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7年越しの告白

デート編最終回です。

というわけで今回は少し長めの話になっております。

-side 田島亮-


「ねぇ、亮ちゃんはこの1年間を...事故に遭ってからの1年間をどんな風に過ごしてきたの?」


 観覧車に乗った直後、俺の正面に座ったユズ姉は先ほどまでの小悪魔モードとは打って変わり、真剣な表情で俺に尋ねてきた。


「もちろん亮ちゃんが話したくないことは無理に話さなくても良いよ。私が記憶を失ってからの亮ちゃんを個人的に知りたいって思ってるだけだから。嫌だったら何も話さなくても良いよ」


「...別に嫌なんかじゃないよ。ユズ姉は俺の従姉なんだから。今の俺のことを知ろうとしてくれるのは純粋に嬉しいよ」


 これは偽りの無い俺の本心だ。俺は記憶を失う前に関わった友人、家族には責任を持って接するべきだと思っている。


 ユズ姉もその例外ではない。たとえ俺が覚えていなくとも、彼女は俺の幼少期に実の姉のように接してくれた人物なのだ。彼女が俺のことを知りたいと言うのなら、俺は責任を持って自分のことを話さねばなるまい。


 だが、しかし。ここで1つだけ懸念点がある。


「もちろん俺がユズ姉に今までのことを話すのは構わないよ。でも楽しい話ばかりじゃないし、ユズ姉が嫌な気分になる話もあるかもしれない。それでもユズ姉は俺の話を聞きたいと思う?」


 俺も出来ることならユズ姉には楽しい話だけを聞かせてあげたい。けれど、どうしてもそういうわけにはいかないのだ。


 確かにこの1年間で俺は楽しい思い出を沢山作ってきた。でもそれと同時に様々な悩みを抱えて苦しんだことがあったのもまた事実なのである。


 『今の俺』は楽しい思い出、そして辛い経験を経て形作られている。この1年間を語る上で、その辛い経験について話すというのは避けて通れない道なのだ。


 --だから俺はユズ姉に楽しい話だけを聞かせることは出来ない。 




「......うん。私はそれでも良いよ。明るい話ばかりじゃないっていうのはなんとなくわかってたことだから。覚悟は出来てるよ」


 ユズ姉は拳を握って真剣な眼差しで俺を見つめている。彼女の『覚悟が出来ている』という言葉に嘘は無さそうだ。


「分かった。じゃあ話すよ。俺がこの1年間をどんな風に過ごしてきたのかを」


 そして俺も彼女の覚悟に応えて自分語りを始めることに決めた。


「まず記憶を失って最初に思ったのは『どうすればいいか分からない』ってことだった」


 何も覚えていない。家族の顔も友達の顔も分からない。分からない尽くしで自分が何を為すべきなのかも分からない。目覚めた直後に自分の心に到来したのはそんな感情だった。


「でも入院してる間に色んな人からメッセージをもらったりしてさ、それで少しずつ前向きになっていけたんだよね」


 こんな俺と。何も無い俺と関わろうとしてくれる人が居る。その事実を知った俺はいつまでも挫けているわけには行かないと思った。


 ...あ、咲さんがお見舞いに来たのは今でも鮮明に覚えてます。アレは色んな意味で衝撃だったんで。


「それで、まあ退院した後は学校に行き始めたんだよね。そして学校に行き始めて思ったのは...やっぱ学校の先生とか友達が大事だってことかな」


 翔、仁科、咲、岬さん、アリス先輩、そしてRBIと新聞部員達。今まで俺は皆と楽しい高校生活を過ごしてきた。


 奈々ちゃん先生も俺にとっては大事な存在だ。時に優しく、時に厳しく俺に接してくれる、かわいくて頼りになる担任の先生。


 俺は先生が登校初日に『私は今まで通りお前と接するつもりだからな』と言ってくれたのを今でも鮮明に覚えている。その時は初登校で結構不安になってたからな。あの言葉には本当に勇気づけられた。奈々ちゃん先生にはマジで感謝しかない。



