アリスちゃんは褒められたい
今回は英語の文章が出てきています。
()の中に日本語訳を書いていますが、これは読者様のためのものであり、実際に田島くんが見たり聞いたりできているのは英語オンリーです。
それでは続きです。 enjoyしてもらえるとhappyです。
-side 田島亮-
「Hey! Mr.Tajima! Are there any questions?
(ダーリン、何か質問はある?)」
「あ、あのー...アリス先輩...ほんとに今日は日本語禁止なんですか...?」
「Hey,Tajima! Don't speak Japanese‼︎
(こら、ダーリン! さっき日本語はダメって言ったでしょ!)」
「......ソ、ソーリー...」
本日は7月6日。テスト期間初日である。放課後にアリス先輩が俺に英語を教えると言ってくれたので新聞部室を訪れたのだが、俺が部室に入って椅子に座り、アリス先輩と向き合った瞬間に『ダーリン! 今日はダーリンの英語力を磨くために日本語禁止にするから!!』と言ったきり、アリス先輩は全く日本語を話さなくなってしまったのである。ぶっちゃけこの状況に全然頭が付いていっていない。
それとアリス先輩が外国人と同じレベルの英語の発音をするからシンプルに聞き取りづらい。さっきのは中学レベルの英語だからギリギリ聞き取れたけどこれ以上レベルが上がると多分何言ってるのか全然分からなくなる。
「......」
......アカン。英語力が無さすぎて何喋ればいいか全然分かんねぇ。うーん、どうしたものか...
「.......ぷっ、あはははは! 冗談よダーリン! 冗談! そんなに眉間に皺寄せて悩まなくてもいいよ! 日本語でOKよ!」
「...え? そうなんですか?」
「Don't speak Japanese!!」
「へ!? 結局どっちなんすか!?」
「あはははは! ダーリンのリアクションってやっぱり面白いわね! かわいい!!」
「は、はは...アリス先輩が喜んでくれたみたいで何よりです...」
チ、チクショウ...またいつもみたいにからかわれてしまった...どうしてアリス先輩と話す時はいつも先輩のペースになってしまうんだ...
「はい! じゃあ日本語禁止はこれで終わりね! そろそろお勉強を始めましょうか!」
「わ、分かりました...今日はよろしくお願いします...」
そしてよく分からん茶番を終えた俺たちはようやく英語の勉強を始めることになった。
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謎の日本語禁止から解放された俺はカバンの中から筆記用具やら教科書を取り出し、長机の上に勉強する環境を整えた。さあ、勉強会の始まりだ。
「勉強の準備終わりました。早速始めましょう。今日はよろしくお願いします」
「よし! じゃあまずは問題用紙を配るわね! はい、どーぞ!」
すると長机を介して俺の正面に座っているアリス先輩は1枚のプリントを机上に置いた。
「え? 今日って俺が分からないところをアリス先輩に質問するって形式じゃないんですか? 一応教材とか持ってきたんですけど」
「うん、もちろん質問対応はしてあげるわ。でもまずはダーリンにこのテストを解いてもらいたいの。ダーリンの英語の実力を把握しておきたいのよ」
「...なるほど」
おそらくアリス先輩は俺の点数に応じて教え方を決めるつもりなのだろう。一口に『英語が苦手』といっても、『全然英語の問題を解けないというレベルで苦手』という人も居れば、『他の教科に比べたら苦手』という人も居る。そして苦手な度合いに違いがあるのならば教え方も変えなければいけないのだろう。
まあ簡単に言うと多分先輩は俺がどれくらいバカなのかを知って、それに応じて教え方を決めたいのだろう。
「じゃあ早速問題を解きましょうか! ほとんど中学レベルの問題だから気楽に解いてね!」
「分かりました。では早速始めましょう」
中学レベルの問題か。一応英語の補習も受けてるから多分解けるはずだ。つーか俺っち高2だからさすがに解けないとマズイ。
「よし! じゃあテスト開始!!」
そしてアリス先輩の開始の合図を聞いた俺はシャーペンを右手に持ち、机上で裏返しにされていた問題用紙をめくった。
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(問題1)以下の文章はロンドンで生まれた日本人とイギリス人のハーフで金髪&ナイスバディ、そしてとびきりかわいい新聞部員部長の少女の物語である。文章を読み、①〜⑧の英文を大きな声で日本語に訳しなさい。
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「......アリス先輩? 一応聞いときますけどこの問題って誰が作ったんですか?」
「...え、もちろん私だけど」
「ですよね!!」
「ほらダーリン! 時間が無くなっちゃうわよ! 早く解かないと!」
「え、えっと、それとあの...大きな声で日本語に訳せって書いてあるんですけど...これどういう意味ですか...」
「え、そのままの意味よ? 英文の日本語訳を私に口で言ってくれればいいわ!」
「......とりあえず解いてみます...」
問題文にツッコみたい気持ちは山々だが、まずは文章に目を通してみよう。問題文は少しアレだが、せっかくアリス先輩が問題を作ってきてくれたんだ。問題にツッコミを入れるのはその後でも遅くないだろう。
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18 years ago, an angel was born on London.
