ギルドにて・3
地味な問題ほど、解決は難しい。力ではどうにもならないから。
というわけで、ユージンカ滞在は5日目に突入していた。
この国の識字率は驚異的だ。そしてここは大きな街なので、書店の類は実に多い。
何気に文化的な国なんだよね、ロドーラって。
地図の類が売っていないかと、それこそ街中の書店をしらみつぶしに廻ってみた。
結論。なくはない。しかし、この街の中と周辺を表したものばっかりである。
隣国の地図がないのは仕方ない。もし仮にそんなものがホイホイ存在していたら、
国同士のパワーバランスがえらい事になる。まして隣は魔法国家・ラスコフだ。
しかし、せめて国全体を網羅したものはないものだろうか…と思ってしまう。
ぶっちゃけ、無いものねだりだろうね。
「国中を踏破して地図を作りました!って人、いなかったのかなぁ。」
「そんな伊能忠敬みたいな超人、そうそういないでしょ。」
銃器の知識はほぼ皆無なのに、何でそんな名前を知ってるんだよタカネさん。
やっぱり、あたしの知識がベースになってるから…とかなの?
ひたすら歩く事3日間。最後に寄った書店は、これまで以上の空振りで終わった。
もはや、ちょっとしたタウンマップならあたしとタカネでいいのが作れちゃうよ。
路地裏のカフェとか古本屋とか、マニアックな裏情報満載のやつを。
失意のうちに宿に戻り、ヤケ食いをして早々に寝た。
そして、今朝。
あたしたちは、宿を引き払って外に出た。
「しゃあない。ギルドへ行こう。」
事実上のギブアップ。白旗である。
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ランカ河、つまりローカフとの国境に近いムジンカの街では、外国の脅威に対する
備えという感覚は薄かった。川幅が広く危険なランカ河が国境に横たわっており、
周囲も森に覆われている地勢だから当然だ。攻防のどちらの要衝にもなり得ない。
だからギルドの役割も、対外・対人よりも獣の脅威に対応する比重が高かった。
対して、このユージンカは国のほぼ中央に位置しているのだという。都市の規模も
首都に次ぐ二番目なんだとか。道理でスケールが大きいわけだ。
当然、他の都市や他国との兼ね合いも色々と複雑であり、ギルドの役割も自然と
そういう方面に特化していくだろう。
要するに、ギルドへ行けば最低限の情報は得られるだろう…って話だ。
だけど、個人的には嫌なんだよね。やっぱりそうなるのかよ、と。
情報をもらえると言っても多分、今のあたしたちでは隣の街までぐらいだろうし。
社会的な信用がないんだから仕方ないけど、歯がゆいのは事実なんだよ。
まあ、仕方ない。
お昼を食べたら行ってみよう。もう場所は分かってるし。
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あっさり着いた。
と言うか、3階建ての豪奢な建物だし、街の人はほとんど場所まで知ってる。
これで辿り着けない方がおかしい、ってくらいの名所だった。
入口の扉も鈍重で装飾が華麗だけど、個人的にはムジンカのギルドの格子扉の方が
機能美があって好きだなあ。ちょっとセンスが日本的でもあったし。
ともあれ、中に入ってみる。
当たり前だけど、入った人はその瞬間、それなりに注目される。
その注目が外れない、もしくはあからさまに二度見をされる場合、その来訪者は
かなり異質な存在という事になるのだ。
これも当たり前だけど、あたしたちは異質な者として注目される。
もう、いちいち疑問にも思わない。どうせ長居しないし、ごまかすの面倒臭い。
というわけで、耳目をスルーしてカウンターに向かう。
今回の受付は男性だった。それも、けっこうお堅い感じの。
侮られると話が長引くので、とりあえず用件はタカネに任せる。
「ちょっと聞きたい事があるんですけど。」
「はい。何でしょう。」
ようこそ、とか無いのか。
ユロスさんの愛想良さをちょっとは見習って欲しいぞ。
「ドーシュカへの、いちばん早い道を教えてもらえます?」
ここで馬鹿正直に「ラスコフへ行きたい」などとはもう言わない。
笑われるか、怪しまれるだけだからだ。
伊達に書店巡りをしてたわけじゃない。それなりに地理には詳しくなってるんだ。
ラスコフへ向かうのなら、まずは次の街、ドーシュカまで行かなくてはならない。
地理的な位置関係は分かってるから、そこまでの最短ルートを聞きに来たのだ。
またしても鈍行になるけど、こういう手順であと2つ街を通れば、ラスコフには
何とかたどり着けるはずだった。
とにかく、正確な方向が判る所にさえ着ければいいんだ。後は自力で飛ばすから。
だけど、受付の男は黙っていた。
あらためてよく見ると、タカネではなくあたしの方をちらちらと窺っている。
何だろ?
