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骨身を惜しまず、挑め新世界!!  作者: 幸・彦
第四章・捨てたもんじゃない世界
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街の午後・4

「そうですか。姉が…」


お婆さんは、いたって落ち着いていた。

こういうのを黙っておくと、夜も眠れなくなる。だから失礼を承知で説明した。

これも失礼を承知で、あのバックヤードを隅々までしっかり調べさせてもらった。

本当に失礼だと思うけど、こっそりタカネに目の前のお婆さんの接触スキャンも

やってもらった。だって怖いもん。


検証と考察。

隠し部屋も隠し扉も存在しない。そもそも、あの時見た椅子がない。形状などを

ざっと説明したところ、ずいぶん昔にお姉さんが愛用していた椅子だったらしい。

怖さが増しただけだった。

と言うかそんなトリックを使えば、いくら何でも気配でタカネが気づくだろう。

それなりにゴチャゴチャしているこの狭い空間では、とても不可能な業だ。

体型が全く違うので、こっちのお婆さんのイタズラだったという説もほぼ消えた。

幽霊に触れられるというのは変だけど、とにかくタカネも手を重ねていたのだから

接触スキャンはほぼ間違いないだろう。


結論。

やっぱり幽霊らしい。


感想。

……怖い!!


=====================================


「まあ、どうぞ。」


店の一番奥にあるテーブルを囲んで座り、あたしたちはお茶を振る舞われていた。

お茶請けはおなじみ、高級ドライフルーツ。

場にいる人が一人でも落ち着いていれば、それなりに動揺も収まるらしい。

あたしはどうにか平静を取り戻していた。目が泳いでいる実感は残ってるけど。

すぐ隣で落ち着き払っている、タカネがちょっと妬ましい。


「何だか怖い思いさせちゃったみたいで、ゴメンなさいね。」


まったくです、とも言えないです。

何かこう、理論的に怖さが和らぐような話、ありません?


「…あたしたち家族はね。」


積み増すんじゃなく、間引く方向でお願いします!!


「ラスコフの生まれだったの。」



…え?


