即断
あたしたちのやってる事はデタラメだ。そこに弁解の余地はない。
戦う者としての常識もセオリーも、まるっと無視している。それは認める。
前にも言ったけど、間違っても舐めプをしているわけじゃない。
竜牙弾を使えば、一瞬で殲滅できるのは分かってる。けどあれはそんな頻繁に
使えないのである。相手に合わせるフェアプレー精神とか、そんな話じゃない。
もっと現実的な理由がある。
そもそもジアノドラゴンは、強大かつ孤高の怪物だ。
世界に一匹だけだとはもちろん思わないけど、どこにでもいるドラゴンじゃない。
その存在自体、凄まじいまでの希少性を持っている。
「証の聖鱗」だけであんな大金になったんだから、推して知るべしだろう。
そんな生き物の体のパーツを、安易にホイホイばら撒くわけにはいかないのだ。
タカネいわく、射出したパーツの遺伝子には全て特殊なアポトーシスプログラムを
組み込んでいるらしい。それでも、自壊するまでには相当な時間がかかる。
あんまり無責任な事をすると、後からどんな影響が生じてしまうか想像できない。
例えが極端だけど、離島に家畜を持ち込み生態系を破壊するのと似てなくもない。
だからこそ、あたしたち2人は可能な限り工夫をしなければならないのである。
しかし、望まなくても戦う機会は多い。
チートな再生能力を持ってると言っても、あたしはそもそも戦闘のプロじゃない。
タカネに至っては、言うに及ばすである。
そんなあたしたちが、制約の中で必勝を期すための工夫。
相手の土俵に上がらない事。
自分たちの能力を最大限に応用し、最善の結果を目指す事。
それに尽きる。
ジアノドラゴンと戦う事を決め、考えた末に奥歯弾を編み出した時。
そのへんの常識は過去と共にごっそりと捨てた。
だからこそ、あたしたちは「一方的だけど、チートでない勝利」を目指せるのだ。
こんな風に、ね。
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ガコン!!
最後の一人を沈めたあたしが、腕の修復と共に向き直る。残る敵はただ一人。
竜の刃を携えたタカネの視線の先に立つ、あの魔術師だ。今に至るまで戦闘には
全く参加せず、ただ距離を取ってあたしたちを観察している風だった。
「…まったくもってデタラメな奴らだな。しかも品がない。」
余裕のあるコメントだけど、確かに否定できません。デタラメだし品がないし。
一発ごとに自分の腕を破壊する高速パンチなんて、格闘家が聞いたら憤死だろう。
表現が的確過ぎて、逆に侮辱にも挑発にもならない。タカネもいたって冷静だ。
「…あなたに聞きたい事がある。」
淡々とした口調で言い放ち、タカネは魔術師に竜の刃を向ける。
「何だ?」
「ラスコフへの道筋。」
「…何だと?」
魔術師の声は、どこか間抜けに聞こえた。多分、かなり意外だったのだろう。
まあ、そうだろうね。
盗賊という犯罪行為に手を染めてきた人間、それも危険な魔術師に問うにしては
あまりにも軽い質問だ。道を聞くなら交番へ行けよって感じの。
だけどあたしたちが切実に聞きたいのはそれなんだから、嘘は言ってないよ。
「盗賊としての罪を償う必要はあるだろうけど、そこを教えてくれればそれなりに
口添えはする。この場でも、これ以上の手出しはしないから。」
交渉の条件としてはかなり微妙だよね、正直。
だけど、彼が罪を犯しているのは事実だ。ここで下手に見逃すなんて提案すれば、
ゼビスさんとの約束に大きな亀裂が生じる。そんなワケにはいかなかった。
「拒否すれば?」
「とりあえず、叩きのめす。話はそれから。」
「なるほどな。生死問わずの手配が回っているなら、それも無理はないか。」
相変わらず余裕をかます魔術師に、嫌な予感が走る。
この流れは…
不意に寒気がした。
比喩的な意味ではなく、物理的な寒気が。それも、背中ではなく足元から。
ハッと見下ろした足元は、真っ白な霜に覆われていた。
あたしも、魔術師からほぼ同じ距離を取っていたゼビスさんも。
足首が凍り付き、地面に張り付いている。
全く仕掛けの色を感じさせない、氷の魔法だった。
「タカネ!」
あたしは、思わず叫んだ。
もしも氷結の効果が、距離に比例するものならば…
嫌な予感が当たった。
タカネの足は、膝まで完全に氷と化していた。
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「ノコノコ近づいてきてくれて助かったよ。手間が省けた。」
魔術師は、その場で大袈裟に肩を竦めた。
足を封じたと言っても、まだタカネの手には竜の刃がある。うかつに接近して、
間合いに入ってしまう事を警戒しているのだろう。
完全にあたしに背を向けた格好になっているので、タカネの表情は窺えない。
たぶん、これといった表情は浮かべてないんだろうけど。
どうなる?
この後、魔術師がどう出る?
