芽生え始めた積極性
続きです
-side 田島亮-
--昼食。それは昼に食べる飯のことである。英語にすると『ランチ』である。
「田島くん? 急にボーッとしたりしてどうしたの? お弁当食べないの?」
--弁当。それは携帯する食事のことである。英語にすると...えっと、英語にすると...『ベントゥー?』
「田島くん大丈夫!? どこか具合悪かったりする!?」
「あ、ごめん岬さん! ちょっと疲れてボーッとしてただけだから大丈夫だよ! 心配かけてごめんね!」
「そ、そうなんだ...なら良いんだけど...」
しまった。今の状況に動揺し過ぎて意味の分からない考え事をしてしまった。つーかバカのくせになんで英訳しようとしてたんだよ俺。意味分かんねよ。
しかし誰だって今の状況には動揺すると思うぞ? だって俺今空き教室でかわいい女の子と机をくっ付けて2人きりで飯食ってるんだぞ? まさかこうなるとは思ってなかったんだけど?
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〜5分ほど前〜
「え、えっと、その...私と食べるのが嫌なら全然断ってもらっても大丈夫なんだけど...」
「全然嫌じゃないよ! 俺今から1人で寂しく飯食おうとしてたからさ、むしろ誘ってくれて嬉しいよ!」
この時、理由はよく分からないが岬さんはめっちゃ不安な様子だった。だから俺は彼女を安心させるために勢いに任せてこの誘いを快諾したのだ。
しかしこの誘いを受け入れた後、岬さんから予想だにしない提案をされた。
「良かった...じゃあ一緒に空き教室に来てくれる?」
「え? 空き教室?」
「いや、さすがに2人きりでお昼食べているのを見られるのは恥ずかしいというかなんというか...」
「あ! そ、そういうことね! 確かに岬さんが言う通り皆の目があるところでは食べられないよね! よし分かった! 空き教室に行こう!」
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...というわけで俺は勢いに任せてこの状況を作ってしまったのである。
「ふぅ...それにしても今日は暑いなぁ...」
今俺の目の前にいる岬さんはそう言いながら首筋の方を手で仰いでいる。
そして彼女の首筋には少し汗が流れており、その影響で首筋が艶やかに光っている。
...あれ? おかしいぞ? なんで見た目がロリ系の岬さんがこんなに色っぽく見えるんだ?
...あ、分かった。体操服着てるからだわ。うん、ぶっちゃけ短パンから出ている綺麗な太ももとかたまらないよね。どうしてもチラチラ見ちゃう。
...って俺は何考えてるんだぁぁぁ!! 落ち着け俺! 煩悩退散だ! 煩悩退散!
...よし、落ち着いた。
しかし落ち着いた俺はここで1つ自分の頭に引っかかっていることがあることに気づいた。
体育祭中って校舎施錠されてなかったっけ? なんで俺たち校舎に入れたんだ?
実は今日は閉会式が終わるまで校舎は施錠されることになっている。だから今空き教室に居るという状況は少しおかしいのだ。なぜ校舎に入れたのだろうか。
ふとそのことが気になった俺は岬さんに事情を訪ねてみることにした。
「ねえ岬さん、なんでさっき俺たちは校舎に入れたの? 確か今日って閉会式が終わってからじゃないと校舎が開かないはずだったよね?」
「あ、やっぱそれ気になるよね...実は私が放送席に行く前にパパに頼んで校舎を開けてもらってたの」
「な、なるほど...」
そういやあなたのお父さんこの学園の理事長でしたね...
「まあ校舎に入れた訳は分かったよ。でも岬さん空き教室の鍵も持ってたよね? それはどうして?」
「なんかパパに校舎を開けるように頼んだ時に『これも持って行きなさい』って言われてマスターキー渡されたの。だからここを開けることができたの」
「そ、そういうことでしたか...」
あのー、理事長さん? あなた少し娘さんに甘過ぎやしませんかね? まあこんだけかわいい娘がいたら甘やかしたくなる気持ちも分からなくはないんだけどさ。
「でもどうしてそこまでして俺を誘ってくれたの?」
「え、えっと...そ、それは...パ、パパとママが来賓の人達に挨拶回りしてるから一緒に食べる人が誰もいなくて寂しかったから...かな...?」
なぜ疑問形。
「そ、それで偶然田島くんが1人で居るところを見つけたからお昼に誘ってみたの...もしかして迷惑だった...?」
「い、いや! 全然迷惑なんかじゃないよ! なんか質問責めする感じになっちゃってごめんね!」
いかんいかん。気になったことをなんでもすぐ人に聞いてしまうのは俺の悪い癖だ。岬さんを不安にさせてしまったな。
「よし、じゃあ昼飯食べようか!」
「う、うん! そうだね!」
こうして俺と岬さんはようやく弁当を食べることになった。
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-side 岬京香-
良かった...ちょっと不自然な理由だったかもしれないけどなんとか田島くんと2人きりになれた...