「それで先生とか友達と関わっていく上でさ、なんか色んなことが分かっていったんだよね」


「...色んなこと? 例えばどんなこと?」


 今まで黙って俺の話を聞いていたユズ姉は、ここで初めて俺に問いを投げかけてきた。


「例えば...うーん、苦しんでいるのは俺だけじゃないってこと...とかかな」


「...もうちょっと詳しく聞いてもいいかな?」


「いやー、俺は最初さ、自分のことを不幸だって思うこともあったんだよね。俺が体調を崩して頭が痛くなった時に友恵が泣いちゃったこともあったりしてさ。俺のせいで友恵が泣いているのを見るのとかもうめっちゃ辛くて。それで俺は皆よりも辛い人生を送っているんじゃないか、とか思うこともあった」


「それは...とても辛かったね...」


「あとは...多分俺はユズ姉にも辛い思いをさせたんじゃないかって思ってる。それは...本当にゴメン」


「いや、いいんだよ、亮ちゃん! だって亮ちゃんは何も悪くないんだもん...!」


「...ありがとうユズ姉。そう言ってもらえるだけで結構救われた気持ちになるよ」


 はは、ユズ姉は全然小悪魔なんかじゃないな。小悪魔にしては優しすぎるよ。


「まあ、それで話の続きなんだけど...俺は色んな人と関わって行くうちにさ、皆も何かしら悩みとか不安を抱えながら生きているってことを知ったんだよね」


 仁科唯は自分の弱い部分を周囲に見せることをひどく恐れ、理想の自分を演じながら生きていることを俺は知った。


 岬京香は周囲の目を恐れ、長い前髪で目を隠しながら生きていることを俺は知った。


 市村咲は俺との幼少期の思い出を大事に思っており、俺がその思い出を忘れてしまったことで彼女が深く傷ついたということを俺は知った。

 

 渋沢アリスは周囲から『ハーフの女の子』としてばかり見られ、なかなか自分の中身を見てもらえなくて悩んでいるということを俺は知った。


 そう。人は誰もが何かしら悩みを抱えながら生きている。きっと俺だけが苦しい目に遭っている訳じゃないんだ。


「だから俺は最大限自分に出来る努力をしながら皆と一緒に前に進んでいこうと思ったんだ。いつまでも過去のことを引きずっていたらダメだと思ったんだよ」


 俺には仁科のような陸上の才能は無いし、咲や岬さんのように勉強ができる訳では無い。きっとどこまでいっても俺はただの凡人だ。


 --でもそんな俺にも出来ることはある。


 俺だって落ち込んでいる友達を励ましてやることくらいなら出来るし、妹が泣いていたら頭を撫でて慰めてやることくらいは出来る。


 確かに俺は特別なことは出来ないかもしれないさ。でも誰かのために行動することくらいなら俺にだって出来るんだ。


 まあ...俺は岬さんのために行動した結果、記憶を失ったよ。誰かのために行動した結果、自分を傷つけることになった。だから、もしかしたらそれは正しい生き方じゃないのかもしれない。


 --でも。それでも。


 俺は常に誰かの為に行動出来る自分でいたいと思うし、これから先の人生でこの生き方を曲げようとは思わない。


 ......なぜなら。


 --きっと田島亮とは記憶を失う前からそういう人間だったのだから。



「...なんか結構暗い話になっちゃったけどさ、なんだかんだで今は楽しくやってるんだ。はは、まあ人間関係に恵まれた結果かな」


「亮ちゃんは...心が強いんだね」


「いや、そんなこと無いって。結局俺は周りに人が居なかったら何も出来なかったんだし」


「それは...皆一緒だよ。人は1人じゃ生きていけないんだから」


「あー...確かにそうだね」


「私はね、むしろ心が弱い人ほど1人になってしまうんと思うんだ。心が弱かったら人に頼るのも怖くなってしまうと思うし」


「うん...それはそうかもね」


「そして...困っている人を放って置けない亮ちゃんはそういう人達の力になってあげられるような子なんだと思う。今まで亮ちゃんに救われた人も結構居るんじゃないかな」


「...そうだったら嬉しいな」


「うん、きっとそうだよ」


 そう言うと、ユズ姉は優しく微笑みながら俺の頭に手を当ててきた。


「...ユズ姉? 急にどうしたの?」


「亮ちゃん......いや、田島亮くん」

 

