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1人じゃない

-side 田島亮-


 楽しい時間はどうして早く過ぎ去ってしまうのか、なんてことを考えるのはこの上なく無駄なことなのかもしれないが、早いもので文化祭準備期間も今日で最終日。ここ数日で『今年は1年1組のメイド喫茶のレベルがヤバい!』とか『2年7組でリアル魔法少女が現れたぞ!!』とか色々な噂を小耳に挟んだものの、何はともあれ明日は文化祭本番というわけである。


 そんな中、俺は......





「やべぇ、まだ台本が完璧に覚えらんねぇ......」


 ーー1人、放課後の教室で頭を抱えていた。


「いや、マジでヤベェぞ。もうすぐ本番だってのに......」


 確かに俺の記憶力がナメクジレベルだってのは自分でも分かっていたが、まさかセリフを覚えるというのがこんなにも難しいとは。『覚えるだけだから楽勝だろ』とか思ってたけど、全然そんなこと無かったわ。もう、アレだ。俺の脳が文字の羅列を拒否してる。なんか俺が勉強できない理由が今やっと分かった気がする。


「はぁ......やっぱ主役なんて俺には荷が重かったのかなぁ......」


 誰も居ない教室の窓から夕日を眺めつつ、溜息まじりに弱音を1つ。皆から期待されて主役に選ばれたは良いものの、このままだとその期待を裏切ってしまうような気がして、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。


 家に帰ればゲームや漫画に誘惑されてしまうので、こうして教室に残って黙々と台本を睨んでいるものの、校舎の施錠までは残り1時間。ギリギリまで粘ったとしても、セリフを完璧に覚えられる保証は無い。まあ、もちろん家でも台本を読むつもりではあるが、集中力はどうしても欠けてしまうだろう。俺はそんなに集中力が保つ方じゃないからな。


「......いかん、なんか眠くなってきたな」


 文字を読むと眠くなる。勉強ができないヤツの典型的なパターンである。


「よし、10分だけ......10分だけ寝よう」


 このまま台本を見てても寝落ちする未来しか見えないからな。スマホのアラームをセットしとけば、まあ10分後には起きられるだろう。


 よし、休憩がてら少し眠るとするか。



-side 仁科唯-


 放課後。駅伝部の皆と協力して文化祭の会場設営を終えた私は、忘れ物をしたことに気づいて1度教室に戻ってきたんだけれど.....


「亮......なんでこんなとこで寝てるのよ......」

 

 一体これはどういう状況なんだろう。


「こ、これって起こした方が良いのかな......」


 そんなことを考えつつ、私は足音を立てずに亮の席の前まで近づいてみる。


「スー......スー......」


「き、気持ちよさそうに寝てるわね......」


 ていうか爆睡じゃないの。もう、なんでアンタは放課後の教室で寝息を立てちゃうくらい爆睡してんのよ。そんなに眠いなら家に帰って、ちゃんとベッドに入って寝なさいよ。机で寝たりなんかしたら身体を痛めちゃうかもしれないじゃない。


 ......と、心の中で文句を言ってみたけれど、ここで私は寝ている亮の腕の下に演劇の台本があることに、ふと気づいた。


「あー、そっか。そういうことだったのね......」


 そういえば亮って本番が近づいてくるにつれて『ヤバいヤバい』って言って焦ってたもんね......そっか。私はただ緊張してるだけかのかな、って思ってたんだけど、そうじゃなかったんだね。


 亮はまだ自分のセリフに自信が無いからギリギリまで頑張って覚えようとしてたんだね。


「......ふふ、ホントにバカなんだから」


 まったく。自分から主役になったわけでもないのに、そこまでする必要もないじゃない。少しくらいセリフを忘れてたって誰も文句言わないわよ。高校生の文化祭の劇なんだからもう少し気楽にやっても良いと思うんだけど。


 --でも......私はアンタのそういうところが好きなのかもね。


 融通が効かなくて。嫌味なくらい真っ直ぐで。何事も手を抜かずに正面から向き合って。本当は人前に出るのがそんなに好きじゃないくせに、クラスのために主役をやっちゃうくらいのお人好しで。


 誰にでも優しくするアンタに時々ヤキモチを妬いちゃいそうになるし、私だけを見てほしいって思うこともあるけど......多分そういうところも含めて私は田島亮のことが好きなんだろう。


「って、あれ? ちょっと待って」


 もしかしてこの状況って結構チャンスだったりする......?


 誰も居ない放課後の教室で2人きり。しかも相手は私の目の前で無防備に爆睡していて、全く起きる様子も無い。


 --え、この状況だったらキスくらいは簡単にできちゃう......?


 

 って、なに考えてんのよ私! それじゃただの変態じゃない!! ナシ! 今のはナシ!! やっぱ寝てる亮に手を出すなんてありえないわよ!!! 


