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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第二十七章・別れの糸
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茜色の空

魔法陣に用いる血液の増産は、滞りなく終了した。

これなら数回分になるだろうし、万が一足りなくなってもサンプルが手元にあれば

自力で複製する事も可能だ。GD-X10(ジアノドローン)はもともと完全な生体ユニットなので、

貯血用として作った臓器の中なら血液の劣化はかなり防げる。


要するに、ここからはもう、あたしが自分でどうとでも対処できるって話である。

ならば、もはやここに留まる必要はない。そして、二度と来る必要もないだろう。


『行きましょうか。』

「うん。」


短い言葉を交わし、あたしたちは外の通路に通じるドアへと向かう。

すでに、日は傾き始めていた。


=====================================


内側の開閉ボタンを押してドアを開けると、新鮮な外気が我先にと入り込む。

淀んだ空気が一新されるのが、実感として判った。ま、そんな感慨は後にしよう。

身を細めてドアを潜る。入って来た時は楽勝だったけど、今はちょっとキツイ。

理由は言うまでもない。血の飲み過ぎで、胴体が少し膨れてしまっているからだ。


「太ったね。」

『いいから!』


からかうように言うリューノの声が、何となくホッとさせられる響きだった。

GD-X10(ジアノドローン)に続いてリューノも外に出る。それを確認して、ドアを再びロック。

さらにドア脇の端末を操作し、もう一度内部の管制に干渉して室内のドアを開く。


メディカルルームと小ホールを隔てる移動壁を収納し、廊下に通じるドアも解錠。

ドアの横の窓から窺えば、小ホールからメディカルルームに2体のナノゾンビが

よろよろと迷い込んできているのが判る。そのすぐ後ろからは、あの男女2人も

似たような歩調で足を踏み入れて来た。そして、ゆっくりとこちらに目を向ける。


強化ガラス越しに、ほんの少しの間だけ視線を交わした。


2人の浮かべている表情を、どう形容すればいいのかは分からない。

絶望でも怒りでもなく、そして怨嗟でもない。かと言って、感謝では決してない。

おそらく虚無ではないけど、()()()()()()()()()()()()()違っていた。

彼らがあたしたちに、どんな感情を持っているか。断言など間違ってもできない。

だけど、何となく分かる事がある。


おそらく彼ら自身も、あたしたちをどう思えばいいのかが分からないのだろう。

あたしたちがもたらした事実をどう捉えるかは、これからの話だろうから。


だったら、あたしたちが彼らに何をすべきかもまた、今は定まっていない。

だから謝ったりもしない。


「行こう。」

『ええ。』


リューノを乗せて翼を開き、そのまま飛び立つ。

見送る彼らの姿は、あえて顧みなかった。

お互い、そうすべきだと思ったから。


お邪魔しました。


=====================================


「ちょっと遅くなっちゃったね。」

『そうね。』

「レンが心配してるかも知れないから、早く戻ろう。」

『ええ。』


そう答えつつ、あたしはGD-X10(ジアノドローン)の飛行進路をほんの少しだけ変えた。

目的地に向けてではなく、夕日に向かう方角に。同時に、速度をわずかに落とす。


「あれ、どうしたの?」

『ちょっとだけ、遊覧飛行と行きましょう。』


我ながら、実に似合わない事を言ってると思う。

だけど間違いなく、そんな気分だったから。


「…そうだね、ちょっとだけ。」

『付き合わせて、ごめんね。』

「いいよいいよ。空もきれいだし。」


そうね。

そうよね。


=====================================


『ねえ、リューノ。』

「ん?」

『あの通信センターには、全部でどれくらいの生存者(サバイバー)がいたと思う?』

「うーん…まあ…建物の規模からすれば5、60人ってところじゃないかな。」

『そんなもんかな。』

「あたしの経験で言えば、だけどね。」


やっぱり、それなりに色々なものを見てきたんだな。この子は。

まだ、あのラスよりも若いのに。

こんな世界を、その目でずっと見てきたんだな。


リューノは、この終末世界ではかなり孤高の存在だ。


彗星衝突によるナノマシンの暴走と、それに伴う人間社会の崩壊。

それは等しく世界を呑み込み、ナノマシンに依存していた人間たちを破滅させた。

ナノゾンビになる事を免れた人たちも、生きるためには厳しい選択を強いられる。


彼女の祖父は、彗星衝突の危険性を早くから訴えていたらしい。

世界中から無視されたその主張は、それでも彼女の両親を救う道標になった。

崩壊した世界に足を踏み出した彼女の両親は、ナノゾンビによって命を落とした。

それっきり、彼女は独りぼっちになってしまった。

普通なら、生きていけるはずもない。

だけど彼女の体内には、彗星衝突による暴走を免れたナノマシンが存在していた。

生存に必要な物質を生成できるその存在が、彼女という小さな命を保ち続けた。


何の事はない。

新しい世界に降り立った時の、拓美とあたしにそっくりだ。

決定的に違うところと言えば、たったひとつだけ。


歩き出した世界に、希望や未来があったか無かったか。ただそれだけ。


拓美と比べれば、リューノはどこまでも非力だ。

あたしのような規格外の自己進化(アップグレード)など望むべくもない体内のナノマシンたちは、

戦う力は何ひとつ持ち合わせていない。それが当たり前だ。


だけど。

彼女が拓美より弱いというわけでは、断じてない。

むしろその心の強さは、拓美のそれをはるかに上回っているだろう。


こんな悲しい世界で、たった一人で生きてきたのに。

リューノはいつも明るく話し、そして笑う。

3000年の恐るべきギャップをものともせず、蓮に当たり前の好意を寄せる。

冗談を言い合いつつ、彼の隣に立って生きる自分を当然のように思い描いている。


彼女は、どこまでも非力で、そしてどこまでも人間だ。

人間としての自分を、決して失わない強い子だ。


きっと、拓美のいい友達になれるだろう。

だからこそ。


この空を。


せめて、この空の美しさを。


=====================================


『リューノ。』

「うん?」

『よく見ておいてね。この空を。』

「…どうして?」

『きれいだと思うから。』


それは、あたしの正直な思いだった。


この世界に生きる人たちは、どこまでも無慈悲で醜い。

そうでなければ生きていけない彼らの姿は、悲しいほどに醜悪だ。

そんな中で出会ったリューノは、どこまでもこの世界には不釣合いな存在だ。

どこか似ている。

自分の住む世界に愛想を尽かして旅立った、あの日の拓美に。


だからこそ、あたしは心から思う。

ほんの少し。

たったひとつでもいい。

自身の故郷の、美しい何かを憶えておいて欲しいと。

おそらく今日か明日には、永遠に去るであろうこの世界の美しい光景を。



「そうだね。」


言葉足らずなあたしの意図を汲んだのか、リューノはじっと夕焼けに目を凝らす。

出来るだけ速度を落とし、GD-X10(ジアノドローン)は静かに茜色の空を進む。


たとえ世界が変わってしまっても、変わらないものだってあるんだ。


ねえ、拓美。


あたしはリューノを、そして蓮を、ちゃんと導けているかな。

ちゃんと導けるのかな。



その答えは、もう間もなく出るだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 2人がナノゾンビに襲われない理由、理解しました! 50世紀という舞台ですし、いつぞやの「魔法と主張してごり押し」ではありませんけれど、それくらいの技術はある事でしょうね。 「拘束」の2文字…
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