(18年前、1人の天使がロンドンで生を受けた。)
①Of course, she was not an angel, but people could not help saying "She is an angel" because she was very cute. So, her name is Arise Sibusawa.
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「あのー、早速①が出てきたんですけど...この文章の日本語訳を口で言えばいいんですか?」
「うん、そうよ! じゃあ早速答えをどうぞ!」
「あ、はい分かりました...あんま自信ないけどとりあえず訳してみます...」
「ふふ...うふふ...」
「①もちろん彼女は天使というわけではない。しかし彼女があまりにかわいかったので人々は彼女のことを天使と呼ばずにはいられなかった。そう、そんな彼女の名は渋沢アリス」
「きゃーー!!! 大正解よダーリン!!」
......なぜだろう。正解したのに複雑な気分だ。
「ま、まさかこれを言わせるためだけにこんな問題作ったんですか...?」
「いや、まあそれもあるけどそれだけが目的じゃないわよ? 多分ダーリンが翻訳できるギリギリのレベルの文章になってると思うんだけど」
「た、確かに...①の文って意味自体は強烈ですけど絶妙な難易度になってますね...すげぇ...」
「でしょでしょ! ダーリンは英語力がつく。私はダーリンに称賛される。まさにWin-Winね!」
才能の無駄遣いが過ぎる。
「さあさあ! 文章はまだまだ続くわよ! じゃんじゃん問題を解いていきましょう!!」
「わ、分かりました...」
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そんなこんなで結局その後も俺は絶妙な難易度が設定された『渋沢アリスを讃える文』の日本語訳を続けることになった。
「はい、ダーリン! ②を訳して!」
「②この世には様々な奇跡がある。そしてもちろん我々が渋沢アリスの美しさを目にするのも奇跡と言えるだろう。ああ、アリスよ。毎日あなたの姿を見ていたい」
「ふ、ふふ...正解よ...うふふ...」
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「はい、ダーリン! 次は⑤よ!」
「⑤ある登山家は『なぜ山に登るのか?』と問われると、『そこに山があるから』と答えた。ならば『なぜ渋沢アリスが美しいのか?』と問われたなら我々はこう答えるべきだ。『イギリスと日本のハーフだから』と。」
「きゃーーーー!! 正解よダーリン! ダーリンって意外と英語得意なんじゃない!!!」
「...え、ちょっと待ってください。今のって言われて嬉しいことですか? ハーフだから美人って言われてるだけですよね?」
「ふ、ふふ...うふふ...」
「ダメだ、全然話聞いてくれねぇ...なんか変なテンションになっちゃってる...」
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「さぁ、ラストよダーリン! ⑧の答えを聞かせてちょうだい!!」
「⑧おー、アリスよ。お前はどうしてアリスなのか。あー、アリス、あなたはどうしてアリスなの?」
「ふ、ふふ...ウヘヘ...」
「な、なぜ今のセリフを聞いて喜べるんだ...趣味が高次元過ぎる...」
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ようやく①〜⑧の全ての文章の翻訳が終わった。そしてなんだか疲れた俺は問題用紙を片付け、アリス先輩と椅子に座って少し休憩することにした。
「アリス先輩なんか途中から変なテンションになってませんでしたか?」
「いやー、なんか私って称賛されたり褒められたりするとすぐテンション上がってあんな感じになっちゃうんだよねー」
「後半の方はもはや褒めてるかどうか怪しかったですけどね...」
「うーん、私って生まれてこの方お母さんから褒められたことが無いのよねー。それに昔は皆私の外見しか見てくれなかったし。だから誰かに褒められたらすぐ嬉しくなっちゃうのかも。あら? もしかして私って結構承認欲求強めなのかしら?」
「せ、先輩...軽いノリで闇が深そうなこと言うのはやめて下さい...」
「あ、そうだわ! 高校卒業したら宗教開いちゃえばいいじゃない! 渋沢真理教よ! 渋沢真理教! 皆私を崇めるの! 最高じゃない!」
教祖様、動機が不純過ぎやしませんか。
