生徒のくせに
続きでごさいます。
-side 田島亮-
次は多分岬さんに会う。
咲→RBI→新聞部→翔→仁科、の流れになってるからな。間違いなく岬さんに会うだろう。いや、まあ別に根拠はないんだけど。多分今日はそういう日なんだろ。
ゲーセンに行ってもUFOキャッチャーしてる岬さんに会うだろうし、本屋に行ったら立ち読みしてる岬さんに会うだろうし、帰ろうとすれば駅で電車を待っている岬さんに会うだろう。多分今日はそういう日だ。いや、実際に世の中にそんな日があるのかは知らないけどさ。
...うん、もし岬さんに会ったらその時はテスト期間に勉強を教えてくれたお礼を言うとしよう。
俺はそんなことを考えつつ文房具屋を後にした。
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「フードコートは埋まっていたのにゲーセンは空いている...なぜだ...」
ショッピングモール4階のゲーセンに到着。久々にメダルゲームでもしようかと思い、店の奥にあるメダルコーナーに向かうことにする。
...だが俺の足はメダルコーナーに向かう道中にあるクレーンゲームコーナーで止まることとなった。
「ねぇねぇ奈々お姉ちゃん! 私あのクマさんのぬいぐるみが欲しい!! 取って取って!!」
「あ、ああ、分かったよ愛ちゃん...ちょっと待っててね...うーん、でも私こういうの苦手なんだよな...取れるかな...」
なんかUFOキャッチャーの前に25歳の美人なお姉さんと5歳くらいの小さい女の子がいた。
...って次会うのは先生だったかぁ。予想が外れたなぁ。
どうやら向こうの2人は俺のことに気づいていないようだ。とりあえず2人からある程度離れている別のクレーンゲームの陰に隠れて2人の様子を観察することにしよう。つーか先生が小さい子供のためにUFOキャッチャーやってるシーンとか貴重過ぎる。これは脳内メモリにしっかり保存せねば。
「奈々お姉ちゃん頑張って!」
「う、うん...じゃあとりあえず500円分やってみるね...」
すると先生は女の子の呼びかけに応え、UFOキャッチャーに100円玉を一気に5枚投入した。
...はは、1発で取れると思ってないのがなんか先生らしくて笑えるな。
「あー! ダメだ! アームが左に行き過ぎて取れなかった!」
「...つ、次は取れるよね! 奈々お姉ちゃん!」
「う、うん! お、お姉ちゃんにま、任せなさい!!」
あ、ヤバイ。これ絶対取れないやつだ。なんか先生めっちゃ顔引き攣ってるもん。なんか手がプルプル震えてるもん。
〜数分後〜
「ラ、ラスト1回...」
「が、頑張って! 奈々お姉ちゃん!」
そこには期待に目を輝かせている幼い女の子と『小さい子供からの期待』というプレッシャーに押し潰されそうになっている25歳がいた。そう、俺の予想通り奈々ちゃん先生はUFOキャッチャーがド下手だったのである。
「...よし、これは先生に恩を売っておくチャンスだな」
そう考えた俺は思い切って2人の元へ向かうことにした。
-side 柏木奈々-
取れない...取れない...取れない...
クマのぬいぐるみが取れない!!
どうなってるんだこのアームは。力が弱過ぎやしないか。私は姪っ子の愛ちゃんにクマのぬいぐるみをあげたいだけなのに。なぜこのアームはそこまでして私の邪魔をするんだ。
私は...私はただ姪っ子の笑顔が見たいだけなのに...
「ラ、ラスト1回...」
「が、頑張って! 奈々お姉ちゃん!!」
愛ちゃんの期待がズシリと肩にのしかかる。勢いで『お姉ちゃんに任せなさい』と言った手前、失敗は絶対に許されない...
私が愛ちゃんにガッカリした顔をさせるわけにはいかない...! こ、ここは絶対に成功させなければ...!
「...よ、よしやるぞ!」
と、覚悟を決めた時だった。
「先生、ちょっとそれ貸してください」
突然私がよく知っている生徒の横顔が現れた。
「た、田島!? な、なんでお前がこんなところに!?」
「そりゃ高校生だからゲーセンくらい来ますよ。とりあえずそれ貸してください。1発であのクマのぬいぐるみ取るんで」
「え...? あ、ああ...」
先ほどまで失敗を重ねて自信を無くしていたからだろう。私は田島の勢いに負けてUFOキャッチャーのレバーを譲ってしまった。
「ね、ねぇ奈々お姉ちゃん...このお兄ちゃん誰...?」
私の背後に居る愛ちゃんは田島の方を見て首をかしげている。小さい子供というのは仕草の1つ1つがかわいらしく、思わず私は愛ちゃんの仕草を見て頬を少し緩ませてしまった。
「え、えっとね、このお兄ちゃんはね...」
と、私が言いかけたところでなぜか私の隣にいる田島が愛ちゃんの方に顔を向けた。
「お兄ちゃん...?」
「こんにちは、愛ちゃん。俺の名前は柏木亮。奈々ちゃんの婿養子でs」
「お前はさっさとぬいぐるみを取れ...!」
「いたいいたいいたいいたい! 肩抓るのはやめて! 地味に痛いから!!」
「変な冗談を言うのはやめろといつも言っているだろ! まったくお前は...!」
「あははは! 奈々お姉ちゃんと亮お兄ちゃんって仲良しなんだね!! ふーふみたい!!」
「なっ!!」
「はは、先生はいつまでたっても変わりませんね。顔真っ赤ですよ」
くっ...! この問題児はいつもいつも...!
