私の生徒
筆が乗りましたので本日2話目の投稿です。
過去編です。
時系列的には
先生の学生時代〜主人公1年時の4月(記憶喪失前)
の話となっております。
また、教師になりたての時の奈々はワケあって人格が今と少し違い、メガネをかけております。
今回は以上を踏まえた上でお楽しみください。
-side 柏木奈々-
学生時代の私は所謂『真面目ちゃん』と呼ばれる存在だった。
真面目に勉強をし、真面目に部活に励み、文化祭や体育祭などの行事の準備は率先して行う優等生。要領は悪い方だったけれど、それは全て努力でカバーしてきた。
そんな私の高校時代に色恋沙汰なんてあるはずも無い。むしろ男子には疎まれることの方が多かったと思う。思春期の彼らにとって『真面目な存在』というのは邪魔になることも多かったのだろう。青春を謳歌する者たちにとって『何事も一生懸命頑張ること』とは無駄な労力を消費することのように思えたのかもしれない。
でも私は自分を曲げて彼らのようになろうとは思わなかった。彼らに疎まれるのならそれでも構わない。だって柏木奈々は何事も一生懸命頑張らないと気が済まない人間なのだから。それが私なのだから。だから努力している自分を認められなくても、頑張っている自分を見てもらえなくてもそれで良いと思っていた。
しかし世の中には要領の悪さを努力でカバーできないこともある。それを痛感したのが大学時代の就職活動だった。
--そう、私は面接が大の苦手だったのだ。
手元に読み上げる原稿などがないと人前で話すことができない。話す内容を頭に叩き込んでも、いざ本番になると頭が真っ白になって全然話せなくなってしまう。単純な質問に答えることはできても、自己PRが全くできない。そしてこればかりは努力でカバーすることがどうしてもできない部分だった。
高校受験、大学受験は面接が無い学校を受けたため、面接を回避することができていたが、就職活動において面接は必須。結局極端に面接が苦手な私は1つも内定をとることができなかったのだ。
だから私は教師になった。それも母校の私立天明高校に拾われるような形で。大学を卒業して2年経っても手に職をつけていない私に『学生時代に生徒として多大な貢献をしてくれた柏木なら良い教師になれるだろう』と高校側から声を掛けてくれたのだ。おそらく元天明高校教員の母が色々手を回してくれたのだろう。我ながら本当に情けない話だと思う。
--そう、私は元々教師になんてなるつもりはなかった。ただ大学時代に保険として取っていた教員免許を利用しただけだったのだ。
それでも私は良い教師になろうと思った。やるからには全力で生徒たちを教え導こうと思った。皆に信頼されるような教師になりたいと思った。だって私は今まで何事も手を抜かずにやってきたのだから。
だから今まで通り頑張れば私は絶対に良い教師になれると思っていた。
--そう、初めて生徒達の前で自分の授業をする前までは。
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4月初旬。私の初授業は1年6組--後に臨時で私が担任となるクラスで行われた。
階段を登り、1年6組の教室前に到着。もうすぐ初授業開始を告げるチャイムが鳴る。ドアを開ければそこには私を待っている生徒達が居る...
そう考えると私は緊張で心がどうにかなってしまいそうだった。
そしてそんな私は自分の胸に手を当てて言い聞かせる。
担当科目は古典。私が高校の時に1番得意だった科目だ。大丈夫。私はきっとやれる。着慣れていないスーツも今日はバッチリ決まっている。メガネも新品に買い換えた。私に何もおかしいところは無い。きっと私は上手くやれる。大丈夫。大丈夫。大丈夫...
「...よし!」
そして私は気合を入れ直し、1年6組の扉を開けた。
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...結果から言おう。私の初授業は大失敗で終わった。
どんなに一生懸命話しても生徒が話を聞いてくれない。黒板に綺麗に字を書いてもノートをとってくれない生徒がいる。挙句の果てには雑談を始めてしまう生徒まで居たのだ。
...どうして? 天明高校は進学校のはずでしょ? どうして私の授業を聞いてくれないの? 私が新米教師だから? それとも私がメガネをかけた地味な見た目の女だから?
