小さなトラウマ、小さな優しさ
大変お待たせしました。続きでございます。
-side 田島亮-
4連休初日の昼下がり。なんというか、それはもう、色んな意味で衝撃的な出会いを果たした俺、唯、翔、そしてキャサリンさんの4人組は、千ノ宮駅前のファミレスを訪れていた。秋祭り開始まではまだそこそこ時間があるので、昼食がてら自己紹介やら、雑談やらで暇を潰すためである。
ちなみに席配置は、上座が俺と翔、下座が唯とキャサリンさん、という形でテーブルを挟んで互いに向き合う状態になっている。
「よし、じゃあ改めて自己紹介するわね。私の名前はキャサリン・スージー。純イギリス人です。パパの仕事の都合で4才の時に日本に来ました。翔とは幼馴染でもあり恋人どうしでもあり、みたいな関係です。あ、唯と亮の話は翔からいつも聞いててね。できれば私とも仲良くしてくれれば嬉しいなぁーって、思ってるんだ! これからよろしくね!」
そして注文を終えてひと息付いた直後。超欧米風な見た目のキャサリンは、俺たち日本人が聞いても全く違和感がないレベルの、それはもう完璧な日本語で自己紹介をしてくれた。
「って、え? キャサリンさん? 最初俺たちと会った時、思いっきりカタコトで『ユイー! リョー!』って言ってなかった? アレはなんだったの?」
「ふふ、アレは私なりのジョークみたいなものだよ。普通に喋るのも面白くないし、カタコトで外国人感出そうかなーって思って!」
「な、なるほど。じゃあ日本語は普通に話せるのか」
「うん、話せるよ。まあ小さい時から日本にいるしね。翔が教えてくれたおかげで日本語はもうバッチグーよ!」
キャサリンさんは得意げにそう言いながら、グッとサムズアップしている。
「ていうか『キャサリンさん』ってなんか硬くない? 普通にキャサリンって呼んでくれていいんだよ?」
「あ、そうなの? だったら遠慮なくそう呼ばせてもらうよ。これからよろしくね、キャサリン」
「うん! それから唯もよろしくね! 女の子どうし仲良くしよっ!!」
「え!? あ、うん......よ、よろしくね、キャサリン......」
「ん、どうしたんだ、唯? 急にビクついたりしちゃって」
そうやって声を掛けつつ、不意に隣に目をやると、そこには借りてきた猫のようになっている様子の唯がいた。
アレ、おかしいな。唯は文化祭で友恵と初対面した時は一瞬で打ち解けてたし、キャサリンとも一瞬で打ち解けられそうなものだが。はてさて、今日は緊張でもしているのだろうか。
--と、1人思考に耽っていた時だった。
「ね、ねぇ、亮......」
そう小声で呼びかけられた瞬間。気づけば、唯はその小さい指で俺の服の袖をちょこんとつまんでいた。
「へ、へ? ど、どうしたんだ、唯?」
そして、突然フワリと甘い香りが漂ったことに若干動揺する俺。あー、やばい、ダッさい。めっちゃ挙動不審になりそう。
でも、まあこんな反応になるのも仕方ないよね。童貞だもの。(みつを)
「ねぇ、ちょっと、こっち来て......」
しかし、そんな俺のことなんか気にしないと言わんばかりに、上目遣いでこちらを見つめながら袖をクイクイっと引っ張ってくる唯。
「......すまん、翔、キャサリン。ちょっと俺たち席外すわ」
当然、そんな唯を無視することなどできるはずのない俺は、彼女の後ろに続いて席を立つという選択肢をとる他なかった。
♦︎
「で、急にどうしたんだよ、唯」
謎にファミレスの駐車場まで連れ出された俺は、心配半分、疑念半分の心持ちで唯に問いかける。
「えっと、ね。私、ちょっと理由があって外国の人って苦手なの」
「......ほう」
「あ、キャサリンのことが嫌いとか、そういうわけじゃないのよ? えっと、実は小さい頃に外国人の女の子と大喧嘩したことがあって......別に私がその子に何かしたわけでもないのに、すごく強い口調で色々言われちゃったり......あとそれから......」
「いや、無理して全部言わなくてもいいぞ。なんとなく事情は察したから」
「う、うん、分かった......」
なるほど。細かいことは分からんが、まあ大体の事情は分かった。要するに唯は幼少期にトラウマがあって、どうやら外国人の女の子のことが苦手らしい、と。つまりはそういうことなんだろう。
先ほどキャサリンに話しかけられて唯が動揺していたのは、おそらくそのトラウマがフラッシュバックしたからだ。キャサリンの性格や人柄に苦手意識をもっているわけではなく、単に"外国人の女の子"そのものが苦手だ、という話だったのだろう。
「新島の彼女なんだし、多分キャサリンって良い子だとは思うの。でも、うまく目を見て話せないっていうか、なんていうか......話せないってわけじゃないんだけど、私から話を広げられる気がしないのよね......」
「なるほどな。別に強い苦手意識があるってわけでもないのか」
「まあ、トラウマっていっても、結構昔のことだからね。一緒にいるのがキツいとか、そういうわけじゃないの」
ほーん、要するに初対面だけど仲良くワイワイ話せそうにないから不安になってるってわけか。もうちょい深刻な悩みだと思ってたけど、別にそういうわけでもなかったみたいだな。
「なんつーか......お前って優しいんだな」
「へ!? ど、どうしたのよ、急に......!」
「いや、だってお前は『会話が広げられない』とか『仲良くしたいのに上手く話せない』って悩んでるわけだろ?」
「そ、それはそうだけど......」
「だったら、それはお前の優しさだろ。初対面の相手と仲良くなるためにそこまで悩むヤツなんて滅多にいないぞ、多分」
俺がひねくれているだけなのかもしれないが、初対面というのは、基本的に相手のことを探る段階だと思う。そもそも人間ってのは誰とでも深い関係を築ける生き物じゃないからな。最初のうちから誰とでも仲良くしようと思うヤツなんて、そうそう居ないんじゃないだろうか。
性格の相性、コミュニティ、家柄、性別、エトセトラエトセトラ。人間関係を決定づける要素は単に"好きか嫌いか"だけではない。誰とでも仲良くなる、なんてのは物理的に不可能なのである。
仲良くはないけど、トラブルを起こさず上手くやる。人間関係なんて、それさえできてりゃ十分なんじゃないだろうか。人間社会なんてそんなもんだろ。まあ、俺まだ社会出てないからよく分からんけど。
まあ、だからこそ、そういう考えを持ってる俺は思うわけだ。仁科唯は優しい人間であると。
だってそうだろ。『会話が広げられない』って悩みは、相手のことを思いやってないと出てこないだろうし。しかも初対面の、それも苦手意識を持ってる相手だったら尚更だろ。
まったく。困った時は会話なんて、別に相手任せにしたって良いはずなのに、どうしてこの子は色々背負いこんでしまうのだろうか。本当に変なヤツだよお前は。どうしてそんな悩みを抱えてしまうのか、俺には到底理解できない。
ああ、理解はできない。だが......理解はできないが、まあ--
「今日唯が困ってたら、そん時は俺も会話広げられるように頑張るから。はは、つってもあんまり自信はないんだけどな」
俺はそういう優しいヤツを手助けできる人間でありたいと思う。
次回、秋祭り。