=====================================


「…じゃあ、魔術師だったんですか?」


思わずちょっと身を乗り出したあたしに、お婆さんは笑って手を振った。


「いえいえ。その言葉が独り歩きしているけど、ラスコフの人口全体から見れば

 魔法を使える人間なんてほんの一握りなのよ。今も昔もね。」

「へえ…」


言われてみればそうだ。

国民全部が魔法なんか使えたら、かえって魔術師の存在価値がなくなるだろうし。


「でも、姉にはかなり強い素養があったらしいわね。私はからっきしだったけど。

 だから、国から何度も招聘のお達しが来ていたわ。魔術師となって国に尽くせ、

 それこそが自身の、ひいては国の未来を築くものである…とか言って。だけど、

 姉は応じなかったの。私たち家族と一緒に、故郷の誇りであるリンネンをずっと

 作り続けたい…って言ってね。」

「強い方だったんですね。」

「ええ、もちろん。」


嬉しそうに即答するお婆さんは、だけどちょっと寂しそうだった。


「国なんて勝手なものよ。自分たちが御する事ができないとなれば、反乱分子だと

 勝手にレッテルを貼って迫害する。姉も私たちも、それでこの国へ亡命したの。

 永いこと苦労させられたわ。先代の国王が死んだ頃にやっと諦めたらしいけど、

 その頃にはもう家族は2人だけ。姉は、ほとんど目が見えなくなっていた。」

「え…」


そう言えば、手を差し伸べてきた仕種。それに、あたしたちを見なかった視線。

幽霊なのに?とも思うけど、それは常識では分からない。ひょっとすると…


「でも姉は、ずっと笑顔のままでリンネンを作り続けていた。死ぬ5日前までね。

 目は見えなくても、手がちゃんと憶えてる。もちろん作るペースは落ちたけど。

 だからあたしは、お店をこんな風にしたのよ。…食べていければそれでいい。

 もう、消えてしまうのは決まっているリンネンだけれど。それでも最後まで、

 人の目に留めたい。姉とあたしが、あたしたち一家が生きてきた証に、ね。」

「………」


いつの間にか、怖さは霧散していた。


そうか。

だからお店に残ってるリンネンは、色違いがあっても模様違いが1枚もないのか。

見えない目で感覚を頼りに作るなら、新しい模様ができないのは当然の事だから。


「お茶のお代わりでも淹れましょうか?」


黙り込んでしまったあたしたちに、お婆さんは明るく声をかけた。

ハッと顔を上げると、変わらない笑顔があった。


「ちょっと湿っぽい話になっちゃったけどね。別に、姉は恨みや嘆きの中で一生を

 終えたわけじゃない。姉なりに、人生を楽しんだのよ。」

「そう…なんですか?」


あたしみたいな若輩には、ちょっと想像ができないけど。


「実を言うと姉は、晩年まで魔術の素養が残っててね。魔法の類は使えないけど、

 人の運勢を見たりするのは得意だったのよ。「よく当たる」って、この街じゃあ

 ちょっと有名だった。知る人ぞ知る、路地裏の占いお婆さんという肩書きよ。」

「へえ…」


それは、何となく実感で分かる気がした。


「苦労の発端ではあったけど、姉は自分の内に宿る魔法の素養すらも愛していた。

 そして、ちゃっかりと人生の糧にしていた。上手に生きるって、ああいう事よ。

 だからこそ、あたしも笑って語れるの。」

「はい。」


思いがけず、とっても素敵な指針をもらったような気がする。隣に座るタカネも、

うんうんといつになく聞き入っているみたいだった。


「まあ、無理やりな理屈だけど。」


そう言って、お婆さんはちらりと壁を見やった。


「あなたたちが見たというのは多分、姉の魔力の残滓みたいなものでしょうね。

 あそこは、姉の長年のお気に入りのスペースだったから。」


すみません。そんな場所であたしたちは、よりによって生着替えなどを…


「久し振りに人に会えて、ちょっと嬉しかったのかもね。」

「そうだといいんですけどね。」


もう、すっかり恐怖は消えていた。

もともと、体験そのものが怖かったわけじゃなかったし。

だから…


「それで姉は、何て言ってたの?」


「…いやそれはその!聞かないで頂けますとたいへん助かったり致します!!!」


「あらあら。そうよね、ゴメンなさい。占いのルールが頭から抜けてたわね。」


からからと笑うお婆さんに、あたしは精一杯の自然な笑いを返そうとした。

うまく出来ていた自信は、これっぽっちも無いですけど。

傍らのタカネは、ただただ笑っていた。


…笑ってる場合じゃないんだよ!!



いつの間にか、日は傾き始めていた。


=====================================


「すっかり長居しちゃって、どうもすみません。」

「いえいえ、こちらこそ楽しかったわよ。本当にありがとう。」


結局、あたしたちがいる間にお客さんは来なかった。

まあそれは、そういうものなのだろう。あたしたちが気にする話じゃない。

むしろ、ゆっくりさせてもらえたからね。


「…うん。バッチリ似合ってるわよ。きっと姉も喜んでると思うわ。」

「ありがとうございます。」


きっとお世辞じゃない。それは確信がある。


購入したリンネンは、自分で言うのも何だけど実にカッコよかった。

体がボディコンシャスで、上半身だけをゆったりと覆うデザインになっている。

上から下までバランスが取れているタカネと並ぶと、いい感じのコントラストが

醸し出せてるんじゃないだろうか。例えるなら、「戦士」と「術者」だ。

…まあ、どっちも呑気な丸腰スタイルだから、ちょっと締まらないんだけどね。


着こなし方としては多分、由緒正しいリンネンのそれとはまるっきり違うだろう。

だけど、レトロファッションの再評価っていうのは、アレンジからでも生まれる。

何だったら、あたしがこれからリンネンブームを起こしてやろうじゃないかよ。

何だったら、他でもないラスコフでね。


「大事に着ます…とはお約束できませんけど、そこはご了承下さい。」

「正直ね。いい事よ!」


お婆さんは、愉快そうに笑ってくれた。


「リンネンはもともと作業着。下手すれば兵士の防寒着にも使われていたものよ。

 頑丈さならそこらの服に負けないわ。だから思う存分、酷使してちょうだい!

 その方が、きっと姉のテンションも上がるから。遠慮は要らないわよ?」

「はいっ!!」

「もし破れたりしたら、またいらっしゃい。どうせずっと残ってるでしょうから、

 取っといてあげるわ。あなた用としてね。」

「了解です!」


ノリのいいお婆さんに、あたしも遠慮なく元気に応えた。


「じゃあ、また!」

「元気でね。あら、これ言うの今日2回目ね。それじゃあ、気をつけて!」

「「はい!」」


声を揃えて挨拶し、あたしとタカネは店を辞した。

何度も振り返り、手を振りながら。




ほんの一瞬。


見送る影が、2人並んで見えたような気がした。

タカネにも見えたみたいだった。


もう、怖くはなかった。


ただただ、嬉しかった。


やっと服が手に入ったから、だけじゃない。

好きになれる人と出会うのが、こんなに素敵な事なのだと再確認できたから。


たとえそれが、もうこの世にいない人でも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でも。


それはそれ、これはこれだ。

真面目に考えてもしょうがない話だから、今は気にしない!


=====================================


石畳に、影が長く伸びている。

昨日まで見慣れていたあたしの影の形が、大きく変わっているのがよく判る。


うん、満足です。

これこそ心機一転。

何があっても、けっこう頑張れそうだ。


「じゃ、行こうか。」

「うん。」


踵を返したあたしとタカネは、ゆっくりと歩き出す。




明日もいい天気になりそうだった。

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