初授業を終えた私にはそんな考えがぐるぐると頭の中で駆け巡っていた。
...でも同時に私はこうも思った。
--緊張しっぱなしで生徒を注意できなかった私も悪かった。他の先生は上手くやれている。他の先生みたいに上手くやれない私が悪いんだ。結局私はどこまでも要領が悪い人間なのだ、と。
この時の私はとにかく悪いことばかり考えていた。本当に自分が教師としてやっていけるのかどうかという不安で胸の中がいっぱいになっていたのだ。
...でも私はこの不安を誰にも打ち明けることができなかった。周囲に頼れる人が居なかったのだ。
年の近い同僚はおらず、周りを見渡せば私より年上の教師たちばかり。それに加え、私の生徒時代を知っている教師陣は私に必要以上の期待を寄せてくる。
誰かに頼ろうと思えば頼れたかもしれない。でも私は誰にも迷惑をかけたくないという気持ちの方が強かったのだ。きっと就職面で母に迷惑をかけてしまったから変な責任感を感じていたのだろう。とにかく当時の私は誰にも迷惑をかけたくないという気持ちが強かったのだ。
だから初授業を終えた私は昼休みに職員室に戻らず、誰も居ない屋上へと向かった。
--そう、私は落ち込んでいるところを誰にも見られたくなかったのだ。
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「はぁ...」
屋上のコンクリート壁に寄りかかりながら春の風に当たる。そしてそんな私の口から出るのは溜息ばかり。
「はぁ...私これからどうすればいいんだろう...」
そんな風に1人で呟いた時だった。
「柏木先生...ですよね? そんなところで何してるんすか...?」
屋上の戸が開き、1人の男子生徒が現れた。
座って壁にもたれかかっている私を心配そうに見つめながら問いかけてくる彼。そんな彼の手元には購買部で買ったであろう焼きそばパンが握られている。
--これが私と田島の出会いだった。
「え、えーっと、確か君は...」
「田島です。田島亮。さっき1年6組で先生の授業を受けてた生徒っす」
「え、えっと...なんで君が屋上に...?」
「いや、なんか廊下歩いてたらメチャクチャ悲壮感漂わせてる先生が階段を登っていくのが見えたんで。はは、ちょっと心配になったんで様子を見にきちゃいました」
彼は右手を頭の後ろに当て、少し照れ臭そうに笑いながらそう言った。
「あ、先生昼飯まだっすよね? 手ぶらみたいだし。これ良かったらどうぞ。さっき俺が購買部で買ってきたパンっす」
すると彼は私の隣にちょこんと座り、焼きそばパンを手渡してきた。
「あ、ありがとう...あ、お代! あ、でも今払えないや...財布職員室に置いてきちゃった...」
「いや、お代はいいっすよ...って言いたいところなんですけどスイマセン。やっぱそれ親の金なんで俺の奢りっては言えないっす...ってこれ冷静に考えると俺メチャクチャダサいな」
「い、いや! 全然いいのよ! 生徒にお金を払わせるわけにはいかないもの! 後でお金は返すから!」
「なんかすいません。パンの押し売りみたいになっちゃって。ですが俺は決して購買部の回し者というわけではないので。どうかそこはお見知りおきを」
「...ふふ、何よ。購買部の回し者って」
「あ、やっと笑った」
「え...?」
「いや、なんかさっきまで先生がすげぇ悲しそうな顔してたから心配だったんですよ。だから笑ってくれてちょっとホッとしました」
「え、えーっと...あ、ありがとう...」
こ、この子ちょっと変わってるな...
