時間と距離
急ぐ旅ではない。
それはあたしたち2人にとって、すべてに適用できるワードだった。
メルニィ・リアーロウを死に至らしめた、元凶を暴く。それがラスコフを目指す
そもそもの目的だ。今も変わってはいない。
だけど、メルニィに対する思い入れがそこまで強いのか?と問われると「否」だ。
そもそも、喋った事さえない。どっちかと言うと、ラスコフという国の在り方が
気に入らないから…という理由の方が大きい。
とは言え、これもどっちかと言えば建前に近いだろう。
あの魔術師にもはっきり言われたけど、根源的な動機はもっともっと単純だ。
要するに、他にする事がないのである。
この世界に来て、まだまともに戸籍も作っていないし、就職したわけでもない。
家も決めていない。知り合いも少ない。何かあれば戦闘。戦闘。また戦闘。
行き当たりばったりもかなり極まっている。
ラスコフへ行くのだって、かなりノープランだ。なるようになれという感じ。
旅の序盤はかなり飛ばしたけど、今はそうも行かない。
そんなわけで…
ユージンカ初日は、ほぼ食事と買い物で終わってしまった。
例によって、ちょっと上等の宿を取ります。
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「やっぱり、大都市は夜もそれなりに賑わってるね。」
「そうね。お祭りでもないだろうし、これが普通なんでしょうね。」
今回のお宿は、なんと5階。その高さにちょっと感動している。
地上80階建てビルを57棟保有していた不動産会社の娘も、朱に交われば赤だ。
すっかりこの世界の基準に馴染んでしまった。
窓から見下ろせば、大通りは小さなかがり火が街灯のように等間隔で並んでおり、
昼間とさほど変わらないような活況を呈している。おそらく夜は街から出るのが
ほぼ規制されるので、みんなこうして夜を騒がしく過ごすのだろう。
参加したいとは思わないけど、ここまでかすかに届く喧騒の音は心地良かった。
「さて、と。今日は結構のんびりしちゃったけど、まあ有意義だったよね。」
「こういうのを物見遊山って言うんでしょ?」
「…変な言葉を知ってるね。」
まあ、確かにそうかも知れない。
明日こそは、ラスコフへ向かうための情報収集!と行きたいところだ。
ナビ水晶が砕けたのは痛い。せめて、そこそこ範囲が広くて正確な地図が欲しい。
ものすごく地味だけど、何気に難しいお使いクエストである。
比類なき戦闘能力を得たと思った途端、やる事がこんな方向に向かってしまった。
人生って、なかなかスムーズには行かないよね。
「ま、とにかく今日はもう寝よう。」
あたしは、大きく伸びをした。
早寝早起きが習慣になってるのは、実にいい事だ。
ちなみにこの世界。
時間の概念が、地球にめっちゃ似ている。
ロアムの村、そしてベズレーメでも色々聞いてみたけど、かなりビックリした。
まず1年。何と360日。きりの良い数字で区切っているけど、誤差レベルだ。
70年以上生きないと、明確な年齢のズレは生じない事になる。
そして1日。こっちはもっと凄い。地球では24時間で区切っていたのに対し、
こっちは8時間。三分の一だ。地球とほぼ同じ時計が存在するけど、こっちのは
1日に針が1周しか回らない。そして12分割ではなく、8分割になっている。
つまり深夜零時から見ると、正午は短針が真下に来て「4時」。日が変わるのが
「8時」になるのだ。当然「1時間」がかなり長い。
しかしこの「1日」。驚いた事に、地球の24時間とピッタリ同じ長さなのだ。
試しに深夜零時から、宇宙船の時計でタカネに時間を計測してもらった事がある。
途中から予想はついたけど、さすがに計測を終えた瞬間は思わず変な声が出た。
1時間が3時間に相当するだけで、相対的な1日の長さそのものは同じなのだ。
だから、人の年齢などもほぼ同じ。ここまで地球人向けの環境だと、やっぱり少し
テンションが上がる。傭兵集団が招聘された事で分かっていたけれど、この世界は
間違いなく「どこかの地球にとっての異世界」なのだと再認識した。
というわけで、今は7時過ぎ。
地球で言えば、夜の9時を過ぎたあたりだ。
昔なら「さあこれからゲーム」みたいな時間だけど、それがいかに無駄だったか。
