パートナー
「ちょっと、聞きたい事があってさ。」
「なに?」
背を向けているから、表情は見えない。と言うか、見れるわけない。
声はいつも通り。どこまでも落ち着いている。
あたしも、できるだけ何気なく言葉を続けた。
「あのね。…あたしのこと、どう思ってる?」
「あたしの全てだと思ってる。」
相変わらず、剛速球だ。
だけど、ストライクゾーンには遠過ぎる答えだ。
ちゃんと聞きたいのは、ここからだ。
「…うん。ありがとう。……その…」
「どうしたの?」
「最初にあたしの前に来てくれた時、さ。その…」
「ん?」
「…つまり、あたしに…キスしてくれたよね?」
「うん。」
うん、って。
あっさりしてるなあ。
「ああいう事って…その…」
「やっぱり、嫌だった?」
「そうじゃないよ!?…そうじゃなくて、さ。」
声がちょっと上擦るのが判った。
「ああいう事を…その……また…したい…とかっていう、気持ちは、ないの?」
「あたしが、拓美に?」
決まってるじゃないか!!
だけど、答えを知りたいならあたしも答えないと。
「…そう。」
「やだなあ。忘れたの?」
「な、何を?」
何を?
「あたしは、もともとAIなのよ?」
そうよね。
そうだよね。
「だから、そんな衝動は」
うん。
わかってたよ。
最初から、わかってたはずだったよね。
やばい
泣きそう
何でよ。
泣きそうなんだからしょうがない。
だけど、泣くな。
ここで泣いたら、絶対に心配される。
どうしたの?って、残酷なほど優しく問いかけられる。
自信ない。
ごまかせる自信がない。
明日から、笑って一緒にいられる自信がない。
自分のイタさが、恥ずかしいから?
それとも…
「少し時間をかければ、ちゃんと抑制できるよ。」
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え?
いま何て?
抑制?
時間をかけて?
「…抑制って?」
ちょっと裏返った声で、あたしはどうにか尋ねた。
「だから、抑制よ。たとえば今。」
今?
「毎日寝る前に。だいたい30分くらいで収まるよ。それから寝てる。」
え?
ちょっと待って。
言い方が固いんだけど、要するに…
毎晩30分、寝てるあたしの隣で、悶々としてるって事ですか?
落ち着いた声で言われると、理解が難しいんだけど。
要するに、そういう事なの?
「後はまあ、たとえば今日の昼間ね。お婆さん幽霊との遭遇の直前とかかな。
暗がりで着替えを手伝ってる時とか、割と…」
「ちょっと待ってください。」
無意味に敬語になってしまった。
ごろりと体を回し、隣のタカネに視線を向ける。
思ったとおり、きょとんとしていた。
「どうして抑制?」
「夜はちゃんと寝ないとダメでしょ?」
「それが理由?」
「そうだけど?」
ええっと…
「…あのさ。どう言えばいいかな。…あたし、昔はけっこう夜更かししてたよ?」
「ん?…うん。」
「そもそも、今は疲労だってすぐリセットできるんだからさ。早寝早起きって、
そんなに言うほど重要じゃないよ?」
「うん…えと、それで?」
「いや、だからさ、その…」
何て言えばいいんでしょうか。
「…そんな無用の気遣いのために、変な抑制なんてしなくていいんじゃない?」
「迷惑じゃないの?」
迷惑の定義が分からない。
どういう状態の事を想定してるんだ、彼女は。
でも、まあ…
「迷惑なんて思わないよ。だって、タカネでしょ?」
言ってしまってから、かなり焦った。
早まったかと、思わず身を固くした。
だけど。
「そう。分かった。」
いや、やっぱりあっさりしてるのね。
「じゃあ、寝ようか。もう遅いし。」
「…う、うん。そうね。」
やっぱり、呆気なかった。
だけど、確かにもう寝た方がいい気がする。いろんな意味で。
と言うか、もう寝られそうだった。
結局、ストライクゾーンにボールは1球も来なかったけど。
違う意味で、何となく聞きたい事は聞けた気がするから。
ほどなく、あたしは眠りに落ちていった。
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まだ明けきらない、翌朝早く。
ゆっくりと目を開けたあたしは、動く事ができなかった。
がっちりと何かに拘束されていた。
隣のタカネが、あたしを抱きしめたまま寝ていたからだった。
足まで使った完全な拘束。ほとんど状況はキャラクタープリントの抱き枕である。
よく絞め殺されなかったなと、肝が冷えた。
どうしてこんな状態に?
