お祭りデート?(後編)
お待たせしました。続きでございます。
-side 田島亮-
祭り特有のざわめきの中、俺の手をグイグイと引っぱっていく唯を止めることなど、俺にはできなかった。
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「むぅー、ハズレかぁ。おじさん! クジもう一枚ちょうだい!!」
明らかにボッタクリで、絶対に当たらないであろう出店のクジを、意地になって2枚も買ってみたり。
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「ねぇ、亮! あのぬいぐるみ欲しい! 取って取って!!」
「ん? ああ、別にいいけど。でも俺、射的とかあんまやったことないから取れなくても文句言うなよ?」
「大丈夫! 多分亮なら取れる!!」
射的屋にかわいいクマのぬいぐるみが置いてあるのを見つけるやいなや、特に射的経験があるわけでもない俺を頼ってきたり。
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「ふぅ、運良く取れたわ。ほれ、受け取れ」
「やった! ありがとう、亮! 大切にするねっ!!」
そのぬいぐるみが貰えただけで、子供みたいに嬉しそうにはしゃいだり。
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「秋祭りでもカキ氷って売ってるんだな。つーか、お前、よくそんなにガツガツ食えるな」
「うぅ、一気に食べすぎて頭キーンってなった......」
「いや、ゆっくり食えって。なんで急いで食べちゃうの」
「うーん、いやー、なんというか、そのー、お祭りでカキ氷を食べて感じる痛みもまた風情があっていい、みたいな?」
「風情のために身体張ったのか......」
「もうっ! 別にいいじゃん! 私が何をやろうが私の勝手なんだしぃ!!」
そう言ってプリプリと怒りながら『べぇーだ!!』と、いちごシロップで赤く染まった舌を俺に見せてきたり。
万華鏡の色が移ろうかのごとくコロコロと表情を変えながら俺の手を引いて歩く浴衣姿の唯は、他の誰よりも祭りを楽しんでいるように、少なくとも俺の目からは見えた。
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「あー、楽しかった!!」
一通り出店を回り終え、翔から指定された集合場所へと向かう道すがら。満足げな表情を浮かべながら唯が言う。
「......」
「ん、どうしたの、亮? 急に黙っちゃって」
「あー、いや、なんつーか......俺もまだまだ唯について知らない部分があるんだなって思って」
それが俺にとっての、今日の祭りの率直な感想だった。
唯のテンションに乗せられてなんだかんだ俺も楽しめたなーとか、振り回されてちょっと疲れたなーとか......まあ思うところは色々あるが、今日、俺が最も強く感じたのは、唯にはまだ俺に見せていない一面があったんだな、という気づきだった。
「なんつーか、さ。思い返してみれば、俺と唯って結構近くに居る時間が長いんだなーって思うんだけどさ。でもよくよく考えてみたら俺って、教室に居る時のお前と、部活やってる時のお前しか知らないんだなーって思って。はは、なんとなく唯のことは分かってたつもりだったんだけど、全然そんなことなんてなかったんだな。俺、お前がこんなに祭りが好きだなんて知らなかったよ」
月明かりが照り始め、人通りも減ってきた道中。俺は彼女の歩幅に合わせて歩きつつ、独白するように語りかける。
確かに俺は、制服姿の彼女と長い時間を過ごしてきた。ユニフォーム姿で一生懸命走っている彼女のことを、陰ながらずっと応援してきた。仁科唯とはそれなりに深い関係にあるし、なんとなく彼女のことを分かっているつもりでいた。
でも、あんなに楽しそうにはしゃぎ回っている唯なんて、俺は今まで見たことがなかったんだ。
俺が知っている仁科唯というのは、自らの弱さを自覚した上で、それでも周囲の期待に応えるために走り続ける、強くて優しい人間だ。だから俺はそんな彼女のことを友人として尊敬しているし、誇りに思っている。
だが......今日の唯はどこからどう見ても、普通の女の子だった。いつものランナーとしての凛々しさなど微塵も感じさせないくらいに、どこにでもいるような女の子だったこだ。
「浴衣着て、小学生みたいにはしゃいでるお前を見てたらさ。まあ、俺も色々思ったわけよ。もし唯と翔が駅伝やってなかったら、放課後は3人でこんな感じで過ごすこともあったのかなー、とか。もしそうだったら毎日楽しいんだろうなー、とかさ」
それが絶対にありえない『イフの話』だということは分かっている。けれど、どこにでもいる女子高生のようにはしゃいでいる唯を見た時、俺はそんな『もしも』を想像してしまった。
何もない俺が才能を持つ2人と放課後を過ごす、なんてことはきっとありえない。目標を持って努力をしているアイツらと、何を目指すべきかも分かっていない俺では何もかもが違い過ぎるということも分かっている。
でも。それでも。
--そんな何気ない放課後を過ごせればどんなに楽しいだろうか、と。
--そんな日々が続けばどんなに素晴らしいだろうか、と。
そんな幻想がふと、俺の頭を過ったのだ。
「......ふふ! いいね、それ! なんか、あれだね! もし3人で帰ってたらさ、新島が毎日毎日バカなことやってそうだよね!」
俺の『もしも』の話に乗っかり、目線をこちらに向けて微笑みかける唯。
「はは、間違いないな。それで多分、バカやってる翔に俺と唯が呆れながらツッコミ入れる、みたいな感じになる気がする」
そして、なんとなく興が乗った俺は、その『もしも』の空想をさらに膨らませてみる。
「あ、テスト前とか大変そうじゃない? 放課後に集まって勉強しても意味なさそう。私たち全員バカだし」
「フン、ならばテスト前は奈々ちゃん先生を召喚するとしよう。あの人はなんだかんだ言って甘いからな。ワンチャン俺たちにテスト問題こっそり教えてくれたりする」
「いやいや、さすがにそれはないでしょ」
「あー、やっぱそう? さすがにそれは無い?」
「いや当たり前じゃない。亮は相変わらずバカなんだから」
「え、お前にだけはバカって言われたくないんだけど」
「いや、何言ってんの? 3人の中だったら多分私が1番マシだからね?」
「いやいや、それでも唯がバカなことに変わりはないだろ。やーい。バーカ。バーカ」
「あー、もう! バカって言う方がバカなんだし! バーカ! バーカ!」
「あ、今4回バカって言った。その理論だとお前の方がバカだな」
「んぁー、もう! ほんとうるさい!! 亮のバカァ!」
街灯が照らす道の中。もしも話に花を咲かせ、小学生レベルの口論をする俺たち。
もしかしたら、こんな風に『あったかもしれない日常』の話をすることに意味なんて無いのかもしれない。時が過ぎてしまえば、そんな話をしたことさえ忘れてしまうのかもしれない。
でも、きっと人は現実だけを見て生きていくことなんてできないから。そんな風に生きていくのは辛いことだから。それ自体に意味が無くたって、たまには幸せな空想に浸ってもいいんじゃないか、と。俺はそう思うのだ。
秋風を肌に感じつつ。そんな言い訳を自分に言い聞かせた俺は、ひたすらに彼女と『もしも』の話を膨らませながら、待ち合わせ場所へと歩みを進めた。