承諾
「魔法だ…!」
「魔術師だ!!」
「やっぱりラスコフの人間か!!」
沈黙を破ったのは、相変わらずそんな類の言葉だった。
…まあ、そうなるよね。
タカネとあたし、それに床に伸びているゼビスさんをぐるりと囲む男たちの顔に、
さっきまでとは違う緊張の色が浮かぶ。
とは言え、タカネのカウンター破壊とあたしの水芸を見た後では、あからさまに
敵意を向けようとする者はいない。そんなことをすればどうなるか、いくら何でも
想像くらいできてるだろうからね。
「…お、お前たち、何が目的なんだ。」
震える声でそう言ったのは、ぶっ壊れたカウンターの向こうで棒立ちになっている
受付の痩せ男だった。
いや、あんたがそれ聞くの?
ここに来てすぐ、タカネが尋ねたじゃん。…まあ、途中で目的変わったけどさ。
「我々は、ラスコフの魔術師とは何があっても取引しない。それは鉄則だ。」
震えながら言うなよ。職業意識が高いのは結構だけど、サマになってないよ。
と言うか…
「違うって言ってんでしょうがよ!!」
思わず、あたしは声を荒げた。
取り巻いていた人の輪の直径が、一気にふた周りほど大きくなるのが分かった。
「あたしたちは魔術師なんかじゃないし、ラスコフの出身でもないんだってば。
いい加減、人の言う事ちゃんと聞けよ!…あんたら大人じゃないのかよ!!」
どこまで行っても話をまともに聞かない連中に、あたしは何だか切れていた。
ちゃんとしてない人間の姿をしつこく見せつけられるの、何気に堪えるんだよ。
うんざりと喚くあたしの姿に、彼らは少し冷静さを取り戻したようだった。
「…し、しかし。そんな力を持っている人間など、ラスコフの魔術師以外に…」
「いるわけないって?」
「そう考えるしか…」
「おじさん、この世界中をくまなく旅したの?その目で、何もかも見てきたの?」
「な、何だと?」
「自分の知ってるものが世界の全てだとでも思ってんの?」
「……」
相手は何も言えなくなった。だけど、あたしもそれ以上、何か言う気を無くした。
言質は取ったつもりでいたけど、やっぱりこういう流れになっちゃったんだよね。
間違った事したつもりはない。こっちが正しい、そっちが悪いという論拠もある。
だけど、結果がこれじゃあね。
口喧嘩に勝つのが目的じゃなかったはずなのに、気がつけばこんな話になってる。
やっぱりあたしは、社会人としての経験が足りない。そして、我慢も足りない。
ふと目を向けると、壁際のタカネが苦笑しながらやれやれと肩をすくめていた。
ダメ。
そういう顔をしないで。泣きそうになるから。
あたしだってまだ子供だ。頭で考えたとおりに出来ないと、落ち込んでしまう。
甘えてばっかりじゃダメだと分かっていても、甘えたくなってしまう。
タカネの方が、ある意味ずっと年下なのに。
もっと大人にならなきゃいけないのに…
「オイオイ。何だよこのどうしようもねえ空気は?」
膠着した場の沈黙を破る声は、足元から聞こえた。
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「痛ててててて。」
それまで仰向けに倒れていたゼビスさんが、うめきながら何とか上体を起こした。
すぐ傍らに立っていたタカネが、屈み込んで支える。
「ハハッ、悪りいな。いや、大丈夫だ。」
笑いながら言って立ち上がったゼビスさんのタフさに、あたしはちょっと驚いた。
あの一撃を喰らって、もうそこまで動けるとは…
「お、おいゼビス!無事なのか!?」
「見ての通りよ。まあ、正直ちょっと死ぬかと思ったけどな。それより…」
そこで言葉を切ったゼビスさんが、不意にスッと目を細める。その鋭い視線に、
睨まれた面々は竦み上がった。
「お前らは、何をギャーギャー喚いてやがんだよ。」
「いや、その2人が魔術を…」
「だから何だよ。」
「え?」
きょとんとする面々から視線を逸らしたゼビスさんは、ゆっくりとあたしを見た。
「嬢ちゃん、悪かったな色々と。」
「いや、その…」
「おいおい、歯切れが悪いぜ?さっきまでの憎たらしさはどこ言っちまったんだ。
今さらそんな感じになられたら、こっちだって調子が狂うってもんだ。」
そう言って、おかしそうに笑う。
つられて、何となくあたしも笑ってしまった。
ひとしきり笑った後、ゼビスさんは表情を改めた。そしてあたしとタカネの顔を
代わる代わる見比べる。
「あんたら2人の力はよおく分かった。で、ラスコフの人間じゃないんだな?」
「違うよ。」
