良くないと思わないかい? 俺がお前を演劇の主演に仕向けるようなゲスな人間に見えるって言うのかい?」
「ああ、普通に見えるぞ。お前にはアリス先輩に写真を売った前科もあるし、RBIと結託して裁判を起こされたこともあったからな。真っ先に疑うのは当然だろ」
「......フッ、完璧な推理だな。さすがは亮だぜ」
「いや、こんなの推理でもなんでもねぇわ! なんだよ! やっぱりお前が犯人だったんじゃねぇか!」
「まあ待て。そう怒るなって。確かに俺はこのクラスの文化祭実行委員になって、お前を演劇の主演に推薦したよ。でも別に俺の独断でお前を主役にしたってわけじゃないんだぞ?」
「......つまりどういうことだってばよ」
「いや、だからさ、クラスの皆がお前を主役にすることに賛成だったってことだよ。反対意見は全く無かったのさ」
「......え、嘘だろ? 変な冗談はよせよ。そんなわけねぇだろ」
え、なんなの、その謎の信頼。逆に怖いんだけど。俺ってそこまで大した人間じゃないんですけど。
......と、少し狼狽えていた時だった。
「え、えっと...新島が言ってることはホントだよ。亮が主役をやることに反対する人は誰も居なかったの」
突如隣の席から少し遠慮がちに話に入ってきた唯。どうやら先ほどから俺たちの話を聞いていたらしい。
「そ、そうなのか。まあ、唯がそう言うんだったら本当なんだろうけど...あ、分かったぞ。アレだろ。皆が主役をやりたくないから俺に回ってきたパターンだろ」
うん、そうだ。絶対にそうだ。そうに違いない。チッ、3組の野郎共め。欠席裁判をやるとは良い度胸してるじゃねぇか。
「......いや、多分そういうわけじゃないと思うわよ?」
「......へ? 違うの?」
「うん。別に面倒事を亮に押し付けたってわけじゃないと思う。そりゃあ亮が居ないところで主役を決めちゃったのは悪いことだと思うし、そこは私も申し訳ないなって思ってるけど...でもアンタなら主役をこなせるんじゃないかって皆思ってるはずよ」
「お、おう...なんか随分と信頼されてるみたいだな。でもやっぱり謎すぎるだろ...俺は全然演技なんてしたことないのによ...」
「ふふ、多分そこは関係ないと思うよ。それに演技をしたことある人なんてほとんど居ないわけだし」
「じ、じゃあなんで俺が...」
「うーん、なんでか、って言われると答え辛いんだけど......強いて言うなら『亮なら手を抜かずにちゃんとやってくれそうだから』かな?」
「そ、そうなのか...?」
「うん。少なくとも私はそう思うよ。確かにアンタは普段はちょっとふざけたりするし余計なことを言ったりもするけどさ。決して途中で物事を投げ出したりするようなヤツではないじゃない? なんか、こう、決める時はビシッと決める、みたいな......ごめん、私バカだからあんまり上手く伝えられないや。あはは...」
そう言って、少し照れ臭そうに笑いながら指で頬を掻いている唯。
......なんだろうな。なんかコイツにここまで言われたら、不思議と主演を断る気が失せてきたな。
それにクラスの他の連中は俺と違って部活やら委員会やらで文化祭の準備に割く時間が限られている。だったら客観的に見ても帰宅部の俺が主役を務めてクラスのヤツらの負担を減らしてやった方が良いかもしれない。
部活や実行委員で忙しい唯と翔のために。そしてクラス皆で文化祭を楽しむために。ここは俺が主役を引き受けた方が良いのだろう。
......今回は俺が一肌脱ぐしかないみたいだな。
「ったく、しゃあねぇなぁ。やってやんよ。主役でもなんでもよ! ひっでぇ劇になっても文句言うんじゃねぇぞ!?」
決意を固めた俺は自分を奮いたたせながら、友に向けてそう宣言する。
「ああ、心配するな。なんてったって脚本兼監督はこの俺、新島翔様だからな。泥舟に乗ったつもりでいやがれ」
「バーカ。泥舟だったら沈んじまうだろうか。つーか、お前が脚本兼監督なんて本当に大丈夫なのかよ。なんか急に不安になってきたわ」
「あ、それは私も同意かも」
「亮...仁科...お前ら好き放題言いやがって...! ハッ! まあいいさ! どうせお前らは俺様の脚本の良さに今後気づいていくんだからな! そんなことを言えるのも今のうちだぜ!」
「......ねぇ、亮。私に手伝えることとかあったら遠慮せず言ってね? その時は力になるから」
「おう、サンキューな、唯。やっぱ翔と違ってお前は頼りになるよ」
「え、えへへ...べ、別にそんなことないよ...」
「おいコラテメェら! 監督兼脚本兼文化祭実行委員の俺を無視するんじゃねぇ!! マジでそんな態度をとれるのも今のうちだからな!? いや、マジでそのうちお前らは俺に感謝しまくることになるんだからな!?」
「「はいはい、すごいすごい」」
「え、いや、あの......お二人さん? ちょっと俺の扱いが酷すぎやしませんか?」
......はは、まったく。なんてバカバカしい会話なんだ。生産性も無いし、何の中身もない。きっとこんなやり取りに大した意味なんて無いんだろう。
でも、なぜかコイツらを見てると......なんでもやれそうな気がしてくるんだよな。
演技なんて全然やったことが無いし、先はまたまだ見えない。それにどう考えたって主役なんて俺には部不相応な役割だ。でも唯と翔が近くに居てくれるなら......俺はコイツらのために全力を尽くすことができる。
......ああ、だから、きっと。
--今年の文化祭はとびきり楽しくなるに違いない。
次回、新聞部登場。




