揺るぎないもの
大変お待たせしました。続きでございます。
-side 田島亮-
患う時期が遅すぎたのをツッこめば良いのか、はたまた2学期開始直後に患うという間の悪さをツッこめば良いのか。そのどちらが正しいのかはよく分からんが、とりあえず俺のおたふく風邪は変にこじらせる事もなく、数日で無事完治。
というわけで某アンパン男のように元気100倍とまではいかないものの、体調が平常の状態に戻り、『元気等倍田島君』となった俺は今日から登校を再開することになった。ぶっちゃけ夏休み気分が抜け切れないというのは否めないが、何はともあれ俺の2学期が始まるのである。
つっても、まぁ、俺は1学期と大して変わることもなく通常運転でハイスクールライフを送る予定なのだが。
人間、夏休みを経験したところで大して変わるものでもないのだ。まあ...ちょっと色気付き始めた男子の髪の色は茶色になったりしてるかもしれないが。でも結局のところ、変わるのは見た目程度で中身は大して変わっていないだろう。2学期が始まるからといって何か高校生活に変化を見出そうと思う奴なんてそうそう居ないのである。
うーん...そうだな。せいぜい『進路どうしようかな』とか『そろそろ彼女を作ってやるぜ!』くらいのことをぼんやり考えてるだけなんじゃないか? 高2なんてそんなもんだろ、多分。
...そんな取るに足らないことを考えながらいつもの通学路をいつものようにのんびり歩いていると、気づけば俺は自分のクラスの下足箱に辿り着いていた。
「......マジで何の変化も無いな」
上履きに履き替えつつ、ふと、そんな当たり前のことを実感する。
リンさんとのバイト、ショッピングモールで大勢の知り合いとエンカウント、ユズ姉の一件、などなど。俺もなかなか刺激的な夏休みを送ってきたつもりであったが、そんなことは関係ないと言わんばかりに今再び平穏な日常が始まろうとしている。まあ、だからといってそれが嫌だとは思わないし、またアイツらと一緒にバカをやれるのが楽しみではあるんだが。
それに...もしかしたら俺の日常にこの先変化が訪れる可能性だってあるわけだしな。
「お、おはよう田島くん! ひ、久しぶりだね!」
そうそう。例えばこんな感じで引っ込み思案な岬京香さんが廊下で背後から俺に話しかけてくるとか...
ってコレは完全に日常の範疇だな。俺と岬さんは普通に会えば話す仲だ。うん、アレだ。コレはいわゆる日常会話というヤツだ。
......よし、ではいつものように彼女と向かい合うとしよう。
「えー、おはよう、岬さ......ん!?」
なんか俺の目に入った光景が思ってたのと違った。なんか早速俺の日常に変化が訪れていた。
......いや、あの、ね? まあ確かに俺が振り向いた時に目の前に居たのは岬さんだったんだよ。それは間違いないんだよ。だって俺が岬さんの顔を見間違えるわけないし。
でもさ、ほら、岬さんっていつも前髪が長くて目を隠しちゃってたじゃん? 綺麗な瞳の前にはいつも鉄壁のガードがあったじゃん?
けど......今日はその固いガードが無かったんだよ。
-side 岬京香-
「えー、おはよう、岬さ......ん!?」
田島くんが驚いてる。とっても驚いてる。目をまんまるにして私を凝視してる。
「...」
「...」
え、どうしよう...勇気を出して前髪をバッサリ切ってみたからそれを報告しようと思って話しかけてみたけど...さっきから田島くんが固まってるからここからどうすればいいか分かんないよぉ...
あ、でも...ちょっと恥ずかしいけど、このまま見つめあってるのもそれはそれでいいかも...!
って、イヤイヤ! やっぱりそれはダメよ私! だって私絶対ニヤケちゃうもん! もしそんな顔を見られたら田島くんに気持ち悪いと思われちゃうじゃない!!
