それぞれの青春
申し訳ありません。大変お待たせいたしました。
続きでございます。
-side 岬京香-
咲ちゃんが歩み寄ってくれたこともあり、少しずつだけど田島くん以外の人たちとお話ができるようになってきた私は、この文化祭期間中で『誰かと一緒に何かをする楽しさ』というものを人生で初めて味わえていると思う。
みんなで店内の装飾を作るのも楽しいし、咲ちゃんと一緒におしゃべりしながら材料の買い出しに行くのも楽しくて。きっと私は今まで見えていなかった世界が少しずつ見え始めているんだと思う。
でも......でも......
「魔法少女にならなきゃいけないなんて聞いてなかったよ!!」
眼鏡を半強制的に取り上げられ、ピンクのフリフリ衣装を身に纏い、さらにはピンク色のカツラまで付けさせられて、右手にステッキを持った私は、ニヤニヤしながら私の周りを囲んでいるクラスの女の子達に向けて全力で抗議した。
「えー、いいじゃん! 超似合ってて可愛いし!! 多分ウチのクラスで魔法少女のコスプレできるのとか岬さんくらいだし!!」
「うぅ......た、たしかにコスプレ喫茶だからしょうがないのかもしれないけど......でも......こんな格好恥ずかしいよぉ......」
もし田島くんにこんな格好を見られた日には、それこそ死を選びかねないよ...うぅ、でも文化祭の時に田島くんとお話ししないのも嫌だし...なんかジレンマだなぁ...
「ふ、ふふ...京香ちゃん、よく似合ってるじゃない...ふふふ...ホントにテレビから魔法少女が出てきたみたいだよ...ふふふ...」
しかも咲ちゃんはさっきからずっと私を見てクスクス笑ってるばっかだし...!!
「もう! 笑わないでよ咲ちゃん!! 絶対バカにしてるでしょ!!」
「いやいや、してないしてない! まさかこんなに似合うとは思ってなくて、なんか笑えちゃったの!!」
「嘘でしょ......絶対バカにしてるよ......あー、もうなんか嫌になってきたよぉ.....」
恥ずかしさに耐えられなくなった私は、思わず両手で顔を隠して地面にうずくまってしまった。
「もう、京香ちゃんごめんってばー。イジけないでよー。ほら、良い子良い子」
一方、そんな私の様子を見た咲ちゃんは、慰めるつもりなのかどうかは定かではないけれど、楽しそうに私の頭を撫でてくる。
「「「......と、尊い......」」」」
そして私たちの様子を教室の端で見ていた男の子達が最後に何か言ったような気がしたけれど、とにかく恥ずかしくてたまらなかった私は、そんなことを気にする余裕なんて全然無かった。
-side 柏木奈々-
忙しなく、しかし楽しそうな様子で賑やかに文化祭の準備を進めている校内の生徒達。そんな彼らを見ると『若いって良いなぁ』なんてことを思いかけた私であったが、学校イベントの管理を『柏木先生はまだ若くて元気だから』という理由で半強制的に任されている現状を考えると、若さというものが必ずしも正義であるとは限らないとも思えてくるから、なんとも不思議なものである。
「柏木先生、書類のチェックお願いします」
「ああ、分かった。今からチェックするから君は席に戻って他の作業を進めておいてくれ」
「分かりました」
そして、文化祭実行委員が作業を進めている教室にて。体育祭の時に引き続き、今回の文化祭でも実行委員会の管理を任された私の席の机上には、今日も今日とて実行委員の生徒達が作成した書類が積み上がっていく。
進行スケジュールの管理、外部団体の参加数の確認、寄付金や予算の使用用途の決定などなど。彼らが成すべき作業は、高校生にしてはそれなりに大変なものである。故に生徒達だけに任せるわけにもいかず、こうして大人の私が彼らの作業を管理する必要があるというわけだ。
まあ......天明高の生徒達は基本的に優秀だから、私の仕事はほとんど無いようなものなのだけれど。
まあ、あえて心配な点を挙げるとするなら......
「あっ、やっべ! また入力ミスった!」
ウチのクラスの実行委員の作業が少し遅いことだろうか。
「はぁ......相変わらず仕方がないヤツだな......」
そしてパソコンの前で慌てている新島の様子を見ていられなくなった私は、チェック中の書類を一旦机上に置いて、彼を廊下に連れ出してみることにした。
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「おい、どうした新島。随分とテンパっているみたいだが」
「いや、その......奈々ちゃん? どうして俺は廊下に連れ出されてるのかな?」
「おい、新島。せめて『先生』は付けろ。私はお前の友達じゃないんだぞ?」
まったくもう。教師と話すのを他の生徒に見られるのが嫌じゃないかなって思ったから、気を遣ってわざわざ廊下に連れてきたっていうのに。この子の態度はホント相変わらずなんだから......