--ふふ、でもきっと優しい子なんだろうな。
...というのが私の田島に対する第一印象だった。
「え、えーっと...アレっすよね。多分先生って俺らのせいで落ち込んでますよね。そ、その...結構酷い授業態度だったから...」
「い、いや、それは良いのよ...初めての授業で緊張してて皆を注意できなかった私が悪いんだから...」
...そうだ。心配してくれる生徒が1人いてくれたところで何も変わることはない。あの時注意できなかった私が悪いということに変わりはない。
「...いや、それは違いますよ」
けれど彼はそれを肯定しなかった。
「最初から何でも上手くやれる人なんて居ないじゃないですか。新任の先生が初めての授業で緊張しないわけないっす。それに一生懸命授業してるのは見てて分かりましたよ」
「え...?」
「はは、俺って中学までは国語の授業で結構ウトウトしてたんですけど、今日は珍しくバッチリ目が覚めてたんです。きっと先生が一生懸命授業をしてくれたおかげですね」
「...わ、私の授業をちゃんと聞いてくれてたの?」
「聞いてましたよ。まあ俺バカだから他のやつに『ちゃんと授業聞けよ』っては言えなかったんですけどね。そこは...はい。すいませんでした」
「...私の板書どうだった?」
「字めっちゃ綺麗だなと思いました。超見やすかったです」
「...私の解説どうだった?」
「めっちゃ分かりやすかったです。進学校の授業なのにバカの俺でも理解できました」
「...!」
...この時、私は嬉しいと思ってしまった。
--今までは努力を認められなくてもいいと思っていたのに。
嬉しくて泣きそうになってしまった。
--今までは頑張っている自分を見てもらえなくてもいいと思っていたのに。
...生徒が私の授業を真剣に聞いてくれる。それがこんなにも嬉しいことだとは思っていなかった。
--そう。きっと私はこの時初めて『教師になって良かった』と思ったのだろう。
「...田島くん」
「はい、なんでしょう」
「皆はどうすれば私の授業を聞いてくれると思う?」
彼は私の授業を分かりやすいと言ってくれた。ならば皆が授業を聞いてくれない理由は授業内容以外の部分にあるはずだ。そしてその理由はおそらく生徒にしか分からない。
だから私は彼に授業の改善点を聞いてみることにしたのだ。今度は失敗しないために。そして皆に信頼されるような良い教師になるために。
「うーん...すいません。今から結構失礼なこと言うかもしれませんけど...それでも良いですか?」
「うん。なんでも良いよ。君が思ったことを率直に教えてほしい」
「多分先生はナメられてるんだと思います」
「...え?」
な、ナメられてる...? 大人の私が!? 生徒たちに!?
「アレです。多分先生は優しさが滲み出ちゃってるんです。悪い意味で言うと怒っても別に怖くなさそうなんですよ」
「な、なるほど...」
...ってそれ別に私悪くなくない!? 理不尽過ぎる!!
「えぇ...私どうすればナメられずに済むのかな...」
「うーん...じゃあ例えば...体育教師みたいになるとか?」
「体育教師...?」
「いや、なんか体育教師って怖いイメージありません?」
ま、まあ言われてみれば確かに...
「でも体育教師みたいになるって言ってもさ、私は具体的にどうすればいいの?」
「うーん、口調を変えてみるとか良いんじゃないんですか? 生徒を呼び捨てにしてみるとか。だって先生の話し方優しすぎますもん」
「よ、呼び捨てか...ちょっと抵抗あるな...」
「ほらまた優しさが滲み出てる」
「で、でも...」
「よし、じゃあ試しに1回俺を呼び捨てにしてみて下さいよ」
「え、えぇ...」
「ほら、早く。グズグズしてるといつまでもナメられたままですよ」
...さすがの私もこのセリフにはイラっと来た。
「......田島!!」
あ、言えた。
「お、良い感じじゃないですか。ちょっと威圧感ありました」
「ほ、本当に...?」
「はい、また威圧感なくなったー。ねぇ先生。先生はもっと俺たち生徒を見下していいんですよ? だって先生は教師なんですから。『逆らったら宿題追加するぞコノヤロウ』くらいのノリでいいんですよ」
「うーん...む、難しいな...」
「...あ、そうだ。先生、1回メガネ取りましょう。絶対印象変わりますよ」
「そ、そうかな...?」
「ええ、間違いありませんよ。俺の見立てによると丸縁メガネを取った先生はきっと吊り目の美人さんです。そして古来より美人とは怒らせたら怖いものなのです。というわけでそりゃっ!!」
すると彼は突然私の顔に手を伸ばし、手際良くメガネを奪い取った。
「あ、ちょっと! 田島く...田島! いきなりなにしてんの!!」
メガネを取り返そうと思って彼の手元に手を伸ばす。だが、軽い身のこなしであっさり躱され、空振りに終わった。
そしてそんな私を見た彼はメガネを手に持ち、ニコニコしながら私の顔をまじまじと見つめてくてきた。
...そして彼はその悪戯な笑みを浮かべたまま私に向かってこう言った。
「はは、やっぱり思った通りだ。先生ってめちゃくちゃ美人さんじゃないですか」
--今思えば田島の私への『からかい』はこの瞬間から始まっていた。
次回は過去編の続きとなります。