「た、田島くん...ごめん、そんなに見つめられたら...ちょっと恥ずかしいかも...」
「あ! ご、ごめん! 前髪を切ってるってのにあまりにも驚いちゃって!」
「そ、そうだよね! やっぱり驚いちゃうよね!」
「えっと...イメチェン、なのかな...? 多分メガネも変えたよね...?」
「う、うん。本当はメガネも掛けないようにしようと思ったんだけどね。最近ちょっと目が悪くなっちゃってて。だから度が入ってるメガネに変えてみたの」
デザインもピンクの結構かわいいやつにしたからオシャレ...になってるはず。
「それにしても岬さん思い切ったね...髪バッサリ切るのって結構勇気がいるんじゃない?」
「うん、でも...私は田島くんのおかげで前髪を切る勇気を出せたんだよ」
「え? 俺のおかげ? 俺なんかしたっけ...?」
田島くんは全く心当たりが無い、といった様子でキョトンとしている。
...どうやら彼は自分がどれだけ岬京香という人間に影響を与えているのかをちゃんと分かっていないみたいだ。
【あの事故があったからこそ俺と岬さんはこうして友達になれた。だから俺は事故に遭わなかった方が良かったなんて思ってないよ】
夏休みに偶然会った時。あの時駅のホームで貴方がくれたこの言葉に私がどれだけ救われたことか。
『実は気を遣ってくれてるだけなんじゃないか』
『田島くんは優しいから私と話してくれてるだけなんじゃないのか』
ずっとそんなことを頭の片隅で考えてしまっていた弱い私。
貴方と仲良くなれて嬉しいのに。貴方と笑っていられる日々がとっても楽しいのに。貴方は色んな思い出を私にくれたのに。
貴方のことが...どうしようもないくらい好きなのに。
--私は心のどこかでそんな貴方のことを疑ってしまっていた。
そんな自分が本当に嫌で。嫌で嫌でしょうがなかった。
--もっと普通に出会えれば。
--助けた側と助けられた側という関係じゃなければ。
最初はただ『好き』っていう気持ちしかなかったのに、貴方の優しさに触れれば触れるほどそんなことばかり考えるようになって。いつからか私はあの事故が無ければ...なんてことまで思うようになってしまっていた。
--だから貴方の『あの事故があったからこそ友達になれた』という言葉に、私は何よりも救われたの。
貴方は私を慰めるつもりではなかったのかもしれないけれど。貴方はただ自分の本心を言っただけなのかもしれないけれど。貴方にとっては大それた言葉じゃなかったのかもしれないけれど。
--貴方の暖かい言葉に私の心は溶かされたの。
きっと貴方はその事に気付いていないでしょう。きっと貴方は私がこんな気持ちを抱いている事なんて知らないのでしょう。だって...貴方は人に優しくするのを『当たり前』だと思っているのだから。
そう。きっと田島くんは私に優しくするのを特別なことだなんて全然思っていない。だから彼は自分がどれだけ『私』という1人の女の子に影響を与えているのかを自覚していないのよ。
...ふふ、田島くんったら。ホントに朴念仁なんだから。
「......あのね、田島くん」
私はいつもより少し声のトーンを上げて目の前の鈍感さんに呼びかけてみる。
「な、なんでしょうか岬さん」
「え、えっとね、私が顔を隠すのをやめようと思えたのは田島くんのおかげなの。田島くんの友達として過ごしてきた1年間が私を変えてくれたの。だ、だから、その...あ、ありがとう! 田島くん!!」
声が少し上ずるのを感じつつ、懸命に彼に感謝を告げる。もしかしたら彼は感謝される理由なんて無いかもしれないと思っていないかもしれないけれど、それでも私は感謝を伝える。
だって...この1年間を振り返った時に真っ先に田島くんに伝えたいと思ったのは『ありがとう』だったから。
田島くんに助けてもらった時に人の優しさを知って。田島くんと出会った時に恋を知って。田島くんと友達になった時に学校に行くのが嫌じゃなくなって。田島くんと一緒に時間を過ごしていくうちに少しずつ引っ込み思案な自分を変えようと思えるようになって。
この1年間、私は田島くんの背中を追い続けて色んなことを学ぶことができた。
だから私は今日ここで自分の素顔を晒け出そうと思えたの。これからは田島くんの背中を追いかけるだけじゃなくて隣に並び立てるようになりたいって思ったのよ。その決意の証として、まずは今まで私が作っていた『壁』を取り払おうかなって思って。
あ、あとは、その...私が顔を隠すのをやめたら、もしかしたら田島くんがもっと私のことを見てくれるんじゃないかなー、とかちょっとだけ思ったり? う、うん、ほんのちょっとだけだよ? ほんのちょっとだけそう思ったりしたの!
「...」
「...」
......あ、あれ? なんか会話が急に途切れちゃった...! こ、こういう時ってどうすればいいんだろう...? ど、どうしよう...! もしかして、さっきの私の言葉に何かおかしいところがあったのかな...!?
「え、えっと...田島くん?」
「! あ、ご、ごめん! まさか『ありがとう』なんて言われると思ってなくてさ! ちょっとビックリして言葉が出てこなかったんだ!」
よ、よかった...そういうことだったんだ...
「え、えっと...なんていうかさ、この1年間で岬さんが良い方向に変わってくれたっていうのは俺もなんとなく分かってたよ。勇気を出して髪を切ったのも凄いと思う。めっちゃ似合ってるよ」
「!! そ、そそそそ、そう!? かわいい!? この髪型かわいい!?」
って何聞いてんのよ私!? 似合ってるって言われたくらいでテンパり過ぎでしょ!! 感情ダダ漏れじゃない!!
「うん、かわいいよ。メガネもよく似合ってる」
「っ!!」
安定の亮スマイルで放たれたその言葉を聞いた直後。幸せの許容量、もとい許容亮の限界を迎えそうになった私は赤くなった顔とニヤけた表情を隠すため、咄嗟に両手で顔を覆った。
「え? あ、あのー...岬さん?」
「え、あ、いや、これはその...ほっぺたがちょっと痒くなったので顔を触ってるだけです!!」
うっ、なんと苦しい言い訳...
