表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第四章・捨てたもんじゃない世界
85/816

終息

岩の砕ける音も、ドラゴンの耳障りな咆哮も止んだ。

俺たち自身が立てていた騒がしい激突音も、ようやく収まった。

嘘みたいなこの静寂が、かえって不安を煽ってるような気さえするぜ。

終わったなら終わったと、誰かはっきり言ってくれ。


ここまで生き残ってる自分が信じられねえくらいなんだから、今さら変な理由で

オマケみたいに死ぬのはゴメンだ。それならもっと前に死んでた方がマシだ。


変な臆病心が頭をもたげ、俺は息を殺していた。

ガントレットはもうどっちもベコベコに歪んでるが、構ってる場合じゃない。

誰か…


「お疲れさま、ゼビスさん。」


そんな俺に声をかけてきたのは、アラヤの嬢ちゃんだった。

足場も落っこちたはずの谷の方から、ポンとジャンプして俺の傍へと降り立つ。

どこに立ってて、どうやって谷から戻った?

もう、そんなありきたりな質問を浮かべるには、頭が疲れ過ぎてるな。


「大丈夫ですか?」


背後から歩み寄ってきたのは、バケモノ姉ちゃんだった。こっちは申し訳ねえ。

名前がパッと出てこねえ。やる事のインパクトが強過ぎて、頭に入らなかった。


「ああ、どうにか生きてるらしいな。」


さぞかし間抜けな顔をしてるんだろうが、もはやそのへんを取り繕う気力がない。

搾り出すように、そんな答えだけを返した。

とは言え、あらためて自分の体を確かめると、怪我らしい怪我はしてないようだ。

強いて言えば、ガントレッドの濫用で指の皮がすり剥けたくらいだろうか。

昨日の勝負の方が、よっぽど痛い目見た気がする。


「…で、お前さんたちは?」

「終わったよ。」

「こっちも。」


あっさりしてんなあ、本当に。


=====================================


「…溶けちまってるな。」

「確実に殺そうと思ったんで。」


聞きたい返事とはかなりズレてるが、もう今さら深く突っ込む気も起きない。

見下ろした谷底に、骨だけ残して朽ち果てたドラゴンの残骸が散らばっていた。

首を落としたとか心臓を貫いたとか、そういう常識的な戦いの痕跡がない。

ついさっきまで猛り狂っていた若いドラゴンが、何をされたらこうなるんだか。


「これ、本当にアラヤちゃんが一人でやったのか?」

「そうですよ。」


当たり前のように言わないでくれ。サシで闘り合った俺の立場がなくなるから。


「全力は…」

「出してません。」


そうですか。

まあ、今さら悔しいだとか妬ましいだとかは思わねえ。もはや次元が違い過ぎる。

むしろ、正直に言ってくれる事の方が誇らしい。信頼ってのは大事だからな。


「…しかし、ちょっと困ったな。」

「何がですか?」

「お前さんたちは、今回の件はギルドに成功報酬を申し出たりしないんだろ?」

「もちろんです。元々、早く街を出るためにギルドに寄っただけでしたから。」

「だよなぁ。」


だからこそ、問題なんだよな。


「何かまずかったですか?」

「俺一人の手柄にするのは、無理があるんだよ。」

「え?だって…」

「考えてもみろよ。」


俺は、あらためて谷底のドラゴンの頭蓋に目を向けた。


「俺たちがここへ来たのは、捕虜を使った悪趣味な餌付けを止めるためだったろ?

 もちろんここにドラゴンが居たっていうのは周知の事だし、隠せる話でもねえ。

 魔術師や盗賊はともかくとして、どうやってそのドラゴンを倒した?って疑問は

 絶対に出てくる。ましてやこんな殺し方、誰にもできねえよ。もちろん俺も。」

「あ…あぁー、そうです…ね。」


ちょっと目が泳いでるぜ?

さては、今になって気付いたな?