 するとユズ姉は俺の頭に手を当てたまま、どこか儚げな微笑みを浮かべながらこう言った。





「君はこれからも変わらないままでいてね」



-side 東雲柚子葉-


 観覧車に乗った後、ゴーカートやコーヒーカップ等のアトラクションを亮ちゃんと一緒に楽しみ、私の初めての遊園地デートは終了。


 そして遊園地を後にした私たちは今日のデートの最後の目的地に到着。気づけばすっかり日も暮れており、夜空を見上げながら『楽しい時間って本当にあっという間に過ぎるんだなぁ』なんてことを考えてみる。

 


「ねぇ、ユズ姉。ここって公園だよね? 今日の最後の目的地ってここなの?」


「うん、そうだよ。最後はここで亮ちゃんに私の話を聞いてほしいんだ」


 私がデートの最後の目的地に選んだのは田島家の近所にある公園。ここは私たちが小学生の時によく一緒に遊んでいた思い出の場所だ。


 そして......私が初めて恋に落ちるきっかけとなった場所でもある。


「よし。じゃあとりあえずあそこのベンチに座ろっか! 立ち話をするのもアレだし!」


「うん、そうだね。とりあえず座ろっか。今日は結構歩いて疲れちゃったし」


 そして公園の入り口に並んで立っていた私たちは、敷地の中央にある木製ベンチがある方へと歩き始めた。



----------------------



「ねぇ亮ちゃん、今日は楽しかった?」


 ベンチに座った私は夜空を見上げながら隣に座っている彼に問いかける。


「うん。すげぇ楽しかったよ。まぁ、ちょっとユズ姉にからかわれ過ぎたかな、とは思うけど...まあそれも含めて楽しかったな」


「ふふ、そっか。それなら良かった」


「ユズ姉はどうだった?」


「もちろんすっごく楽しかったよ。亮ちゃん、今日は私のワガママに付き合ってくれてありがとうね」


 本当に...本当に楽しかった。


 一緒に手を繋いで歩いて。ドキドキしながらプリクラを撮って。観覧車で2人きりでお話しして。


 もしかしたら...それは何の変哲も無い普通のデートなのかもしれないけれど。


 今まで部活漬けで普通の学生生活を過ごせなかった私はそんな『普通のデート』にずっと憧れていたのよ。


 世の中のカップルは2人で綺麗な夜景が見えるスポットに行ったり、有名な温泉がある町に出かけていたりするのかもしれないけれど。それでも私は今までずっと『普通のデート』がしたかった。


 大切な人と手を繋いでみたい。大切な人と一緒に他愛も無い話をしてみたい。大切な人と楽しい思い出を作ってみたい。


 その願いは子供っぽくて、幼稚なもので。もしかしたら私の同級生の友達には笑われちゃうよう願いなのかもしれないけれど。


 --それでも今まで私はそんな『普通』に憧れていた。


 だから...今日の亮ちゃんとのデートは本当に楽しかった。


 でも...このデートは『楽しい』だけで終わらせちゃいけないんだよね。


 --だって今日私が亮ちゃんを誘った目的は『デートを楽しむこと』だけじゃないんだから。




「ねぇ、亮ちゃん、ちょっと昔話をしても良い?」


「昔話...?」


「うん。私と亮ちゃんがまだ小さかった時の話だよ」


「...分かった。それなら是非聞かせてほしいな」


「うん、分かった。じゃあ今から話すね」


 ...私の今日の1番の目的。それは初恋をここでちゃんと終わらせるということ。


 ま、まあ...亮ちゃんが想像以上にカッコ良く成長してたから最初は本当に未練を断ち切ることが出来るのか不安に思ってたんだけど...



