最大公約数少女
大変お待たせしました。更新再開します。
-side 田島亮-
状況。玄関を開けた。仁科唯が立っていた。以上。
「お、おはよう、亮! 一緒に学校行こっ!!」
「お、おう、まあ、それは構わないが……」
構わない。構わないのだが、俺は一度足りとて唯と登校を共にしたことがない。一体どんな風の吹き回しなのか気になるし、問いかけずにはいられない。
二人並んで歩みを進めつつ、俺は声を掛ける。
「なあ、なんだって今朝は俺んちなんかに来たんだ?」
「ん? えっと、それはほら、きょ、今日は朝練が休みだっただから。そういえば亮の家って私の通学路の途中にあったなーって思って、だったら一緒に学校に行ってもいいんじゃないかなー、みたいな……あ、もしかして迷惑だった……?」
大層不安そうに、唯がこちらを見つめる。
「いやいや、迷惑なわけなんてないだろ。俺とお前の仲だ。一緒に学校に行くくらい、なんの問題もないさ」
「そ、そうだよねっ! 私と亮は仲良しだもんねっ!!」
「はは、そうだな。仲良しだ」
不安になったかと思えば、今度は満面の笑みを浮かべる唯。朝は何かと憂鬱になりがちだが、彼女が隣に居ると、それも吹っ飛びそうになる。
小鳥のさえずりを聞き、朝日と多少の注目を浴びながら通学路を歩く。やはり美形な彼女は目立つようで、視線の量が普段とは段違いだ。目立つ容姿に加え、将来有望な陸上選手としての期待を背負う彼女のことを、今更ながらに尊敬する。普通にしているだけでも、プレッシャーなり重圧なりを感じやすい環境に居ることだろう。
「本当にすごいな、お前は」
「え? どしたの、急に?」
キョトン、と。唯が首を傾げる。
「いや、色々恵まれてる分、お前は色んな物を背負ってるんだろうなって思ってさ。んで、多分、それは一人の女の子が背負うには少し重すぎるものでさ。でも、それを背負えるのはお前だけなわけで。えー、つまり何が言いたいかというと……肩の荷が重くなったら、少しは誰かに寄りかかってもいいんだぞ、みたいな」
つーか、急に何を言っているんだ、俺は。
「ふふ、相変わらず亮は優しいね」
「そんなことねぇよ」
「んーん、そんなことある」
「だから、そんなことねぇって」
「そんなことあるのっ」
「ない」
「あるよ。だって私は今までずっと、亮に寄りかかってきたんだもん」
「? いや、そんなことは」
全く身に覚えがない。確かに長い間一緒に居る気はするが、寄りかかられた覚えもないし、逆に寄りかかった覚えもない。
依存という関係はない……ような気がする。
「ううん、多分、私、ずっと亮に寄りかかってるんだと思う。だって……私、亮が居ないとここまで来られなかったから」
半歩俺より先に進んだ後、不意に。唯が足を止めて、こちらを振り返った。
「──私が悩んでる時。いつも傍には亮が居てくれた。
──私が陰口を言われてる時。亮は私のために怒ってくれた。
──私が合宿に行って、スランプで悩んでる時。亮は電話でいっぱい励ましてくれた。
まるで苦しんでる私の心が分かってるみたいに、亮は私の心に近づいてくれるの。だから私は亮に寄りかかって、甘えて。そうやって前に進んできた気がするの」
「……」
そんなことはない。お前が強いから、お前は自分で立ち直った。
……そう言って、彼女の言葉を否定するのは簡単だったし、実際、俺は何もしていないと思う。
けれど、俺は黙って彼女の言葉を聞き入れることしかできなかった。
唯が言っていることは、俺的には、正しくはないと思う。俺の言葉を受けて挫折から立ち直ったのは彼女自身だ。俺はきっかけを作っただけで、寄りかかられてなんかいない。
しかし、彼女の想いを否定することはできなかったのである。たとえ彼女の言葉の真偽が定かではないとしても、俺を良く思ってくれている彼女自身を否定することはできなかった。
言葉は否定したい。でも、その笑顔は否定したくない、みたいな。そんな最大公約数的な考えから、俺は沈黙という選択肢を選ばざるを得なかったのである。
「はは、随分と過大評価されちまったな。でも俺だって、お前が居なかったらつまんない高校生活だったと思うぞ? 片方が片方に寄りかかってるってわけでもないだろ。お互い、支え合ってるってことじゃねぇかな」
『人』という文字が表す如く。大抵の人間は支え合っているのではなかろうか。
感謝し、感謝される。俺たちは、それでいいと思う。
「ふふ、でも、私は寄りかかってるって思っちゃうの。そして……このままじゃいけないんだろうなーとも、思う」
そう言うと、彼女の儚げな笑みは、決意を秘めた表情へと変わった。
「だから私、一人でも大丈夫な自分になりたいの。私も亮を助けられるくらい……強く、なるの」
瞬間。「だからね?」と呟いて、距離を詰めた彼女は──
「来週の陸上県予選、亮に見に来てほしいの。そこで、強くなった私を見てもらいたい」
──あまりに凛々しい瞳で、俺を捉えていた。