この街では、あたしは無視される事は多かったけど、こういうのあまりなかった。
「…あのう?」
口調を変えず、タカネが促すように受付に声をかける。
意識をそちらに戻したらしい受付の男は、抑揚のない声で言った。
「お連れさまは、どのような方なのでしょうか?」
おい、ちょっと待て。
まずは最低限、問われた質問に答えようよ。
いつもとは逆に、あたしがちょっと腹を立てた。
いい加減、この街での長い滞在にストレスが溜まっていたせいもある。
「…それ、何か関係あります?」
「大アリなんだよ。」
あくまでも淡々と問い返すタカネの傍らに、その声と共にいきなり大男が立った。
まったくオシャレじゃないヒゲを伸ばし、いかにもハンターですといった雰囲気を
全身から漂わせている豪傑だった。
「おいチビ。お前、魔術師じゃねえのか?」
は?
あたしが?
いきなりだみ声を投げられたあたしは、黙って相手の顔を見返す。
「珍妙なカッコしやがってよ。いるんだよな、そういう奴がよ。年恰好は嘘で、
ガキの振りして実にタチの悪い事をやりやがる。まったく頭に来るぜ。なあ?」
いつの間にか、カウンターの後ろには何人かの男たちが群れていた。皆、一様に
ヒゲ大男の言葉に同意を示す。
「とぼけてんじゃねえぞ。お前ら、ラスコフから来たんだろ?」
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は?
あたしたちが?
そんなわけないだろうがよ。
こちとら、そのラスコフへ向かう道を必死こいて探してるんだよ。
何でそんな的外れなイチャモンつけられなきゃならないんだよ。
いい加減、あたしのイライラも限界が近かった。
面白いもので、あたしがそうなると、逆にタカネはけっこう冷静になってくれる。
「彼女は魔術師じゃないですよ。ちょっと服装はそう見えるかも知れませんが。」
相変わらず、穏やかな口調でタカネがそう取り成す。
しかし、相手の態度はなおも険悪だった。
「だったら何でこんな場所で、そんなカッコしてやがるんだよ。挑発か!?」
人がどんなカッコしてようと、あんたらに関係ないでしょうが。
挑発って何なんだよ。あんたらロリコンか?需要はあるよって言いたいのか?
余計なお世話だよ!!
ここで暴れても何にも得るものがない。あたしはひたすら己を押さえ込んだ。
そして、可能な限り穏やかな口調で問いかける。
「この服は、知人から譲ってもらった由緒正しいものです。だからすみません、
ちょっと見逃して下さい。どのみち、あたしたちは今日には街を出ますから。」
「あぁン!?」
凄むなよ。
丁寧に説明してるじゃんかよ。
「街を出てどうすンだよ。またどこかで人を襲うつもりなんだろうが!?」
この脳筋、日本語が通じないな。
いや、日本語は絶対に通じないだろうけどさ。比喩だよ比喩。
「人を、襲う…?」
「いい加減、とぼけてんじゃねえぞ。」
男の目に、冗談ではない怒気のようなものが宿るのが見えた。
もはやすぐ隣のタカネを完全に無視し、あたしに剥きだしの敵意をぶつけてくる。
あたしたちを取り巻いている連中も、いつの間にか一触即発状態だった。
「この街からドーシュカに向かう街道のあっちこっちで、商隊がいくつも襲撃を
受けてるんだよ。死人だって大勢出てる。それを知らねえって言う気か?」
知らない。
いや、ホントに。
「その中にいるのは、間違いねえんだよ。タチの悪い魔術師どもが、何人もな!
ラスコフから流れて来た奴らなのは間違いねえンだ。お前らもその中の…」
「いま何て言った!?」
あたしは、思わず相手の言葉を遮って大声を出した。
ヒゲ面に困惑と怒りが同時に浮かんだけど、そんなのは今はどうでもいい。
タチの悪い魔術師?
街道のあちこちで、略奪行為?
ラスコフから流れて来た奴ら?
いつまで経っても埋められなかったパズルのピースが、まとめてやって来た!!
怒りも何も吹っ飛んでしまったあたしは、にこやかな笑顔をヒゲ面さんに向ける。
「ありがと!!」
「あぁ?」
キョトンとすると、意外と可愛いねヒゲ面さん。でもまあ、どうでもいいや。
「タカネ!」
「うん。」
「生きたナビが手に入るかも!!」
その場に日本人がいれば、空気を読めとツッコんでいただろう。
いまだ険悪さの消えていない場の雰囲気を無視し、勝手にテンションアップする
あたしとタカネ。
完全に浮いていた。