【いつまでも過去のことを引きずっていたらダメだと思った】


 亮ちゃんのこの言葉を観覧車の中で聞いた時にね...私もいつまでも未練を残したらいけないなって思ったの。


 だって1番辛かったはずの亮ちゃんが後ろを振り向かずに前に進んでるんだもん。だったら私もいつまでも初恋のことを引きずるわけにはいかないじゃない。


 ...うん、まあ、一瞬だけ『このまま日本に残ってもっと亮ちゃんと過ごす時間を作るのも良いかな』って考えちゃったりしたんだけど。


 --でもそれはやっぱり違う気がして。


 夢を捨ててまで日本に残るのはやっぱりダメだと思うのよ。自分が世界に羽ばたけるチャンスを捨ててまで亮ちゃんの隣に居ようとするのは亮ちゃんにも失礼だと思うのよ。


 だって...亮ちゃんは『自分に出来ること』を精一杯やりながら前に進んできたんだから。



 だから私は今ここで亮ちゃんに昔話おもいを伝える。そして私は未練を断ち切ってからアメリカに旅立っていく。

 

「...私と亮ちゃんと友恵ちゃんはね、昔よくこの公園で一緒に遊んでたの」


 昼間はうるさかったセミも鳴き止み、シーンとしている夜の公園。その静寂を切り裂いて私は淡々と話を進める。


「昔は3人とも本当に仲がよくてね。家族みたいな仲だったんだよ」


「はは、だから俺はユズ姉のことを『ユズ姉』って呼んでるんだ」


「ふふ、多分そうだと思うよ」


 昔話のその最中。ふと、3人で公園を駆け回っていた『あの時』のことを思い出してみる。


 『ユズ姉、ユズ姉』と呼びながら私に付いてくるかわいい兄妹。1人っ子の私にとって亮ちゃんは本当の弟のような存在であり、友恵ちゃんは実の妹のような存在だった。


 それも今となっては遠い昔の話なんだけどね。でもあの楽しかった日々は今でも私の大事な宝物なんだ。




「それで、この話にはまだ続きがあってね。実はこの公園って私にとってはただの思い出の場所ってわけじゃないのよ」


「え? それってどういう...」


 首を傾けながらこちらに顔を向けてきた亮ちゃん。彼はどうやら今の私の言葉をちゃんと解釈できなかったようだ。


 そしてそんな彼の様子を横目で確認した私は、自分の視線を星空から彼の顔へと移し、『あの時』伝えられなかった言葉を彼に告げる。




「私はね、この公園で亮ちゃんのことを好きになったんだよ」


 それは7年越しの遅すぎる告白。あの時募りに募っていたのにちゃんと伝わらなかった私の淡い想い。


「え、え、え、え、えぇぇぇぇ!? マジ!? え、それマジ!?」


 ふふ、驚いてる驚いてる。今度はちゃんと伝わったみたいね。


「うん、初恋だったの。私の初恋の相手は亮ちゃんなんだよ」


 私は自分の顔が熱くなっていくのを感じつつも、素直に想いを伝える。


 --もう君はあの時のことを覚えていないけれど。


 --私のために自分よりも強い相手に立ち向かってくれた、この公園での『あの出来事』を覚えていないのかもしれないけれど。


 あの時、確かに私は君に恋をしていた。


 ...まあ今の亮ちゃんにこんな事を伝えても困るだけだろうし、どう対応すればいいのか分からないかもしれないんだけど。


 それでもこの思い出だけはどうしても消えなくて。何度忘れようとしても忘れられなくて。


 そしてあの時伝えられなかった想いが大きな未練として胸の中に残ってしまった。


 だから...私はアメリカに旅立つ前に未練を断ち切りるためにどうしてもこの想いを伝えたかったのだ。




「......ご、ごめんね、亮ちゃん! 急にこんなこと言われても困るよね! で、でもアメリカに行く前にどうしても伝えておきたくて!!」


「え!? アメリカ!? なにそれどういうこと!? ユズ姉ってアメリカに行くの!?」


「う、うん...アメリカの大学に誘われてて...来年から留学することになりました」


 うっ、勢い余って留学のことまでカミングアウトしちゃった...


「え、なにそれ凄いじゃんユズ姉! 俺応援するよ! 頑張ってね、ユズ姉!!」


「う、うん! 頑張るね!!」


 ......あれ? もしかして留学の話のせいで私の告白が有耶無耶になっちゃった!? え、ちょっと待って! さすがにそれは色々キツいんだけど!!


