街の午後・2
さて、大きな服屋さんの前に来ました。
とは言っても、華やかなドレスが所狭しと並んでいるようなお店ではありません。
あたしは昔から服装には無頓着だし、どっちかと言うと機能性を重視する方だし。
なので、今回はいわゆる全年齢向けの量販店を選んでみた。
中を覗くと広い。そして明るい。やっぱり明り取りがかなり大胆に設けられてる。
服って紫外線に当てちゃって大丈夫なのかなとも思うけど、そこは自由だよね。
奥の方にズラッと試着スペースがあるのを見て、ちょっと一安心。
「さぁーて、どういう感じにしようかな…」
「やっぱり、ふわっと羽織る系じゃないの?」
「まあ、ね。」
前述の通り、あたしは状況によってはタカネの設計したバリエーションボディを
使う事が考えられる。その場合、ほとんどにおいて身長がかなり伸びる。当然、
手足も今より成長したバランスになる。ミス日本クラスの体型のものさえある。
魔法少女アニメなら、服が弾けて華麗にコスチュームチェンジするところだけど、
あいにくあたしにそんなバンク演出イベントは発生しない。現実はとっても地味。
さらに言うなら、衣服はちょっと引っ張ったくらいではビリビリ破れたりしない。
ボタンが弾けない限り、ギチギチと体を締め付ける拘束具になるのが関の山だ。
このあたりをごまかせる服を選ばないと、一朝有事に対応できないのである。
しかしそんな新素材、本当にあると思う?
ちなみに、あたしの常用装備であるジャージはタカネが形成する特殊物質なので、
体の伸縮に合わせてサイズが変更できる。地球から持ってきた、唯一の備品だ。
だけどさすがに、あれをいつまでも普段着にするのはこの世界に失礼じゃないか。
最悪、あの上からマントを羽織るような妥協で落ち着くしかないか…と思う。
やだなあ、そんな学芸会の魔女みたいな扮装…
「拓美。」
「うん?」
「これ、よかったら使って。」
そう言ったタカネは、どこからともなくタイツみたいな物を取り出した。
いや、本当にどっから出したの?手品?
全体は黒く、端に向かうに従ってわずかに紫色、そしてピンクに変化している。
ちょっとオシャレであたし好み。
「何これ?」
「伸縮素材の肌着。あたしの設計した体格変化になら、耐えられるわよ。」
え、そんな都合のいいモノが!?
もしかして、あたしの忘れてた初期設定オプションか何か?
「ジャージ以外にこんなのあったっけ?」
「いや違うよ。これはこっちの世界の素材で考案したものだから。」
「うん?…素材って?」
「ジアノドラゴンの…」
「ああいい、オッケー。大体分かったから。」
そのへん、詳しく聞かない方がいい気がする。
ジアノドラゴン、ついにアパレル方面にも進出です。
受け取った肌着は、思ったより軽かった。試しに引っ張ってみると、おお伸びる。
確かにゴムみたいに伸びる。ウェットスーツをさらに柔軟にしたような感じ。
「いいじゃないコレ。通気性は?」
「ない。」
「…え?」
「むしろ防水性と撥水性に優れてる。熱にもけっこう強い。」
いやいや、ちょっと待って。
夢の新素材かと思ったけど、かなりハードな代物らしい。通気性なしって。
それをずっと着込んで行動しろと言うんですか?
