選択
あたしの名は、リータ・ドルニエス。
現在無職。
故郷へ帰る途中で盗賊団に捕らわれ、生きたままドラゴンの餌にされかけた。
文句のひとつも言わずに死ぬのはどうしても嫌だったので、盗賊団の中の一人を
ドラゴンに食わせた。これで名実共に人殺しの肩書きを背負う事になった。
さすがにもうダメだと思っていたけど、まさかの助けが現れた。
事態を把握できないうちに、盗賊団は全滅したらしい。後から聞いたんだけど。
そして今。
あたしは、ユージンカの街の宿にいた。
細々と旅をしていた頃はまったく想像すらできなかった、上等な宿の4人部屋。
一緒に泊まるのは2人。
ベズレーメ城外市場で出会った少女と、その連れの女性だ。
自分が失業した理由との関連もあり、色々と聞きたい事がある相手だけど。
何だかそれ以上に、相手が色々言いたそうな雰囲気だった。
もうすぐ日が暮れる。
今日の日没を、まさか生きて見られるとは思ってなかった。
そんな風に考えた途端、年甲斐もなくあたしはボロボロに泣いた。
助けられた時は考える余裕すらもなかったけど、今となっては涙が止まらない。
2人は、必死に慰めてくれた。
絵的には、妹をなだめるお姉ちゃんたちにしか見えないんだろうなあ。
あたし、24歳なんだけどなぁ…
=====================================
「…とりあえず、ごちそうさまでした。」
「いえいえ。」
食事を終えて部屋に入ったあたしは、2人に礼を述べた。
この2人、実はけっこうなお金持ちだ。盗賊に何もかも取り上げられたあたしは、
無職な上に文無し。着る服も寝袋も何もない。そんな惨め極まりない身としては、
恥を忍んで世話になるしかないのである。2人とも、それが当然という態だけど。
ちなみに一緒に捕まっていた人たちは、ほとんどユージンカの住人だったらしい。
なのでひと通りの取調べが済んだ後、家族らが迎えに来ていた。涙の再会だった。
もちろんあたしに出迎えはいない。あのゼビスさんっていうハンターの口利きで、
この2人――タクミさんとタカネさんに同行する事になった。ラスコフへの案内を
して欲しい…っていう話なんだけど、別れ際にゼビスさんにそっと耳打ちされた。
もしアテがないんなら、向こうに着いてからもこの2人と一緒にいて欲しい、と。
何でだろ?
「さて。明日は出発しましょう。」
「え?」
「ラスコフですよラスコフ!…もう、いいかげん足止めは嫌になってたんです!」
「いや、あの…」
「そうね。ようやく目処がついたんだから、すぐにでも…」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
思わずあたしは叫んだ。
座り直し、キョトンとする2人にまっすぐ目を向ける。ダメだダメだ流されちゃ。
「同行するなら、ちゃんと話して下さい。」
「え?ええっと…」
タクミさんの目が泳いだ。
「…どのへんを?」
「どのへんって、その…」
そう言われると迷う。どこを説明してもらえれば、納得がいくのか…
しげしげとこちらを見つめる2人の顔を見比べた瞬間、フッと思い当たった。
そうだ。
もうここまで来れば、聞いてもいいんじゃないだろうかと。
「この前、教えてもらえなかった事ですよ。つまり…」
「コレね?」
あたしの言葉はそこで途切れた。その先、言おうとした言葉が頭から吹っ飛んだ。
スッと掲げたタクミさんの手のひらの、すぐ上の虚空に現れたもの。
それが、あたしの正気を半分ほど吹き飛ばした。
それは失業と転落のきっかけになった、まぎれもないあの頭蓋骨だった。
=====================================
「そうそうこれこれ!!!」
恥ずかしながら、あたしは一気にテンションが上がった。2人が引くほどに。
燃え残っていた検死官としての職業本能が、完全な頭蓋骨の出現により目覚めた。
こんなの、資料館を探してもそうそうお目にかかれない。
ましてやこの形は、間違いなくあの2人の死体のものと同じだ。ジアノ草原に、
無数にばら撒かれていたものとも一致する。
狂おしいほど求めていた不可思議事象への答えが、目の前に浮かんでいた。
「…あのう、リータさん?」
「は…あ。はい!?」
しばし、あたしは我を忘れていたらしい。両手でしっかと頭蓋骨を掴んだ状態で、
ずっとブツブツ何かを呟いていたんだとか。…いや、申し訳ないです。
「要するに、そういう事なんですよ。」
「え?…って、どういう事か分からないんですけど。」
「あたしは、自分の頭蓋骨を自由に作り出す事ができるんです。そんな風にね。
もちろん頭蓋骨だけじゃなく、体のパーツなら何でも出せますよ。」
「いや、ますます分からないです。何で?」
「自己修復のためです。」
「自己修復?」
「つまりこういう事です。」
パシュッ!!
