切迫
「知り合いの品か?」
「そうです。」
「起きなさいよぉ!!」
無駄と分かっていても、叫ばずにはいられなかった。当然、結果は死人に口なし。
この魔術師がリータさんを拉致したと言うなら、いま一体どこにいるのか。
判断ミスにしても、あまりにも間が悪すぎる…!
「落ち着けアラヤちゃん。そいつはもう死んでるが、他の連中は生きてるだろ?
盗賊として捕まえたんなら、顛末を知ってる奴はいるはずだ。聞こう。」
返事をする前にあたしは駆け出していた。
自分が叩きのめした相手を片っ端からあたるけど、一人残らず白目を剥いている。
「オイ起きろ!」
焦るあたしの傍らで、ゼビスさんが自分で最後に倒した相手の首根っこを掴んで
呼びかけていた。ほどなくその男は、ウンと唸って意識を取り戻す。
「聞きてえ事があるんだ。シャキッとしろ!」
「う…」
やっぱり、あたしとは手加減の精度が違う。男の目の焦点が合うのが判った。
それと同時に、顔には明らかな不審の色が浮かぶ。しかし構ってはいられない。
「捕まえた人たちをどうしたのか、教えてよ。」
できるだけ、落ち着いた声で尋ねる。焦るとなおさらナメられるから。
「あ?…何で俺がそんな事を教えなきゃならな…」
無言で彼に歩み寄ったタカネが、スッと手を差し出した。すると、その指先から
数滴の透明な滴が落ちる。男の足元に転がっていた、誰かの長剣の刃先へと。
ジュッという音を立て、黒光りする剣の刃は溶解した。そして数秒で穴が開く。
目の当たりにした男の顔が、恐怖で引きつった。
「真面目に答えないなら、これを飲ませる。どうする?」
鬼か悪魔か。
それとも強酸性血液のエイリアンか。
その美貌で無表情のままやられると、傍で見ているあたしまで怖くなってくる。
当然、男の怯えようは半端じゃなかった。
「い、いや、俺は詳しくは知らない。襲撃を担当してただけだから。配分とか、
捕らえた人間の始末とかは、ボスと何人かの魔術師連中がやってたんだ。」
「始末…?」
「じゃあ、詳しくなくていい。」
頭に血が上りそうになったあたしを制し、タカネが重ねて尋ねる。
「大雑把でもいいから答えなさい。捕らえた人間は、その後どうするの?」
「それは…」
ジュッ!
さっきの剣に、また新たな孔が空いた。
「わ、わかった話す!…だけど、俺は本当に後の事にはいっさい関与してない。
分け前をもらって終わりなんだ。そこは汲んでくれよ?」
「わかったから早く。」
バシャッ!
手のひら一杯分ほどの消化液をかけられ、ついに剣は消滅。
視界の隅で、ゼビスさんの顔が引きつるのが分かった。
もちろん目の前の男の顔色は、青を通り越して白くなりつつある。
「ほ、捕虜の扱いは大きく分けて3つ。ひとつめは、場所を変えてそのまま解放。
もちろん目一杯脅した上でだが。…非戦闘員とか子供とかは、大体これだ。」
チラリとゼビスさんに目を向けると、小さく頷くのが判った。
おそらくそうやって解放された事例を、何度もギルドで聞いていたのだろう。
「ふたつめは…」
「早く言え」
言いよどむ男の顔を掴もうとするように、タカネが開いた手のひらを近づける。
ヒイッとかすれた声を上げ、男は何とか後ずさった。
「ま…待ってくれ!ふたつめは若くて見栄えのする女たちだ。こいつらはみんな、
ドージカの女衒が買い取って行くらしい。」
「……」
つまり、風俗店で働かされてるって事か。
しかし、あたしとは対照的にタカネはどこまでも冷静だった。
「みっつめは?」
「…お、俺は関与してないからな?それを…ひいいいいぃッ!!」
タカネにアイアンクローを極められた男の悲鳴が、甲高く響いた。
「話します話します!離して下さいぃ!!」
「早く。」
「ドラゴンのエサです!!」
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…は?
いま何て言った?
