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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第四章・捨てたもんじゃない世界
75/816

表裏

翌日の朝早く。


「よう、早いな。」

「そっちもね。」


指定された公園に、ゼビスさんは1人で待っていた。

一泊だけの宿を引き払ったあたしとタカネが、そう言って彼に近づく。


気がつけばこのユージンカは、けっこう長い滞在になってしまっていた。

今日、首尾よく盗賊の中の魔術師を捕らえられたら、あたしたちはそのまま発つ。

もしもダメだったとしても、ゼビスさんからドーシュカへ向かう大雑把な道程は

すでに聞いてある。だからもうここへは戻らない。


つまりこれが、事実上の旅立ちだった。

ちょっと気が早いけど、さらばユージンカ。


「じゃあ、悪いけどこれ着けてくれや。」


と手渡されたのは、大理石みたいな模様の腕輪だった。

見た目から受ける印象ほどではないけど、それでも若干重い。


「何これ?」

「奴隷のしるしだ。」



は?


=====================================


もうすぐ正午になるのは、日の高さで判った。


あれからあたしたち3人は、街の外周を巡る街道を歩き続けていた。

明らかにどこかを目指している感じではない、実にダラダラとした散歩だ。

あたしは、少なからずイライラしていた。


…………………………………………………………………


「何で奴隷?」

「もちろん、盗賊を誘い出すためだ。決まってんだろ?」


明らかに不機嫌なあたしの問いに、ゼビスさんはしゃあしゃあと答えた。


「まさか、盗賊一味の寝首をかけるとか思ってないよな?そこまで居場所の特定が

 出来てれば、とっくにギルド総出で討伐に出向いてる。尻尾を掴めないからこそ

 厄介な相手なんだよ。だから、誘い出すしかないってワケよ。」

「……」


理屈は分かるけど、何となく納得できなかった。

いわく、この腕輪は各国共通で奴隷の認識票になっているらしい。この構図なら、

あたしとタカネがゼビスさんの所有物…という認識になるって事だ。

だけど、いくら一目瞭然のしるしを着けているとはいっても、あたしとタカネは

どう見ても奴隷には見えない。同じように、ゼビスさん自身も奴隷を扱う職業には

見えない。果たして、この不自然極まりない3人組が本当に狙われるのだろうか。


「なあに、心配すんなって。」


ゼビスさんは至って気楽、いや上機嫌だった。

その態度がまた、言い知れない不信と不満を膨れ上がらせる。



いいかげん、文句のひとつも口にしたくなった昼下がり。


「…そろそろだな。」


ちょっとした休憩所のようになっている路肩の空き地で、ゼビスさんが呟いた。

ほどなく、ガサガサとあたしの背後の茂みが揺れ、ひとりの男が姿を現した。

誰だったっけ、この人?何か見覚えがあるんだけど…


「昨日、ギルドにいたハンターの一人ですよね。」


タカネの言葉で思い出した。

カウンターにやって来たゼビスさんの背後にいた、取り巻き連中の一人だった。

確か、タカネがカウンターを叩き潰した時に、すぐ脇に立っていたはずだ。


「よう。お前か、ラクティ。」


気軽に挨拶するゼビスさんに、”ラクティ”と呼ばれたその男性が視線を向ける。

何とも油断のならない顔つきの人物だった。


「…誰にもつけられてないだろうな?」

「まあ、お前だけだろうよ。」


その言葉に、ラクティさんはピクリと眉を上げる。かなり神経質そうな反応だ。

あたしは、少なからず嫌悪感を覚え、それ以上に嫌な予感がしていた。


「…まぁいい。それで…」


ラクティさんの注意が、あたしたち2人に向いた。ジロジロと無遠慮な視線が、

右手首の腕輪に止まる。


「了承って事でいいんだな。」

「見ての通りよ。」


何だ、何の確認だ?

