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私にしかできないこと

続きでございます。

-side 仁科唯-


「私さ、最近部活が上手くいかないんだよね。大会で結果を残せば残すほど周囲の人たちの私への期待が大きくなるのを感じてさ。まあプレッシャーに押しつぶされそうになってるって感じかな。皆の期待を裏切らないために結果を残さなきゃいけない。そのためにはもっと頑張らなきゃいけない。なのに体が付いてこない...みたいな」


 覚悟を決めた私は田島に自分の心情をありのまま話した。


「なんつーか...才能があるっていうのも大変だな」


「ま、まあそうなるのかな...」


「周囲の期待、羨望の眼差し、そして嫉妬。きっと才能があるお前は凡人の俺よりも乗り越えなくちゃいけない困難が多いんだと思うよ。才能がある奴っていうのはどうしても活躍してる場面ばかりが注目されてその裏にある努力や苦悩を理解してもらえないことが多いからな。ウチにも天才な妹が居るからその辺の事情はなんとなく分かる」


「......私、怖いんだ。『結果を出して当たり前』って思われてるのがすごく怖いの。監督とかOBの人たちから『頑張れ』って言われるたびに肩に重りが乗っていく感じがするの。前までは走るのが楽しかったのに今は全然楽しくなんてなくて...」


「そうか...それはキツイな...」


「......無い方が楽なのかもね。才能なんて」


「......」


「あ! ご、ごめん! 急に変なこと言って! なんか嫌味な感じのセリフになってたよね!! で、でもそういうつもりじゃないから!! ただの弱音だから!!」


「はは、分かってるから心配すんなって。要するに結果を求められ続けるのが辛いってことだろ? お前が才能なんて無ければ良かったって言って全てを投げ出したくなる気持ちも分かるよ」


 この言葉を聞いた瞬間、なぜか私は突然ピンと張っていた糸が切れるような感覚に陥った。




ーー田島は私の弱音を全て受け入れてくれた。


ーー田島は私の苦しみを理解して同情してくれた。


ーー田島は私にこれ以上『頑張れ』とは言わなかった。


 だったらもういっそのこと陸上をやめてしまえば...

 




「でもな、才能があるお前にしかできないこともあるんだぞ?」 



 けれど田島の穏やかな声が苦しいことから逃げ出しかけていた私を現実に引き戻す。



「一生懸命走っているお前の姿は人に感動を与えることができる。風を切って誰よりも速く走っているお前の姿は人に勇気を与えることができる。これは凡人の俺には絶対にできないことだ」


 私が今まで気づいていなかった事を、思い至らなかった事を彼は淡々と私に語りかけていた。




「...そして俺も仁科から勇気をもらった」


「え...?」


「いや、お前が放課後に練習してる姿を空き教室から見たらさ、『俺も仁科に負けないように勉強頑張らなきゃなー』って思えるんだよね。ま、まあ何て言うの? 俺が腐らずに補習を受けられているのは仁科のおかげかもしれない...みたいな?」


「...!」


 今まで私は田島に依存していると思っていた。本当の私を見せられる相手が田島しかいないから私は田島を頼ってばかり。なのに私は全然田島の力になれていないんだと。そう思っていた。



 --でもそれは私の勘違いだった。



 私の走る姿を見て元気になってくれる人が居る。走り続ける私を応援してくれる人が居る。そうだ。今まで気づいていなかっただけで、私は誰かに何かを届けることができていたんだ。


 --そして私は好きな人を勇気づけることができていた。


 そのことが何よりも嬉しくて。今まで悩んでいたことなんか忘れてしまいそうなくらい嬉しくて。なんだか自分の今までやってきたことが報われた気がして。



 --気がついた時には涙が頬を伝っていた。

 


「っ...あ、ありがとう... ありがとう田島...」


 涙声になりながら田島に感謝を伝える。普段の私なら泣いていることを悟られないために取り繕った声を出していたかもしれない。でも今日私と真正面から向き合ってくれた田島にそんなことをするのは失礼だと思った。

 

「はは、泣くなよ仁科。ちょっと励ましただけじゃないか」


「で、でも...! 私今までさっきみたいなことを誰にも言われたことがなくて...!」


「まあ確かに仁科は人を頼るのが苦手だし、さっきみたいなことはあんまり言われたことないかもしれないな。つーかお前はいっつも1人で頑張ろうとし過ぎなんだよ、バーカ」


「! バ、バカって言うなぁ...!」


「...まあ俺も事故に遭ったばかりの時は1人で悩みを抱えむこともあったからお前の気持ちも分からなくはない。人に迷惑をかけたくないっていう気持ちはよく分かるよ」


「う、うん...」


「でも何が正しいのか分からなくなって、いくら1人で考え込んでも上手くいかない時はさ、やっぱり誰かを頼るしかないんだと思う。なんでもかんでも1人で上手くやれる奴なんて居やしないんだからさ」


「じ、じゃあ私はこれからも田島を頼ってもいいの...?」


「何言ってんだよ。当たり前だろ」


「っ!! ふ、ふーん...そうなんだ...」



 ...田島は多分私にだけ優しくしているわけじゃないのよね。田島は誰にでも優しいから私にも優しくするんだよね。うん、それは分かっているつもりなの。


 でも優しい言葉をかけられるたびに私の想いは強くなっていく。


 もっと色んな話をしたい。もっと一緒に居たい。いつまでも楽しい時間を田島と過ごしていたい。



 ーーこの恋だけは他の誰にも譲りたくない。




 だから私はいつもより少しだけ積極的になってみることにした。


「...ねぇ田島、今夜は満月だっていうのは知ってる?」


「そういや今朝テレビでなんか言ってたな。えーっと、何だっけ。スーパームーンだったっけ? ...でもどうして急にそんなこと聞くんだ?」


「い、いやー、旅館ここってさ、山奥だから余計な光が無くて夜空がいつもより何倍も澄んで見えるのよね。今もベランダで夜空を見上げながらアンタと話してるの」


 そして私はちょっぴり勇気を出して遠回しに自分の気持ちを伝えてみることにする。



「それでね、今日は月がとっても綺麗に見えるんだ!」



 バカなアイツはきっと今の言葉の意味に気づいていない。だから私の気持ちはまだ伝わっていない。でも今はまだそれでいいの。


 --だって私は最高の舞台で最高の走りを見せてから田島に告白するって決めたから。


 最高の舞台で1番輝いている私をアイツに見せつけてやる。そして他の子なんて目に入らないようにしてやるわ!


 ふふふ、私をただの友達だと思っていられるのは今のうちよ! 絶対アンタの特別になってみせるんだから!! 覚悟しててよね!!



 こうして悩みを解決して心のもやが晴れた私は、月明かりを浴びながら決意を新たにしたのであった。

『月が綺麗』といえば太宰治。



次回、久々に柏木先生登場。

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