家族とは
すみません、予定変更でアリスと友恵の対面は次話に持ち越しです。
続きです。お楽しみください。
-side 田島亮-
田島友恵。皆さんご存知我が妹である。出来が悪い俺とは違い、成績優秀で運動神経も抜群、そして次期生徒会入りが確実視されるほどの人望を持つ、まさにパーフェクトなJK。それが俺の妹。
兄妹とは時に相手に劣等感を抱いたりするものである。しかし俺は友恵に劣等感など一切抱いたことが無い。ここまでスペックに差があると、もはや自分と比較する気にならないのだ。
俺にとって友恵は自慢の妹だ。自分にこんなにすごい妹が居るということを純粋に誇らしく思う。その感情の中に嫉妬の類は一切無い。
それに友恵には年相応の無邪気さや可愛らしさもある。ただの無機質な完璧人間というわけでもないのだ。
...いや、ちょっと待てよ。むしろ可愛らしさを持ち合わせているアイツは完璧を超えた存在なのではなかろうか。我が妹ながら恐ろしいことだ。
つーかさ、皆俺のことシスコンシスコンって言ってくるけどしょうがなくね? だって友恵だぞ? 外では完璧人間やりつつも、家ではちょっとだらしなかったりワガママだったりするんだぞ? そんな妹を可愛がらない理由なんて無いだろ? そうだよ、俺は友恵推しだよ。
というわけで、よく考えるとマイパーフェクトシスター友恵にアリス先輩が取材を申し込むのも別におかしいことではないと思えた。つーか友恵のやつ普通に有名人だし。むしろ今までアリス先輩が放置してたことに違和感を覚える。
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現在時刻は18時30分。アリス先輩との勉強会を終え、帰宅した俺は友恵の部屋の前に来ていた。それには特に深くもない理由がある。
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〜帰り際、新聞部室にて〜
「まあアリス先輩が友恵を取材をするのは全然構わないですよ。そもそも俺に新聞部の活動を制限する権利はありませんし」
「じゃあ明日か明後日の昼休みに取材させてもらえないかダーリンの方から妹ちゃんに確認しといてくれない? 見ず知らずの私がいきなり取材を申し込んでも警戒されるかもしれないし」
「分かりました。じゃあ帰ったら直接伝えときますね」
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というわけで俺は取材のアポ取りのために友恵の部屋まで来たのだ。
「...よし、じゃあ入るか」
テスト期間だし部活も無いからこの時間なら部屋に居るだろう。早速入るとしよう。
「友恵ー、入るぞー」
ノック代わりに友恵に一声掛けながら部屋のドアを開けてみる。
「......あ」
ドアを開けた俺は思わず力の無い声を出して固まってしまった。
......部屋を開けて目に入ったのは妹(着替え中)だったのだ。
「...」
...なるほど。黒のレースか。まだ高1なのに大人っぽいやつ着てるんだな。友恵ちゃん、意外とオマセさん。
「...」
「...」
両者の間に沈黙が流れる。『着替え中にバッタリ』というハプニングがあまりにも予想外過ぎたため硬直状態になってしまっているようだ。
......仕方ない。ここは兄の俺の言葉でこの気まずい空気を打開してみせよう。
「なあ友恵」
「...」
「え、えーっと、その、なんだ」
「...」
「お前って意外とエロい下着履いてるんだn」
「うるさい!! ノックくらいしろ!! このバカ兄貴!!」
「へぶぅっ!」
枕、俺の顔面にクリーンヒット。友恵、ナイスコントロール。
「ほんっとありえない!!」
すると友恵は顔を真っ赤にしながら乱暴にドアを閉めてしまった。
うわ、怒らせちまったな......あの様子だと全力で謝っても今日取材のアポを取るのは厳しいかもな...
