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乙女たちのプライド

続きです。

-side 市村咲-


 お昼時の校舎内。"コスプレ喫茶の調理班"の私は、新たに完成したクッキーを届けるべく、家庭科室から2年7組に向かったのだけど......



「え、えぇ!? ア、アレはどういう状況なの......?」


 教室の窓から"とある光景"を目の当たりにした私は、ただただ驚いてクッキーを手に持ったまま廊下で立ち止まってしまった。


「え? な、なんで亮が京香ちゃんと一緒に居るの? ていうか、あの小さい子は誰なの......?」


 教室の端のテーブル席。そこに座っているのは、嬉しそうにケーキを頬張っている幼い女の子と、それを見て少し楽しそうに笑っている亮と京香ちゃんだった。


 ......いや、一体なにがあったら、あんな3人組が出来上がるのよ。休憩に入ったはずの京香ちゃんがコスプレしたまま亮と店内に居るのも謎だし、そもそもあの小さい子は誰なのよ。


 ......と、色々あり過ぎて混乱してきた私だったけれど、それと同時に、私は自分の胸にモヤッとした感情が浮かび上がってくるのを感じた。


 ああ、私はこの嫌な感情の正体を知っている。この気持ちは......1年生の時に仁科さんが亮と仲良くしているのを見ていた時に感じていたモヤモヤと一緒だ。私は今、亮と笑い合っている京香ちゃんの横顔を見て、その時と同じモヤモヤを感じてしまっている。


 私は今......京香ちゃんに嫉妬してしまっているんだ。


 今となっては、京香ちゃんとは仲が良い友達。それでも亮と楽しそうに話している京香ちゃんを見ると、胸が少しキュッと締まるような感じがして苦しくなってしまう。


 ......ああ、そっか。


 ーー私はやっぱり亮が私以外の女の子と話しているのを見るのがイヤなんだ。


 私以外の子に目を向けてほしくなくて。私以外の子に笑顔を見せてほしくなくて。亮を誰かに取られるのがイヤで......私は亮を独り占めしたくてしょうがないんだ。



「......ふふ、私ったら、いつのまにこんなにワガママになっちゃったのかしら」


 ほんっと。私ったら、何年間も気持ちを言えずに片思いしてるくせに、独占欲だけは強いんだから。ふふ、ここまで来ると自己嫌悪を通り越して、なんだか笑えてくるわね。


 京香ちゃんとの友情、そして亮への恋心......どっちも取るっていうのは難しいし、そのことはなんとなく分かっていたつもり。でも今までの私は、その事実を深く考えようとはしてこなかった。


 ーーいつか亮は誰かを好きになって、誰かを選ぶかもしれない。そんな『当たり前の事実』と真剣に向き合うことを、私は無意識のうちに恐れていたんだ。


 でも......それはもうやめにしよう。


 今までは亮が仁科さんと話しているのを見て焦ることはあっても、心のどこかで『最後に選ばれるのは私だから大丈夫』と自分に言い聞かせて、私はただ仲良くしている2人を眺めているだけだった。


 ーーでも、きっとそれじゃダメなんだ。


 亮に選んでもらうためには、亮に好きになってもらうためには、ただ指を咥えて遠くから眺めてるだけじゃ何も変わらない。




 

「ごめんね、京香ちゃん。でも......やっぱり私、負けたくないの」


 覚悟を決め、静かにそう呟いた私は、足早に亮達が座っているテーブル席へと向かった。




-side 岬京香-


「おいしい! このケーキおいしい!」


 私たちと一緒に行儀良く喫茶店のテーブル席に座り、そう言いながら口いっぱいにケーキを頬張っている幼い女の子。そんな彼女の様子を見ていると、思わず私の頬も緩んでしまう。子供の相手はそんなに得意な方ではない私だけれど、どうやら"小さい子供の笑顔"というものは、そんな私の心さえも癒してしまうみたいだ。


「はは、口の端にクリーム付いちゃってるじゃん。どれ、お兄さんが取ってあげよう」


 一方、女の子の隣に座っている田島くんは、そう言って優しく微笑みながら、少し汚れてしまった女の子の口をティッシュで拭いてあげている。随分と年下の女の子の扱いが上手いように見えるけれど、妹が居る男の子はみんな小さい子供の相手が得意なのかしら。


「えへへっ! ありがとう、お兄ちゃん!」


「おう、いいってことよ」


 そして、そんな微笑ましい2人の会話を眺めていると、なんだか私まで幸せな気分になってくる。


 うーん......もし私と田島くんの間に子供が出来たら、こんな感じになるのかなぁ......




 って、いきなり何考えてんのよ私! ナシ! 今のはナシ! いきなり飛躍し過ぎじゃない!!