「じゃあその不思議な力は、あんたらだけのオリジナルってところか?」
「まさにそんな感じ。」
「そうか。」
ちょっと言葉を切ったゼビスさんは、少し歪んだ自分の鎧に手を当てる。そして、
両手のガントレットをじっくりと見つめた。
「嬢ちゃん。」
「はい?」
「あんた、かなり手加減してたよな?」
「まあね。」
「それはつまり……俺を殺さないようにっていう手加減だったのか?」
「そう。」
「やっぱりそうか。」
両腕を下ろしたゼビスさんが、大きなため息をつく。
「…殺し合いって前提だったら、俺はどうなってた。」
「一秒ももたずに死んでたよ。」
ためらいなく答えたあたしの言葉に、何人もが息を呑むのが空気で判った。
「だろうな。はっきり言ってくれるのは嬉しいぜ。」
自嘲気味に言ったゼビスさんの顔に、さほど悔しそうな表情は浮かばなかった。
「…じゃあ、あと2つだけ聞かせてくれ。あんたら、人を殺した事あるか?」
「あるよ。」
あたしは、迷いなく即答した。
「もしも例の盗賊どもと命懸けの戦いになったら、ためらわずに殺せるか?」
「殺せるよ。まあ、できるだけそういうのは避けたいけど。」
「分かった。」
両手を腰に当てたゼビスさんは、吹っ切れたような表情で大きく頷いた。
「じゃあ、俺が案内しよう。」
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「ゼビス!?」
「お前、正気か!?」
ずっと気圧されていた面々が、そこでようやく騒ぎ出した。
いや、この期に及んで正気かってのはないでしょうが。
…まあ、あたしもかなりビックリしたけどね。
「何か問題あるか?」
「大ありだろうが!」
これまでになく大きな声を張り上げた痩せ男は、似合わない青筋を立てていた。
「ギルドで正式な討伐依頼を出している案件なんだぞ!それをよりにもよって、
どこの誰かも判らん危険人物に委ねるなど、あっていいはずがない!それが…」
「受けるのは俺だよ。」
「!?」
思いがけないひと言に、痩せ男は次に言うべき言葉を見失ったらしい。
「俺がハンターとして正式に受ける。で、その助っ人としてこの嬢ちゃん2人を
連れて行く。首尾よく盗賊どもを討ち取れた時は、その手柄を全部俺が頂く。
嬢ちゃんたちは情報を手に入れて、そのままここを去る。それでいいだろ?」
「え…」
誰もが絶句したよ。
いやホント。よくそこまで都合のいい事が言えるなって感じで。
なんか、あまりの厚かましさに、皆の顔から毒気が抜けるのが分かった。
でもね。
「それでいいよな?嬢ちゃんたち。」
「もちろん。」
あたしの即答にまで、意外そうな表情を浮かべるのはやめて欲しい。
散々そう言ってきたじゃん!
「よおし。じゃあ決まりだな。おい、ソロで依頼を受けるから頼むぞ。」
「…本気なのか?」
「聞いてただろうが。いいな?」
「まぁ…それは構わないが…」
あれよあれよという間に、話は決まってしまったらしい。
ついて行けない外の人たちは、一様に呆気に取られていた。
「じゃあ行こうぜ。」
細かい話をここでする気はないらしい。ゼビスさんはすたすたと出口に向かう。
さすがに、もう声をかける者はいなかった。
あたしとタカネも、彼に続いた。途中、タカネはカウンターの前で立ち止まる。
周囲の人々が身構える中で、その手が手品のように何かを取り出した。
「これ、カウンターの弁償って事で。」
引きつった表情の痩せ男に差し出したのは、5枚の金貨だった。
ぶっちゃけ、リフォームしても山のようにお釣りが来る大金である。
皆が一斉に瞠目したのが、何だか面白かった。
とにかく。
どうにかここまで来れた。なんか、やたらに揉めた気がするけど。
後は恒例、出たとこ勝負だ。
もうちょっと精度の高いナビ水晶とか、手に入ると嬉しいんだけどなぁ。
外に出ると、一足先に出ていたゼビスさんが大きく伸びをしていた。
零距離音速弾を喰らってこれというのは、なかなか常軌を逸したタフさである。
憑き物の落ちたような笑みを浮かべ、ゼビスさんはあたしたちに言った。
「色々と悪かったな。まあ、あんたらが規格外過ぎるから、おっさんの頭じゃあ
どうしても追い付かねえんだよ。そこは勘弁してやってくれ。」
「もちろんです。こちらこそ、失礼しました。」
「ハハ、殊勝だねえ。じゃ行くか。ええっと…」
「こっちはタカネ。タカネ・ジ・アドラン。」
「嬢ちゃんは?」
「アラヤ。」
名乗りの言葉と共に、あたしは胸に手を置いた。
「アラヤ・リンネ。よろしくね、ゼビスさん。」




