仁科唯は振り返る
なんか最近ミスが多くてすいません。
拙い文ですがこれからも読んでいただけると幸いです。
というわけで続きです。お楽しみください。
-side 仁科唯-
指定強化選手に選ばれて以来、なんだかずっと調子が悪い。
別に体調が悪いというわけではないわ。なんか自分が思っているような走りが出来ないのよ。走っている時にどうしても余計なことを考えてしまうの。『みんなの期待を裏切らないようにしないと』とか『天明高校の名に恥じないようにしないと』とか。ずっとそんなことばかり考えちゃう。
そして合宿に参加してからは東雲先輩を始めとする他の選手たちの実力に圧倒されてしまった自分も居るの。それで『私の実力なんてまだまだだなぁ』とか思ったりして。最近は走っている時以外も余計なことを考えちゃうようになっちゃった。
「仁科ちゃーん、こっちのシャンプー切れちゃってるみたいだからさ、そっちのシャンプー貸してくんない?」
こうして汗を洗い流している時でさえ考え事ばっかりしちゃうの。もう、ホント嫌になっちゃう...
「...仁科ちゃん? おーい、仁科ちゃーん! ねぇー、仁科ちゃんってば!」
「は、はいぃ!?」
右隣の人物に肩を叩かれてハッと我に返る。はぁ...私ってばまた暗いことばっかり考えちゃってたな...
「え、えーっと...何ですか、東雲先輩?」
「...仁科ちゃん大丈夫? なんか落ち込んでるように見えたんだけど」
「す、すいません...ちょっと考え事しちゃって...」
「何か悩みがあるの? 私で良ければ相談に乗るよ?」
今私に優しく声を掛けてくれたのは東雲柚子葉先輩。明るくて後輩思いで笑顔が素敵で、そして圧倒的な実力も兼ね備えている私の憧れの選手。そんな彼女と出会ってこうして話せるようになっただけで今回合宿に来た意味があると思える。
「え、えーっと...なんか最近良くないことばっかり考えちゃうんです。私なんかが指定強化選手に選ばれて良かったのかな...とか」
「何言ってんのよ仁科ちゃん。あなたには十分実力があるわよ。仁科ちゃんが選ばれたことに対して文句を言う人なんて誰もいないと思うよ?」
「でも私この合宿の練習にちゃんとついていけてる気がしなくて...」
「うーん、その辺はあんまり気にしなくてもいいと思うよ? 誰だって調子が悪い時はあるじゃない。仁科ちゃんが本来の調子だったら練習についていくのなんて難しいことじゃないわ。たまたま今回の合宿のタイミングで調子を崩しただけのことよ」
「...え? 先輩は私の調子が悪いことに気付いてたんですか?」
「まあ、なんとなくね。今日は特に辛そうな顔で走ってるように見えたから」
この人は本当に凄い。自分のことで精一杯になっている私と違ってしっかり周りが見えている。
「はい、暗い話は終わり! さ! ちゃっちゃと体を洗ってゆっくり温泉に入ろ! せっかく良い湯が目の前にあるんだからさ!」
「そ、そうですね! せっかくの温泉ですもんね!」
東雲先輩は本当に良い人だ。この人と出会うことが出来て本当に良かったと思う。
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「ふぅーー、良い湯だねぇー、仁科ちゃん」
「良い湯ですねぇー、疲れがどんどん体から出て行く感じがします」
髪と体を洗い終えた私と東雲先輩は今2人並んで湯船に浸かっている。さっきまでは暗いことを考えていたけどこの瞬間だけは本当に心身共に癒されるわね。温泉、最高。
「......仁科ちゃんってさ、結構大きいよね」
「え、何のことですか?」
「そ・れ・は...」
両手を広げて接近してくる東雲先輩。なんでだろう、なんかすごく危機感を感じる。
「この豊満な果実のことだぁぁぁ!!」
すると東雲先輩は突然背後から私に抱きついてそのまま私の胸を触り始めた。
「きゃっ! ち、ちょっと東雲先輩! いきなり何するんですか!」
「うっわ、何これ柔らかっ。ちょっと仁科ちゃん? 大きい上に柔らかいとかズル過ぎない?」
「あっ! ちょっ、先輩! そこはダメです! くすぐったいです! くすぐったいですからぁ!!」
「あはは、仁科ちゃんの反応かわいい。もっとやっちゃお」
「んっ! せ、先輩っ! ダメです! ほんとダメですから! お願いだからもうやめてぇぇ!!」
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〜数分後〜
「...ごめん、仁科ちゃん。さっきのはさすがにやり過ぎだった」
「ま、まあ今まで似たようなことはされたことあるからそんなに気にしてませんよ...」
......まあ正直あんなに弄られるとは思ってなかったけど。
「それにしても仁科ちゃんの髪ってホント綺麗だよね。長い黒髪って憧れちゃうよ」
「先輩の髪型もよく似合ってるじゃないですか。ショートカットが似合うのって美人さんだけなんですよ?」
「いやー、私は髪の手入れとかが面倒だからバッサリ切っちゃってるだけだよ? ふふ、でも似合ってるって言われるのは悪い気分じゃないかな」
そう言って微笑む先輩の横顔を見た私は少しドキッとしてしまった。
...え、何今の感覚。同じ女子のはずなのにちょっとドキッとしちゃったんだけど。濡れた肌が少し光ってて普段より色気が出てる感じがするし。ていうかめっちゃ肌綺麗...なんか唇もツヤツヤしてるし...
