女湯にて
あけましておめでとうございます。2020年初投稿でございます。今年も本作をよろしくお願いします。
最近短編(https://ncode.syosetu.com/n7483fy/)も書いてみました。本作と併せて読んでもらえると嬉しいです。
-side 仁科唯-
「......仁科ちゃんはその子のことが大好きなんだね」
「は、はい...」
「まだ告白はしてないの?」
「え、えっと...いずれ告白したいとは思ってるんですけど ...まだ今の関係でいたいって思ってる自分も居て...」
私は田島のことが好き。でももしこの気持ちを伝えたら、アイツに好きだって伝えてしまったら今の関係が壊れてしまうかもしれない。3人で一緒に他愛もない話をしながら過ごせる時間が無くなってしまうかもしれない。
--もしそうなってしまったら私はどうすればいいのか分からない。
だから臆病な私はまだアイツに気持ちを伝えることが出来ていないままだ。失敗するのが怖いから。私が今まで大事にしてきた関係が崩れてしまうのが怖いから。
「まだ今のままが良い...ね。うんうん! 私も分かるよ! その気持ち!」
「え...? 先輩も私と似たような経験があるんですか ...?」
「ま、まあお姉さんにも色々あったのだよ」
「色々...」
「私は仁科ちゃんがさっき言ったのは当たり前のことだと思うな。好きな人との距離が近ければ近いほどその人と離れるのが怖くなるし、好きな人と一緒に過ごした時間が長ければ長いほど今の関係が変わってしまうのが怖くなる。だから告白して失敗した時のことを考えたら今のままでいたいって思っちゃうんだよね」
「......それでもやっぱり好きって気持ちは伝えた方が良いと思いますか?」
「うーん、私は無理して気持ちを伝える必要は無いと思うよ? 今の関係崩れるのが怖いってことはさ、裏を返せば今の関係が楽しいってことじゃない。仁科ちゃんがその子の友達として過ごす時間を楽しいと思ってるうちは無理して告白しなくても良いんじゃないかな」
「な、なるほど...」
「私はね、告白っていうのは『好き』って気持ちが抑えられなくなった時にするものだと思うの。最初は好きな人のそばに居るだけで楽しいんだけどさ、想いが募っていくとそれだけじゃ満足出来なくなるんだよね。『自分だけを見てほしい!』とか『今の関係じゃ満足できない!』とか思うようになっちゃうの。そういう気持ちが抑えられなくなって溢れ出した時に口から自然と『好き』って言葉が出るんじゃないかな」
「気持ちが抑えられなくなった時......え、えっと、その...せ、先輩は気持ちが抑えられなくなるくらい人を好きになったことがあるってことですか...?」
「え!? あ、え、えっと、それは...」
「す、すいません! いきなり変なこと聞いて! 失礼でしたよね! やっぱ今言ったのは無かったことにしてくだs」
「あるよ」
「...え?」
「だから、その...私にも昔大好きだった人が居たのよ」
「昔...ですか」
あの東雲先輩が好きになった人か...一体どんな人なんだろう...きっとすごい人なんだろうな...
「うん、昔の話。小学生の時の話よ。まあフラれちゃったんだけどね。勇気を出して『好きだ』って言ったのにさ、ソイツったら『俺も好きだぜ!』って満面の笑みで私に言い返してきたのよね」
「え? それってフラれたことにはならないんじゃ...」
「いやー、なんていうの? 私とソイツってさ、小さい時から家族みたいな感じの距離感だったのよね。だからソイツが私に言った『好き』っていうのは家族とか友達としての意味だったのよ。まあ、要するに告白したことに気づいてすらもらえなかったってわけ。ふふ、ある意味フラれてないって言えるかもね。まあその後は私が北海道に引っ越しちゃったからソイツとはそれ以来2度と会ってないんだけどね。どこにでもありそうな初恋の話よ」
「な、なるほど...でもなんか意外ですね」
「意外? なんで?」
「いや、普段の先輩って結構クールなイメージがあるから誰かに思い焦がれるっていうのがあんまり想像出来なくて...」
「まあ小さい時の話だから今の私のイメージとはちょっと違うかもね」
初恋...初恋......そういえばよくよく考えると私って現在進行形で初恋してるのよね...小学生の時から高校に入るまでの間はずっと走ることしか頭に無かったし...
あれ? もしかしなくても私の初恋遅過ぎない!? うわ、どうしよう...先輩の話を聞いてたら高2で初恋してる自分が急に恥ずかしくなってきた...
「先輩に比べれば私なんてまだまだ子供ですね...」
「え? 急にどうしたの?」
「あ、いや! なんでもないです!」
「そうなの? まあいいや。とりあえず仁科ちゃんには色々話したけどさ、仁科ちゃんは今の恋を全力で楽しめばいいんじゃないかな。高校生活は今しかないんだからさ、恋も部活も楽しまないともったいないじゃない? 仁科ちゃんには卒業した後に後悔することがないような高校生活を送ってほしいかな」
「後悔することがないように恋も部活も全力で...分かりました! 肝に銘じておきます!」
「よし、じゃあそろそろ上がりましょうか。温泉は気持ちいいけど、さすがにちょっとのぼせそうになってきたし」
「そうですね。私もちょっと暑くなってきました」
先輩の呼びかけに応じて火照った身体を湯船から出す。長話をしていたせいでかなり体温が上がってしまったみたいね。今コーヒー牛乳飲んだら絶対おいしいと思う。
なんだが先輩のおかげで沈んでいた気持ちが少し軽くなった気がする。今抱えている悩みをすぐに解決するのは難しいかもしれないけど他の人に話すのって大事な事なのかもしれないわね。
こうして温泉で身体も心も暖まった私は少し晴れやかな気持ちで浴場から出ることができた。
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「ふぅー、涼しい...」
入浴を終えて旅館の自分の部屋に戻った私はベランダに出てぼんやりと星空を眺めていた。旅館は山奥にあるから夏真っ盛りのこの時期でも外に出れば夜は結構涼しいのよ。火照った顔に夜風が当たって結構気持ちいいの。
「アイツ今頃何してるかな...」
夜空を見上げながらそんなことを考える。たった数日の間田島に会ってないだけなのに無性に寂しく思うのは私がアイツに恋をしているからなのだろうか。
--田島も私が居なくて寂しいって思ってくれてたらいいのにな。
「...まあアイツはそんなナイーブな奴じゃないわよね」
いっつも西川くん達とバカ騒ぎしてるみたいだし私や新島が居なくてもきっとアイツは楽しくやっているんでしょうね。まあ田島は誰とでも上手くやれる性格だしその辺は心配してないわ。
「でもちょっと寂しいな...」
そんなセンチメンタルなことを考えていると突然ジャージのポケットに入れている携帯が鳴動した。
「こんな時間に電話...? 誰だろう...」
電話をかけてきた相手が気になったのですぐにポケットから携帯を取り出して通知画面を確認する。
「......え!? なんで!?」
通知画面を見た私は驚きのあまり思わず大声を出してしまった。
......だってしょうがないじゃない。画面に表示された名前が自分の好きな人だったら誰だって驚くでしょ。