「なーんてね。もちろん冗談よ。褒めてくれるなら誰でも良いってわけでもないし。やっぱり大切な人に褒めてもらわないと意味が無いわよね」
「......アリス先輩のお母さんってどんな人なんですか?」
「え? ダーリン急にどうしたの? 私のお母さんがそんなに気になるの?」
「あ、いや、その...生まれてこの方お母さんから褒められたことがないっていうのが結構気になって...でもすいません、やっぱ今の忘れて下さい。失礼な質問でしたよね」
いきなりなんてこと聞いてんだ俺は。いくらいつも元気なアリス先輩相手でも聞いていいことと悪いことくらいあるだろ。特殊な家庭事情なんて別に珍しいことでもないじゃねえか。わざわざそれを聞こうとするなんて失礼過ぎるだろ。
「...いや、別に謝る必要は無いわ。そりゃあ母親に1度も褒められたことが無いなんて言われたら気になるわよね。こっちこそごめんね、急に変なこと言っちゃって」
「いえいえ、先輩が謝る必要もありませんよ」
「...ふふ、なんか私たちが真面目な会話をするのって珍しいわね! なんだか不思議な気分!」
「先輩が俺をからかい過ぎなんですよ。それとリンさんと相川さんがシリアスブレーカー過ぎます。ツッコミで大忙しです」
「ふふ、でもあの2人と居る時はなんだかんだでダーリンも楽しそうにしてるじゃない」
「そりゃ、まあ...そうですけど」
「じゃあ私と居る時は?」
「...え?」
「私と居る時は楽しい?」
......え? それ直接俺に聞いちゃう?
-side 渋沢アリス-
言ってしまった。珍しくシリアスな雰囲気になったのに乗じていつも気になってることをダーリンに尋ねてしまった。
そう、私はいつもダーリンがどんな気持ちで私と過ごしているのか気になっていたのよ。ていうか恋する乙女ならみんな気になってるわよね?
私は市村さんみたいに彼の幼馴染ではないし、仁科さんみたいに彼と仲の良い友達だったわけでもない。それに私は岬さんみたいに彼と運命的な出会いをした訳でもない。
私は彼女たちみたいにダーリンにとって特別な存在というわけではない。ちょっとしたきっかけで彼を好きになって彼に好意をアピールしてるだけ。そのくせに『いつかちゃんと交際を申し込むからそれまで待ってて』なんて彼に言って、今の関係を続けようとしてるズルい女の子。それが今の私。
私は田島亮くんが好き。でも好きになればなるほど今の関係が崩れるのが怖くなる。楽しく過ごせる今この瞬間が無くなるんじゃないかと思って不安になってしまう。
そして不安になった私は時々こう考えてしまう。
『彼は優しいから私から離れないでいてくれているだけなのではないか』と。
頭の中ではそんなことはないっていうのはなんとなく分かってるわ。でもそんな考えが時々頭に浮かんでしまう自分が居るのもまた事実なのよ。
だから私は彼の言葉が欲しいの。私と過ごす時間を少しでも楽しいと思ってくれているのならそれを言葉にして欲しいの。安心したいから。少しでも私の存在が彼の心の中に刻まれているという確信を得たいから。
固唾を飲んで目の前の後輩男子をじっと見つめてみる。すると、彼はゆっくりと口を開いて話を始めた。
「......正直に言うと最初は先輩のことを強引な人だと思ってました。部室に監禁されかけましたし。いきなり壁ドンされて変なインタビュー受けさせられたりしましたし」
「......それはホントにゴメン。あの時の私は良い記事を書くためなら何をしても良いと思ってたから...で、でも! 今は違うからね! 今は! ちゃんと反省したから!」
「はは、それは分かってますよ。先輩は強引な人ですけど人の話を真摯に聞いてくれる人です。だからリンさんや相川さんも先輩を慕っているんだ思います」
「...抱きしめてもいい?」
「先輩はどんな空気の時でも平常運転ですね...」
おっと、いけないいけない。うっかりシリアスな雰囲気をブレイクしてしまったわ。私の中に流れる関西人の血が騒いでしまったみたいね。(※アリスの血筋内訳: イギリス50%、東京50%)
「まあさっき言ったように最初は先輩のことは強引な人だと思ってました。俺がリンさんや相川さんに出会ったのも元はといえば先輩が俺を強引に部室に連れて行ったからですし。でも今は先輩が部室に俺を招いてくれたことを感謝してるんですよね」
「...ダーリンが私に感謝? なんで...?」
「先輩が俺に居場所をくれたからです」
「...え? でもダーリンって友達が少ないわけじゃないわよね? 居場所なんていくらでもあるんじゃないの?」
「確かに俺には欠けがえのない友人達が居ます。でもアイツらは皆記憶を失う前の俺を知っているんです。俺が知らない俺を知っているんですよ」
