失ったもの、手に入ったもの
夏休み編に戻ります。
-side 田島亮-
『子供を連れた私服姿の奈々ちゃん先生と遭遇』というレアイベントが発生したゲーセンを後にし、本日最後の目的地である2階の本屋へ向かう。実は今日は俺が結構好きなラノベの最新刊の発売日なのだ。ぶっちゃけ今日はこのためだけにショッピングモールに来たと言っても過言ではない。ウチの近くには本屋が無いからな。ここに来ないと本を買えねぇんだよ。
そしてなんやかんやで本屋の入口に到着。よし、早速店内に入るとするか。
...そう意気込んで店内へと足を進めようと思ったのだが。
「よいしょ、よいしょ...ふぅ、重いなぁ...って、えぇ!? た、た、た、田島くん!? な、なんで田島くんがこんなところに!?」
店内から出てきたのは両手にデカい紙袋を持った身長の低い少女。目が隠れるほど長く伸ばした前髪に、大きな眼鏡。けれど俺はその鉄壁のガードの奥にある美しい顔を知っている...
あー、うん。やっぱ岬さんだったわ。はっはっは、もう俺は驚かないぞ。絶対会うと思ってたし。今日の流れ的に会わないとおかしかったし。むしろ会わない方が違和感を感じるまであったし。
つーか岬さんメチャクチャ本買い込んでるな。両手に紙袋持ってるけどどっちもパンパンじゃん。こりゃ重そうだな...
「や、やぁ岬さん。こんな所で会うなんて奇遇だね。あのー、随分と本を買い込んでるみたいだけど...何買ったの?」
予想していた出会いであったが、あくまで偶然であるということを自分に認識させつつ俺は岬さんに声をかけた。
「え、えっと...色々買ったけど大半は夏休みに解くための問題集かな...」
「え!? それほとんど問題集なの!? しかも夏休み用!? 夏休みだけでそんなに解くの!?」
「う、うん...なんか私って他の人より問題を解くペースが速いみたいで...宿題だけじゃ足りなかったから一気に買い足しちゃった」
それってつまりもう夏休みの宿題が終わったってことですよね...すげぇなオイ...まだ夏休み始まって2日しか経ってないんだぞ...アレだな。こういう人のことを天才って言うんだろうな...
「え、えっと...た、田島くんは何を買いに来たの?」
「あー、俺? 俺は新刊の...」
と、言いかけたところで俺は紙袋を持っている岬さんの手が震えていることに気付いた。
おそらく彼女の手が震えているのは今手に持っている荷物がとんでもなく重いからなんだろう。まあどう見たって女の子が持つ荷物の量じゃないからな。岬さんは意外と抜けているところがある。おそらく後先考えずに欲しいと思った問題集をカゴに入れまくったのだろう。
この量の本を女の子が1人で持って帰るのは絶対にキツい。ここは男の俺が手伝うべきだ。
俺がラノベの新刊を買うのを待ってもらってから一緒に帰る、というのを彼女に提案するのも1つの手だ。だがそれは多分無理だろう。岬さんは性格上、俺に気を遣い過ぎるからな。多分『田島くんを急がせたくない。私は1人でも大丈夫だから』的なことを言われて断られる。
と、なると俺がここで取るべき選択肢は...
「いや、俺は適当にこの辺ブラついてただけ。特に本屋に用があるわけじゃないよ。それよりその荷物重そうだね。帰り道途中まで一緒だし俺が持とうか?」
新刊を諦めて今すぐ岬さんと一緒に帰る。
「え、で、でも...それは田島くんに申し訳ないよ...」
「いいのいいの。俺最近身体鍛えてるからさ、その程度の量の荷物なら楽勝で持てると思うよ。むしろ筋トレ代わりになるから荷物を持たせてほしいと思ってるくらいだよ」
まあ全部嘘なんだけどな。筋トレなんか全然してねぇよ。だって俺帰宅部だし。
「そ、そうなの...?」
「お願いします岬さん。どうか俺にその荷物を持たせてください」
「わ、分かった...じゃあお願いするね。ありがとう田島くん!」
はっはっは、俺の誘導尋問が決まったぜ。俺が彼女に施すのでななく、あくまで『俺が荷物を持ちたい』という要望であると思わせる。こうすることで岬さんが俺に対して感じる申し訳なさを打ち消すことができるのだ。人を頼るのが苦手な妹がウチには居るからな。こういう時の対処には慣れてるんだよ。
「よし、じゃあその荷物貰おうかな」
「う、うん、じゃあお願い」
そして俺は岬さんから荷物を受け取る。
「...田島くん大丈夫? 重くない?」
「う、うん! ぜ、全然平気! ら、楽勝だよ!」
うおぉぉぉぉ、思ってたより重いぃぃぃ!!
両腕に普段感じないような負荷がかかる。ぶっちゃけバカみたいに重い。めっちゃ腕痛い。正直結構ヤバイ。
...えぇい! だがここで荷物を降ろすわけにはいかないんだ! 俺は男! ここは根性で乗り切ってやる! 女の子の前で恥ずかしいところは見せるわけにはいかないからな!! よし、頑張れ俺!!