人を値踏みするようなそのやり取りに、あたしもタカネも表情を険しくする。

いきなり現れたラクティさんの態度は言うまでもないけど、それを当然としている

ゼビスさんにも不信が募る。


「よし。じゃあ、案内しよう。」


ガサガサと、彼は茂みの方へ戻っていく。ゼビスさんに促され、あたしたち3人も

その後に続いた。少し歩いたところに、小型の鳥馬車が停めてあるのが見えた。


「乗ってくれ。」


それだけ言うと、ラクティさんは御者席に飛び乗った。あたしたち3人は後ろだ。

乗り込むと同時に幌が下ろされ、外の様子は一切見えなくなった。

もちろんタカネがエコーロケーションで座標の測定を行うから、どこに向かうかは

把握できる。それでも、気分のいいものではなった。


走り出した鳥馬車は、街から離れていった。


=====================================


「降りてくれ。」


ようやく幌が開けられ、少し傾いた日差しが眩しく目を射た。

連れて来られたのは、タカネの測定では街から15kmほど離れた場所らしい。

森を抜けた場所にある、真っ白な断崖のふもとのような所だった。

たくさんの大きな岩が、ゴロゴロと無造作に積み上がっているのが見える。


「…ここは?」

「東の谷のふもとだな。街からはそうとう離れてる場所だろう。」


漠然とした言い方からして、ゼビスさんも詳しい場所は分からないらしかった。


「で、ここでお出ましか?」


お出ましって、まさか盗賊が?


………………………………………………………………………


そのまさかだった。

真っ白な岩陰から、マントを羽織って顔を隠した人間が、何人も姿を現した。

全員が武装しているのは、遠目にもすぐに判った。

思わず、あたしはゼビスさんに問いかけた。


「どういう事?…誘い出すっていうのとは、全然違うじゃない。」

「まあ、もうちょっと待っててくれや。」


相変わらず、要領を得ない。

あたしの中で、ゼビスさんの評価はどんどん下がっていた。


と、次の瞬間。


「その2人が言っていた奴らか、ラクティ?」


最後に姿を現した男が、そう言ってラクティさんをじろりと睨む。

その出で立ちを見た途端、彼が何者なのかはあたしもタカネも即行で理解した。


魔術師だ。

ベズレーメの戒教院で戦ったあの男と、上から下までほぼ同じ格好をしている。

おそらくは、似たような任務を負っていたのだろう。…それにしてもソックリ。

何だかんだで、ラスコフの近くまで来たんだなという感慨が湧いた。


「そうだ。…で、こっちがゼビス。今回の話に乗ったユージンカのハンターだ。」


今回の話?


「なるほど。腕輪は着けさせているらしいな。…まあ、話がどこまで本当なのか、

 今の時点では判断しようが無いが。」


話って、何の話?

腕輪が何?


当事者をとことん置き去りにする独り言に、あたしのイライラは募っていた。

ふと隣を見ると、タカネの瞳にも少し赤い色が宿っているのが判る。


「…で?その女2人を、俺たちに譲り渡そうという話だったな?」

「まあそんなところだな。この嬢ちゃんたち自身が、会いたいって言うからよ。」

「は?」


思わず、声が出てしまった。

あたしたちがギルドを訪れたのは、つい昨日の事だったはずだ。

どうしてこんな、根回しのいい話になってるの?