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「友恵様、私が100%悪いのは分かっております。本当に申し訳ありませんでした。どうか寛大な心で私を許していただけないでしょうか」
「......」
現在時刻は20時。親子3人で食卓を囲む時間になっても友恵は機嫌を直してくれない。どうやら友恵はおいしいご飯を食べても機嫌が直るタイプではないらしい。
「......亮? アンタ友恵に何したの?」
「いや、まあ、色々あってな...」
「......兄貴が私の着替えを覗いたのよ」
「ちょ、友恵さん!?」
「亮、アンタ...いくら友恵が好きでもそれはないでしょ...」
「誤解だ母さん! 俺は無実だ!!」
「...何が無実よ」
「い、いや、あのー友恵さん? まあさっきのことについては俺が悪かったけど...意図的じゃないから無実を主張したいといいますか...」
「亮、言い訳は見苦しいわよ。さっさと白状しなさい」
「母さんはさっきのこと何も知らないはずだよな!? 俺に何か恨みでもあるのか!?」
まさかの母&友恵vs俺という構図。まさに四面楚歌。ちくしょう、母さんなら兄妹喧嘩の仲裁に入ってくれると思ってたのに。俺に味方は居ないのか。
......まあ友恵の機嫌が悪い時に謝っても逆効果かもしれないな。時間が経てば少しは機嫌が良くなってくれるだろう。許してもらうのは明日にして今日のところは部屋に戻るか。飯もちょうど食い終わったし。
「...ごちそうさま」
「あら、いつもより早いじゃない。おかわりは要らないの?」
「...ああ、今日はもういいかな」
「分かったわ。まあ夜中にお腹が空いたら下に降りてきて何か適当に食べなさいな」
「おう」
母の言葉にぶっきらぼうに返事をし、食卓の椅子から立ち上がる。今日のところは一時退散だ。
......いや、その前に一応最後に友恵に声掛けとくか。
「友恵、今日はほんとにゴメンな。ノックしなかった俺が悪いし言い訳みたいになるかもしれないけどマジでわざとじゃなかったんだ」
「...」
「全面的に俺が悪いからすぐに許してくれとは言わない。でも俺はできることなら早く友恵と仲直りしたいかな」
「...」
「...じゃあおやすみ、友恵」
「......うん、おやすみ」
......よし、どうにか挨拶を済ませることができた。やっぱ喧嘩してる時でも『おやすみ』くらいは言っておきたいよな。なんとなくだけど家族ってそういうもんだと思うし。
そして最低限の挨拶を交わすことに成功した俺は少し満足した心持ちでリビングを後にした。
-side 田島友恵-
「...ごちそうさまでした」
私が食卓に並んでいる自分の分の料理を完食したのは兄貴が部屋に戻って10分以上経った頃だった。食事のペースの違いから自分の兄が成長期の男子であるということを改めて実感する。食べても太らずに身長が伸びるというのが少し羨ましくて恨めしい。私が高校に入ってからというものの、兄貴との身長差は開いていくばかりでなんだか悔しい。
「...ねぇ、友恵? 亮と何があったのかは詳しく知らないけどさ? 反省してたみたいだし、亮が部屋に戻る前に許してあげても良かったんじゃないの?」
食事を終えたのでリビングを出ようとした刹那、台所で洗い物をしている母から声を掛けられた。やっぱりさっきの兄妹間のやりとりは親として見過ごせるものじゃなかったみたいね。
「......兄貴のことはもう許してはいるの。わざとじゃないっていうのも分かってたし。でもなんかあの時は兄貴とどう話せばいいのか分かんなくて...」
長話になりそうだと思った私は母の問いかけに答えながらリビングのソファに腰掛けた。
「...ふふ、アンタたち兄妹って本当に似てないわよね。昔から亮は度が過ぎるほど素直。言った方が良いと思ったことは何でも言っちゃう子。そして友恵は昔から意地っ張り。だからアンタはあの時亮に何て言えば良いのか分からなかったのよ。1回お兄ちゃんを突っぱねちゃったから意地になってどうすればいいのか分からなくなってたんでしょ?」
「......うん」
本心を言い当てられた私はただ母の言葉を肯定することしかできなかった。普段は結構テキトーなところがある母親だけどこういう時は本当に敵わないと思うわ。
「だから喧嘩後の仲直りを切り出すのはいつも亮からだよね。あの子は仲直りしたいと思ったらすぐにそれを口に出すから」
「...」
...これも母さんの言う通りだ。今夜の兄妹喧嘩...いや、今日は私が一方的に機嫌を悪くしてたから喧嘩でもないか。とにかく今夜も先に歩み寄ってくれたのは兄貴だった。
これが兄貴が記憶を失っても昔からずっと変わらない私たちの仲直りのパターン。ワガママな私はずっと兄貴が優しく歩み寄ってくれるのを待ってるだけ。昔からずっとそう。そして今もそれは変わらないまま。
「......たまには私から歩み寄った方がいいのかな?」
