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月と妹

続きです。

 -side 田島亮-


 真冬の公園。寒々とした風を切り裂くように、妹の声が木霊した。


 ──男なら、しゃんとしろ。


 その単純な言葉に、俺はハッと目を覚まさせられるような感覚になっていた。


「……はは、そうか。俺、そんなにウジウジしてるように見えたか」


「そ、そうよ。ていうか……いいから、さっさと話しなさいよ」


 声を荒げたことを後悔しつつも、瞳に確かな意志を乗せて、俺に促す友恵。


「ああ、そうだな。単純な悩みだけど、話すよ」


 そして。妹にこんな顔をさせてしまっては、こちらも白状する他無かった。


「なんというか、だな。家族にこんなことを話すのは、少しムズ痒くはあるんだが……最近、女の子と、色々話すことがあってだな。それで、自分の気持ちが分からなくなってきた、というか。ハッキリしない自分にも、嫌気がさしてきたというか……」


「! ふ、ふーん、そ、そういうことね……」


 一瞬好奇心で目を輝やかせ、しかしすぐに、友恵は平静さを取り戻す。


「俺に気持ちを向けてくれるのはすげぇ嬉しいし、それに応えたい気持ちもある。でも、そういう特別な強い気持ちが、俺には無い気がするというか。誰かに特別な想いを抱くのが、どういうことか分かんない、みたいな……」


 意識的に、分け隔てなく接してきた。

 常に善人な自分であろうとしてきた。


 けれどそれが結果的に、機械的な優しさになっている気がした。


「はぁ。何をウジウジ悩んでるのかと思ったら、そういうこと? 要は、自分が誰を好きなのか分かんないってことなんでしょ?」


「っ! ま、まあ、そういうことになる、か……」


 思いのほか、ストレートに言葉をぶつける友恵。心なしか、いつもよりイキイキしているように見える。


「はぁ。何それ、バカバカしい。誰が好きなのか分かんない? そんなの、当たり前じゃない。だって……兄貴は、記憶を失くしちゃってるから。仮に今まで誰かを好きになったことがあるとしても、それを忘れちゃってるから。要はまだ、恋がなんなのか分からないってだけじゃないの?」


「い、言われてみれば、確かに……」


「それにさ。兄貴は兄貴の思うままにすればいいんじゃないの? 優しくありたいって兄貴の気持ちは間違いじゃないし、多分……優しい兄貴救われた人も、きっといるから。だから、兄貴は自分を否定する必要なんてないんじゃないの? 少なくとも、私はそう思うな」


 先ほどまで張り詰めていた友恵の表情が、徐々に優しく解れていく。


 今夜はいつもより寒いからだろうか。その優しい言葉がいつもより温かく、心に染みていくような気がした。


「誰が好きか、なんてさ。分かんなくて当然だよ。好きかな?って思った後に、ちょっとずつ好きだなぁって思うことだってあるし、突然好きになることだって、もちろんあるかもしれない。だから……思うがままに、でいいんだよ。そして、もし『誰よりも大切だ』って思える人が出来たら──その時、初めて。兄貴が恋してるってことなんじゃないの?」


 一つ年下の妹は、まるで兄よりも豊富な経験をしてきたかのように、俺を諭していた。


 もちろん、得た経験を一度失った俺には、多少の幼稚な精神性はあると思う。しかし、それを考慮せずとも、やはり俺の妹は大人びているような気がした。


「……はは。やっぱ、お前は凄いよ。自慢の妹だ」


「なっ、きゅ、急に何よ!?」


 照れた様子で顔を赤らめる友恵を見やりつつ、少し前にあった出来事を思い返す。


 俺が記憶を失って間も無い頃、友恵は俺の前で泣いたことがあった。「頭が痛い」と言う俺のことが心配で、不安で、泣き出してしまったことがあったのだ。


 あの時は可愛い妹だと思って、兄として懸命に慰めた。しかし、いつの間にか。俺が知らないうちに、友恵はこうして、俺のアドバイザーとなれるくらいに成長していたようである。


 それが嬉しくて。けれど同時に、少し寂しくなった、


「話聞いてくれてサンキューな、友恵。だいぶスッキリした」


「うん、ならよかった。じゃあ、明日からはいつも通りに戻ってね? 余計な心配するのも、面倒だし」


「ああ、任せとけ。ちゃんといつもの兄貴になるよ」


 自分に言い聞かせる意味も込めて、俺は妹に宣言した。


 もうウジウジ悩むのはやめる、と。

 明日からは、余計な気を遣わせないようにする、と。


 俺の悩みは当然のことで、俺の善意に救われた人も居るはずだ、と。誰よりも近くにいる妹言ってもらえたことで、心は随分と軽くなった。


「よし、じゃあ帰るか」


「うん、そうね。さすがに寒くて限界」


 小刻みに体を震わせる妹と共に立ち上がり、俺は、なんとなしに冬の夜空に目を移してみる。




「今日の月、こんなに綺麗だったんだな」


 見上げた満月は、雲一つさえかかっていなくて。


 それはまるで、俺たちの心模様を表しているようにも見えた。

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