「あんたらには言ってなかったな。実は昨日、こいつが俺に接触してきたんだ。

 まあ、もちろん正体は隠して、書簡だけだったが。」

「…あたしたちを、盗賊に会わせるって?」

「かいつまんで言えば、そうだな。取り引きの材料にしたいから、お前も乗れ。

 了承するなら、あの時間にあそこへ来いって話だよ。」


そう言って、ゼビスさんはあたしたちの手首を指差した。


「で、その腕輪が同封されてた。お前が、それを着けさせろ…ってな。」


あたしとタカネは、黙って腕輪に視線を向ける。


「…これって、奴隷のしるしじゃないの?」

「そんなワケねえじゃん。本当に世間知らずな嬢ちゃんたちだよな。」


愉快そうに笑うゼビスさんの声に合わせ、岩の上の盗賊たちも笑い声を上げた。

腕輪に向けられたままのタカネの瞳が、また少し危険な朱に染まる。


「分からないなら教えてやるよ。それは魔力封じの腕輪だ。」


そう言ったのは、あの魔術師だった。


「どんな強い魔力を持っていようと、体内の流れを滞らせれば発現できなくなる。

 魔術師の常識だぞ?」


知らないよ。


「かなりの使い手だと聞いたが、そんな事も予想できないとはな。底が知れる。」


だから、知らないってば。

ワケのわからない前提で、こっちを値踏みするんじゃないっての!