「よく憶えておけ。自分の手札は簡単に相手に見せない。これは戦う者としての
最低限の常識だ。」
噛んで含めるように、魔術師はタカネにそんな説教をたれる。
「対価はどのくらいがいいかね?」
「…対価?」
「自分の命か、仲間の安全か。…まあ、お前の足はもう無理だ。膝から下は完全に
氷となって壊死している。たとえ氷結を解いても元には戻らん。治癒魔法でも
使わない限り、もうお前は自分の足で歩く事はできない。」
「…後ろの2人は?」
「ああ、彼らならまだ大丈夫だ。氷結を解けば元通りになるだろう。…ただし、
今すぐでなければ凍傷になるだろうがね。」
その言葉に、ゼビスさんがピクリと肩を震わせた。やはり動揺しているらしい。
時間がない。
タカネ。
あたしは、無言で操作パネルを起動させた。
そして、急いで今の状況に対する行動指針を入力しようと意識を集中する。
大事なのは…
「氷結を解くにはどうすればいい?」
「俺が術を解除するか、術者である俺が死ぬかだな。まあ、後者は不可の…」
最後まで言わせず。
あたしの指示を待たず。
タカネは、手に持っていた竜の刃を両手で抱え上げ、水平に構えた。
完全に間合いの外にいる魔術師は、その行動に怪訝そうな表情を浮かべる。
「何をしている?下手な事をすれば苦しくなるだけ…」
やっぱり、皆まで言わせなかった。
迷う事なく、タカネは渾身の力を込めて竜の刃を横一文字に振り抜いた。
バキィン!!
耳障りな破壊音と共に、氷と化したタカネの膝から下が砕け散った。
あの超重武器に、これでもかという遠心力を加えたんだから、当然の結果だろう。
足を失ったタカネの体は、そのままブーメランのように回転しながら宙を舞った。
デタラメのような行為だけど、恐らくはきっちり力の方向を計算してるのだろう。
その体は、狙い済ましたように魔術師目掛けて飛んでいく。
しかし相手は、驚愕しながらも素早く反応した。まあ、あれだけ大きな刀身なら
見切るのはそんなに難しくないだろう。
襲い来る刃を、タイミングを見計らって回避しようとする。
と、その瞬間。
「!?」
陽光を反射しながら風車のように回転していた青い刃が、前触れもなく消失した。
最も重かった部位が無くなった事により、タカネの体の回転速度が一気に上がる。
突進の速度そのものも急に跳ね上がる。
さしもの魔術師も、その異様な軌道の変化には対応すらできなかった。
一瞬。
ゴキッ!!
鈍い音が、かなり距離のあるあたしの耳まではっきり届いた。
叩き込んだ回し蹴りが魔術師の側頭部に炸裂し、首の骨をへし折った音だった。
そのまま、迷う事なく足を振り抜き、骸と化した魔術師の体を岩に叩き付ける。
またも鈍い音を立てて跳ね返り、その体はどさりと転がった。
「!!」
とたんに、あたしとゼビスさんの氷結拘束は解けた。おそらく、ごく表面だけの
浅い効果だったのだろう。感覚もしっかりある。
「お、おぉ。助かったぜ。」
何度か足踏みしたゼビスさんが、噛み締めるように言った。
小さく頷いたあたしは、そのままタカネに駆け寄る。
「ありがと、助かったよ。」
「うん。だけど…」
タカネが視線を落とした先。
そこにはボロ布のようなマントになかば隠れた、魔術師の骸が転がっていた。
こちらに向いたその死に顔には、信じられないという表情が張り付いている。
そりゃあ、信じられないだろう。
目の前で自分の足を砕いた人間に、その直後に蹴り殺されたのだから。
何が起こったのか、さすがにワケが分からなかったに違いない。
「ごめん。貴重な手がかりだったのに。」
「いいのいいの。むしろ嬉しいよ?言わなくても分かってくれて。」
タカネの謝罪に、あたしは明るく応えた。
そう。
タカネは、あたしの意思をきちんと汲んでくれた。
ラスコフへ行くための情報は欲しい。いい加減うんざりしてたから、好機だった。
だけど、それは最も大事な優先事項じゃない。
あたしと違い、再生できないゼビスさんの足に後遺症が残るのはかなり致命的だ。
下手すると、ハンターも引退する羽目になる。
あたし以外の人間に対する配慮を優先してくれた事が、何よりも嬉しかった。
取り返しのつく事とつかない事を、ちゃんと考えてくれている。
「殺したのか。」
「うん。」
遅れて近づいてきたゼビスさんの言葉に、あたしは迷いなく頷いた。
それを見たゼビスさんも、さも当然のように頷き返す。
「ま、しゃあねえな。…襲撃の際には、こいつの氷結魔法で足止めしてたんだな。
どうりで飛び道具を持ってる奴がいないはずだ。」
「魔術師って、この男だけだったのかな?」
「どうだろうな。」
言いながら歩み寄ったゼビスさんは、足先でごろりと魔術師の骸を裏返した。
仰向けになった事で、これまでずっとマントに隠れていた胸元が露わになる。
意外にチャラチャラと、装身具みたいな品をたくさんぶら下げていた。
間違いなく息が止まっている事を確かめたゼビスさんが、その傍らに屈み込む。
そして、胸元を飾っているあれこれを調べ始めた。
「…貴金属や装身具じゃねえな。どうやら、襲った人間から奪ったもんだろう。」
あ、チョロまかすんじゃなくて検分なのね。失礼しました。
そんな事を考えながら手元を見ていたあたしの目が、いきなり釘付けになった。
有無を言わさず、ゼビスさんが指でつまんでいたものをひったくる。
「!?…どうした?」
問いかけに答える余裕はなかった。
「タカネ、これ。」
「ええ。一致した。」
ただの確認だし、その返答を聞くまでもなかった。
見覚えがあり過ぎた。
この、限りなく度の強いメガネ。
分厚いレンズ越しに何度も凝視された、あの居心地の悪さは忘れられない。
間違えようがない。
「リータ・ドルニエスのメガネよ。」
一気に、動悸が早くなるのを感じた。




