街の午後・3
けっこう歩いた。
大通りには何軒も服屋があったけど、何となくもう入る気になれなくなっていた。
そういうもんだよね、やっぱり。
ふと気がつけば、街の中心部を少し外れたところまで来ていた。喧騒は遠ざかり、
小さなお店がポツポツと並んでいるような路地。とは言え、怪しい雰囲気はない。
通好みの小路、といった感じだった。
でたらめに歩いていくと、とある路地の突き当たりに一軒のお店が見つかった。
民族性の強そうな、生活雑貨を取り扱っているらしい。生地っぽいものも見える。
ちょっと興味を引かれたあたしは、タカネに声をかけた。
「あそこ見てみよう。」
「うん。」
ずっと難色を示していたタカネも、明らかに雰囲気が違うと察したのだろう。
あっさり頷いてくれた。
小さな店構えに反して、奥はけっこう長かった。いわゆる、うなぎの寝床だ。
みっしりと商品が並べられたその店内は、宝探しでもできそうなワクワクがある。
時間帯の関係か、お客は誰もいなかった。
「失礼しまーす…」
小声でそう言って、あたしたちは店内に足を踏み入れた。
とにかく雑貨雑貨ザッカ。
置物から調理器具からペナントから、ありとあらゆるモノがひしめいている。
勢い余って、食べ物まで置いてあった。さすがに保存食系ばっかりだけど…って、
あれ?
見覚えのある代物が…
「あら、あなたたち!いらっしゃい!!」
聞き覚えのある声が…
2人同時に振り返った先で、にこにこと立っていた人物。
乗り合い鳥馬車でご一緒した、あのお婆さんだった。
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「へえぇ、タクミちゃんの服をね。」
「そうなんですよ。」
にこやかにお婆さんと話しているのはタカネ…ではなく、あたしです。
乗り合いの道中、別にあたしだって全く話さなかったわけじゃないし、顔も名前も
ちゃんと憶えてもらってた。だからここはあたしが話させてもらおうじゃないか。
見守るタカネの視線が若干生温かいけれど、気にしない。張り合ってないからね?
「こう、何か…羽織るものがいいんですけどね。」
「じゃあ、こっち来てみて。いいモノがあるわよ?」
その迷いのなさに期待できるものを感じ、あたしとタカネは彼女について行った。
案内されたのは、店の中ほどの壁際。一面に、変わった模様の衣装がかけてある。
形も変わっている。少なくとも、ロドーラに来て以来、一度も目にしていない。
無理に例えるなら、丈の短いポンチョといったところだろうか。
模様は1種類だけど、色の組み合わせで多くのバリエーションが作られていた。
たぶん、同じ仕立ては1着もないのだろう。そのスペシャル感が琴線に触れた。
「ええっと…、ちょっと、着替える場所ありますか?」
「ん?羽織るだけだからここでいいじゃない。遠慮しないで?」
いや、その前にアンダースーツを着たいんですけどね。だから今着てる皮製のも
全部脱がないといけなくて…
「そうね。私がいちゃあ、ちょっとお邪魔よね。ゆっくり見ててちょうだい。」
察したのか察していないのか、お婆さんはにこっと笑ってその場を離れた。
と言われても、店は奥まで一直線だから、やっぱり入口から見えるんですけど…。
「…仕方ない。ちょっとだけどっか借りよう。」
布張りの壁際は、けっこう空きスペースが多そうだ。お婆さんの不在をいま一度
しっかり確かめて、あたしは壁際の布をめくって身を隠した。
予想通り、そこそこの広さの暗い空きスペースになっていた。色々物はあるけど、
あたしが服を早着替えするくらいは何とかなる。
素早く服を脱ぎ捨てたあたしは、タカネから渡されたアンダースーツを出した。
しかし。
「…?これ、どっからどう着るの?」
「ええとね。」
「ッ!?」
あやうく悲鳴を上げそうになったのを、何とか呑み込む。
何の気配も見せず、タカネがすぐ隣に身を滑り込ませていた。いや、怖いってば!
せめて入ってくる前にひと言、声をかけてよ!
しかしタカネは、あたしのビックリなど気にも留めず、マイペースに説明する。
「ここ。背中のここに接合ラインがあるのよ。ここを引っ張ってこじ開けるの。」
楽しそうだなあ。
とか言ってるヒマはない。とにかく着替えて早く出ないと。
なるほど、伸びるに任せて無理やり着るわけね。言われるままにやってみる。
さぞかし締め付けられるだろうと思ったけど、いざ着てしまえばそうでもない。
って言うかフィット感が凄い。何だか、何も着ていないようにすら感じる代物だ。
「できた。」
手足は出てるけど、それ以外はピッチリと体に密着。SFアニメとかに出てくる、
特殊なパイロットスーツみたいなボディコンシャス構造だった。
…まあ、今はあんまり、出るとこも出てないシルエットだけどね。
「いいじゃない。似合う似合う。」
「ホントに?」
「ホントよ。」
「こんにちは。」
「「!!?」」
いきなりすぐ傍から声をかけられ、あたしもタカネも飛び上がりそうになった。
慌てて声がした方を凝視すると、柱の影の椅子に小柄なお婆さんが座っていた。
年恰好からして、あのお婆さんのご姉妹だろうか。
あたしは思わず、頭を抱えた。よりにもよって、そんな人の前で生着替えとは…
ふと見ると、タカネもまた「しくじった…」みたいな表情を浮かべている。
そうか。
自分の肉体を持っているから、それまでみたいな有視界外の近距離サーチ能力が
オミットされてるんだ。それができるはずの宇宙タカネは、基本オフラインだし。
それにしても2人揃って、あまりにも気が緩み過ぎだ!!
