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お嬢様の想い人

続きでございます。

-side 田島亮-


「えへへぇ...亮くーん...亮くーん...えへへぇ...」


 俺の隣に座っている岬さんはさっきからずっと俺の方を見てニコニコしている。どうやら相当酔いが回っているようだ。


「ねぇねぇ、亮くん」


「な、なにかな岬さん...?」


「亮くんは今日とっても勉強を頑張りました」


「き、急にどうしたの...? ていうか俺よりも岬さんの方が頑張ってた気がするけど...」


「うふふ...お勉強を頑張った亮くんにはね...ご褒美が必要だと思うの...」


「ご、ご褒美...?」


 すると岬さんは突然椅子から立ち上がり、俺の目の前にやってきた。


「あ、あのー...岬さん?」


「うふふ...今から亮くんにご褒美あげる...」


 岬さんはそう言うといきなり俺の両肩を掴んでこちらを見つめてきた。


「え、ちょ!? 岬さん!? 急にどうしたの!?」


 ...これはやばい。酔って少し色っぽくなった岬さんの顔が目の前にある。そんな彼女と見つめあっているとどうしても体温が上がってしまう。


「えへへぇ...どうしたの亮くん...? 顔真っ赤だよぉ...?」



 酔っ払った女の子怖いよぉ...普段とキャラが全然違うよぉ...どうすればいいんだよぉ...


「ねぇねぇ亮くん、ちょっと目瞑ってくれない?」


「...え? なぜ急にそんなことを?」


「えーっとね、亮くんが目瞑ってくれないとね、ご褒美をあげられないの」


 ......え? ちょっと待てよ。まさかとは思うけど、もしかして岬さんが俺にあげようとしているご褒美って...


「あ、あのー、岬さん? なんで俺は目瞑らなきゃいけないのかな...?」


「......うふふ、私から亮くんにご褒美のチューをするためだよ」


 よっしゃあ! 美少女とキスができるぜぇ! ヒャッハーー!!



 ...なんて思えるわけないだろ。ここ岬さんの家だぞ。それに大崎さんがいつ戻ってくるか分からないんだぞ。


 そもそも岬さんとそんなことしたらダメだろ。絶対今まで通りの関係じゃなくなるわ。岬さんは人と話すのが苦手なのに勇気を出して俺と友達になってくれたんだぞ。そんな彼女とこんな形で行為に及ぶなんてことは絶対にあっちゃいけないはずだ。



「...ごめん、岬さん。俺は岬さんの言う通りにはできないよ」


「...そっか」


 ふぅ......一応これで『ご褒美のチュー』は諦めてくれたみたいだな...




「...うふふ、じゃあちょっと恥ずかしいけど目を開けたままでもいいよ!」


 ......へ? 今なんと?


「じゃあ亮くん、じっとしててね...」


 すると突然岬さんが両手で俺の頬を押さえつけてきた。


「...へ!? あ、あのー、岬さん? これは一体どういうことですか...?」


「えへへぇ...キスはね...目を瞑ってなくてもできるんだよ...」


 な、なんてことを言うんだこの子は...つーかコレってご褒美とか関係なく単純に岬さんが酔ったらキス魔になるってことなんじゃね? ちくしょう...俺結構頑張って理性抑えてるのに...


「じゃあそのままじっとしててね...」


 岬さんはそう言うと俺の頬を両手で包んだまま顔をさらにこちらに近づけてきた。


「ち、ちょっと岬さん! ストップストップ!! さすがにそれはダメだよ!!」


 岬さんの両手を抑えて俺から引き剥がそうとしても全然ビクともしない。この子意外と力強い。


 ていうかこのままだとマジでやばい。岬さんの顔がどんどん俺の方に近づいてくる。このままだとマジでキスすることになってしまう。


「岬さん! ストップ! ストップ! ストーップ!!」


「えへへぇ...ストップしなーい!」



 待ってヤバイヤバイヤバイヤバイ近い近い近い近い!!! 止まってくれ!! 頼むから止まってくれ岬さぁぁぁん!!!