「え、じゃあ、えっと...この状態のまま話を続けてもいいかな?」
「う、うん! 全然いいよ! まだほっぺた痒いし!」
「そ、そうなんだ...」
「じ、じゃあ話の続きをどうぞ!」
「え、えっと...まあ話の続きっていっても大したことじゃないんだけどね。ま、まあ、なんていうかさ、岬さんが変わってくれたのは嬉しいと思うし、それを俺のおかげって言ってくれるのも俺は嬉しいよ。でもさ、やっぱり1番頑張ったのは岬さん自身なんじゃないかなって思うんだよね」
「え...?」
田島くんの言葉が少し予想外だったので私は思わず顔を覆っていた両手をどけ、彼の顔に視線を移した。
「なんつーか...自分を変えたいって思うのは簡単だけどさ、実際に自分を変えるのってめっちゃ難しいことだと思うんだよ。自分の弱い部分を認めるのってそんなに気分が良いことじゃないし、自分のコンプレックスを克服するのってすごく大変だと思うんだよね」
「う、うん...」
「まあ、つまり何が言いたいかっていうと...岬さんはもっと自分を誇っていいんじゃないかな?ってこと。仮に俺と友達になったことがきっかけで岬さんが『変わりたい』と思ったとしてもさ、実際に自分を変えることができたのは岬さんなわけじゃん? だから1番凄いのは岬さんだと思うよ。多分俺はちょっと手助けしただけなんだよ」
「...!」
「まぁ、髪をバッサリ切ったら周囲の視線を感じやすくなるだろうし、もしかしたら人目が苦手な岬さんはちょっと苦しい思いをするかもしれない。自分を変えれば、自然と周囲が自分を見る目も変わってくるからね」
「そ、そうだね...一応覚悟を決めて髪を切ったつもりだけど...それはちょっと不安かな...」
「うん、俺もその気持ちは分かるよ。でもこれからきっと良いこともたくさんあると思うな。多分素顔を曝け出した岬さんには色んな人が話しかけてきて、俺以外の人達と関わる機会が増えると思うから」
「そ、それは良いことなの...?」
「うん、少なくとも俺は良いことだと思ってるよ。クラスのヤツと話すのって結構楽しいからさ。きっと7組にも岬さんと気が合う人が居るはずだよ。そういう人と友達になれたらもっと学校が楽しくなると思う」
「うーん、田島くん以外の新しい友達かぁ...作れるかなぁ...もう高2の2学期だし...」
「はは、まあ無理してまで新しい友達を作ろうと思わなくても大丈夫だよ。岬さんが新しい友達が欲しいと思ったら作ればいいさ。それに...」
「...それに?」
「もし岬さんに新しい友達が欲しくなったらさ、その時は俺が協力するから。何か頼みたいことがあったらいつでも連絡してね」
「う、うん...!」
「あ、いや、別に何も無くても普通に連絡していいからね! 友達なんだから!」
「ふふ、分かった分かった!」
......もう。そういうところだよ、田島くん。
「? どしたの岬さん? 随分楽しそうに笑ってるけど」
「いや、田島くんは去年と全然変わってないなーって思って。なんかそれがおかしくなっちゃった」
「えぇ...それってつまり俺が去年から全然成長してないってこと...?」
「さぁ? どうだろうね?」
「......うん。やっぱ岬さんって変わったよね。去年はこんな風に俺をからかうことなんてなかったもん」
「ふふふ、確かにそうかもね。でも何もかもが変わったってわけじゃないんだよ?」
......そうだ。どんなことがあろうとも、今の私にはただ1つだけ揺るぎないものがある。
髪型は変わったけれど。性格は少し明るくなったかもしれないけれど。前より上手に笑えるようになったかもしれないけれど。
私の胸の中には確かに1年間ずっと変わらなかったものがある。
「あ、やべ、岬さん、そろそろ教室行かないとヤバそうだよ。予鈴鳴っちまった」
「ふふ、そうだね。じゃあそろそろ行こうか」
そして田島くんに返事をした私は彼の左側に立って一緒に階段を登り始める。
隣を見れば彼の肩があって。そのまま少し目線を上げると横顔があって。ただそれだけなのに胸に手を当ててみると鼓動がドキドキうるさくて。
あぁ、やっぱりこの気持ちはまだ変わってないんだな、なんて当たり前のことを私は考えてみる。
今私の隣を歩いてる男の子はとっても鈍感だし、こっちの気も知らないでサラッと『かわいい』とか言っちゃうし、勉強だってそんなにできるわけじゃないし......探してみれば意外と悪いところはあったりする。
でもそんなことはどうだっていいと思えるくらい私はこの人の人間性が好きで。その優しさをいつまでも感じていたくて。隣にいるだけで頬が勝手に緩んじゃったりして。こうして一緒に階段を登っているだけで私は楽しくてたまらないの。
そんな気持ちは変わらないどころか、増すばかり。時々その気持ちを抑えきれなくなりそうで胸が苦しくなる時もあるけど...やっぱりそれでも今はこの恋が楽しくてしょうがないの。
......だからきっとこれまでも。そしてこれからも。
--私は貴方に夢中です。
次回、幼馴染登場




