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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第一章・捨てた世界と新たな世界
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遭遇・2

「…あ、あぁ……」


悲鳴を上げる事さえもままならないほど、意識が混乱していた。

損傷の激しさに反して痛みが襲ってこない事も、自分の現状が判らない

一因だ。その状態で、致命的に体幹のバランスが狂った上体がぐらりと

揺らめいた。と、次の瞬間。


『緊急措置です。』


いつもより遠く聞こえた声と共に、傷口とその周辺がドット分解した。

何かに支えられるような感覚が全身を包み、、増殖したドットパーツが

欠損部を構成する。

わずか数秒足らずで、失われたはずの右半身はきれいに再生した。

いまだに混乱する頭は、あれは悪い白昼夢だったかと思い始めていた。

しかし未だにジャージに残っている血の感触と、目の前に落ちた手首が

夢ではない事を告げる。


「えと…」

『早く隠れて!!』


いつになく激しい語調で促されて、ようやく意識がほんの少し鮮明さを

取り戻した。反射的に周囲をざっと目で薙ぎ、苔むした大岩を見つけて

その影に身を滑り込ませる。ぐっと腰を屈めると同時に、今さら動悸が

一気に速くなった。


「…ッ!」

『痛覚の遮断でショック死を防ぎ、損壊部分を再構成しました。肉体は

もう大丈夫です。とにかく、まずは落ち着いて。』


呼吸不全に陥るかと思ったけれど、早鐘のような動悸はすぐ治まった。

おそらくナノ制御による強制的鎮静だろう。強引極まる肉体の鎮まりと

混乱したままの精神が、ものすごくアンバランスに己を苛んでいるのが

分かる。とにかく、何が起きたのかを理解しないと。


ゴリゴリという耳障りな音は未だに続いていた。勇気を奮い起こして、

岩陰からそっと顔だけ出して窺う。同時に、全身の鳥肌が立った。


そこにいたのは巨大な怪物だった。

ひと目で例えるとするなら、紛れもない「ドラゴン」だ。

映画やアニメなんかで描かれてきたティラノサウルスを、ふた周りほど

大きくしたような巨躯。頭に伸びている、宝石の原石を思わせるような

質感の大きなツノ。畳まれていてもなお、巨大さ・力強さを感じさせる

背中の羽。そして、圧倒的なまでの「獣」としての気配と存在感。


話が通じるような相手でないのは、どう見ても明らかだった。

それが今、味わうようにじっくりとあたしの半身(ごちそう)を喰らっている。

しかし、間違っても怒りなど湧いてこなかった。

むしろ今この瞬間、それで少しでも気が逸れている事に感謝していた。


と言っても、長くは持たない。

さっき頭から喰らいつかれなかったのは、奇跡に等しい偶然だった。

いくらナノ制御の修復ができるとは言っても、さすがに「即死」までは

対応できない。もう一度襲われたらおそらく今度こそ一巻の終わりだ。


「逃げないと。」

『賛成です。発散物は抑制したので体臭を感知される事はありません。

が、急いだ方がいい。』


逃げるなら来た道を戻るの一択だ。冗談ではなく崖から飛び降りる。

高さとか足場を考えると、さすがに飛び降りてまで追いかけてくる事は

ないはずだ。


残された懸念は、飛び降りるまでに追い付かれるか否か。

すでに咀嚼音は止んでいる。

そこそこ腹が満たされた事を祈り、とにかく隙を狙って崖まで一直線に

突っ走るしかない。


「…トップクラスの短距離ランナーの肉体に変換。」

『了解』


言い終わると同時に、足が波打って変化した。最初の時ほど判りやすく

ないけど、肺も少し形を変えたのが何となく実感できる。

もう一度、そっとドラゴンの様子を窺ってみる。

少しだけ周囲を見渡し、ゆっくりと崖と反対方向へ向き直る。

そして腰を下ろし…


位置について。

用意。

ドン!!


意を決して全身を起こし、一歩目を踏み出した瞬間。

あたしは、判断ミスに気付いた。


足元の草と小石が、踏み込んだ靴の角度をわずかに狂わせる。

体勢が崩れそうになったのを修正。そこにタイムロスが生じる。

短距離走というのは、理想的環境を整えた競技用トラックで行われる。


こんな手付かずの原っぱで、トップスピードなど出せるわけがない。

なまじアスリートの感覚を得た事により、逆に確信できてしまった。

間に合わない、と。


それでもやり直しなどあり得ない。

とにかく走るしかない。

左に流れそうになった体を修正してスピードを上げた途端、ズシン!!

という地響きが足元の大地を丸ごと震わせた。

わざわざ振り向かなくても、相手が追いかけてきたのが空気で判る。


状況を確認する余裕も、自分の判断ミスを悔いる余裕もない。

とにかく、全速力で走る以外に道はない。


ズシンズシンという足音と共に襲い来る振動が、さらにこちらの速度を

削ぐ。影に視線を向けると、すごい勢いで距離を詰められていた。

巨体に全く似合わないその俊敏さ。そして、決定的な歩幅の違い。

間に合わない…という苦い思いが、ピリピリと舌の表面で暴れるような

嫌な感触。崖はもう、すぐそこだ。しかしドラゴンもまた、すぐ後ろに

迫っている。


…昔観たアニメのオープニングに、こういうシチュエーションの場面が

あったなあ。ええっとあれ、なんて作品だったっけ?


逃避気味の言葉が浮かぶのは、心に諦めが生まれてきた証拠だろうか。

本体とは異なるこの体での死ぬ体験は、絶対的なものではない。

それでも死は死だ。VRゲームとかのゲームオーバーとはわけが違う。


足音はもう既に後ろではなく、横に近い斜め方向から響いていた。

跳ばないと。

でも跳び上がったら、おそらくその瞬間に咥え潰される。

もう射程距離だ。すでに影はひとつに重なってしまっている。


どうせダメなら、前向きに。

やぶれかぶれの境地に至り、あたしはグッと足を踏み込んだ。

そして、崖に向かって跳躍しようとした瞬間。


背中に強烈過ぎる衝撃を喰らった。

のけぞった頭から意識が半分飛び、力を込め損ねた足がもつれる。

その状態のまま見える景色が大きくぶれ、酷使し過ぎの意識はとうとう

完全に途絶えた。


空から落ちてきたかのように、覆い被さる影。

グシャッという、骨と肉を砕き潰す鈍い音が響く。


崖直前で立ち止まったドラゴンは、噛み締めた顎を大きく振り上げた。

牙のすき間からこぼれ落ちた赤黒い飛沫が、緩やかな弧を描きながら

崖下へと落下していく。


陽光を浴びて輝くその滴は、宝石を思わせる美しい光を放っていた。

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