身動きが取れないあたしは、天井を見ながら必死に考えた。
昨夜、あんな事を言ったから?……と言うか、何を言ったっけ?
混乱してたから、今ひとつはっきり憶えてないんだよ。
つまり…
「たぁーくみぃー…」
「はい?」
視線だけを向けると、明らかにそれは寝言だった。
すぐ目の前にあるタカネの寝顔に、突然にへらっと緩んだ笑みが浮かぶ。
「あの、タカネさ…んんん!?」
いきなり頬ずりされた。
頭を全部使って、あたしの横顔をすりすりと遠慮なく蹂躙する。
さらさらの髪が耳だけでなく鼻にまで入りそうになり、くしゃみを必死に抑えた。
何だ何だ、何なんだ。
どうしてこんな、子供みたいなスキンシップに至ったんだタカネは!
だけどその顔は、どう見ても実に嬉しそうな寝顔だった。
抑制を解かれるって、ひょっとしてこういう事だったのだろうか。
答えなんて出ない。そして、どっちにしろ動けない。
どうやら、窒息することもなさそうだし。
しょうがない。
二度寝しよう。
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「ゴメンね。寝惚けてたみたいでさ。」
「まあ、いいけどね。」
ようやくタカネが起きたのは、それから半時間後の事だった。
まあ、あたしも寝てたんだけどね。
そのままの姿勢で目覚めたタカネは、さすがにちょっと恥ずかしそうだった。
「とりあえず着替えるから。で、朝食を食べに行こう。」
「あ、うん。じゃああたし、あっちに…」
「いいよ別に。」
立とうとするタカネを制し、あたしは思い切り良くジャージを脱いだ。そして、
椅子にかけてあったボディスーツを着込む。2度目だとさすがに慣れてきていた。
すぐそこにタカネがいる事は、もうほとんど気にならない。
結局、タカネの気持ちを、きちんと本人に聞く事は出来なかった。
だけどあたしは、ひとつだけ確信を得た。
彼女自身も、あんまり分かっていないんだと。
考えてみれば、当たり前の話だった。
存在そのものは2863年を数えていても、この世界に現出してからまだ数日だ。
いくら知識があっても、経験というものは考えるだけでは決して得られない。
落ち着いた言動と達観したような態度で、すっかりお姉さんなのだと思っていた。
だけど、それはまさしくもともとAIだからそう見えていただけなのだろう。
だから、自分の気持ちや衝動に対してもズレた事をやったりする。
そこはきっちり、あたしがフォローすべきだったんだ。
ようやく、タカネの隣に立つ自分のあり方、というものが見えた気がする。
彼女は純粋だ。
だからこそ、あたし自身も素直であるべきだ。
昨夜。
彼女の気持ちを確かめようとした事で、逆にあたしの気持ちを自覚した。
あたしは、タカネが好きだ。
泣きそうになった時、はっきりとそれを自覚した。
そんな尊い気持ちから、わざわざ目を逸らす気はない。そこまで弱虫じゃない。
自分の気持ちがはっきりしていれば、タカネとのあり方だって見えてくる。
彼女は、絶対にあたしを裏切らない。見捨てたりも、見限ったりもしない。
だったらあたしも、彼女を絶対に信じ抜く。
そう。
何て事はない。
要するに、今まで通りなんだよね!
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「さあて、んじゃ行こうか。」
「うん、行こう。」
少し高くなった日差しが、通りを行き交う人たちの影を濃く映し出す。
あたしたちもまた、並んで歩き出す。
いい言葉だよね。
パートナーって。