「どういう意味?」
「…い、一度だけ聞いたんですが。イセカヤの谷に生息している若いドラゴンに、
生きたままの人間を喰わせるんだそうです。」
「何で?」
「き、聞いてません。それ以上は恐ろしくて…」
「餌付けだな。」
そこで声を上げたのは、厳しい表情をしたゼビスさんだった。
「餌付け?」
「ああ。」
おうむ返しに言ったあたしに頷き、ゼビスさんは遠くを見やる。
「ずっと昔、どこかの種族が習慣的にやっていた…って伝承を聞いた事がある。
生きた人間を、まだ巣立ちしていないドラゴンに喰わせるんだよ。」
「何でそんな事を!?…処刑とか、見せしめとか!?」
「いや、言葉通りの餌付けだよ。」
そこまで説明したゼビスさんが、あたしに視線を戻した。
「まだ食い物を知らないドラゴンに、人間の味を覚えさせる事で飼い慣らすんだ。
もちろん完全な従属はさせられねえが、ある程度まで行動を操れるようになる。
…で、人食いドラゴンに仕上がった時点で、敵対する存在にけしかけるんだよ。
もちろんいつかは仕留められるが、それまでに充分な地獄絵図は描ける。」
「………」
言葉が見つからなかった。
地球でも、飢えた熊が人間の味を覚え、開拓団の集落を人食い目的で襲ったという
凄惨な獣害事件が記録されていた。だけどそれは、人間と獣のあまりに不幸過ぎる
接触の結果だ。別に、だれかが望んで起こしたわけじゃない。もちろん熊も。
こっちの話は、いったい何なんだ。
「もちろん、俺が生まれるより遥か昔の野蛮な風習だよ。だが、懐古主義の人間は
とかくそういう刺激的な話に飛びつく。常識のタガが外れてるような連中なら、
なおさらだろうな。」
淡々と語るその言葉の端々に、怒りと侮蔑が滲んでいるのが感じられた。
「ゼビスさん。」
「うん?」
「イセカヤの谷って、知ってます?」
「ああ知ってる。ユージンカの街を挟んだ反対側にある、あまり人の立ち入らない
陰気な峡谷だ。…ドラゴンが棲息してるのも知られてる。」
「案内してもらえます?」
「そりゃ構わねえが、時間がかかるぜ?…最後の襲撃が起こってからもう4日だ。
場所はここに近かったが、移動にかかる時間を考えても…」
「お願いします。」
「分かった。」
おそらく心は決まっていたのだろう。ゼビスさんの返答は早かった。
「…あ、あの。俺はその件とは無関係で…」
「止めなかったんでしょ?」
「え?」
「その話を聞いて、止めなかったんでしょ?」
いまだに男の顔を掴んだままのタカネの声に、静かな怒りがこもるのが分かった。
指の隙間から見える男の顔が、見る見るうちに引きつっていく。
「いや、俺はそんな事言える立場じゃなかったんです!それ…」
「そもそもあなた、盗賊の一味として、悦んで人を襲ってたんでしょ?」
「た、助けて!!」
あたしは止めなかった。
前髪からブスブスとかすかな煙が上がり、男は完全に恐慌に陥り始める。しかし、
どんなにもがいてもタカネのアイアンクローは微動だにしない。
「生きたまま喰われる感覚、味わってみる?」
「嫌だあぁぁぁぁぁぁ…ウブッ!」
ゴボッ!!
男の甲高い絶叫は、手のひらから溢れ出た液体に呑まれて途絶えた。
手を離したタカネは、無言で立ち上がる。
どろりとした黄色い液体にまみれた男は、引きつった表情のまま失神していた。
溶解したりはしなかった。
「何これ?」
「GD血漿。」
「ああ、そう。」
GDの血漿ね。
血液そのものだとビジュアル的にえげつないし、あれはメチャクチャ肌を傷める。
優しいのか残酷なのか、今ひとつ不明なタカネ流・サディスティックお仕置きだ。
ショック死してなきゃいいけど。
「行きましょう。」
「お願いね。」
「いや、どうやって行くんだ?距離で言っても道のりの険しさで言っても…」
答えるヒマが惜しかった。
ポニーテールがざわりとなびくと同時に、タカネの背中から何かが飛び出す。
バン!
張り詰めた音と共に展開したのは、野性味と美しさを兼ね備えた巨大な翼だった。
ばさりと羽ばたくと同時に烈風が起こり、その体がわずかに浮かび上がる。
「…デタラメもここまで来るのかよ。」
「2人とも掴まって。」
言いながら、タカネの方があたしたち2人を抱え上げた。そのまま一気に上昇。
包む腕がゼビスさんの死角で変化し、安全ベルトのような構造で体に融合する。
「急ぐわよ!」
いつもの淡々とした口調ではない、決然たる意志を込めたひと声と共に。
タカネの体は、空駆ける砲弾と化していた。




