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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第一章・捨てた世界と新たな世界
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慟哭

目に映ったのは空の青だった。

耳に流れてきたのは水の音だった。

そして感じたのは、体がバラバラになったかのような痛みだった。


「……んぅ……」


仰向けに倒れている、という事だけは判った。

その認識を捉えた直後、体を苛んでいた激痛は嘘のように消え去った。


何だっけ?

確か、ドラゴンに追いかけられて、崖から跳ぼうとして……跳べずに…


『動かないで』


跳ね起きようとする動きを制する、タカネの厳しい声が頭に響いた。

反射的に従い、わずかに上げていた頭をゆっくり戻す。そこが崖下だと

いう事は既に判っていた。

耳を澄ますと、水音に混じって鈍い音が頭上からかすかに聞こえる。

直前まで否応なく聞かされていた、あの怖気立つ咀嚼音だ。


目だけそっと動かし、崖上を何とか見やる。それと同時に、何かの滴が

落ちてきてあたしの額に命中した。数秒を待たず落ちてきた次の滴が、

今度は胸元に染みを作る。血液だと理解すると同時に、今度はもっと

大きな何かが落ちてきた。くるくると回転しつつ、倒れ伏したあたしの

すぐ傍に落ちて音を立てる。


千切れた手首だという事は、落下中に判った。それもさっきと同じく、

右手だ。崖の上から、ちらちら見え隠れしているのはドラゴンの頭か。

左右に振られるごとに、血や肉片が少しずつ降ってきている。

当然、疑問が湧いた。


あたしは、生きてここにいる。

じゃあ。

あいつが喰ってるのは誰…

いや「何」?


『緊急措置です。』


察したかのように、問いかける前に答えが返ってきた。

おそらくは、あんまり聞きたくないような内容を孕んで。


『崖上からの離脱が間に合わないと判断したので、対応しました。』

「…どんな風に?」

『最初に作った、プレボディの事を憶えていますか?』


猛烈に嫌な予感。


『あれをすぐ背後にもういちど作り出し、()()()()()()()()()()。』

「…やっぱり。」


やがて咀嚼音も血肉の雨も止んだ。

それまでチラチラ見えていた頭と角が引っ込み、長い尾の先端が崖から

飛び出した。地響きのような足音と共に、その尻尾も引っ込んでやがて

遠ざかっていく。どうやらドラゴンは去ったらしい。おそらくそこそこ

満腹になったのだろう。


あたしを、丸ごと喰って。


『もう大丈夫ですよ。』

「…」


すぐには、起き上がれなかった。


『拓美?』

「分かってる。」


のろのろと身を起こし、不揃いな石に足を取られそうになりながらも

立ち上がる。いつの間にか、体は元の体型に戻っていた。…もちろん、

どこにも傷はない。


「…のど渇いた…」


かすれた声でそう呟いて、あたしはよろよろと川の方へと歩いていく。

…しかし、いくらも行かないうちに止められた。


『ちょっと待って下さい。』

「…なに?」

『水はまだ危険です。植物への対応は済んでいますが、水中の微生物を

経口摂取するとどんなアレルギーを起こすか未知数なので。…もちろん

すぐ対応はできますが、今の拓美の状態でその処理をするのはちょっと

負担が…』

「そう、よね。」


…どうやらタカネから見ても、今のあたしはヤバいくらい憔悴している

らしい。そりゃそうか。


『…なので、代わりにこれを飲んで下さい。』

「?」


訝しげに眉をひそめたあたしの目の前に、突如として何かが音もたてず

現れた。おなじみのドット状の塊が少しずつ変質し、やがて透明球体を

形成する。それは、虚空に浮かんだ無色透明な水の球だった。


「これって…どういう水?」

『心配ありません。あなたの体に、最も適応する成分でできてます。』

「それって、つまり」

『あなたの肉体を形成するのに必要な体組織のデータから、水分だけを

抽出しまとめたものです。スポーツドリンクに近いものであると思って

もらえればいいかと…』

「…ゴメン。要らない。」


渇きはあるが、それ以上に飲む気になれない。

厚意を無にする申し訳なさよりも、由来を今は体が受け付けなかった。


『そうですか。仕方ないですね。』


その言葉と同時に、水球はドットに戻って消失した。


「…ゴメンね。」

『いえ。…ただ、脱水の兆候はあります。緊急措置をご了承下さい。』


返事をする前に、きつかった渇きがスッと消える。

おそらく、体内の水分量をナノ制御で増加させたのだろう。


便利だなあ。

あたし自身がいかにダメダメでも、ベストコンディションが維持できる

仕様なんだから。

ホントに便利。

あたしが何か考える必要なんかは、全くない。

あたしの命に、あたしの判断は何も必要ない。



これって、生きてるって言えるの?



