親友の胸中
続きです。
-side 新島翔-
いつも通り登校し、教室の扉を開けると席に着いている亮の姿が見えた。昨日は珍しく体調を崩していたみたいだが、様子を見る限り体調は良くなっているようだ。
「おっす、亮」
亮に声をかけて席に着く。この挨拶ももう慣れたものだ。むしろ1年間席配置が変わってないから飽きてきたかもしれない。柏木ちゃん、頼むからいい加減俺らの席を変えてくれ。
「おう、翔か。おはよう」
「なあ亮、仁科がまだ来ていないみたいだがお前何か知らないか?」
仁科はいつも俺たちより早く登校しているのに今朝は姿が見当たらない。珍しく寝坊でもしたのだろうか。
「に、仁科か!? さ、さぁ俺は何も知らんが」
「お前なんでビクついてるんだよ」
なぜか仁科の名前を出した途端に亮の様子がおかしくなった。明らかに狼狽えている。
なんだ? こいつらの間に何かあったのか?
そう思って首を傾げた時だった。
「うぉー、危なかったー! ギリギリセーフ!!」
突然仁科が猛ダッシュで教室の中に駆け込んできて自分の席に着いた。相当急いできたのだろう。大量に汗をかいている。
「どうしたんだ仁科? お前が予鈴前ギリギリに来るなんて珍しいじゃないか」
「あ、おはよう新島。いやー、ちょっと寝坊しちゃってね。ほんと焦ったよ。間に合わないかと思った」
ほう、真面目な仁科が寝坊か。珍しいこともあるものだ。
「なあ亮、仁科って今まで寝坊したことあったっけ?」
「な、何をおっしゃいますか新島殿! 仁科殿は今まで一度も寝坊なんてしたことはありませぬぞ? いやはや、珍しいこともあるものですなぁ! いやぁー! 愉快愉快!」
......は? お前なんなんだよその喋り方。
「え、田島どうしたの? なんか喋り方おかしくない?」
「な、何をおっしゃいますか仁科殿! 小生の喋り方はいつも通りでありますぞ!!」
いや、もう一人称がいつも通りじゃないだろ。
...え? マジでコイツどうしたんだ? なんな仁科が来た途端焦り始めたような気がするんだが。
...よし、少し探りを入れてみるか。
そう考えた俺は前の席に座っている亮の耳元に顔を近づけ、小声で『ある事』を伝えることにした。
「なあ亮、もしかしてお前の喋り方がおかしくなってるのって仁科が関係してるか?」
仁科の名前を出したらビクついたし仁科が来たら変な喋り方をするようになった。ほぼ間違いなく亮がおかしくなっているのは仁科が原因だと考えていいだろう。
「き、急に何をおっしゃいますか新島殿! に、に、に、仁科殿は無関係ですぞ!!」
「え、何? 私がどうかしたの?」
このバカ! デカイ声でそんな事言うんじゃねえよ! 小声で聞いた意味が無いじゃねえか! 仁科も思いっきり怪しんでるし!
「あ、そーれ無関係♪ 無関係♪ 無関係♪ 」
「ねえ新島、なんか田島が踊り始めたんだけど...」
「あ、ああそうだな...」
ダメだコイツ...早くなんとかしないと...
「おい亮、ちょっと屋上まで来い。話がある」
「え? 小生の無関係ダンスはまだまだこれからですぞ?」
なんでお前はまだ踊ろうとしてるんだよ!
「いいから俺と一緒に屋上に来い!!」
「ね、ねえ新島、もうすぐ1限始まるから田島を連れて屋上に行く時間なんて無いと思うんだけど...」
「あー、じゃあ1限サボるわ。今日の1限目は柏木ちゃん担当だしな。多分後でゲンコツ喰らうだけで済むだろ」
「なんでそこまでして屋上に行きたがるのよ...」
すまんな仁科、これは1限なんかより重要な事なんだよ。仁科が原因で亮の頭がクルクルパーになっているのなら詳しい事情を確認しておかないと後々面倒なことになりそうだ。それにいつまでもこの喋り方をされると普通に腹立つ。
「よし、じゃあ行くぞ亮」
「失礼ですが新島殿、授業をサボるのはよくないのでは?」
お前にだけは言われたくねぇよ。
「いいから行くぞ! つーか無理やりにでも連れて行く!!」
そして俺は席を立って目の前で座っているバカの腕を掴んだ。
「あー! 痛いでござる! 痛いでござる新島殿!! 腕を引っ張るのはダメでござる!」
そして俺はそのまま亮の腕を引っ張って屋上へと連行した。
----------------------
屋上に着いた俺たちは今コンクリート製の地面の上に2人並んで仰向けになっている。外の気温は高いが、ここはちょうど日陰になっているのでそれなりに涼しい。話をするには最適な場所だろう。
「なあ翔、実はお前に相談があるんだが」
意外なことに先に口を開いたのは亮だった。相談というのは十中八九仁科関連のことだろう。
「まあとりあえず話してみろよ」
「少し長くなるかもしれないぞ」
「ああ、別に構わない」
「分かった。では話を始めるとしよう」
そう言うと亮は空を見上げながら話を始めた。