「はぁ......なんかもどかしいなぁ......」


 距離はこんなに近いのに。顔はすぐ目の前にあるのに。手を伸ばせば簡単に届いてしまいそうなのに。


 --どうしてこんなに遠く感じてしまうんだろう。





「まあ、でも......髪を触るくらいならいいかな?」


 そんなことを考えつつ、中腰になって顔の高さを亮と揃えた私は、ポンポンと彼の頭を軽く叩きながら『朝だよ〜、起きなさ〜い』と呼びかけたのであった。



-side 田島亮-


「朝だよ〜、起きなさ〜い」


「んー......」


 おい、誰だ...? せっかく人が気持ちよく寝てるのに起こそうとしてくる困ったちゃんは......


 と、一瞬寝ボケ頭で考えたものの、俺は即座に自分が置かれていた状況を思い出した。


 やべぇ、コレ絶対10分以上寝てたパターンだわ。なんなら爆睡してたパターンだわ。チクショウ。やっぱ成長期にはさからえなかったか。


 なんてことを考えつつ、俺は少々重い頭を上げてみる。


 すると......





「ばぁ♪」


 --俺の視界に入ったのは、悪戯な笑みを浮かべている仁科唯の顔面ドアップだった。


「うぉ!? な、なんで唯がここに!? つーか、顔近過ぎるわ!! ビックリするわ!!」


 思わず反射的にのけぞってしまう俺。


「あははは!! やっぱ亮のリアクションって大きいよね!! うんうん! やっぱり面白いよ!! あははは!!!」


 そして、唯は随分楽しそうにゲラゲラ笑っている。


「ゆ、唯......お前、なんで教室に居るんだよ......」


「ふふ、忘れ物を取りに来ただけだよ。まあ、まさか教室で亮が寝てるなんて思ってなかったけどね」


「な、なるほどな......」


 チクショウ。まさか寝ている間に人が教室に来るとは。完全に誤算だった。


「で、なに? 亮は1人で台本を読んでたってわけ?」


「え? ああ、まあ、そんな感じだな。大体のセリフは覚えたんだが、細かいところがまだうろ覚えでな。自信が無いから台本を読み込んでるってわけよ。俺のせいで劇を台無しにするわけにはいかないからな」


「......ねぇ、ちょっと肩肘張りすぎなんじゃない? もう少しリラックスしても良いと思うんだけど」


 いつものように俺の隣の席に座りつつ、唯が言う。


「いや、多分俺は肩肘を張り過ぎるくらいでちょうど良いんだよ。セリフを覚えるペースも明らかに俺だけ遅いしな。結局今日の練習の時にミスしたのも俺だけだったし。出来ないヤツは出来るヤツより少しでも多く頑張るしかないんだよ」


 他クラスより学力が劣る2年3組とはいえ、俺の周りはほとんどが高レベルの一般入試を通過してきたヤツらだ。やはり物を覚える能力が俺とは段違いであり、ほとんどのヤツらがノーミスで役をこなしていた。


 また、唯も俺と同じ特待枠だが、地頭の良さが俺とは違うようで、スラスラとセリフを覚えられていた。


 --そう。出来ないヤツは俺だけなのだ。


 俺は他のヤツが1回で覚えられることを3回繰り返さないと覚えることができない。他のヤツが普通に出来ることを、俺は普通にこなすことができない。


 俺は......普通にしてたら皆の足を引っ張ってしまう。


 だったら他のヤツより少しでも頑張るしかないだろ。努力で埋められる差、なんてものは微々たるものかもしれないけど、それでも台本にかじりつくしかないんだよ。


「俺は......頑張り過ぎるくらいがちょうど良いんだよ」


 部活にも入ってなくて、放課後にただ補習を受けているだけ。そんな平凡な日々を過ごし、普段から特に何も頑張っていない俺は、せめて台本くらいは誰よりも読み込んでおくべきなのだろう。


「......ねぇ、亮。それって楽しい?」


「え?」


 そ、そりゃあ台本を読むのなんて楽しいわけがないが......それがどうかしたのだろうか。


「え、えっと、まあ、なんて言うの? そりゃあ亮が皆より物を覚えるのが苦手で悩んでるのは分かるよ? でもさ、まずは楽しまないとダメなんじゃないかな? だって文化祭だよ! 文化祭! ビッグイベントじゃん!!」


「ま、まあそれはそうだが......」


「あ、別にセリフを覚えるのがダメって言ってるわけじゃないからね? 肩の力を抜こーよ、って言ってるだけなの。別に本番で失敗してもいいじゃない。多分それも含めて良い思い出になるわよ。まあ、だからさ、あんまり自分を追い込み過ぎるのも良くないんじゃないかなって、私は思うんだけど......どうかな?」