こちらに向けた彼女の手のひらが、いきなり何かに撃ち抜かれたのが見えた。
しかし、次の瞬間。
下ろしてからあらためて差し出されたその手のひらに、もう傷はなかった。
さすがに、あたしは言葉を無くした。
「これって…」
「聞きます?」
明らかに変わった口調に、あたしはハッと顔を上げた。
タクミさんの表情は、それまでとは違っていた。まっすぐあたしを見返す目が、
強く問いかけていた。
本当に、聞きますか?
全てを。
「ええ、聞かせて。」
何の迷いもない言葉を返した自分に、かなりびっくりした。
2人も、少なからず驚いたみたいだった。
「分かりました。」
居住まいを正したタクミさんは、小さく笑った。
どことなく、嬉しそうな笑みだと思った。
夜間市場の賑わいが、窓の向こうからかすかに聞こえていた。
=====================================
どのくらい経ったのだろうか。
気がつけば、外の喧騒もかなり小さくなっていた。
ホッと息をついたタクミさんにつられるように、あたしも肩の力を抜いた。
「水でも飲みましょうか?」
「あ、ハイ。」
「どうぞ。」
言い終わるか終わらないのタイミングで、すぐ目の前に小さな水の塊が現れた。
恐る恐る口をつけてみる。吸い込むのに、思ったほどの力は要らなかった。
これまで飲んだ事のない、蒸留水以上に混じり気のない水だった。
いろんな話を聞いた。
彼女が遠い過去に去った、地球という名の遥か彼方の天体。
2863年の歳月を重ねた末に、この世界へと辿り着いた顛末。
本当の彼女の体が、遥か天空の彼方に眠っていること。
あのジアノドラゴンを、文字通りの死闘の果てに葬ったこと。
その力を、己のものとしたこと。
そして、メルニィ・リアーロウとの数奇な因果。
ただただ、圧倒される話の連続だった。
そして彼女は、あの2人の真相も教えてくれた。
そう、あたしが自分を見失うきっかけになった、あの殺人事件の犠牲者だ。
目の前でその姿に変身されたのでは、信じるしかなかった。
衛士ジャレジ・ミッコに何をされたか、何をしたかも残らず話してくれた。
その顛末を聞いて、前にあたしに話せなかった事情もおよそ察した。
だって、ひとつは紛れもない冤罪だものね。
以前のあたしならば、彼女の罪を糾弾したのかも知れない。確信はないけれど。
けど今となっては、正直どうでもよかった。彼が身寄りのない少女を殺したのは、
少なくとも間違いないんだから。…いや、死んでないのか。ややこしいなあ。
今、2人は、あたしに色々と話してくれた。
もちろん、何もかもというわけじゃないだろう。隠しているという意味ではなく、
現時点で話す必要のない事は話してない…という意味で。
それが、何を意味するのか。
少なくとも、あたしに対して心は開いてくれたという事だろう。
あたしが誰かに吹聴する事は、さほど心配していないと思う。と言うか、もし仮に
誰かに言って回ったとして、それでどうなるのか。
そう、あたしが正気を疑われて終わりだ。
説明を終えた2人は、何も言わずにこちらを見ていた。急かしたりはしないけど、
あたしに対して何かを待っていた。
何を?
決まってる。
あなたはどうしますか?という問いかけだ。
あたしは、考えた。
思い返した。
「もしアテがないんなら、向こうに着いてからもこの2人と一緒にいて欲しい」
ゼビスさんの言葉の意味が、今になってはっきりと分かった。
つまり、そういう事だ。
あたしに、彼女たちを繋ぎ止める楔になれと言ってたんだ。
この世界の人間である、このあたしに。
どうするかって?
決まってる。
あたしは、考えただけだ。
迷ったわけじゃない。
答えなんて、最初から決まってるようなもんだ。
「分かった。じゃあ、あたしも一緒に行くよ。あなたたちと、一緒にね。」
「…ラスコフまで?」
「もっと先まで。」
そう即答した瞬間、タクミさんの顔にパッと笑顔の花が咲いた。
傍らで見守っていたタカネさんも、嬉しそうな笑みを浮かべた。
そんな顔は、紛れもないただの女の子だ。
どんな強大な力を持っていようと、確信できる笑顔だ。
だったら、あたしがその道しるべになる。
どんな形でかは知らないけど、どうせ何もかも失った身だ。怖いものなんかない。
だって、面白そうじゃない。
こんなデタラメな子たちと一緒に、先の見えない道を歩いていくなんてのは。
どうせここから人生を新たに埋めていくなら、面白そうな方がいいに決まってる!
「じゃあ、よろしくね。タクミ。それにタカネ。」
あたしの口調に、2人はちょっと驚いた表情を浮かべた。だけど、すぐに笑う。
「よろしくね、リータ。」
そうそう。
あたしは、これでも年長者なのよ。だからこういう口調でいく。
2863年の上乗せに免じて、そっちもそういう口調で喋ってくれればいい。
それでおあいこだよね。
言っとくけど、年下に見えるからってワケじゃないからね?
そこ分かってるよね?ね?
よろしい!
今日はもう寝ようって?
賛成。
明日は、どんな日になるだろう。
楽しみだね。
明日からは、どんな日々になるだろう。
楽しみだよ。
本当に、楽しみだよ。