「これはあくまで例え話として聞いてほしい。例えば、例えばだぞ? 例えばお前の周囲に長い間仲良くしてきた女の子が2人居たとする。そしてある日、お前はとあるきっかけでその子たちがもしかしたら自分のことを好きなのではないかと思い始めてしまった。さて、お前はその子達と今後どのように関わっていく?」
......いや、お前例え話下手すぎだろ。それどう考えても仁科と市村さんの話じゃねえか。
えーっと、つまり亮は何らかの原因でその2人の好意を悟ってしまったということか。それで今後の2人に対する接し方について悩んでいるということだろう。なるほど、それならコイツの仁科に対する態度が急変したのも納得できる。
「よし、ではその例え話とやらに対する俺の考えを話してやろう」
「お、おう頼むわ」
「俺からお前に言えることはただ1つだ。とりあえずその2人にはいつも通り接してやれ」
「いや、それができないから悩んでるわけでして...」
いや、さっきの例え話じゃなかったのかよ。お前思いっきり自分の悩みって言っちゃってるじゃねえか。ボロが出るの早すぎな。
「はぁ...なあ亮、よく考えてみろよ。お前別にその子たちから告白されたわけじゃないんだろ? まだハッキリお前のことが好きなのか分かってない状態なんだろ? だったらお前が急に態度を変えたらその子たちは戸惑ってしまうんじゃないか?」
「ま、まあ確かに...」
「仮にその子たちがお前のことを好きだったとしてもだ。まだ告白してこないってことはそれなりの理由があるんじゃないか? 『まだ告白する勇気が無い』とか『まだ今の関係を続けたい』とか。そんな状況でお前が態度がいきなり変わったらその子たちは不安になってしまうんじゃないか?」
「な、なるほど...」
「だから結局のところ今まで通り接するのが1番だと思うぞ? 他人が自分のことをどう思ってるか、なんていくら1人で考え込んでも分からないじゃねえか。人の気持ちなんてそう簡単に理解できるものじゃないんだよ。だから細かいこと考えずに今まで通り楽しくやればいいと思うけどな」
「...すまん、ぶっちゃけお前がそんなに真面目に答えてくれるとは思ってなかったわ」
「失礼な。俺だっていつもふざけてるわけじゃねぇんだよ。真面目に相談されたら真面目に答えるに決まってるだろ」
まあ、あくまで俺の考えを伝えただけでこの考えが正しいか、なんて俺には分からないんだけどな。
「あ、すまん亮。ひとつ言い忘れてたわ。さっき『細かいことは考えんな』って言ったけどな、1つだけお前が今後頭の片隅に置いておかなきゃいけないことがある」
「頭の片隅に置かなきゃいけないこと...? なんだそれ...?」
「お前が誰を好きなのかってことだよ」
「......は? お前急に何言ってるんだ?」
「いや、大事なことだろ。他人の気持ちはいくら考えても理解できないかもしれないけどさ、自分の気持ちなら自分で理解できるはずだろ? お前は『誰が自分を好きなのか』で悩んでるみたいだけどさ、結局1番大事なのって『自分が誰を好きなのか』なんじゃねぇの?」
「自分が誰を好きなのか...か」
「まあ今焦って考える必要はねぇよ。それに深く考えることでもないかもしれないしな。案外今後些細なきっかけでお前が誰かに惚れることもあるかもしれねぇし。恋愛って理屈でどうにかなるものでもないしな」
「おぉ...お前って意外としっかりとした恋愛観持ってるんだな...」
「はは、そんなんじゃねえよ」
別にしっかりとした恋愛観をもっているわけでは無い。第3者の立場にいるから他人の恋愛に対して偉そうにあれこれ言えているだけだ。多分俺が亮と同じような立場だったら俺も亮と同じように悩んでいただろう。
『恋は盲目』とよく言うが、本当にその通りだと思う。他人の恋愛は俯瞰して見ることができるのに自分が色恋沙汰の当事者になると本当に周りが見えなくなるのだ。実際、俺も今の彼女と付き合うに至るまでには冷静に物事を考えられずに悩むことが結構あった。
だから俺は亮が昔の俺みたいに迷わずに済むようにコイツの悩みを聞いてやりたいと思う。
亮は陽気に見えて実は結構色々1人で抱え込んじまうタイプのヤツだ。ましてやそれが女子関連のこととなると余計周囲に話しづらいのだろう。まあさすがに考え込み過ぎて変な喋り方になるとは思っていなかったが。
「おい、亮」
「なんだよ」
「お前がしてくれる女子関係の話って超面白いからさ、今後もなんかあったら俺に聞かせてくれよ」
「えぇ...お前に話したらRBIにリークされそうで怖いんだけど...」
「バーカ、ネタにしていい話とネタにしちゃいけない話の区別くらいできるっつーの。いいから今後何かあったら俺に話せ。そん時は真面目に話聞いてやるから」
「ま、まあそれならいいけど...」
よし、これで今後コイツが変な喋り方になるまで1人で考え込む可能性は低くなっただろう。
「なあ亮」