私たちは今空き教室で一緒にお昼ご飯を食べている。そして自分から誘ったくせに私は今すごくドキドキしている。
だって田島くんと話すの久しぶりなんだもん。そりゃ緊張するわよ。私小心者なんだから。
そう、私は本来小心者なのよ。だから直接田島くんを誘うことなんて今まで一回もできなかった。去年映画館に田島くんと2人で行けたのも友恵ちゃんのおかげだ。私が直接誘ったわけではない。
でも小心者だからっていう理由でいつまでもモジモジしてるわけにもいかなくなったのよ。だって田島くんとクラス離れちゃったんだもん。
同じクラスだった時でさえあんまり喋れなかったのよ? クラス離れちゃったら余計話す機会がなくなるに決まってるじゃない。
もちろん自分から直接誘うのは好意が悟られそうで怖いわ。でも何もせずに田島くんに忘れられてしまう方がもっと怖いのよ。
でも好意が悟られそうっていうのは考えすぎだったみたい。なぜかというと...
「いやー、誘ってくれて助かったよ岬さん! やっぱ1人で食べるのって寂しいからさ!」
「う、うん! やっぱご飯は誰かと食べたいよね!」
このように田島くんは私の誘いを『好意』としてではなく『厚意』として受け取っている。
うーん、別に好意を悟られたいわけじゃないけど厚意100%で受け止められるのもそれはそれでちょっとね...なんだか複雑な気分になるというかなんというか...
まあ私が彼から誘った理由を聞かれた時に『パパとママが挨拶回りしてるから』っていう言い訳をしたのが悪いのかもしれないけど...
でも仕方なくない? だって『あなたと2人でお昼を食べたかったから』なんて言ったらいくら鈍感な田島くんでもさすがに私の好意に気づくでしょ! それはさすがに無理!
はぁ...誘えたのはいいものの結局私ってまだまだ臆病なんだなぁ...やっぱり気持ちを悟られるのは怖いよぉ...
「どうしたの岬さん? 浮かない顔してるけど」
いけないいけない。考えていることが表情に出ちゃったみたい。田島くんを心配させちゃった。
「い、いや! なんでもないの!」
「そう? なら良いんだけど」
田島くんって他人のことはほんとよく見えてるのよね...自分に向けられてる感情は一切見えてないみたいだけど...
「...よし、完食。ごちそうさまでした」
「え!? 田島くんもう食べ終わったの!?」
「うん。腹減ってたから一気に食べちゃった」
「は、早いね...」
どうしよう...私が1人であれこれ考えてるうちに田島くんが食べ終わっちゃった...まだあんまりお話できてないのに...
「ねえ、岬さん。そのお弁当美味しそうだね...」
そうして私が焦っていると田島くんが私の弁当を見ながら声をかけてきた。
「う、うん。このお弁当とっても美味しいよ。ウチのシェフが作ってくれたの」
「はは、俺がさっきまで食ってたコンビニ弁当とは比べものにならないね」
「そういえば今日はなんでコンビニ弁当だったの?」
「母さんが風邪で寝込んでて弁当作れなかったからだよ。あのパワフルな母さんが寝込むなんて珍しいこともあるもんだ」
「そ、そうだったんだ...大変だったね...」
「...ゴクリ」
「田島くん?」
田島くんはさっきからずっと私の弁当を見ている。
...え、そんなに美味しそうなの?
「ねえ田島くん。私の弁当少し分けてあげようか?」
「い、いや! それは申し訳ないから遠慮しとくよ!」
「遠慮しなくてもいいよ。私もうお腹いっぱいになってきてるからむしろ食べて貰った方が助かるな」
「な、なるほど...ではお言葉に甘えさせていただきます...」
そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいのに。田島くんは私のお弁当を食べて喜ぶ、そして私は嬉しそうな田島くんを眺める。2人にとってメリットしかないじゃない。
「あ、でも俺さっきまで使ってた割り箸折っちゃった...これじゃ弁当食べられないや...ごめん、やっぱ弁当いただくのはやめとくね...」
あ、使用後の割り箸って折りがちよね...そこは盲点だったわ...
「ごめんね、せっかく食べさせてもらえることになったのに...」
田島くんはとても悲しそうな顔をして落ち込んでいる。
田島くんが悲しい顔をしていたら私も悲しくなる。どうにかして食べさせてあげられないかな...
あ、そうだ! こうすればいいんだわ!
ある考えを思いついた私は弁当の中にあるハンバーグを自分の箸で掴み、彼の口元に持っていってこう言った。
「はい、田島くん、あーん」
...べ、別に私が『あーん』をしたかったわけじゃないからね!? お弁当を食べられない田島くんが可哀想だから仕方なくこうしてるだけだからね!?
次回も体育祭編が続きます!