「すみませんお嬢様。コーヒー豆が切れていたので買い出しに行っていたので遅くなってしまいました......ってえ? お2人はなんで密着しているのですか...?」


 万事休すかと思われたその時、俺の背後から突然大崎さんが現れた。手元を見ると彼女はコーヒーを2杯乗せたお盆を持っている。良かった...良いタイミングで戻ってきてくれた...


「あー、大崎だー!」


「え、えーっと...お2人は私が知らないうちにそういう関係になっていたのですか?」


「ち、違いますよ大崎さん! 2人でウィスキーボンボンを食べたらなぜかこういうことになってたんですよ!!」


「あー、なるほど。ようするに私が後で食べようと楽しみに取っておいたウィスキーボンボンをお嬢様が勝手に食べて酔っ払ってこういう状況になったというわけですね。まったくもう...岬家の皆様は異常にお酒に弱いから誤って食べないようにわざわざ隠しておいたというのに...」


 理解が速くて助かる。つーかあのお菓子って大崎さんのものだったのか...


「違うよ大崎ー! 勝手に食べたわけじゃないもん! シェアしてもらっただけだもん!!」


「はいはい分かりました。それとお嬢様、そろそろ田島様から離れた方がよろしいのでは?」


「えー、やだよぉー。私今から亮くんにご褒美のチューをするんだもーん」


「これは相当酔っ払っていらっしゃいますね...あのー、お嬢様? 無理やりそんなことをしたら田島様に嫌われてしまうかもしれませんよ? それでもよろしいのですか?」


「いや、別に嫌うというわけでは...」


「田島様は口を挟まないで下さい」


 ひどい。


「お嬢様はそれでもよろしいのですか?」


「う、うーん...それは...嫌かなぁ...私...亮くんに嫌われたくない...」


 岬さん...


「でしたら田島様から離れた方がよろしいでしょう」


「う、うん、分かった...」


 すると岬さんは俺の頬から手を離し、元々座っていた椅子の方へ戻っていった。




-----------------------




 岬さんは俺のそばを離れるとすぐに学習スペースの長机に突っ伏して寝てしまった。


「岬さん、気持ち良さそうに寝てますね」


「かなり酔いが回っていたのでしょう。先程はお嬢様がご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」


 そして俺はついさっきまで大崎さんに勉強を見てもらっていた。岬さんが寝た後にすぐ帰ろうと思ったのだが、大崎さんが『せっかく教師役がいるのだから私が勉強を見ます』と言ってくれたのだ。


「いや、全然謝ることなんてないですよ。ちょっとビックリしただけです」


 ぶっちゃけ超ビックリしたけどな。


「岬家の皆様は異常にお酒に弱く、なぜか酔うとキス魔になってしまうのです。私も以前誤ってウィスキーボンボンを食べて酔っ払ったお嬢様の餌食になったことがあります」


 なるほどな...だからあのお菓子をあんな所に隠してたのか...


 ってちょっと待てよ。それって大崎さんが岬さんにキスされたってことだよな...? ふむふむ、美少女と美人メイドの百合か...


「...田島様、何かいやらしいことをお考えになっていませんか?」


「え!? い、いえ! 決してそんなことは考えておりませぬ!!」


「なんなんですかその語尾...」


 大崎さん怖いよ。エスパーかよ。つーか、この人って口調は丁寧だけど結構思ったこと口に出すよな。まあ俺年下だし別に良いんだけど。


「田島様、外が暗くなってきましたが帰りの時間はどうなさいますか?」


「あー、確かに結構遅い時間になってきましたね。じゃあそろそろ帰ります。大崎さん、今日は俺の勉強を見てくださってありがとうございました」


「承知しました。では門までお送りいたします」




-side 大崎-


「田島様、1つ気になることがあるのですが聞いてもよろしいですか?」


「え? 別に良いですけど突然どうしたんですか...?」


 田島様を門まで送り届けた私は帰り際の彼に1つ質問をしていた。実は私には以前からずっと彼に1つ聞きたいことがあったのだ。


「こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが田島様はどうしてお嬢様と親しくして下さるのですか? 以前はお嬢様とあまり交流が無かったとお聞きしたのですが」