『拓美?…どこか痛むんですか?』

「え?…なんで?」

『だって、あなた…』


言われて初めて、自分が涙を流している事に気づいた。

頬に当てた手のひらが、ぐっしょりと濡れる。

それを見た途端、心のどこかが決壊するのを感じた。


「……ゴメン。ゴメンね。」

『拓美?』

「うわあぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


声を張り上げて、あたしはその場に泣き崩れた。

その場にへたり込み、両手を突き、さらには倒れ込んで転げ回りながら

泣き叫ぶ。たちまち、手も顔も擦り傷だらけになった。

それでも、あたしはただ声を限りに泣いた。

水の音しかなかった穏やかな沢に、甲高い泣き声がこだましている。



喉が痛くなるほど泣き喚いた末に、あたしは眠りに落ちていた。


================================


目に映ったのは、夕焼け空だった。

耳に流れてきたのは、水音だった。

そして感じたのは、あちこちを擦りむいたような懐かしい痛みだった。


のろのろと身を起こし、自分の姿を見やる。

泥だらけ傷だらけの、なんとも情けない有様に成り果てていた。


『お目覚めですか。』

「…う、うん。ゴメンね。」


無性に己の醜態が恥ずかしくなり、髪だけ慌てて手櫛で整える。

なんで治しておいてくれなかったのか…という不平は、そのまま丸ごと

呑み込んだ。落ち着かせるために、必要な事と思ったからなんだろう。

あらためて恥ずかしくなった。


「……どうにもカッコ悪いところ、見せちゃったねえ。」

『どこがですか?』

「…だって、あんなにみっともなく泣き叫んだりして…」

『カッコ悪いなど思いませんよ。』


強い口調でそう切り返され、あたしはちょっと言葉に詰まった。


『あんなひどい体験をした直後に、平然としていられるわけがない。

今のあなたはまだ、18歳の女の子なんですよ。』

「2863年と、だけどね。」


軽口を叩いたものの、立てた笑い声は乾いた響きにしかならなかった。

そうこうする間に、あらためて傷が修復される。


『ちょっと、立ってもらえますか。両腕は横に開いて。』

「ん?…う、うん。」


言われたとおり立ち上がり、ポーズを取る。同時に、汚れたジャージが

分解された。次の瞬間、新品が一式まるごと出現する。ただし着用した

状態ではなく、目の前に固定されて浮かんだ状態で。


「?」

『あんまり横着はいけませんので、ご自分で着て下さい。…ちなみに、

知ってますよね着方は?』

「バカにしないでよね。」

ひったくるようにして虚空に浮かぶジャージを掴み、手早く着込む。

こんなぎこちない心遣いが、何だか心に沁みた。


今まで着てたジャージは、欠損部分のリペアのみを繰り返していたため

血まみれのツギハギになっていた。

ゼロから作り直したモノに着替えた事で、ようやくおぞましい出来事の

痕跡が消えた。


「……………………………はぁ。」


深いため息をついたあたしは、気が抜けたようにその場で腰を下ろす。

そして足を揃えて、服装に相応しい体育座りで身を縮める。

夕闇が迫る中を、心地良い風が吹き流れていった。


「ヒグラシかカラスが鳴けば、完璧なロケーションなんだけどねー。」


絶対に叶わない事を口に出し、頭に浮かんだメロディをそっと心の中で

なぞってみる。


からすがなくから かえろう・・・あれ、からすだったっけ?



帰るって、どこに?


『拓美』

「分かってる。気にしないで。」


今回は、涙を流しているという自覚はきちんとある。

取り乱したりもしない。


ただ、泣きたかっただけだ。

今さら、帰りたいと思ってしまった自分に。

今さらもう帰れないという現実に。



新天地における初めての日が、静かに暮れようとしていた。

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