何だか、周囲の景色が急に色褪せてきたような気がする。


「…それで?あたしたちに、何を求めるって言うの?」

()()()ってのは、まずそっちの話だろ?」


そう言ったのは、ニヤニヤと笑みを浮かべるゼビスさんだった。


「盗賊の中に混じってる魔術師に会わせろって言ってただろう?…目の前の男が、

 まさにそれだぜ。で、あんたら2人はここに立ってる。文句あるかい?」


そういうのを、詭弁って言うんだよ。

ゼビスさんの色も、褪せていくのが感じられた。

自問しなくても分かる。これは落胆の色だ。

昨日、確かにあたしはこの人をひとかどの人物だと思ったんだ。

だから…


あたしは、大きなため息をついていた。


「何か言いたげだな?」

「…分かんない?」

「まあ大体は分かるぜ。…俺に失望した、って言いてえんだろ?」

「……」


返事をする気になれなかった。

多分、今タカネの顔を見たら、泣いてしまうのが分かっていた。

そのくらい、あたしはがっかりしていた。


何なんだよ、この世界の大人たちは。

どうして、そんなにあたしを怒らせようとするんだよ。


別にいいよ。敵意を向けられるのはもう慣れた。

だったらせめて。

変な期待を持たせないでよ。


そういうの、一番堪えるんだよ。


「そりゃ当然だろうな。手引きをしたのはそこにいるラクティだし、俺はこいつが

 盗賊と繋がってるってのは昨日まで知らなかった。だが、取り引きに応じたのは

 事実だ。」


悪びれる風もなく、ゼビスさんは続ける。

あたしの視線は厳しくなっていたと思うけど、動じる様子はなかった。


「だけどお前ら、それを俺にとやかく言える立場か?」

「…え?」


あたしは、不意に投げられたその言葉の意味を図りかねた。


「お前らには、確かに力がある。だが素性は分からん。ギルドに属する気はなく、

 街に留まる気もない。そして盗賊の中に混じっている魔術師に会いたいと言う。

 それで信用されると思うか?」


あたしの顔をまじまじと見ながら、ゼビスさんは淡々と続ける。


「むしろ、お前らもこいつらと同様、盗賊をやると考えてもおかしくないだろう。

 だが俺も引き受けた以上、どんな形ででも案内しようと思ったわけだ。」


そう言って、視線をラクティさんに向けた。


「誰かが内通してんのは、前から分かってた。で、その結果がこれってワケだ。

 分かったか?お嬢ちゃんたち。」

「ずいぶんと丁寧な説明だな。何も分かってなかったのか?その2人は。」

「見ての通りのお嬢ちゃんだぜ?当然だろうが。」


魔術師の問いに、ゼビスさんは大袈裟に肩をすくめて答えた。


あたしは、何も言い返せなかった。



確かに、その通りだ。

あたしたちがギルドでやった事を客観的に見れば、信用されると考える方が変だ。

突然現れ、規格外の力を見せて意味不明な要求をする。ただの危険人物だろう。

しかも、目的を果たすまでは引き下がりそうにない。とことん厄介な存在だ。


だから、こういう手段に出たという事なのか。


「…それであなたは。」


あたしは、何とか言葉を絞り出した。


「あたしたちを差し出して、盗賊の側につくって事なの?」

「俺にはあんたらを止める事はできない。だったら、勝ち馬に乗っかるまでだ。」


ゼビスさんの答えは、残酷なほど明快だった。


「お前さんに喧嘩を吹っかけた時は、さすがにしくじった。だけど俺はもともと、

 勝ち負けに対してはそこそこ鼻が利くんだよ。そうやってずうっと生きてきた。

 メシを食っていくには、汚ねえものもいろいろ見なきゃいけねえってこったよ。

 力だけじゃあどうにもならねえ。いい勉強になったろ?」



もう、あたしは何も言えそうになかった。

恐怖じゃない。

怒りでもない。


ただひたすら、がっかりしていた。

そして、悲しかった。


傭兵集団と殺し合った時も、身を切られるような思いをしたけど。

彼らの非道な振る舞いは、ある意味芯が通っていた。だから覚悟も出来た。


だけど、今回は違う。


あたしは、ゼビスさんを信じていた。

立派なハンターだと、ちょっと尊敬もしていた。


裏切られるとは、思っていなかった。



最近、何度も思い知らされる。

あたしは、まだ子供なのだという事を。


これだったら、問答無用で胸にナイフを突き立てられる方がよっぽどマシだ。

それなら、すぐに直るから。



タカネには、心の傷だけは直せないんだから。



あたしは、必死で涙をこらえた。

自分の見識の浅さに対する、深い落胆の涙を。


「…おいおい。泣きそうな顔するんじゃねえよ。やりにくいだろ?」


ほっといてよ。

どうせ、あたしたちは力しかない小娘だ。

何を言われたって、いい返す屁理屈は持ってない。


だったら、力を振るうまでだ。

また、あの虚しい力を。


………………………………………………………………


「なあ、アラヤちゃんよ。」


初めて名前を呼ばれ、あたしはふと顔を上げた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


もういちど視線を向けたゼビスさんは。

いつの間にか、ガントレットを両腕に装着していた。


ガァン!!


憶えのある音が炸裂し、ひとりの男の体が地面に転がった。

信じられないという表情のまま、殴られた男―ラクティさんは意識を失った。

折れ曲がったその体は、喰らった衝撃の凄まじさを文字通り、体現していた。


その場にいる誰もが、言葉を失った。

()()()()()()()()誰もが。


「俺は、勝ち馬に乗っかる気で来たんだぜ?」


そう言って、ゼビスさんは笑った。

心底、可笑しそうな表情で。

あたしと、タカネに。


あたしたちは、思わず顔を見合わせた。


そして。


あたしたちも、思いきり笑った。



脳筋なんて思って、本当にゴメンなさい。

つまんない失望しちゃって、本当にゴメンなさい。


「ゼビスさん」

「かあっこイイ――――!!!」


「惚れたか?」

「「惚れた!!!」」



よっしゃあ!!

そうでなくちゃ!!!


愛してるよゼビスさん!!



褪せた世界が、一気にその鮮やかな色を取り戻していくのがわかった。

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― 新着の感想 ―
主人公の精神が幼すぎて18歳設定が少し違和感を感じます。言動とか考え方とかは14歳くらいの設定ならしっくりする感じです。もしかしてメンヘラ設定ですか?それならわかる気がします。
[気になる点] ギルドにて見た目だけで絡んできたクズ タカネを犯そうと2回も確認したカス 盗賊の対応関連を報連相もしないボケ 全部ゼビスの事なんだよね [一言] ギルドの面子や主人公の事を思ってって感…
2024/01/03 22:00 怪獣モチロン
[良い点] ゼビスさんかあっこいいーー!!! シーンの鮮やかさが大好きです。最後まで絶対読みます!!
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