「はぁ......で、作業が遅れているみたいだが何か困ったことでもあったのか?」
「あー、はい。めっちゃ困ってるっす。ぶっちゃけると、エクセルの使い方が全然分かんないっす」
大問題じゃないか!!
「......まあ、新島はパソコンを使うのにも慣れていなさそうだからな。エクセルを使って作成する資料はそんなに多くないし、その辺は私がやっておくよ。お前はとりあえず出来る作業から進めておいてくれ」
「了解っす! 劇の脚本を書く時にワードの使い方は覚えたんで、ワード使うヤツならイケるっす!!」
「な、なるほど」
そうか。そういえば新島はクラスの方も中心になって進めてるんだったな......
「そ、その......大変じゃないのか? クラスの準備も実行委員もやるっていうのは。パソコンを使うのも苦手みたいだし、キツいんだったら今からでも誰かに実行委員を変わってもらってもいいんだぞ?」
「いや、別に変わらなくても大丈夫っすよ。一応なんとか両立できてるんで」
「そ、そうか......なら、まあいいんだが......」
しかし、普段はそんなに率先して動く方では無い新島が、今回はどうしてここまでして文化祭に関わろうとするのだろうか。
彼が普段は見えない積極性を発揮してくれていることを嬉しく思うのと同時に、私の脳裏に思い浮かんだのは、そんな素朴な疑問だった。
「......俺が文化祭実行委員をやってるってのがそんなに意外ですか?」
「え!? あ、いや! べ、別にそういうわけではなくてな......」
ウッ、考えていることが表情に出てしまっていたか......
「はは、先生、そんなに気を遣わなくても大丈夫っすよ。普段の俺なら絶対こんなことしないっていうのは事実なんで、意外に思われてもしゃーやいっす」
若干の申し訳なさを感じていた私に向けて、彼は愉快に笑いながら言った。
「じ、じゃあ、どうして今回のお前はそんなに頑張ろうとしているんだ...? 両立できているとはいえ、やはりクラスの出し物と実行委員会の同時進行はキツいんじゃないのか...?」
友人と遊ぶこと、そして速く走ること。今まではそんなことにしか興味を示すことが無かった彼に向けて、私は問いかける。一体どんな心境の変化があって、これほどの重荷を背負おうとしたのか、と。
ーーすると彼は笑顔で、何の迷いも無く言い切った。
「友達のためです。7ヶ月分の青春を失ってしまった、あのバカのために俺は今自分が出来ることをやろうとしているだけです」
「......というと?」
「な、なんつーか、その、亮はバカなんですよ。バカだからアイツは......実行委員に立候補するヤツが誰も居なかったら、自分が実行委員をやれば良いと思ってしまう。『このクラスで部活をやってないのは俺だけだから、俺が適任だ』とでも言って、当たり前のように仕事をやろうとするようなヤツなんですよ。アイツは『誰かのために自分が動くこと』が当たり前だと本気で思っている大バカ野郎なんですよ」
......そんな彼の言葉を聞いて、私は不意に思い出した。
【だから目にクマができちゃうまで俺たちのために頑張った先生に文句を言えるわけがないじゃないですか。俺、今日ずっと心配してたんですからね?】
「ああ、そうか。それは確かに......ふふふ、新島の言う通りかもしれないな」
懐かしいようで。それでいて、つい昨日のことであったような......そんな不思議な日々を思い出した私は、気づけば新島の言葉に妙に納得させられていた。
「......そうなんですよ、先生。俺が言えた立場じゃありませんが、アイツはバカなんですよ。アイツは自分が楽しめなくても皆が楽しめればそれで良いと思ってるんすよ。でも......そんなのは俺が許さないっす」
「......そうか。そういうことだったのか」
新島、お前は......ただ友達に文化祭を楽しんでほしいだけなんだな。
「はっはっは! そういうことっすよ、先生! つまんねぇ事務作業をやってんのも、アイツを演劇の主役に仕向けたのも全部俺の計画のうちだったってことっすよ! そうすればアイツは嫌でもクラスの方に集中しなきゃいけなくなりますからね!!」
「......青春だな」
「あはは、そうかもしんないっすね。これが俺なりの青春なのかもしんないっす。とにかくアイツには、忘れちまった分まで高校生活を楽しんでもらわなきゃ俺の気が済まないんで」
「はは、すごいな新島は。よくそんな歯の浮くようなセリフを恥ずかしげもなく言えるものだ」
「ちょ、ちょっと先生! からかわないで下さいよ! なんか急に恥ずかしくなってきたじゃないっすか!!」
はは、普段は生意気な態度を取っている新島も案外恥ずかしがったりすることもあるんだな。なんか急に笑えてきたよ。
「......ま、まあ、俺にとってアイツは特別なんすよ。あんなにウマが合うヤツなんて今まで居なかったんで。なんかアイツとは一生関わっていく気がするっす」
「特別......か。はは、少し羨ましいな」
私には......そんな風に呼べる友達なんて1人も居なかったから。
と、少し複雑な気持ちになった時だった。
「いや、先生にとってもアイツって結構特別な存在なんじゃないんですか? なんかめっちゃ仲良さそうに見えるし」
「え、えぇ!? い、いや、別にそういうわけじゃ...!」
コ、コイツ...! なんで私が1番触れられたくない所にいきなり触れるんだよ...!!