「...」
返す言葉が出てこない。昨年彼を取材して以来彼が記憶喪失のことを話題に出したことが無かったらからどんな言葉をかければいいのか分からない。
「もちろんアイツらは今の俺と仲良くやってくれているっていうのは分かっています。それに過去の俺を覚えてくれているアイツらが居てくれるから俺は17年間生きてきたということを実感できるんです。だから友人達には本当に感謝しています」
「...」
「すいません、なんか話が逸れちゃいましたね。まあ先輩が言ったように俺には大切な友人達が居ます。でもアイツらって過去の俺が頑張った結果出来た友達じゃないですか。だから欲張りかもしれないけど俺は新しい友達が欲しいと思うようになったんです。過去の自分が結んだ縁に頼るだけじゃなくて、今の自分がゼロから新しい人間関係を築き上げるのも必要なことなんじゃないかと思ったんですよ」
「...その新しい友達っていうのがリンちゃんと瀬奈ちゃん?」
「そうです。そして先輩は新聞部室という新しい居場所を俺にくれました」
...そっか。君はそんな風に思ってくれてたんだね。
「俺にとって新聞部室は記憶喪失のことを気にせずに今の自分をさらけだすことができる場所です。純粋に今の俺と親しくしてくれるリンさんや相川さん、そしてアリス先輩と過ごす時間。それは他の友人達と過ごす時間とはまた別の意味で心地良いものなんです。だから...」
「...だから?」
「...せ、先輩と過ごす時間は楽しいに決まってるじゃないですか」
彼は優しく微笑みながら、でもどこか照れ臭そうな表情を浮かべながらそう言った。
......あ、これやばいかも。このまま彼と向かい合ってたら顔から火が出ちゃうかも。
「あーー!!!」
「え!? どうしたんですか先輩!? なんでいきなり机に突っ伏してるんですか!? 俺何かおかしなこと言いましたか!?」
「......ダーリンの女たらし」
「え!? なんで!?」
顔がどんどん熱くなっていくのが自分でも分かる。上辺だけの言葉じゃなくて真剣な思いを聞けたのが嬉しくて舞い上がってしまう。彼は私と過ごす時間を大切に思ってくれていた。ただそれだけで胸の中に暖かさが広がっていく。
でも...でも...
ーーこんな顔恥ずかしくて見せらんないよ...
こんな真っ赤な顔は絶対ダーリンに見せたくない。だって先輩の威厳を保つためにも今の顔は見られるわけにはいかないもの。私は年上のお姉さんなんだもん。
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長机に顔を伏せること数分。ようやく落ち着いた私は顔を上げて彼と向かい合うことにした。
「え、えーっと、その...大丈夫ですか?」
「え、何を心配してるの? 見ての通り私はいつも通りのかわいいアリスちゃんだけど?」
「いや、なんかさっきまで先輩の様子がおかしかった気がしたんで...」
「ダーリンってホント女たらしよね」
「いや、だからなんで!?」
「どーせ他の女の子にも優しく接してるんでしょ? 私知ってるんだから!」
市村さんとか岬さんとか仁科さんとか! 私知ってるんだから! 私のジャーナリスト魂(私欲100%)をナメないで欲しいわ!
「いや、意識的に優しくしようとしてるつもりはないんですが...」
天然か。天然でコレなのか。なによそれ! 余計にタチが悪いじゃない!!
「...うふふ」
「...先輩?」
なんだか今まで不安になっていたのがバカバカしくなって笑ってしまった。元気が取り柄の私が落ち込むなんてどうかしてたわ。恋って人を狂わせるのね。
...あ、そうだ。そういえば今日は元々勉強会のついでにダーリンに『ある事』を聞く予定だったわね。危ない危ない、ダーリンと話し込んでたから完全に忘れてたわ。
「...ねぇ、ダーリン。1つ聞きたいことがあるんだけど」
-side 田島亮-
「ねぇ、ダーリン。1つ聞きたいことがあるんだけど」
話がひと段落着いたので椅子の背もたれに身を委ねて一息ついていると、再度アリス先輩から話しかけられた。俺的には結構話し込んだつもりなのだが、先輩はまだ話し足りないのだろうか。
「俺に聞きたいこと? なんですか?」
「新聞部として友恵ちゃんを取材してもいい?」
「...」
先輩から言われたことがあまりにも予想外過ぎたので思わず固まってしまう。
...え? 新聞部が誰をどうするって言った?
「...今なんと?」
「君の妹を取材したいの」
「......what?」
そして俺は今日先輩から鍛えられた英語力を発揮して今の気持ちを表すことに成功した。
次回、アリスと友恵が初対面




