新たな旅立ち
翌日。
ようやく、ユージンカの街を発つ事になった。
早くに起きて、リータの服だの日用品だのといった諸々を3人で買いに行った。
せっかくなので、あたしもリンネンの替えを2着購入した。今回は交霊はナシで!
お金以外のまともな荷物を持っての旅って、実は初めてかも?
何だかんだやってるうちに、午後になってしまった。
ギルドまで挨拶に行ったら、ゼビスさんが多忙の合間を縫って出てきてくれた。
ちなみに、もちろん実際に行ったのはリータだ。あたしたちが行ったら揉めるし。
本当は昨日の時点で出発してたはずだけど、何しろ大変な一日だったからね。
今度こそ、本当に今度こそ正真正銘の出発。
顔パスにできるという事なので、東側の門までゼビスさんに同行してもらった。
いいお天気。
絶好の旅日和だ。
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「どうも、本当にいろいろありがとうございました。」
あたしとタカネは、そう言って深々と頭を下げた。リータも慌ててそれに倣う。
「いやいや。そこまで感謝されちゃあ、釣りを返すのに一生かかっちまうよ。」
そう言って、ゼビスさんは愉快そうな笑い声を上げる。
頭を上げてみれば、照れたような、喜んでいるようなヒゲ面がそこにあった。
「魔術師含めた盗賊団の殲滅を、名目上は俺一人でやってのけたって話なんだぜ?
普通だったら総出で出向くような案件だ。まあ、しばらく遊んで暮らせるくらい
稼がせてもらったし、実績もできた。個人ギルドでも開けそうなほどな。」
ゴシゴシとヒゲをこすったゼビスさんは、あらためてあたしにニッと笑いかける。
「会えて良かったぜ、アラヤちゃん。」
気の利いた返事ができなかった。と言うか、まともに言葉を返せなかった。
絶対に我慢していようと思ったのに、やっぱり無理だった。
昨日の夜から、はっきりと分かっていた。
今朝も、どうしようもなく予感していた。
あたしは、ぐずぐずと泣き出してしまった。
「おいおい、泣く事ねえだろうが。俺が泣かしたみてえだろ?」
困ったように笑うゼビスさんの顔が、滲んでまともに見えなかった。
いろんな感情が、心の中でぐちゃぐちゃに混じり合っていた。
絶好の噛ませキャラが寄って来たと、生意気に思った。
手加減しながら、遠慮なく叩きのめした。
それで、場を掌握できると思っていた。
だけどあたしは、やっぱりただの未熟な子供だった。
そんなあたしを、笑って許してくれた。
大人のものの見方というものを、実践で教えてくれた。
あたしたち2人を、本当に信じてくれた。
あたしたちの言葉に、自分の命を賭けてくれた。
大事な人を、救う道標になってくれた。
何も分かっていないあたしたち2人を、最後まで導いてくれた。
あたしは、こういう人に会いたかったんだ。
家族を全て喪い、信じられる人も、寄り添いたい人もいなくなった故郷を捨てた。
孤独の旅の末にようやく辿り着いたこの世界で、やっぱり何度も人に裏切られた。
生きていくためには、物理的に強くなるしかなかった。
本当に心から信じられる存在は、タカネだけだった。
そんなあたしが出会った、この人。
ようやく出会えた、信じる事のできる大人。
もしこんな人が身近にいたのなら、あたしは地球を離れたりしなかっただろう。
3000年近いはるか昔に、当たり前の地球人としての生涯を終えていただろう。
それも、ひとつの幸せな人生だったかも知れない。
だけどそれじゃ、この人には会えなかった。
結局、どっちが良かったのだろう?