 こんなことを彼に尋ねるのは本当に失礼だと思う。でも私はどうしてもこの事が気になっていた。


 今まであんなに人と関わるのを怖がっていたお嬢様がどうして彼には素顔を見せるほど心を開いたのかを知りたい。岬家のメイドとしてではなく、岬京香の『家族』として彼がお嬢様にどんな影響を与えたのかを知りたい。


 彼女を長い間世話してきた身としてはどうしてもそんなことを考えてしまうのだ。


「俺が岬さんと親しくしようとする理由...ですか」


「申し訳ありません。突然こんなことを聞いても困惑するだけですよね」


「いやいや、いいんですよ。ただあんまりそんな事を考えたことが無かったからちょっと戸惑ってるだけです。うーん、岬さんと親しくしようとする理由ですか......強いて挙げるなら理由は2つですかね...」


「...と、いいますと?」


「1つ目の理由は岬さんとの関係を事故の時限りのものにしたくはなかったからです。確かにあの交通事故は俺にとっても岬さんにとっても辛いことだったと思います。でもあの事故がただ辛いだけのものになるのってすごく悲しいじゃないですか。だから俺はあの事故をただ辛いだけのものにしたくなかったんです。まあこれは俺の身勝手な考えかもしれないんですけど、事故の時の縁がきっかけで友達ができたという事実があれば後で振り返った時に『あの事故は辛かった。でもあの事故のおかげで友達が1人増えた』って思うことができるじゃないですか。まあ簡単に言うとあの事故を俺と岬さんにとって『ただの悲しい出来事』にならないようにしたかっただけですね」


「...田島様は前向きな人ですね」


「はは、よく言われます」


 確かにあの事故は様々な人にとって辛いものだっただろう。でも1番辛かったのは田島様のはずだ。


 大怪我、2ヶ月の入院、そして記憶喪失。心身共に計り知れないほどの負担があったはずだ。でも彼はその辛い現実を乗り越えた。しかもその現実を乗り越えるだけでなく、事故のことをずっと気に病んでいたお嬢様にも手を差し伸べてくれた。きっと彼はとても心が強くて温かい人なんだろう。


「もう1つの理由を聞いてもよろしいですか?」


「え、えーっと、2つ目の理由は...岬さんに罪悪感を持たせないようにするためです」


「...罪悪感?」


「いや、まあこれは完全に俺の想像なんですけど、岬さんが事故の後に『私のせいで田島くんが記憶喪失になった』とか考えて罪悪感に駆られる可能性があるじゃないですか」


「...なるほど」


 彼の想像は当たっている。実際に事故直後のお嬢様はずっと彼のことを気にして悩んでいた。あの時のお嬢様はとても辛そうにしていたからよく覚えている。


「その罪悪感ってなかなか拭えないと思うんですよ。まるで十字架を背負っているような感覚になると思うんです。でも岬さんは何も悪いことはしてないじゃないですか。彼女が俺に対して罪悪感を持つ必要なんて一切無いんですよ。でもそれが分かっててもどうしても罪悪感は消えなくて、みたいな......うーん、すいません、なんか上手く言い表せないです」


 彼が言いたいことはなんとなく分かる。頭では自分に非が無いと分かっていても罪悪感が消えない、というのは別に珍しいことでもない。理性と感情は必ずしも一致するとは限らないのだ。


「それで、まあ大袈裟かもしれないですけど、もしも俺が事故の後に一切岬さんと関わらないままだったら彼女はずっと罪悪感を抱いて生きていくことになるんじゃないかと思ったんです。俺の方から歩み寄らないと岬さんがずっと辛い思いを抱えたままになるんじゃないかと思ったんですよ。はは、やっぱり大袈裟ですかね」


「......いえ、大袈裟なんかじゃありません。立派なお考えだと思います」


「だから、まあ、もしも俺と岬さんが友達になれば彼女の罪悪感が消えるんじゃないかなーと思ったんですよ。友達になって一緒に楽しく過ごせば岬さんが俺に対して申し訳なく思う暇なんて無くなりそうじゃないですか。一緒に笑い合っていれば辛かったことも忘れられそうじゃないですか。それってなんかとても良いことだと思うんですよね」