「じ、じゃあ岬さん...とりあえず駅まで行こうか...」
そして俺は岬さんを心配させないように出来るだけポーカーフェイスを維持しつつ、駅へと歩き始めた。
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「はぁ...はぁ...やっと着いた...」
「た、田島くん大丈夫...? 汗びっしょりだけど...」
「は、はは...ぜ、全然平気だよ...」
どうにかこうにか駅のホームに到着。岬さんと一緒にベンチに座り、2つのパンパン紙袋を地面に置く。
...いやー、これはやばい。暑い。しんどい。腕痛い。つーか俺って思ったより力無いのな...これはマジで筋トレ始めるべきか...?
「...た、田島くん」
「ん? 何?」
「な、なんかさ...懐かしいよね、この感じ...ふふ、2人で映画見に来た時のこと思い出しちゃった」
「はは、確かに懐かしいかも」
そういえば前にも今と似たような状況があった。半年前に2人で映画を見に来た時もこうして俺たちは駅のホームで2人肩を並べて座っていた。まあ、あの時は友恵が風邪を引くというハプニングがあったから2人きりになったわけだが。早いものだな。もうあれから半年も経つのか。
「なんか...気付いたらあっという間に時間が過ぎてた気がするよ」
「うん、私もそう思う。きっとこれからの高校生活もあっという間に過ぎていくんだろうね...」
真夏の駅のホーム。セミの鳴き声を聞きながら自分たちが過ごしてきた時間、そしてこれから自分たちが迎える未来についてぼんやりと考える。
いくら考えたって過去は変わらないし、これからやってくる未来も変わらない。もちろんそんなことは分かっている。
けれど俺たちは過去に想いを馳せ、未来を思い描く。もしかしたらそれは意味なんて無いことなのかもしれないのにな。
だが人間とはどうしてもそういう思考をしてしまう生き物なのだろう。まあバカな俺にはその辺のことはよく分からないんだが。
15年分の記憶を失った俺にだって過去や思い出はあるし、記憶を失ってもバカらしいくらい人生は続いていく。まあ普通の人に比べれば俺の思い出の数は少ないかもしれないし、それを残念だと思う自分が居るのも事実だ。でもいつまでもそれを嘆いてたって何も変わらない。
確かに今俺の胸の中にある思い出の数は少ないのだろう。でも1つ1つの思い出が俺にとっては大事なもので、欠けがえのないもので。その思い出を作ってこれたのは自分が失ったものをいつまでも嘆かずに前へ進んだ結果だと思う。
そして俺が立ち止まらずに前へ進んでこれたのは周囲にたくさんの人が居てくれたおかげだ。きっと俺は誰よりも人間関係に恵まれている。周りに悪いヤツが1人も居ないというのは奇跡ではないだろうか。
確かに俺は沢山のものを失った。でもその後に大事なものを沢山得ることができたんだ。
だから記憶が戻らなくても俺は純粋にこう思える。
--ああ、俺は幸せ者だな、と。
「...田島くん? どうしたの? 急にボーッとして」
「...ああ、ゴメン。ちょっと考え事してた」
いかんいかん。岬さんが隣に居るのに何を物思いに耽っているんだ俺は。
「田島くんは...事故に遭わなかった方が良かったと思ってる?」
「...え? どうしたの急に」
「いや、実はずっと気になってて...」
...まあそりゃそうか。確かに自分のことを庇った人が記憶喪失になればそこは気になるよな。多分岬さんは色々複雑な感情があって今まではその辺の事情を俺に聞くことができなかったんだろう。
というのはつまり裏を返せば岬さんの俺に対する罪悪感なり、申し訳なさが少しは緩和されてきたという証拠ではないだろうか。だって罪悪感が残ってたら『事故に遭わなかった方が良かったと思うか』なんて聞けないだろうからな。
「...」
何気なく隣を見ると、いつの間にか岬さんは前髪を上げてピンで留めていた。そのことに驚いた俺であったが、岬さんの顔をよく見てみると、彼女は不安と覚悟が入り混じったような表情をしている。さっきの俺への問いかけは彼女なりに覚悟を決めて行ったものなのだろう。
--だったら俺も岬さんの覚悟に誠意を持って答えなきゃな。
「岬さん」
俺は彼女の不安を和らげるためになるべく優しく声をかける。
「俺は自分が事故に遭ったのは避けられなかった運命だと思う。だって岬さんを守るために道路に飛び出したのは記憶を失う前の俺の判断なんだから」
俺は彼女を見つめながらありのままの気持ちを話す。
「記憶が有ろうが無かろうがその判断をしたのは俺自身だ。俺が決めたことなんだ。だから岬さんは何の責任も感じる必要は無い」
彼女が全く責任を感じないというのは無理な話だというのは分かっている。それでも俺は全て自分の責任だと思っているのだ。
「で、でも私が...!」
「それとね、岬さん。事故のせいで何もかもが悪い方向に行った訳じゃないんだよ? 良いことだって沢山あったんだ」
涙目になっている彼女に俺は言う。事故に遭ったからこそ得られたものもあるということを。
--そして最後に俺は『事故に遭わなかった方が良かったか』という彼女の問いかけに対し、こう返答した。
「あの事故があったからこそ俺と岬さんはこうして友達になれた。だから俺は事故に遭わなかった方が良かったなんて思ってないよ」
俺が事故に遭ったせいで悲しんだ人も居る。俺のせいで傷ついた人も居る。でもそれは紛れもなく嘘偽りの無い俺の本心で。
--そんな俺の返答を聞いた彼女は微笑みながら涙を流していた。
夏休み前半戦はここで終了です。
次回から夏休み後半戦に入ります。




