快適な暮らし・1
夕焼け空の美しさは、どこの世界でも変わらないんだろうな。
風に乱れた髪を直しながら、あたしはそんな事をちょっと考えた。
地球では、こんな風に沈む夕日を見た事はなかった。どこを見ても、目に映るのは
ただひたすら人工の建造物ばっかりだったから。
ユージンカの街を出てから、2度目の夜が来る。
さて。
「…どうやって寝よう。」
細い道の左右を成しているのは、明らかに整備されていない低木林と原っぱだけ。
本街道を外れてほぼ半日。人の住んでいる気配は、もうほとんどない場所に来た。
いよいよ野宿である。
いや、野宿そのものが問題というわけじゃない。
問題なのは、タカネの隣で息も絶え絶えに疲れ果てているリータ。
そして、あたしたち2人の当たり前の感覚だ。
=====================================
最初の日はまだ街道沿いだったし、宿場町のようなところで宿を取る事ができた。
そして今日、リータの案内でいよいよ「ラスコフへの近道」に踏み出したのだ。
次の街をカットし、一気に国境近くまで行こうって流れで、話はまとまっていた。
大きな街へ行くと、また揉め事や厄介事が起きそうだし、道中も人が少ない方が
何かとありがたい。そういう判断からだった。
しかし、じきにあたしたち2人は思い知った。
歩いての旅というのが、どれほどノロノロしたものなのかって事を。
リータのペースに合わせて歩くと、とにかく基本速度が遅い。
そして、休憩が必要になる。
正直な話、今までどおりの街伝いの方がよっぽど早かったのは間違いないだろう。
少し前までのあたしなら、彼女を引き込んだ事を大いに悔やんでたかも知れない。
だけど、今は違う。
あたしもタカネも、少なくともちゃんと分かっている。
絵的に見れば、苦労知らずのお嬢さまが旅人の足を引っ張っているような構図だ。
だけど、現実はそんなんじゃない。
リータは、むしろ体力と持久力で言えば人並み以上だ。1日20キロくらいなら
余裕で歩いてみせるだろう。徒歩の旅をするには充分だと言える。
考えるまでもない。
あたしとタカネが、いろんな意味で非常識過ぎるんだ。
あたしたちの身体特性の真骨頂と呼ぶべきは、決して戦闘能力なんかじゃない。
どんな疲労も消耗も損壊も、たちどころにリセットできるチート復元能力だ。
極端な話、休憩なしでいくらでも歩けてしまうのである。ここまでの旅路でも、
一晩中駆けた日も何度かあった。もちろん、バリオ並みの速さで。
そんな人間離れした基準に慣れ切っていた己の感覚が、大いにショックだった。
だから、リータを責めるのは全くのお門違いだ。
だけどね。
常識がすっぽり抜けてしまってるあたしたちは、野宿のノの字も分かってない。
普通の人がどうやって夜を凌ぐのかが、経験で理解できていない。
ゼビスさんがリータとの同行を奨めたのは、きっとこういう思惑からだろう。
一人でいいから、普通の人間がいた方がいい。その人が、きっと基準になるから。
実に理に適った考えだ。
口であれこれ説明されるより、実際に行動を共にした方がずっと実感できる。
どういうところが不便なのかが、しっかりと理解できる。
ただ、問題がひとつあった。
実際はもっとあるけど、切実なのはこれだ。
リータ自身、ほとんど旅慣れしていないのである。
無知が3人ガン首揃えても、いろんな意味で迷走するだけだよ。
=====================================
「…とにかく、吹きさらしで寝るわけには行かないわよね。」
日が暮れると同時に気温が下がり、風も強くなってきていた。
もちろんあたしとタカネは、自分の意思で体温調整ができる。そうでなくても、
エヴォルフの毛を生やせば寒さくらいはいくらでも凌げる。
しかし、リータはそうは行かない。とにかくきちんと休める場所を作らないと、
あと何日もしないうちに野垂れ死ぬだろう。