「え、えー、コホン。ほ、ほら、私は教師じゃないか。だから別に新島が言ってるような特別な存在なんて居やしないさ。わ、私は平等にみんなのことを大切に思ってるぞ」
あー、うん。一体私は誰に向けて言い訳をしているんだろうか......
で、でも、仕方ないじゃない。教師が1人の生徒を贔屓にする、なんて本当はあってはいけないことだもの。
それに......田島はもう屋上での日々を覚えていないわけだし。
私だけが覚えていて、私だけの思い出で。何があろうとその事実は変わらないし、これから変わっていくこともない。
だから間違っているのは私だ。そんな記憶を理由にして1人の生徒を特別扱いしている私の方が間違っているんだ。
「いや、別に良いんじゃないっすか? 特別扱いしても。自分に懐いてくれる生徒のことを教師が可愛がるのは当然のことだと思いますけど」
ーーしかし彼は、そんな私の矜持をいとも簡単に否定した。
「え、いや、でもそれは......贔屓じゃないか」
「あー、まあ、男の教師が性別だけで判断して女子を贔屓するのはムカつくっすけど......俺は奈々ちゃんが亮と仲良くする分には何も思わないっすよ?」
「で、でも私は教師じゃないか。だからみんなと平等に接していかないと......」
そうしないと、きっと私は良い教師になれない......個人的な感情に流されて1人のことを特別扱いしているようでは、良い教師になんて.....
「いや、別に平等じゃなくても良くないっすか?」
「......え?」
「いや、教師だって人間じゃないっすか。そりゃ好き嫌いはありますよ。自分の授業を真面目に聞いてくれる生徒のことは好きになるでしょうし、何も聞いてくれない生徒のことはそれなりに邪険に思うでしょうよ」
さも当たり前かのように、彼は臆面もなく言い放った。
「亮は奈々ちゃんのことが好き。奈々ちゃんは亮のことが好き。それでいいじゃないですか。それの何が悪いっていうんですか?」
「......」
考えたことも無かった。頭ごなしに特別扱いを悪いことだと決め付けて、そんなことを考えたことなんて1度も無かった。
--でも......そうか。私がアイツを特別だと思うのは別におかしいことでもなかったのか。
「はい、というわけで俺は先生の思うがままに教師ライフを過ごせばいいと思いまーす。あ! でも、もし先生が禁断の愛に興味をお持ちでしたら、その時は是非俺にお知らせください。この新島翔。全力でサポートさせていただきまs......って、あ痛ったぁ!!!」
「こ、これで話は終わりだ!! バカなことを言ってないでお前は早く教室に戻れ!!」
「は、はは......相変わらず奈々ちゃんのゲンコツは痛いぜ......」
「なあ、新島...? せ・ん・せ・いを付けろとさっきも言っただろう...?」
「ヒッ!? す、すいませんでした、柏木先生!! い、今すぐ教室に戻りまぁす!!!」
すると私に怯えた新島は、まるでライオンから追われている草食動物のようなスピードで一目散に教室の中へと入っていった。
「......はは、やっぱり若いって良いな」
自由気ままな彼の背中を眺めつつ。大人になって知らず知らずのうちに自分の考え方が凝り固まっていたことに気づいた私は、誰にも聞こえないように静かに、そっと呟いた。
次回は主人公たちの演劇の練習の様子をお届けします。