新島翔の憂鬱
すみません。予定変更で先生回は次回へ持ち越しとなります。
-side 新島翔-
現在時刻は午前8時。教室で朝のHRが行われるまで残り5分となったわけだが......
「おはよう、亮。おはよう、亮。おはよう、亮...おはよう、亮...」
なぜか俺の右斜め前の席の女子が朝っぱらからブツブツと小声で独り言を唱えている。
「......おい仁科、お前何やってんだよ」
「え? いや、名前を呼ぶ練習だけど...そ、その...もしかしたら今日は亮が学校に来るかもしれないから...」
仁科は俺の呼びかけに反応すると、そう言いながらこちらを振り向いた。
「いや、名前を呼ぶ練習って...お前どんだけ緊張してんだよ...」
「う、うるさいわね! 私が何をしようと私の勝手でしょ!?」
「いや、まあ、それはそうなんだが...」
「......自分でも分かってるわよ。名前を呼ぶ練習なんてそんなに意味が無いことだし、恥ずかしいことだって。でも...なんか練習しとかないと落ち着かないのよ。いざ『亮』って呼ぶ時に噛んじゃったりするのは嫌だし...」
「......」
「フ、フン! 笑いたきゃ笑えばいいじゃない! どうせ私は幼稚な女ですよーだ!」
「いや、笑わねぇよ」
「......え?」
「俺はお前のことを笑わない。まあ確かに『名前を呼ぶ練習』なんてのは幼稚だし、バカらしいことだと思わなくはないが...それでも俺はお前のことを笑うことなんてできねぇよ」
バカらしい。恥ずかしい。幼稚なことだ。そう思っているのは紛れもない事実であり、俺の本心である。
--けれどそれ以上に俺は、1人の男をここまで一途に想える仁科のことを凄いヤツだと思った。
ちょっとしたことで顔を赤くしたり、少し亮から褒められただけで舞い上がってニヤニヤしたり、名前を呼ぶってだけなのにバカみたいに緊張したり......ほんっと、普段の仁科の様子を見ていると、コイツは亮と過ごす時間を心から楽しんでいるんだと思うよ。
燃えるような恋をして、さらに部活も精一杯頑張って。きっとその2つを両立している仁科は誰よりも『青春』を満喫しているんだろうな。
まぁ、そんな風に何もかもを楽しめるのが仁科の最大の魅力とも言えるのだろう。仁科がモテるのもよく分かる。ただでさえ容姿が優れているのに、その子が毎日明るい笑顔を振り撒いて楽しそうに過ごしているんだからな。男たちから見れば仁科の姿は本当に魅力的に見えるんだろうよ。
まぁ...仁科はいっつも亮の近くに居るから告白とかは全然されてないんだが。
えっと、だから、その、なんだ。つまり俺はそんなに性格は良い方じゃないが、さすがに真剣に恋をしている仁科を笑う気にはなれないってことだよ。俺も真面目なヤツをバカにするほどイヤなヤツではないってことさ。
......と、自分にも意外と善良性があることを認識した時だった。
「おっす、翔」
俺の耳に入ったのは随分と聞きなれた男の声。これまで幾度となく交わしてきた挨拶であり、これからも幾度となく交わしていくであろう、いつもの挨拶。
「......って、え、亮!? お前いつの間に来てたの!?」
「いや、今だけど。逆になんで気づかねぇんだよ」
「あ、いやー...ちょっと考え事をしててな。すまん、すまん。久しぶりだな、亮」
「お、おう」
って、ちょっと待て。亮が今ここに居るってことは、つまり...
「お、おっはー!!」
あー、うん。仁科さんが超テンパってますね。つーか『おっはー』って。いつの時代の挨拶だよ。古過ぎだろ。
「? お、おっはー?」
ですよね。やっぱり亮さんもそういう反応になっちゃうよね。だっていきなり『おっはー』とか言われてもビビるもんね。
「じ、じゃなくて...え、えっと...!」
身体を亮の方に向けているものの、顔を真っ赤にして目線を右往左往させている仁科。どうやら恥ずかしすぎて亮のことを直接見られないらしい。
......だが、彼女の覚悟は意外と固かったようで。
「お、おはよう、亮!!」
少しばかり遅れた挨拶となったが、仁科は無事に下の名前を呼ぶことに成功。なお、恥ずかしさに耐えきれずに頬は真っ赤に染まっている模様。
「ああ、おはよう、唯」
一方、亮さんは何の躊躇も無くスタイリッシュに仁科と挨拶を交わす。細かい部分ではあるが、亮がモテるのはこういうことをスッと言えるからなのだろう。まぁ、男である俺の目から見たらスマート過ぎて逆にムカつくレベルなんだが。
「......ねぇ、亮。今唯って言った?」
「ん? まあ、言ったけど...え、もしかしてダメだった!?」
「ぜ、全然ダメじゃないから! む、むしろ...」
「......むしろ?」
「な、なんでもない! 今のは忘れて!!」
「え、ああ、うん...まあ、分かったよ」
「あ。そういえば、おたふく風邪はもう大丈夫なの?」
「ああ、もう完治したぞ。まあ療養中は結構キツかったけどな...」
「ごめんね、お見舞いとか行きたかったんだけど部活が忙しくてどうしても行けなかったの」
「はは、気にすんなって。唯は部活を頑張ってたんだろ? だったら別にお前が謝ることなんて何もないよ。俺はもう治ったんだし」
「う、うん...そう言ってもらえるのは嬉しい...かな」
おうおう、お前さん達。人の前でイチャつくのも大概にせぇよ。
いやなんなんだよコイツら。まどろっこしいからマジで早くくっ付けよ。お前らのやりとり見てたら俺の方がなんか恥ずかしくなってくるんだよ。多分クラスのヤツらも皆俺と同じ気持ちだぞ。
「ふ、ふふふ...」
「......唯? なんでニヤついてんの?」
「え、いや...ふふふ...り、亮が高校生にもなっておたふく風邪になったのが今になって面白くなってきちゃって...ふふふ...」
「いや、時間差でバカにするのやめてくんない!? その辺は俺も結構気にしてんだからね!?」
「ふ、ふふ...ご、ごめん...ふふふ...」
......まぁ、こんなに楽しそうな仁科を見てると『さっさと告れ』って言うのもなんか違う気がするんだよな。コイツはまだ今の関係を楽しんでるみたいだし。俺が余計なアドバイスをするのもそれはそれで抵抗があるっていうか、なんというか...
--あぁ、もう! 他人の恋愛ってめんどくせぇ!!
俺はこの2人を俯瞰的に見ることができていて、2人の気持ちをある程度理解していて。だからこそ楽しそうにしている2人を見るとまどろっこしいと思ったり、もどかしいと思ったりするわけで。なんかムズ痒くなるような、モヤモヤするような心地になっちゃったりするわけで。
まぁ、それは2人の近くに居る俺にしかできない貴重な経験かもしれないし、コイツらのやりとりを見ているのは普通に面白いんだけどな。
でもやっぱり目の前で甘酸っぱい雰囲気を醸し出されるのはなんかムカつくな。よし、今日くらいは亮に何か言っといてもいいだろう。
「......おい、亮」
「お、なんだ?」
--そしてこちらを振り向いた自分の前の席の男に、俺は理不尽な文句を言い放つ。
「くたばれこのクソイケメンが」
「......は!? いきなり何なんだよ!?」
よし、ちょっとスッキリした。
次回こそ先生登場です。
感想等、お待ちしております。