こういう世界で暮らすようになって、自分なりに実感している。
例によって、タカネはあっという間にジャージモードになっていた。
さてあたしも…と思ったものの、このボディスーツは脱ぐのもなかなか難儀だ。
とにかく引っ張って、セミの脱皮のように背中から無理やり抜け出るしかない。
ウンウンやってると、いきなり肩に柔らかい手のひらの感触が走った。
「手伝おうか?」
いつの間にか、タカネがすぐ後ろに立っていた。
ちなみにこの服、パンツは穿くけど上はノーブラで着る。つまり背中が…
「だ、大丈夫大丈夫!!ひとりでできるもん!」
「そう。まあ、やっぱり自分でできた方がいいよね。」
焦って変な言い方になってしまったが、タカネはあっさりと離れた。その様は、
まるで子供のパジャマの着替えを見守るお母さんである。
だけどあたしは、そうは行かなかった。
「あ、あのさ、タカネ。」
「うん?」
「着替えるまで、ちょっとあっち行っててくれる?ゴメンね。」
「ああ、うん。じゃあこれ、置いとくね。」
特に気分を害した様子もなく、タカネはあたしの分のジャージを椅子の上に置くと
その場を離れた。たぶん、洗面所あたりに引っ込んでくれたのだろう。
その隙に、あたしは満身の力を込めて脱皮を果たした。そして、わたわたと慌しく
ジャージを着込む。ファスナーが噛みそうになったのはかなりイラッとした。
「ごめん、もういいよ。」
「早いわね。」
あんたが言うなって感じだけど、戻ってきたタカネにあたしは何も言えなかった。
やばい。変に意識しちゃってる。いや、落ち着けあたし。
この街に着くまでの3日間は、何事もなさ過ぎるくらい無かったじゃないか。
それこそ、拍子抜けするくらいの…
違う。そうじゃない。
今日、幽霊お婆さんにあまりにも変な事を言われたせいだ。それは明らかだ。
冷静に考えれば、無茶苦茶なのは明らかなんだから。
だって、あたしとタカネよ?
どうしろって言うのよ。
きっとあのお婆さん、タカネという特殊過ぎる存在が把握できなかったんだろう。
だから、男性だと認識してしまったんだろう。実際、タカネの性別なんてものは
ただの初期設定でしかないんだから。
あたしの性別はもはや変えようがないけど、タカネの性別は…
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ダメだ。
冷静に考えたところで、アブノーマルな方向に吹っ飛んでしまうのは同じだ。
深く考えるな。きっとあのお婆さんも、そこまで考えてないよ。悩むだけ損だよ。
本人に聞…くのもやめとこう。うん。
「拓美。」
「はい!?」
「寝よっか。明日も早いし。」
「…うん。」
いつも、一日の終わりは呆気ない。
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もう夜も更けたのに、遠くの喧騒はまだかすかに聞こえていた。
だけど。
眠れないのは、そのせいじゃないと思う。
昼間言われた事は、もう考えない。正直、考えても無駄だ。
もっと根本的な部分が、どうにも心に引っ掛かっていた。
タカネは、あたしをどう思ってるんだろう。
出会ってすぐにされた事があまりにも衝撃的だったから、あたしものぼせていた。
それは認める。正直、けっこう舞い上がっていたと思う。
それでも、タカネの気持ちを理解したという自負はあった。
だけど。
それって、本当にそういう感情だと思って良かったのだろうか?
タカネの気持ちを、安易な言葉で表現する事はできない。それは分かっている。
だけど、やっぱりあたしは人間だから、ある程度の確信みたいなものは欲しい。
もしもそれが、友情という枠を超えない程度のものだとしたら。
一人であれこれ考え盛り上がってる今のあたしは、正気を保てないほどイタい。
その可能性は、無いとは言えない。
本人に聞く以外、どうにもならないのは事実だ。
途方もなく痛い質問だけど。
それでもこのまま悶々とするのは、タカネに失礼だ。
大切に思ってくれてるのは、間違いないんだから。
その思いを、あたしが勝手に曲解していいわけがない。
「タカネ。」
羞恥心を封印し。
あたしは、なけなしの勇気を振り絞った。
「起きてる?」
「うん。」