「なんだよ翔。まだ何かあるのか...?」
「いや、最後に1つ言いたいことがあってな」
「なんだよ、言いたいことって」
「お前は脳みそが小さいんだから考え過ぎてもキャパオーバーになるだけだ。肩の力抜いて今を楽しめ」
「はぁ? なんだそれ? お前は俺がバカだって言いたいのか? そんな事自分でも分かってるっつーの。つーかお前にだけは言われたくねぇ」
「いや、まあ確かに俺とお前がバカなのは事実だけどさ。大事なのはそこじゃねえよ。俺が言いたかったのは『肩に力入れ過ぎずに高校生活を楽しめ』ってことだよ」
「いや、別に肩に力入れてるつもりはないんだが...」
「じゃあお前の今朝の喋り方はなんだったんだよ」
「うっ...それは...」
「いいか? 高校生活は今しかないんだぞ? 女の子のことで悩むのも青春のうちに入るかもしれないけどな、悩み過ぎるのは良くないさ。まずは今を楽しもうぜ」
お前の高校生活は3年間のうち7ヶ月間が欠けてしまっているからな。おせっかいかもしれないけど俺は欠けた7ヶ月分を埋められるくらいお前に高校生活をエンジョイしてもらいたいんだよ。
「...そうだよな。悩んでばかりじゃなくて皆と高校生活を楽しむのも大事だよな。うん、確かにお前の言う通りかもしれない。なんか心がスッキリした気がするわ。サンキューな、翔」
「いいってことよ。俺はお前の親友だからな」
「はは、調子がいいこと言いやがって」
なんの根拠も無い話だが、俺はなんとなく今後亮が今仲良くしている女の子のうちの誰かを好きになる時が来るんじゃないかと思ってる。だって俺が知る限りコイツの周りにいるの良い子ばっかりだし。
...まあ個人的には仁科とくっ付いてほしいというのが本音なんだが。
もしもその時が来たら優しいコイツは『自分がこの子に想いを伝えたら他の子が傷ついてしまうかもしれない』とか『自分みたいな人間が想いを伝えても相手にとっては迷惑なんじゃないか』とか考えて今みたいに頭がパンクするほど悩んでしまうんだろう。まあ、それもまた青春かもしれないが。
だからずっと今の人間関係のまま高校生活を楽しむってのはもしかしたら不可能なのかもしれない。まあ人間関係ってのは人の想いや環境次第で変わってしまうこともあるからな。やはりずっと今のままというのは難しいのだろう。
だからこそ俺は亮に『今』を楽しんで欲しいと思う。変わりゆくかもしれない関係だからこそ今この瞬間を楽しんで欲しいと思う。
だって関係は変わるかもしれないけどさ、楽しかった思い出って永遠に変わることが無いじゃん? なんかそれってめっちゃ良いと思うんだよね。
それに後の事をうだうだ考えたって結局未来は勝手にやってくるしな。だったら結局今を楽しむのが1番な気がするんだよ。
「おい翔、そろそろ教室戻らないか? 早く戻らないと2限が始まっちまう」
「え!? あ、ああそうだな。そろそろ戻ろう」
自分の世界に入ってしまっていたので亮に突然声をかけられて驚いてしまった。はは、人に考え過ぎるなって言ったくせに今度は自分が考え込んでしまったな。
「なんでビビってんだよ。さっさと戻るぞ」
「そうだな。さすがに2限も間に合わなかったらシャレにならん」
はは、色々考えたけど結局これもそんなに意味が無いことなんだろう。思春期っていうのはどうしてこうも無駄なことばかり考えてしまうんだろうか。
「おい、どうしたんだ翔? 早く行くぞ」
先に立ち上がった亮がまだ寝転んだままの俺を見下ろしながらそう言った。確かに早く戻らないとそろそろヤバそうだ。
「よっこらせっと」
亮に急かされたので俺も立ち上がる。やばい、ずっとコンクリートの上に寝転がってたせいで背中が超痛い。
「よし、待たせたな亮。じゃあ行くか」
「ああ。さっさと戻ろう」
「つーかよく考えたら俺らって1限の間ずっと喋ってたんだな」
「いや、まさか1限サボることになるとは思ってなかったわ。今から奈々ちゃん先生のゲンコツが待ってると思うと恐怖で震えちまう」
「はは、それは違いない」
1限をサボって屋上で親友と語り合う、か。褒められたことじゃないけどなんか青春してる感じがするな。ゲンコツは怖いけど後で振り返るとそれも含めて良い思い出になりそうだ。
今日考えたことや話したことは大した意味はないのかもしれない。だけど俺はこんな何気ない時間を愛おしく思う。特に意味がないこの瞬間を過ごせることが幸福だと思う。
ああ、そうか。きっと何か有意義なことをやるから思い出になるんじゃないんだ。大事なヤツらと居られること自体がもう思い出になっているんだ。だから亮や仁科、そして吉原たちとくだらないことを何も考えずにやれる今が1番楽しいんだ。
ー-もちろん今がずっと続かないのは分かっている。だからこそ俺はこれからも後先考えずに『今この瞬間』をアイツらと全力で楽しんでいこう。
次回、テスト勉強編開始