「いや、別に今のままでもいいんじゃない? ていうか多分友恵が歩み寄ろうとしてもそれより先に亮が来るわよ。あの子、アンタのこと大好きだから」
「そ、それはそうかもしれないけど......でもなんかいつまでもそのままだと私がワガママで子供っぽい感じがするっていうか...」
「ふふ、何言ってんのよ。アンタまだ高校1年生じゃない。まだまだ十分子供よ」
「兄貴だって私と1つしか歳変わらないじゃない。なのに兄貴の方が大人な対応してる感じが出てなんか嫌なのよ」
「......ふふ、そんな考え方してる時点でアンタは亮よりお子様よ」
......ぐうの音も出ない。
「別に仲直りの仕方なんてどうだっていいじゃない。結果的に仲直りできてるんだから。仲が悪い兄妹なんてこの世に腐るほど居るのよ? 亮が歩み寄ってくれるんだったらアンタは黙って亮に甘えてればいいのよ。アンタが気持ちを伝えるのが苦手ならさ、気持ちを伝えるのが得意な亮に任せてればいいじゃない」
「それじゃ私がまるで兄貴におんぶに抱っこみたいになってるような......」
「友恵、それは少し違うわ。私はあくまで兄妹で補い合いなさいって言ってるの。少し仲違いした時は亮が歩み寄ってくれるのを待ってれば良い。でももちろん友恵がお兄ちゃんに甘えるだけじゃダメよ」
「......じゃあ私はどうすればいいの?」
「簡単なことよ。亮が困っている時があったらその時はアンタが力になってあげるの。亮は得意だけど友恵が苦手なこともあるようにさ、亮は苦手だけど友恵が得意なこともあるでしょ? ていうかアンタの方が出来が良いんだからアンタが得意なことの方が多いはずよ。だからお兄ちゃんが困っている時は妹のアンタが力になってあげなさい」
「私が兄貴の力に...」
「...まあなんか色々言ったかもしれないけどあんまり難しく考える必要は無いわ。とりあえず私が友恵に伝えたかったのはね、兄妹で足りない所を補い合いなさいってこと。それは似ていない者同士のアンタたちだからこそ出来ることでもあると思うの」
似ていない私たちだからこそ出来ること...
「そしてアンタたち2人が力を合わせてもどうしてもできないことがあったら母さんや父さんを頼ればいい。だって私たちみたいな『親』が居るのはアンタたちみたいな『子供』を導くためなんだから。家族っていうのはそうやって助け合っていくもんなのよ」
「......!」
『助け合い』という母の言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に突然『あの日』のことが映し出された。病院で兄が記憶を失ったと告げられ、帰宅後に3人で抱き合って涙を流したあの日のことを。
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ーー『私たちが覚えていれば亮は消えない』
あの時、涙を流しながら聞いた母の言葉。
ーー『俺たちが居れば亮は大丈夫だ』
あの時、歯をくいしばりながら叫んでいた父の言葉。
ーー『たとえ兄貴がどんな風に変わったとしても私たちは私たちのままでいよう』
そしてあの時、不安でどうにかなってしまいそうだった私が心の底から絞り出した決意の言葉。
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あの時、確かに私たち家族は助け合っていた。
先が見えないという恐怖があった。思い出を失った悲しみがあった。でも私たちは3人でそれを乗り越えることが出来た。
--それはきっと『あの日』の涙があったから。
母の言葉を聞いて今更そんな事に気づく。
私はもうとっくに『あの出来事』を乗り越えたと思っていた。でもそれが確信に変わったのは事故から1年近く経った今日、この日だった。
「......友恵? どうしたの? 急にボーッとしたりして」
「...なんでもないわ。ちょっと考え事してただけ」
母さんに声を掛けられて我に戻る。いけないいけない、随分と長い間物思いに耽っていたみたいね。
「...アンタたち兄妹って本当に仲が良いわよね」
「なによ、突然」
「いや、そういえばアンタ達が喧嘩するのって久しぶりだなって思って」
「兄貴がシスコンだから喧嘩にならないだけじゃないの?」
「...ふふ、やっぱりアンタは素直じゃないわね。こういうのってツンデレって言うんだっけ? アンタも亮と同レベルのブラコンよ。だから喧嘩にならないのよ」
「......な、何よ、それが悪い?」
「あ、デレた」
「黙れ」
......まあ、明日の朝は私から兄貴に歩み寄ってあげるのも良いかもね。やっぱりワガママなのって子供っぽいし。ていうか、また母さんに子供っぽいって言われるのも嫌だし。
「じゃあ眠くなってきたし、私そろそろ部屋に戻るね」
「分かったわ。それじゃあ、おやすみ」
「......うん、おやすみ」
そして母さんと挨拶を交わした私はリビングを後にした。
--気のせいかもしれないけれど、その日の夜はなんだかいつもよりグッスリと眠れた気がした。
次回こそアリスと友恵の初対面でございます。