「お前さんたち2人に手伝ってもらったって言えば、魔術師と盗賊を倒せたのは

 一応説明がつく。実際、俺もそこそこ頑張ったからな。だけどこればっかりは、

 納得させられる自信がねえよ。下手すりゃ、お前さんたちの方がとんでもねえ

 危険人物として認知されかねないぜ?」


実際、とんでもねえのは事実だからな…とは言わなかった。

目の前のアラヤちゃんは、深刻そうな顔をして黙り込んじまったからな。


「だったら、死人に口無しで行きましょうよ。」

「あ?」


いきなりそんな事を言ったのは、…そうそう、タカネ姉ちゃんだ。思い出した。

後始末を済ませて、いつの間にか俺たちの傍らに来ていたらしい。


「どういう意味だよ?」

「この場に来ていた魔術師たちは、全員死亡しました。だから、彼らがドラゴンを

 何らかの理由で殺した事にすればいいんです。何らかの魔法を使ってね。」

「雑だな。」

「でも、魔法を使ったって言えば、()()()()()()()()()()んでしょ?」

「確かにそうだけどな。」


2人揃って世間知らずのくせに、そういう部分の駆け引きとかは知ってるんだな。

ちょっと意外だった。

確かに、それなら何とかなりそうだ。盗賊に身を落とした魔術師の生死なんぞ、

わざわざラスコフが関与してくるはずが無い。下手すりゃ国家間の問題だからな。

このままドラゴン殺しの名誉をおっ被せて、笑顔で地獄に行ってもらうとしよう。


ようやく、俺はホッと一息ついた。


=====================================


「それにしても、ずいぶん迷いなくぶっ殺したもんだな。」

「魔術師ですか?」

「ああ。会って話がしたかったんだろ?」


それは、俺の率直な疑問だった。

最初に遭遇した氷結魔法使いの男も殺しちまったから、事実上、この盗賊の中の

魔術師は全滅した事になる。今となっては、話をするも何もあったんじゃない。

俺も何人か仕留めたし、後を任せた時点で一人くらいは残すと思っていたが。


「確かに、ラスコフへ行く道を聞くか、案内させるかを狙ってたんだけどね。」


そう答えたのは、アラヤちゃんの方だった。

顔にも声にも、後悔しているような色は浮かんでいない。

言いながら見下ろす谷底には、女のドレスの切れ端がこびり付いていた。


「こんな事を平気でやるような人間と、仲良く旅なんてしたくなかったってだけ。

 道案内をしてくれる人は、また探すよ。」

「その方がいいだろうな。」


俺の同意に、嘘はなかった。

この嬢ちゃんはガキっぽく背伸びしている部分も多いが、人間の生死に対しては

かなり達観しているというか、覚悟を持ってる。殺した事があるという言葉には、

背伸びしているのではない凄みを感じる。

その上でこういう選択をするのなら、俺も信じた甲斐があるってもんだ。


何にせよ、死闘は幕を閉じたって事だな。


=====================================


「うう…ん…」

「リータさんしっかり!」


かなり本格的に忘れられていたチビちゃんが、ようやく意識を取り戻したらしい。

てっきり妹分だと思っていたが、聞いてびっくり24歳だそうな。ホントかよ?


「ええっと…あれ?あたし生きてる?」

「よかった気がついた!」


まだキョトンとしているその顔に、アラヤちゃんが大きなメガネをかけさせた。

焦点が合うと同時に、チビちゃんの表情に驚きの色が混じる。


「え?…あれ?あなたは確かベズレーメの……タクミさん?ど、どうして?」

「話せば長いよ。とりあえず、無事でよかった!」


喜ぶ顔は本当に年相応だ。つくづくわかんねえな、この嬢ちゃんは。


「他の人たちは?」

「みんな無事よ。」


答えたのはタカネ姉ちゃんだ。そっちを見上げたチビちゃんの目が見開かれる。


「え?…ず、頭蓋骨さん…に似た顔の…どなた?」

「やっぱり判るんだ凄いね。確かに、あたしの頭は拓美のマイナーチェンジよ。」


どことなく嬉しそうに言ったタカネ嬢ちゃんは、チビちゃんに手を差し伸べる。


「初めまして。あたしはタカネ。話せば長いけど、とりあえずよろしくね。」

「あ、ハイ。こちらこそよろしく。リータです。」


反射的に手を握ったチビちゃんは、やがてキョロキョロとあたりを見回す。

そこで初めて、少し後ろに立つ俺に気付いたらしい。


「…あ、もしかしてユージンカのハンターさんですか?」

「ああそうだ。」

「あの、と、盗賊はどうなりました?魔術師もけっこう大勢いましたけど…」

「全員倒したよ。その2人と俺とでな。魔術師は全員、死んだ。」


流れで言ってから、しまったと思った。そこまで言う必要はなかったかと…


「そうですか。」


しかし、チビちゃんの反応はあっさりしていた。

当たり前の話を聞いたという感じだ。思わず質問したくなる。


「ずいぶん落ち着いてるんだな。」

「あたしは、もともと検死専門の犯罪捜査官ですから。」


言いながら立ち上がったチビちゃんは、立ってもやっぱりチビだった。

本当に24歳なのか?