「ん? 岬さんどうしたの? 急にボーッとしちゃって」


「い、いや、別になんでもないよ! ちょっと考え事しちゃってただけ! ほ、ほんとに大したことないから!!」


 と、焦ってアワアワし始めた時だった。




「え、亮? アンタ、こんなところでそんな小さい子と何してるの?」


 突然背後から聞こえてきたのは、最近少しずつ聞き慣れてきた声。


 その声に反応して振り向いてみると......私の後ろに立っていたのは、クッキーが入っている袋右手を持っている咲ちゃんだった。


「え......亮ってもしかしてロリコンなの?」


「いや、違うわい! この子は岬さんと俺が見つけた迷子だよ! この子が『腹減った』って言って駄々をこねるもんだから、とりあえず岬さんと一緒に店に入ったんだ! 俺は別にロリコンじゃねぇ!」


「あー、なるほど。そういうことだったのね」


「ああ、そうだ。まあ、百歩譲って俺がシスコンであることは認めるが、断じて俺はロリコンではない。そこは勘違いしちゃいけないぞ」


「いや、百歩譲らなくてもアンタはシスコンでしょ。無駄に百歩も歩くのはやめなさいよ」


 そして......気がついた時には、いつのまにか2人の"幼馴染ワールド"が展開されていた。


「あ、そうだ。京香ちゃん? 何か亮に変なこと言われなかった? ほら、亮って思ったことは何でも言っちゃうじゃない?」

 

「え、い、いや、私は別に何も......」


「おいコラ、咲。お前は俺をなんだと思ってるんだよ」


「......私の幼馴染?」


「いや、なぜそこで疑問形......」


「まあ、そんな話はどうでもいいのよ。それよりも......ハイ、亮、コレあげる」


 そう言うと私の背後に立っていた咲ちゃんは、私の向かいに座っている田島くんの元へスタスタと移動。


 すると咲ちゃんは手に持っている袋の中から、おもむろに1つクッキーを取り出し......




「はい、あーん」


 表情を一切変えることもなく、手に持ったクッキーを田島くんの口元へと運び始めた。





「ち、ちょっと咲ちゃん!? いきなり何してるの!?」


 あまりに突然のことに動転し、柄にも無く大きな声を出してしまう私。


「ん、京香ちゃん? なにを驚いてるの? 幼馴染ならこれくらいのことは普通にやるよ?」


「え、そうなの!? そうなの、田島くん!?」


「い、いや......俺は普通じゃないと思うけど......」


「まあ、細かいことはいいのよ。ほら、亮! とりあえず口を開けてクッキーを食べて!」


「いやいや、ちょっと待てって! クッキーをもらえるのは嬉しいけど、自分で食えるって!! あーん、とかしてもらわなくても大丈夫だから!!」


「あー、もう、うるさいわね! つべこべ言わずに食べなさいよ!! 私の手作りなんだから!!」


 すると咲ちゃんは、半ば強引にクッキーを自分の指ごと田島くんの口の中へとねじ込んだ。


「ど、どう!? お、おいしい!?」


「え、えっと......た、大変おいしゅうございます......」


 なんだかぎこちない言葉を交わしつつ、お互いに顔を真っ赤にしている田島くんと咲ちゃん。


 ..........そんな2人を見た瞬間。私は今まで気づけていなかった"当たり前のこと"に、ふと気づいた。


 田島くんとお話しして、田島くんと笑い合う時間。それは彼にとっては些細でありふれたことなのかもしれないけれど、私にとっては楽しくて、心地良くて。そんな時間がこれからもずっと続いていくような気がしていた。


 でも......それは違うんだ。


 永遠に同じ時間が流れることなんて無い。変わらない関係性なんて無い。


 ーーこの楽しい日常がずっと続くことなんて無い。


 これまでに無いくらい積極的にアピールしている咲ちゃんの姿を見て......私は、そんな"当たり前のこと"に今この瞬間、やっと気づいた。


 私は田島くんのことが好きだけど......多分田島くんのことが好きな人は、私以外にもいっぱい居て。


 もし田島くんが私以外の誰かを好きになってしまえば、きっと楽しくて愛おしい今の日常はすぐに終わってしまうんだろう。

 

 ......ああ、そっか。


 ーー私が当たり前だと思えている"今"は、私が思っていたよりももろくてはかないモノだったんだ。


 田島くんが誰かの気持ちを受け入れた時点で。仮にそうはならなくとも、高校から卒業して私と離れ離れになった時点で、この幸せな時間はあっけなく終わってしまう。


 だから......もしこれからもずっと田島くんの隣に居たいんだったら、私はここで咲ちゃんに圧倒されちゃいけないんだ。


 私はまだ臆病な性格は治っていないし、自分に自信が持てるようになったわけでもない。でも......それでも......


 ーー好きって気持ちでは絶対に負けちゃいけないんだ!!




「じ、じゃあ私は家庭科室に戻るわね! ま、またね、亮!!」


 そう言いながら田島くんに手を振り、私の隣を横切ってその場を後にしようとする咲ちゃん。


 ーーそんな彼女に向けて、私は小さな声で、しかし覚悟を込めて宣言する。



「......私、負けないから」


 それはきっと"私らしくないセリフ"で。前髪を切る前の私なら絶対に言えないようなセリフで。


 そんな私の言葉を聞いた咲ちゃんは、一瞬だけ間を置いた後にこちらを振り向き、明るい笑顔でこう言い放った。



「ふふ、私もそのつもりだよ!!」

 

 




 ーーこの瞬間。私たちは友達であるのと同時に、やっと好敵手ライバルという関係になれた気がした。

自分の都合になってしまって大変申し訳ないのですが、自分の大学院試が迫ってきているため、勉強時間を確保するために、この作品の連載を2ヶ月間お休みさせていただくことになりました。


続きを早く皆さんにお届けしたいという気持ちは大きいのですが、院試には自分の人生もかかっています。ですので、読者の皆様には温かい心で続きを待っていただけると幸いです。


自分は必ず2ヶ月後にこの場所に戻り、物語の続きを描きます。その時は皆さんの期待に応えられるような話を書く所存ですので、自分が戻ってきた時はまた『記憶喪失から始まる青春』を読んでいただけると嬉しいです。


Taike

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