答えなんて出るはずもない。だからこそ、心の中がぐちゃぐちゃなんだ。
こんな風に泣いたのは、いつ以来だろう。
もしかしたら、初めてなのかも知れない。
悲しいわけじゃないのに、涙が止まらない。
タカネもリータもゼビスさんも、困ったような顔をしていたけど。
今さら、恥ずかしいとは思わなかった。
あたしは、まだまだ子供だ。
どれだけ背伸びをしても。
どれだけ強大な力を持っても。
その事を教えてくれたゼビスさん。
あなたは、間違いなく恩人です。
本当に。
本当にありがとうございました。
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「やれやれ。ちょっとは落ち着いたか?」
「ええ、もちろん。」
ようやく泣き止んだあたしは、しゃんと背を伸ばして応える。
こんな時、身体チートは実に役に立ちます。
泣き腫らした目はすぐに元に戻るし、洟も垂れなくなるし。
見栄を張るにはもってこいです。
こういうのを、本当の意味で「ケロッとしている」って言うのかも知れないね。
だけど、やっぱりあたしは言いたかった。
一緒に行きませんか?って。
断られるのは、100%分かり切っている。いくら何でもそれは承知してる。
だけど、それでも言いたかった。それくらい、ゼビスさんが好きだと思ってる。
お父さんの面影を見てるのか、おじいちゃんの面影を見てるのか。
それとも、その両方か。
どっちにも全然似てないんだけどね。
じっと見つめるあたしの未練がましい視線は、たぶんお見通しだっただろう。
ゼビスさんは、苦笑しながらあたしの頭にポンと手を置いた。
大きな手だった。
鱗のガード越しでは絶対に気づけない、人の肌のぬくもりがあった。
「しょうがねえな。じゃあ、俺からとっておきのアドバイスだ。アラヤちゃんと、
それにタカネ姉ちゃんにな。」
「「はい!」」
そう言って手を離したゼビスさんに、あたしとタカネは居住まいを正した。
「いやいや、そこまで改まらなくていいって。気楽に聞きな。」
「お願いします。」
「もうちょっとのんびり、楽しくやんな。」
「え?」
意外過ぎるひと言に、あたしとタカネはきょとんとした。
ゼビスさんは、やっぱり笑っていた。
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「お前さんたちが、ラスコフに行くためにあれこれ苦労してたのは分かってる。
まあ、大事な用があるんだろうな。」
「…」
「だけど、もしそいつが本当に急がない用だったら、旅すること自体を楽しみな。
寄り道してもいい。ゆっくり休憩してもいい。どっかで観光してもいい。」
「どうして、そう思いますか?」
「お前さんが、目的を果たすために生きてるように見えたからだよ。」
「え…」
その言葉は、明らかにあたしだけに向けられていた。
「タカネ姉ちゃんは、お前さんを守るためにそこにいる。それは揺るがねえな。
だけど当のお前さんは、とりあえず決めた目的を達成する事だけを考えてる。
はっきり言って、そういうのはあんまり良くないぜ?」
「なんで?」
「その後が見えないからだよ。目的を果たすか見失うか、どっちにしてもその後、
何をしていいか迷う事になるだろう。そうならないようにって話だ。」
「…」
正直、あんまりすぐにはピンと来ない話だった。
だけど、何となくゼビスさんの伝えたい事は分かった気がする。
頭に浮かんだのは理屈じゃなく、ここまでの旅の光景だった。
寄り添うように流れていた、ランカ河の朝もや。
渡河の際に見た、暗闇の中の水面と遠くに見える橋の篝火。
ムジンカの街の、カラフルな建物。
ユージンカの街で食べた、湯葉みたいなヘルシー料理と食品サンプル。
本屋と地図を探して隅々まで調べ上げた、街角のさまざまな景色。
それは決して、無意味なものじゃなかった。
もしかするともっともっとたくさん、目に映っていたかも知れない光景だ。
旅の途中だと、流してしまっていたけれど。
「お前さんたちは強い。それも桁違いにな。それは、俺がよく知ってる。」
その言葉には、何とも言えない実感がこもっていた。
「だからこそ、人間らしく毎日を楽しみな。お前さんたちみたいに強いのが、
あんまり結果を求めて焦っちゃダメだ。その焦りは、きっと揉め事に繋がる。
そして無駄な争いを呼ぶ事になる。そんな悲しい展開は望まないだろ?」
「うん。」
「難しい事じゃねえ。のんびりやればいいってだけだ。分かってくれるな?」
「はい!」
「よおし!いい返事だ。頼もしいぜアラヤちゃん!」
ゼビスさんは、この上なく嬉しそうに笑った。
呼応するように笑ったあたしは、右手をグッと握って差し出す。
あらためてにやりと不敵な笑みを浮かべ、ゼビスさんも右の拳を差し出した。
ガントレットも、鱗も。
隔てるものは何もない。
ゴツンとぶつけた拳の感触は、きっと忘れない。
人と心をぶつけ合った感覚も、きっと忘れない。
「じゃ、行きます。」
「元気でな。」
「ゼビスさんもね!」
「応よ。」
そう応えたゼビスさんの視線が、傍らで見守るリータに向いた。
「嬢ちゃんたちをよろしく頼むぜ、年長者さん。」
「お任せ下さい!」
思わず、あたしとタカネは顔を見合わせる。
どこにそんな自信があるんだろう。
ま、いいか!
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いよいよ出発だ。
長い滞在になった、ユージンカの街に別れを告げて。
ちょっとヒゲがむさ苦しい恩人の頬に、再会の気持ちを込めたキスを残して。
あたしたちは歩き出す。
そう。
のんびり、楽しく行こう。
気の向くまま、足の向くまま。
方向さえ合っているのなら、急ぐ必要なんてない。
ちょっと待っててね、メルニィ。
ちゃんと、約束は果たすから。
遠い世界で、気長に待っててね。
空は、どこまでも晴れ渡っていた。