「...ご、ごめん仁科ちゃん。さすがにそんなに見つめられるとちょっと恥ずかしい」
「あ! す、すいません!!」
なんか普通に先輩に見惚れてしまった。もし私が男子だったら100%先輩に惚れてる自信がある。多分『ユズハ様』とか言っちゃってる。
「ねぇ、仁科ちゃん」
「なんですか?」
「...仁科ちゃんって今好きな人居る?」
「はい!? 急にどうしたんですか!?」
今度は別の意味でドキッとしてしまった。
「いや、ほら女子といえばやっぱり恋バナでしょ? それでどうなの? 仁科ちゃんには好きな人居ないの?」
「え、えっと...私はその手の話は苦手で...」
いや、まあその話題を出された瞬間アイツの顔は思い浮かんだけど! 先輩に話すのはさすがにちょっと恥ずかしいの!
「へぇー、好きな人が居るっていうのは否定しないんだぁー、ふぅーん?」
「え、えっと、それは...」
東雲先輩はニヤニヤしながら私の方をじっと見ている。もう完全にJKモードね。さっきまでの妖艶な東雲先輩はどこに行ってしまったのかしら。
「ふふ、仁科ちゃんかわいいね。顔真っ赤っかだよ」
「なっっ!!」
「ほら、誰にも言わないから話してみなよ。ユズハお姉さんが聞いてあげるから」
「先輩ちょっとキャラ変わってません!?」
「そりゃあ距離が縮まれば接し方は変わるでしょ。私個人的に仁科ちゃん気に入ってるんだよ? 何事にも一生懸命だし。かわいいし」
うっ...それは純粋に嬉しい...
「よし、じゃあ交換条件だ。仁科ちゃんが自分の恋について話してくれたら私も自分の恋について話してあげる。これでどう?」
え、東雲先輩の恋愛? 何それめちゃくちゃ興味あるんだけど! でも私の話もしなきゃいけないのか...先輩の話も聞きたいけど私の話をするのはやっぱ恥ずかしいな......うーん、どうしようかな.....
そして思考すること数秒。
私は乙女の話に花を咲かせることに決めた。
「......じ、実は私には好きな人が居ます」
「おぉ!! それでそれで? その子とはどんな関係なの?」
「...ソイツとは友達です」
「ふむふむ、なるほど友達か。それで仁科ちゃんはその子のどんなところが好きなの?」
「...最初はただの友達だと思っていました。バカだし、たまに余計なこと言ったりするし、よく先生に怒られるし。なんか面白いヤツだな、くらいにしか思ってませんでした。本当に最初は男子として意識することは無かったんです」
最初は本当にそれだけだった。
「でも一緒に過ごす時間が増えていくたびに私はだんだんソイツの良いところに気づいていったんです」
傷ついている私に真剣に向き合ってくれた8月31日。あの日、アイツには普段人に見せていない優しさがあることを知った。
「そして私の中でアイツの存在がどんどん大きくなっていきました」
アイツが事故に遭った9月1日。あの日、自分がどれだけアイツのことを大事に思っていたのかを理解した。
「だんだんソイツのことを目で追うようになっていって」
記憶を失っても田島は田島のままで全然変わってなくて。それが言葉に出来ないくらい嬉しくて。田島と一緒に笑い合える時間が前よりも愛おしく感じるようになって。
そしてあの日--
『頑張ってる仁科のことを悪く言う奴は誰であろうと俺が絶対許さねぇから』
この言葉を聞いた瞬間胸が焼けるように熱くなって。高鳴る鼓動が止められなくて。アイツの横顔から目が離せなくなって。
--そして私は。
「気がついた時にはどうしようもないくらいソイツのことを好きになっていました」