 ......なんて優しい人なんだろう。なんて思いやりのある人なんだろう。


 私には彼が記憶を失って感じた辛さは想像もできない。でも間違いなく記憶喪失になって1番辛かったのは彼のはずだ。なのにそんな状況でどうしてお嬢様が感じている辛さを想像して歩み寄ることができたのだろうか。


 彼は『大袈裟な想像かもしれない』と笑って言っていた。でもそこまで他人の気持ちを考えて思いやることなんてなかなかできることじゃない。



 ーーああ、そういうことですかお嬢様。お嬢様は田島様のそんな優しさに惹かれたんですね。



「まあ俺が岬さんと親しくしようと思った理由はこんな感じです。長々と話してすいませんでした」


「いえいえ、田島様がどんなお方なのか知ることができて良かったです」


「それなら良かったです。じゃあ俺はそろそろ帰りますね。今日は勉強見てくれてありがとうございました」


「また岬家に遊びにきてくださいね」


「はい、また来ます。あー、それと岬さんに『今日あったことは気にしてないから』って後で伝えといてください」


「承知しました。では気をつけてお帰りください」


「じゃあ俺はこの辺で失礼します。今日は本当にありがとうございました」


 そう告げると田島様は私に背を向けて歩き始めた。



-----------------------



 田島様を見送った後に地下図書館の学習スペースに戻ると、そこには長机で頭を抱えて悶絶しているお嬢様の姿があった。


「あぁぁ...私はなんてことを...田島くん絶対引いてたよね...はぁぁ...」


「お目覚めになりましたか、お嬢様。体調はどうですか?」


「あ、大崎...少し頭痛いけど別に平気よ...まあ死にたい気分にはなってるけど...」


「そういえばお嬢様は酔っても記憶が残るタイプの人でしたね」


「はぁ...あんなこと忘れたいのに...」


「下の名前で呼んだりキス迫ったりしてましたもんね」


「もう! 思い出させないでよ大崎!!」


「ご褒美のチューでしたっけ?」


「それ以上言わないでぇぇ!!!」


 ふふ、お嬢様は本当にかわいいですね。からかい甲斐があります。


「あの時の私は本当にどうかしてたのよ...」


「人が楽しみにとっておいた物を勝手に食べるからそんなことになるんですよ」


「いや、まあ...それは悪かったと思ってるわよ...」


「...」


「はぁ......」


「田島くんと次どんな顔して会えばいいんだろう」


「いきなり私の心の声言い当てるのやめてくれない!?」


「そんなに気になるならメッセージの1つでも送ればいいじゃないですか。直接聞くのが1番ですよ」


「いや、それがすぐできてたら苦労しないわよ...もし嫌われてたらどうすればいいのよ...」


「いや、嫌われてるってことはないと思いますよ? 帰り際に『今日のことは気にしてないから』って伝えるように言われましたし」


「だったらそれを先に言ってよ!! 私今すっごく不安だったんだからね!! はぁ...安心した...嫌われてなくて良かった...」


「それにお嬢様が嫌われるということはこの先も無いような気がします」


「...え? なんで大崎がそんなこと言えるのよ」


「ヒミツです」


「えー! ちょっと何よそれ! もしかして田島くんと何か話したの?」


「ヒミツです」


「もう大崎ー! お願いだから話してよぉー!!」




 ...ふふ、安心してくださいお嬢様。あんなに優しくて思いやりのある人がお嬢様を嫌いになることなんてありえません。


 ですが田島様がお嬢様のことを好きになるのかはこれからのお嬢様の頑張り次第です。あんなに良い人なかなか居ませんからね。かなり頑張らないといけないかもしれませんよ?


 私はお嬢様が頑張っている可愛い姿をこっそり応援したいと思います。私はいつでもお嬢様の味方です。必要とあらば田島様攻略のサポートもいたしましょう。







 ...うふふ、頑張ってくださいね、お嬢様♪

次回は番外編を挟む予定です!  


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