「あの、どうもすみません。本当に失礼な事を…」
「いえいえ、気にしないで。どうせ散らかってるお店なんですから。」
そう言って笑うお婆さんに、あたしたちはひたすら恐縮して頭を下げる。
と、お婆さんは、ゆっくりと両手をあたしたちに差し伸べてきた。
「…?」
意図が読めないあたしたちは、何となく顔を見合わせる。
「ちょっと、お手に触れさせて頂けるかしら?」
「あ、ハイ。」
「どうぞ。」
手相を見るような感じだろうか。拒む理由もないので、2人ともその小さな手に
それぞれの手を重ねた。あたしは右で、タカネは左。
「お名前は?」
「拓美です。荒野拓美。」
「あたしはタカネ。タカネ・ジ・アドランと申します。」
「はい。」
皺だらけの手が、そっとあたしたちの手を握った。そのまま数秒の沈黙が流れる。
やがてお婆さんは、小さな声を上げた。
「あらぁ。これはまた…ずいぶんと変わった方たちね。大きな力を持っていて…
そう…とっても遠いところから来られたのね。」
驚いた。凄いご明察。
タカネも感心したような表情を浮かべている。
「誰にも負けない力をお持ちだけど………それ以上に強い心もお持ちなのねぇ。
お互いを思う心。それがあるから、力にも呑まれない。そうなのでしょう?」
た、確かにそうかも知れないけど…
ちょっと怖くなってきた。この人、何者なんだろう?
「フフッ。」
「な、何か?」
意味ありげな笑い方に、あたしは思わず聞いてしまった。
だからこそ、答えが返ってきてしまった。
あまりにも斜めはるか彼方にぶっ飛び過ぎた、とんでもない答えが。
「あなたたちの子供も、きっと大きな力と、強い心を持つんでしょうね…って。」
!?!?!?!?!?!??!?!?!???????????
頭が盛大にバグった。
思考回路が思考回路を総辞職した。
何を仰ってらっしゃいますでしょうか!!?
さすがのタカネも、目をまん丸に見開いていた。
「…あの、どうもお邪魔しました。じゃあ、あたしたちはこれで…」
理性を総動員して、どうにか言葉をそれだけ絞り出した。
失礼にならないようにそっと手を引き、そのまま回れ右する。
「し、失礼します。」
「訪ねてくれて、どうもありがとうね。これからも、お元気で。」
「あ、ハイ。」
「ありがとうございました。」
逃げるように、バックヤードを後にした。
焦って置きっ放しにしそうになった服は、ちゃんとタカネが回収してくれた。
「どう、いいのあった?…って、変わった衣装ねえ。」
程なく戻ってきたこっちのお婆さんが、あたしのボディスーツを見てそう言った。
いや、それどころじゃないくらい変わった事を言われましたから。
「ああ、なるほど。それにこのリンネンを合わせようと思った、ってワケね。」
リンネンって言うのか、このショートポンチョ。
奨められるまま、何枚か試着した。確かに、何だかいい感じのシルエットになる。
それに上に羽織るだけだから、たぶん背丈が伸びても大して影響はないはずだ。
ぶっ飛んだコメントを少しでも忘れるために、あたしは選択に集中した。
「うん、やっぱりコレかなあ。」
「そうね。」
「ですねえ。」
あれこれ迷った末に選んだのは、白地に紺とピンクの模様が入ったものだった。
なかなか先取りしている感はあるデザインだけど、自分でも似合うと思える。
あからさまに魔法使いとかに見えないのも、個人的には高ポイントだ。
「じゃあ、コレにします!」
「はい、どうもありがとう。」
にっこりと笑ったお婆さんは、壁に並んだ他のリンネンに目を向ける。
「いやぁ、リンネンが売れるなんて何年振りかしらね。」
「え?」
「あたしたちの故郷で、古くから伝わる民族衣装なの。でも時代が変わった今は、
誰も着ようとしない。作り方を憶えてる人間も、もう一人もいないのよ。」
「じゃあ、これはどなたが?」
「全部、あたしの姉が作ったものなのよ。」
そうだったんだ。じゃあ、さっきのあの人が…
「その姉も、もう2年前に亡くなったから。」
「「え?」」
あたしとタカネの声が、きれいにハモった。
「いやあの、さっき、この奥で…」
「そう。その奥の仕事場で、いつも黙々とリンネンを編んでたっけ。あたしには、
もうこれを作るしか残されてないから…って言ってね。」
ちょっと待って。
じゃあ、さっきあたしたちが会ったのは誰?
その、すぐ脇にかかっている布仕切りの向こう。
古ぼけた椅子に座っていたのは…
誰だったの?
かかないはずの冷や汗が、一気に噴出したような気がしていた。