「.......確かにそうかもしれないな」


 そ、そうか。あまり自覚は無かったが、俺は必要以上に自分を追いこんでしまっていたのかもしれないな。まあ、少なくとも唯の目にはそう映ってしまっていたということなんだろう。


「すまん。なんか心配かけたみたいだな」


 知らず知らずのうちに気を遣わせていたような気がした俺は、念のため唯に一言謝っておくことにする。


「いや、別に謝んなくてもいいわよ。そ、その......私はただアンタに文化祭を楽しんでもらいたいと思っただけだからさ」


 髪先を指でクルクル巻くような仕草を見せつつ、少し照れ臭そうに唯は言った。


「いや、マジでサンキューな、唯。はは、なんか元気出たわ」


「べ、別にお礼を言われるようなことはしてないわよ。それに......亮は自分のことを『出来ないヤツ』って言ったけど、私はそんなことないと思うよ?」


「そ、そうか...? お前らに比べれば俺なんて全然......」


「もうっ、バカね。私たちと比べる必要なんてないじゃない。卑屈になるなんてアンタらしくないわよ? いつもみたいに能天気に笑って、バカをやりなさいよ。私が知ってる田島亮っていうのはそういう人間なんだけど?」


「......ああ、そうだ。はは、そういえば俺はそういうヤツだったな」


 卑屈になるなんて俺らしくない、か。まさか唯からそんなことを言われるなんてな。


 --でも確かにその通りだ。


 ネガティブ思考なんて俺らしくない。いつでも前向きに、ポジティブに。そうやって辛いことも乗り越えてきたのが俺だったじゃないか。チクショウ。なんで俺は『文化祭を楽しむ』ってことさえ忘れちまってたんだよ。それじゃあ本末転倒じゃねぇか。



「え、えっと! まあ、少なくとも私は亮の良いところをいっぱい知ってるからさ、自分を『出来ないヤツ』だって言って追い込むのはやめてよ。そんなこと言われたら......私も少し悲しくなっちゃうから」


「.......そうだな。もうそんな風に考えるのはやめるよ」


 ああ、そうか。自分を卑下するってのは誰かを悲しませることに繋がることもあるのか。俺の良いところを知ってるって言ってくれる唯のことを悲しませることにもなっちまうんだな。


「ごめんな、唯。そして......本当にありがとう」


 柄にも無く弱気になっていた俺は、改めて親友に謝罪と感謝を伝えた。


「よし! じゃあこれでこの話は終わり! さぁ! 校舎の施錠まであと30分しかないし、急いで劇の練習をやるわよ!!」


 勢いよく席から立ち上がりつつ、唯が言う。


「え、劇の練習? 誰が?」


「ふふ、そんなの私と亮に決まってるでしょ」


「いや、えっと......なんで?」


「なんで、ってそんなのアンタがセリフを覚えるために決まってるじゃない。1人で台本と睨めっこするよりも2人で練習した方が覚えられそうでしょ?」


「あー、なるほど、そういうこと......」


「そうなの! はい! じゃあやるわよ!」


「いや、でもお前さっき会場設営したばっかだろ? それに昨日までは部活と劇の練習を並行してやってたわけだし、相当疲れが溜まってるんじゃないか? 早く帰らなくても大丈夫なのか? なんかすげぇ申し訳ない気分なんだが」


「......ねぇ、亮? 『友達に頼られるのが迷惑なわけねぇだろ! つーか頼ってもらえたら嬉しいに決まってんだろうが!』って私に言ったのは誰だったっけ?」


「な、なんだよ。どうしたんだよ急に」


 まあ、確かに俺が唯にそんなことを言ったことがある気はするが。


「あのね。私もね、亮と同じなの。友達に頼ってもらえたら嬉しいし、できるだけ力になりたいって思ってる。そう思ってるのはアンタだけじゃないんだよ。私だって同じなの。確かに私は疲れてるけど、今はそんなの関係ない。今度は私がアンタを助ける番なのよ」


「唯、お前......」


「だから今日は......いや、この文化祭は2人で頑張ろうよ!」


 そこまで言うと、突然右手の親指をグッと立ててこちらを見つめてきた唯。


 --すると彼女は太陽のような笑みを浮かべながら、最後に言い切った。







「大丈夫! 亮は1人じゃないよ! アンタには私が付いてるんだから!!」


 それはまさしく"唯らしさ"に溢れた明るい笑顔で。しかし、それでいて今日の彼女はいつもより何倍も頼もしく見えて。






 --ただその姿を見ているだけで、今なら俺はなんでもできるような気がした。

次回、文化祭開始。


それと1つ宣伝です。先日、私のもう1つの作品『幼馴染のパンツを毎日見ないと死ぬことになった件』が完結しました。全39話、15万文字の作品ですので一気読みできる文量となっております。もしよろしければ、ご覧ください。


URL→https://ncode.syosetu.com/n5676fz/

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