「とにかく皆さん、ありがとうございました。」


深々と頭を下げられ、俺と嬢ちゃんたちも慌てて礼を返した。

やっぱり、大人なんだな。

まあこのくらい、この2日間の出来事からすればぜんぜん許容範囲だ。



常識の基準が変わっちまってる自分が、何となく可笑しかった。


=====================================


一気に飛んできたから気付かなかったが、谷の入口に鳥馬車が繋いであった。

あれだけの大騒ぎがあったにもかかわらず、3頭のバリオはちゃんと座っていた。

非常に助かる。

ここから憔悴した大勢を連れ帰るのは大変だ。助けを呼ぶのだって時間がかかる。

水はいくらでも用意できるらしいが、それだけでは心もとない。そうかと言って、

タカネ姉ちゃんが飛んで連れて行くというのはあまりに無茶が過ぎる。

ちょっと詰め込み気味だが、一度で全員を運べるのは大助かりだった。


俺も嬢ちゃん2人も鳥馬車の扱いは不得手だが、さいわい助けた中に御者がいた。

帰れるとなれば俄然元気になったようで、任せてくださいと名乗り上げてくれた。


鳥馬車が使えれば、道中はさほど長くない。俺たちはその言葉に甘える事にした。


正直、俺はクタクタだった。当たり前と言えば当たり前だが。

嬢ちゃん2人は、例によって疲れの色など全く見えない。つくづく規格外だな。

さすがに眠くなるほどじゃないが、もう規格外の会話に参加する気にはなれない。

傍から見れば、年頃の嬢ちゃんたちの会話だ。オッサンが混じるもんでもないな。


「それでリータさん、どこへ向かうつもりだったんですか?」

「故郷へ帰ろうと思って。」

「故郷?この国が?」

「ロドーラは、あたしの母の故郷です」

「えっ嘘。」

「嘘って言いました?」

「あ、いや言ってな…」

「信じられないって思いましたね?」

「あの…」

「この国の女性から、どうやったらこんなチビが生まれるのって思いましたね?」

「…こ、骨相を読むのはやめてください。」

「そんなもん読まなくても判りますよっ!!」

「ゴメンなさい。」


罪の無い会話をしているこの嬢ちゃん、ドラゴンを骨にしたんだよなぁ…。


「母の生まれはロドーラですけど、あたしの故郷は父の出身地です。」

「どこ?」

「ラスコフです。」

「「「えっ!!」」」


思わず、俺まで声を上げちまったよ。


「リータさん、ラスコフの人なの!?」

「ええ。先に言っとくと、魔法は使えませんよ。そっち系の素養はありません。

 父もそうでした。だからこそ、故郷を離れてローカフへ移り住んだんです。」

「へえ…」

「前にも言いましたけど、人の相を見るのは自信があったから、ベズレーメで

 ああいう仕事に就いたんです。だけど…」


嬢ちゃん2人が、そこで何となく気まずそうに視線を泳がせたのが判った。


「世の中には不思議な事があるんだなと思い知らされたんで、いっそ開き直って

 ラスコフで出直してみようと考えたんです。これ以上失うものもない身ですし、

 面白けりゃ何でもいいや、占い師でもやってみようかって感じで…」


前向きなのか自棄になってんのか、わかんねえ理屈だな。まあいいけど。


「じゃあ、ラスコフまでの道は知ってるんですよね?」

「もちろん。」

「「一緒に行きましょう!!」」

「は!?」


いきなり左右からがっしりと手を握られたチビちゃんは、さすがに固まっていた。

理解が追いつかないといった視線が、助けを求めるように俺に向く。

俺はただ、笑うだけだった。


いいんじゃねえか?

この2人と連れもっての旅なら、たとえ100人の盗賊に襲われても大丈夫だ。

考え得る限り、最強の護衛だ。それは俺が保障してやるよ。

不思議なものが見たいなら、一緒にいれば事欠かないと思うぜ?

それに。

あんただけでなく、この2人にとっても悪い話じゃないはずだ。



いつの間にか平地に抜けたらしく、鳥馬車の揺れが穏やかになっていた。

ようやく、いつもの世界に戻ってきたって気がする。


そしてどうやら、最後の懸念も解決しそうだ。



さあ、とりあえず帰ろうぜ。

それでまずは…


皆が振り返るほど大きな音を立てたのは、チビちゃんの腹だった。

そうそう。体ってのは正直だよな。俺もいい加減、腹ペコなんだよ。

早くどっかで、飯にしようぜ。

何もかもそれからだ。だろう?



うん?

何だ、そのデジャヴってのは?

まあいいか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