私の学校でのイメージはクール教師で通っている...はずだ。なのにこの男子生徒だけはなぜかいつもいつも私をからかってくる。私がすぐ赤面するのを面白がって変な冗談を毎回毎回言ってくる。まったく。本当に困った生徒だ。
...ふふ、本当に困った生徒だな。
「よし田島。1発でぬいぐるみを取れなかったら夏休みの課題を追加するからな」
「え、なんで!?」
「ふふ、普段から教師をからかっている罰だ」
「横暴だ! 職権乱用だ!!」
「なんとでも言うがいい。さぁ、早くぬいぐるみを取ってみせろ」
「よっしゃ、絶対取ってやる。課題追加なんてまっぴらごめんだ」
「頑張って! お兄ちゃん!!」
「おう、任せとけ!!」
ふふ、田島は単純で扱いやすくて助かる。まあ良い意味で言えば素直な子なんだろうな。
...どうかこれからも変わらずに成長していってほしいものだ。
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「はい、愛ちゃん、ぬいぐるみどうぞ」
「ありがとうお兄ちゃん!」
膝を折って屈み、愛ちゃんと目線の高さを合わせながらぬいぐるみを渡す田島。そしてそれを受け取ってピョンピョンとその場で跳ねながら喜んでいる愛ちゃん。
...まさか本当に1発で取ってしまうとは。
「田島...お前ってクレーンゲーム得意だったんだな...」
「まあ帰り道の途中にゲーセンありますし。こんなの慣れっすよ。慣れ」
「ちょっと待て。教師として今の言葉は聞き逃せないな。おい、田島。お前まさかいつも帰り道にゲームセンターに寄っているということはないだろうな...?」
「た、偶にっすよ! 偶に! そんなしょっちゅう寄ってるわけじゃないっすよ!!」
「...まあ偶にならいいだろう」
「あれ、今日はなんか奈々ちゃん先生がいつもより優しい」
「...まあ今日のお前は愛ちゃんのためにぬいぐるみを取ってくれた恩人だからな」
「あ、そういや愛ちゃんって先生とどんな関係なんですか? 隠し子?」
「そんなわけあるか!! 姪だよ! 姪!! この子の両親が体調を崩したから今日は私が預かっているんだ!」
「あー、なるほど。でもなんかお母さんって感じになってましたよ。先生って良い母親になりそうな気がします」
「お、お前はまたそんな冗談を...!」
またいつもの冗談か。ふふ、田島め。いつまでも私にその冗談が通じると思うなよ? 私も最近は少しずつお前のジョークに慣れてきたんだからな? その程度じゃ今の私は照れやしない...
「冗談なんかじゃないっすよ。先生はきっと良い母親になれます。だって記憶を失って迷っていた俺を間違った道に進まないように導いてくれた人なんですから。そんな人が良い母親になれないわけがないじゃないですか」
田島が明るく笑いながら言い放ったのは私が想定していないような内容の言葉だった。
...こういうところだ。こういうところは記憶を失っても全然変わっていない。私は田島のこういうところが苦手だ。生徒のくせにいつも私をからかってくるし、生徒のくせにいつも私を励ましてくる。私の方が立場が上のはずなのにこれじゃどちらの立場が上なのか分からないじゃないか。
--生徒のくせに。
お前は全てを失っても前を向く姿を見せて私を勇気づけてくる。
--生徒のくせに。
お前との補習がある日はいつもより元気になってしまう私が居る。
--生徒のくせに。
私はお前の将来を近くで見届けたいと思ってしまう。
生徒のくせに。生徒のくせに。生徒のくせに。生徒のくせに。生徒のくせに。生徒のくせに。
--お前のせいで私の心は揺れ動くんだよ。
次回、先生の過去編となります。次回と今回を踏まえた上で以前の先生回を見直すと初見とは少し違った印象になると思います。興味のある方は過去の先生回をもう1度見てみるのもアリかもしれません。