 ......と、少し心配になったが、それは私の杞憂だったようだ。


「それと...さっきユズ姉は『ごめん、こんな事言われても困るよね』って言ったけどさ、ユズ姉が謝る必要なんて全然無いよ」


「え...?」


「まあ...確かに俺はユズ姉との思い出を忘れちゃったし、どうしてユズ姉が俺のことを好きになってくれたのかも分からないっていうのが正直なところなんだけど」


「そ、そりゃそうだよね...」


「でもね、ユズ姉との思い出が消えたわけじゃないんだよ」


 そう言い切った後、亮ちゃんは私の右手を左手で優しく包み込んでくれた。


「...ユズ姉」


 そんな風に1度私の名前を告げた彼の顔は浅田くんに立ち向かってくれた『あの時』のような真剣な表情になっていた。


 そして彼はその凛々しい表情を保ったまま私に告げる。




「ユズ姉がその思い出を覚えてくれている限り俺たちの思い出は消えないんだよ! そして俺は今日2人でこうして手を繋いで歩いたことを一生忘れないから!!」


「...!」


「...だからユズ姉が謝る必要なんて無いんだよ。たとえ昔のことを覚えていなかったとしても俺にはユズ姉の気持ちに答える責任があるんだから」


 そして彼はそこまで言うと、先ほどまでの真剣な表情を1度崩し、今度は優しく微笑みながら口を開く。




「ユズ姉、勇気を出して気持ちを伝えてくれてありがとう。すっげぇ嬉しかったよ」


「...!」


 ...私との思い出を覚えていないはずなのに。私たちの間にある思い出なんてせいぜい今日のデートくらいなのに。


 この時だけは、なんだか7年前からタイムスリップしてきた亮ちゃんが私の告白に返事をしてくれたような気がして。


 ......気づけば涙が頬を伝っていた。


「ごめんね、ユズ姉。泣かせるつもりはなかったんだ」


「ぐすっ...い、いいのよ...亮ちゃんは悪くないから...」


 どれだけ目をぬぐっても流れる涙は止められない。今まで胸に引っかかっていた大きな塊が溶け出して、まるでそれが涙となって溢れ出しているみたいだ。


 でも...きっとその涙は悲しいから流れているわけじゃない。『伝えられて良かった』っていう安堵の気持ちとか、『ちゃんと亮ちゃんが向き合ってくれた』っていう嬉しさが涙になって溢れ出しているんだと思う。


 ......あぁ、そうか。

 


 --私はやっと初恋を終わらせることができたんだ。





「......亮ちゃん!」


 私は彼の名を呼びながらベンチから立ち上がり、彼の目の前に立つ。


「...ユズ姉?」


 ベンチに座ったままこちらを心配そうに見上げている彼。きっと私の顔がまだ涙でぐしょぐしょだからそれが気になっているんだろう。


「あのね! 最後に言いたいことがあるの!!」


 それでも私は笑顔を作る。夏の夜空に広がっているどの星にも負けないような、そんな明るい笑顔を作ろうと試みる。


 --それは彼の胸に『一夏の思い出』を刻むため。


 夏休みのうちのたった1日のことだけど、ここに私が居たという事実を彼の心に刻むために。私と一緒に楽しく過ごした時間を後で彼に思い出してもらうために。私はとびっきりの笑顔を作る。


 そして...きっと最後に亮ちゃんに掛けるべき言葉は『さようなら』なんかじゃない。


 この思い出を悲しいものにしたくないから。後で笑って振り返られるような思い出にしたいから。


 --だから私は亮ちゃんに『さようなら』なんて言わない。

 

 

 そう。きっと今私が掛けるべき言葉は--






「亮ちゃん! 私に恋を教えてくれてありがとう! 本当に大好きだったよ!!」


「...!」


 ...最後に精一杯の感謝を伝える。それで私の『一夏の思い出』は終わり。


 ドキドキしながら楽しいデートをして、最後はずっと言えなかった想いをちゃんと伝えて。これで何の心残りもなし。これで私も亮ちゃんみたいに前だけを見て歩いていけるわ。


 ......うん、きっとそうよ。



 --溢れる涙はまだ止まらないけれど。きっとこの涙は私が前に進むために必要なものだったんだ。

次回、『新学期前夜』

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これ公園から帰る時めっちゃ気まずいのでは…。 [一言] 好き"だった"か…。 ユズハ様が幸せになれるならいいんだけど…。
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