奈々ちゃん先生
お知らせです。
今後は少し更新が遅くなるかもしれません。
(自分が3月にあるTOEICのテストに向けて勉強を始めるため)
自分の都合で申し訳ない話ですが、ご理解のほどよろしくお願いします。
それでは続きです。お楽しみください。
-side 柏木奈々-
「た、田島くん...とりあえずメガネ返して...」
私は力無い声で隣の彼に呼びかける。
「あー、また呼び方戻ったー。柏木先生、俺をちゃんと呼び捨てにしないとダメでしょ? ていうか生徒にメガネを取られたんですよ? ここはもっと怒っていいところでしょ。なんで俺にお願いしちゃってるんですか」
「うっ...た、確かに...」
「確かにその優しい性格は先生の長所です。人として尊敬できる部分だと思います。でも俺たちみたいな生徒はその優しさに漬け込んで好き放題やっちゃうものなんですよ。先生からしたら理不尽な話かもしれませんが、ここは心を鬼にして優しさを捨ててみましょう」
「こ、心を鬼に...?」
「というわけでさっき先生のメガネを取っちゃった悪ガキ、つまり俺を試しに怒ってみて下さい」
「...うん、分かった。やってみる。そうよね。いつまでもナメられる訳にはいかないものね...!」
よ、よーし...! や、やるぞ...!
「はい、それじゃあ説教タイムスタート」
「え、えーっと...田島! な、なんで君はそんなことをするんだ! 早くメガネを返しなさい!」
「ダメです。怖くないです。まだかわいいです」
か、かわっ!?
「なんで赤くなってるんですか。そんなんじゃ余計生徒にいじられますよ? 男はかわいい女の子に意地悪したくなっちゃう生き物なんですから」
「も、もうやめて...! それ以上変な冗談言わないで...!」
「...はは、先生って照れ屋さんなんですね。かわいい」
「もう! それ以上言わないでって言ったでしょ!!」
......私が初めて生徒に本気で怒った瞬間であった。
「お、今のまあまあ怖かったっすよ。赤面してなければ完璧でした。やっぱメガネは無い方が迫力出ますね。よし、もっと練習してみましょう」
「う、うん...」
その後、結局私は『怒る練習』を昼休みの間ずっと続けることとなった。
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そして約30分後。
「...はい、じゃあ授業中寝てる俺を叱ってみてください」
「おい! 起きろ田島! 授業中だぞ! ちゃんと話を聞け!!」
「...先生スゴイっすね。最初と全然印象違いますよ。ちょっと練習しただけでこんなに変わるなんて」
「ま、まあ中学の時に演劇部だったから...」
「いや、マジで演技の道に進んだ方が良いんじゃないかと思ったレベルっす。よっ! 名女優!」
「あ、あはは...」
い、言えない...人前で演じるのが恥ずかしくてすぐに演劇をやめたなんて...まさに今目をキラキラさせて私を見ているこの子の前ではそんなこと口が裂けても言えない...
「よし、じゃあ試しに明日の授業は今日練習したみたいな感じの口調でやってみましょうか」
「うーん、ほんとに上手くいくのかな...」
「ノープロブレムです。一応保険として『柏木先生は元ヤンだから怒らせたら超怖い』っていう噂を俺が広めとくんで。心配ナッシングっす」
「えぇ...私元ヤンじゃないんだけど...」
「怒らせたら怖いっていう意識を広めるためですよ。まあ先生が嫌って言うなら噂を広めるのはやめますけど」
「...いや、やめなくてもいいよ」
「了解っす」
きっと彼なりに私のことを考えてくれてくれているのだろう。その厚意を拒絶するようなことはできるだけしたくない。
「あ、そうだ。できれば明日の服装はジャージにした方がいいと思います。できればメガネも無しで。スーツだとどうしても真面目感が出ちゃうんですよね。もうここまできたらとことん体育教師に寄せていきましょう」
「ふふ、分かった分かった。君の言う通りにするよ」
「え、えーっと...自分で言うのもアレですけど俺のこと信用し過ぎじゃありません? 俺ただの生徒っすよ? それも初対面の」
「田島く...田島が悪い子じゃないって言うのは見てれば分かるから。君の言葉が全部善意からのものだっていうのはなんとなく分かるからね」
「なんか...先生って教師っぽくないですよね」
「ご、ごめん...私まだ新米だから...」
「あ! 違いますよ! 良い意味で教師っぽくないって思ったんです! なんかこう...良い意味で距離感が近いっていうか! 生徒と対等に話してくれるっていうか! なんかそんな感じです!」
「ふふ、そう思ってくれたなら嬉しいな」
「先生はもっと自信を持っていいんです。先生は絶対良い教師になれます。俺が保証します」
「...」
「あ、すいません! 生徒くせに何言ってんだって話ですよね! あはは...」
そう言って頭を掻きながら照れ臭そうに笑う彼。
そして私はこの時、そんな彼を見て思った。
--ああ、この子は何の見返りも無く善意で動くことができる子なんだな、と。
だから私はこの時少しだけ彼のことが心配になった。
--なぜなら現代社会において、行き過ぎた善意は自分の身を滅ぼすことになりかねないから。
彼は間違いなく善意に溢れた心の優しい少年だ。でも昨今は優しい人ほど生きづらい世の中になっている。悲しいことに人の善意が悪意を持った人間に利用されることだって少なくない。
そして行き過ぎた善意を持つ人間はどうしても自分よりも他人を大切に思ってしまう。自分の身を顧みずに他人のために行動してしまうことが多くなってしまうのだ。
だから私はこの時彼のことがどうしようもなく心配になった。彼がこの先の人生で自分の善意でその身を滅ぼしてしまうことになってしまうかもしれないと思ってしまったのだ。
--だから私はこの時、柄にもなくこんな台詞を言ってしまったのだろう。
「私は良い教師になる。君がこの先、より良い人生を送れるように教え導けるような教師になってみせる。だからこれからもよろしくな! 田島!」
「...はは、体育教師っぽい口調になったじゃないですか」
「...ちょっと頑張ってみました」
「あ、そうだ。良いこと思いついた。せっかく柏木先生が俺の呼び方を変えたんだし、試しに俺も柏木先生の呼び方変えてみます」
「え...?」
すると私の隣で座っていた彼は突然立ち上がり、私の目の前まで移動してきた。
そして私の正面に来た彼は膝を折って私と目線の高さを合わせ、私に握手を求めるように手を差し出してきた。
すると彼は優しく微笑みながらこう言った。
「これからもよろしくお願いします! 奈々ちゃん先生!!」
過去編は次回まで(の予定)です。