「ジアノドラゴンの骨で小屋でも作ってみる?」
「そうね。」
「…お願いしたいわぁ。何でもいいから。」
差し当たり、そのくらいしか思いつかない。
いくらか開けた場所を見つけたあたしたちは、そこを今日の野宿の場と決めた。
「じゃあ、ちょっと組んでみるね。」
そう言ったタカネのすぐ目の前の空間に、大きな長い骨が1本現出した。そして、
早送りのコマ撮り映像のように、どんどん本数が横並びに増えていく。途中3度
直角に曲がった事により、数秒で四方を囲う外壁が出来た。
しかし。
「…ううん、隙間が多いなあ。」
「そうねえ。これだと、思いっきり風が入り込んで来そう…」
建築に詳しくないあたしにも、問題点はすぐに見えた。
縦に並べた骨がまっすぐでない上に両端が太いため、並べても隙間が空くのだ。
どっちかと言うと、家の壁より牢屋の格子に近いかも知れない。もちろん丸見え。
隙間に手を差し入れるリータも、微妙な表情を浮かべている。
「骨組みとしての強度は申し分ないけど、壁とは呼べないわよね。何でもいいから
表面に張ったりしないと。」
「分かった。じゃあ、ちょっと離れて。」
何か思いついたのか、タカネがそう言ってリータを何歩か後ろに下がらせた。
と同時に、骨組みの表面にすごい勢いで鱗が生成されていく。ドラゴンの体表と
同じく、少しずつずらした並べ方だ。あっという間に表面は覆われ、勢いのまま
屋根まで一気に瓦のように組み上げられてしまった。
「おぉー…」
「あぁー…」
あたしとリータは、口を開けたままそのさまを見ていた。
ものの十数秒で、小屋は完成した。いや、もはやこれは小屋ってレベルじゃない。
ヘンゼルとクレーテルがお菓子の家なら、これはさしづめ鱗の家ってところだね。
「出来たわよ。」
そう言ったタカネは、表情も口調もどこか淡々としていた。
彼女とて、どんな事でも会心の結果を出せばそれなりにドヤる。それは知ってる。
だからすぐに分かった。
本人としても、あんまり納得は行ってないんだろうなと。
「まあ、とにかく入ろうよ。」
取り成すようにそう言ったあたしは、入口に向かい…
入口どこ?
「あ、ゴメン。ここから入って。」
若干気まずそうに言ったタカネが手を振ると、壁の一部が骨組みごと消えた。
今の手を振る仕種、要らないよね?
ちょっと、失敗に動揺したよね?
あえて見てみぬ振りをしたあたしは、ようやく中に入り…
見えない!!
真っ暗!!
光がぜんぜん入らない!!
「あ、ちょっと待って。」
後に続いたリータが、慌ててバッグから輝光石ランプを取り出した。ようやく、
室内に淡い光が満ちる。タカネも中に入り、すぐに壁の入り口が消失した。
さすがに風は全く入って来ないし、外の音もかなり遮断されている。これならば、
ゆっくり休めそうだ。ホッと一息ついたあたしは、何気なく壁に目を向け…
気持ち悪い!!
鱗がビッシリ!!
頭が痒くなる!!
「どうしたの?」
「……な、何でもない。」
さすがに、そこまで贅沢を言ったら怒られる。嫌なら見なけりゃいいだけだし。
ドッと(精神的に)疲れたあたしは、その場に座り込んだ。と、剥き出しの地面が
触れるだろうという予想に反し、織物のような柔らかな感触が指をくすぐった。
同じようにしゃがみ込んだリータも、その感触に興味深そうな表情を浮かべる。
「なんか座り心地いいね。これ絨毯?」
「絨毛。」
「え?」
ドヤるタカネ。
きょとんとするあたし。
そして、なぜか青ざめるリータ。
ええっと…
「何だったっけ、絨毛って…」
「小腸の内部にある突起で、ここから栄養分を…」
「「出してええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」
科学の講義のような説明は、悲鳴の二重奏にかき消される。
澄み渡った空には、我関せずの月が昇っていた。
見えなかったけど、たぶん。
それどころじゃなかったけど、たぶん。