「着心地そのものは悪くないわよ?」
「いや、通気性がないんじゃ着心地もへったくれも無いじゃない。だって…」
「いる?」
「へ?」
「あなたに通気性って必要だと思う?」
「………そうでした。」
忘れてた。
あたしは汗をかかないし、体温調節に関しても直接タカネが制御してるんだった。
さらに言えば、トイレにも行かない。着脱に時間がかかる服でも何ら問題はない。
あたしもいい加減、人間離れしてきたなあ。
「分かった。じゃあありがたく使わせてもらいます…?」
抱え直した肌着…と言うかアンダースーツの襟から、細い管か何かが伸びている。
目で追うと、その管は目の前のタカネの親指につながっていた。
「うん?…何この管?」
「ああゴメン。切るね。」
言い終わると同時に、その管の部分だけが音もなく消失した。こんなエフェクト、
見覚えあるなあ。
「もしかして、たった今までこれ、あなたの体の一部だったの?」
「そう。いらないって言われた時のために、接続したままにしてたのよ。」
なるほどなるほど。
タカネの着てる服と、システム自体は同じってワケね。
人間離れの度合いでも、やっぱりタカネには勝てません。
開き直ろう。
「じゃ、これに合う何かを探そっか。」
=====================================
時間帯のせいか、それほどお客さんは多くはなかった。タカネと連れもって店内に
足を踏み入れると、ほどなくして店員と思しき女性が飛んできた。
「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」
日本っぽい接客だなあ。
だけど、店員さんの視線は完全にタカネだけをロックオン。すぐ隣にいるあたしは
最初から視界の外らしい。まあ、分かってはいたけどね。
ちらりと見ると、タカネの表情にさほど変化はなかった。ただし、瞳の色だけが
若干赤みを帯びている。機嫌が良くない証拠だ。
なのであたしは、店員さんの腕をちょんちょんと突いた。
「…はい?」
「すみません、服を探しに来たのはあたし。連れは今回は買いません。」
「え。…あ、ハイ。」
テンションダウンが、ずいぶんあからさまだね。
まあ、タカネのコーディネートをやってみたかったという気持ちは分かるけどさ。
あたしだって、立派なお客よ?
「…では、お決まりでしたらお呼び下さい。」
おぉい!
いくら何でも、対応が違い過ぎやしないかい!?
あたしだって、立派な…
「拓美。」
「うん?」
「出よう。」
あ。
もういちど見たタカネの瞳は、真っ赤になっていた。
まずい。このままの流れで行くと、たぶん買物を終える前にこの店は更地になる。
「そうだね。出よう。」
宥めるようにそう言って、あたしはタカネの手を曳くと外に連れ出した。熱い!
最後にちらりと店内を見やると、あの店員が小さく舌打ちしているのが見えた。
知らぬが仏って、こういうのを言うのか…どうだろう。
本当はあたしが怒るべきなんだけど、そんな流れじゃなかったね。
「落ち着いた?」
「え?…あ、うん。」
ようやく、タカネの瞳の色は元に戻った。得体の知れない手の熱も引いていた。
「ちょっとアレな店だったね。もう少し別の…」
「拓美。」
「うん?どうし…」
見上げたタカネの表情に、あたしはちょっと言葉を切った。
明らかに、彼女は傷付いていた。
「…あたし、もしかして、拓美に酷い事してる?」
「は?」
思考回路がよく判らない。何でそういう結論に?
「いやいや、どうして?」
「あたしがこんな見た目を設定したから、拓美は侮られるんでしょ?」
「それは…」
いや、その。…うん。確かにそうだね。
的確にストレートに現状を述べられると、あたしもフォローの言葉に詰まる。
「ごめんなさい。」
「いや、あなたが謝る事じゃないでしょ。」
あたしは、思わず語気を強くした。
うまく言えないけど、そこでタカネが謝るのは絶対に違う。あたしはそんなの、
ちっとも望んでない。
同時に、あのアパレル店員に謝って欲しいという気持ちも全然湧かなかった。
正直、あの人はもうどうでもいい。あの服屋もどうでもいい。
あまりにも人間らしく傷付いたタカネの姿に、あたしは完全に怒り損ねたらしい。
ただただ、元気になって欲しかった。笑って欲しかった。
どう言えばいいんだろう。
あたしとタカネは…
そうか。
あたしは、そっと意識を集中して操作パネルを出した。
気付かれないように視線のみで文字入力し、それを送信する。
俯いていたタカネは、ピクリと反応した。そして、見開いた目をあたしに向ける。
”タカネはカッコいい”
「ねえ、タカネ。」
「うん。」
ちょっと恥ずかしそうなタカネに、あたしはにっと笑いかけた。
「あたしはそう思う。今のあなたの姿を、ね。」
「うん。」
「あなたはあたしのこの姿、どう思ってる?」
「大好き。」
おっと。
予想以上の剛速球を投げられた。
ちょっと顔が赤くなったのが判るけど、今は気にしないでおこう。
「じゃあ、それでいいじゃない。」
「それは…」
「あたしだって、自分の姿は嫌いなわけじゃないんだから。それで充分でしょ?」
「…そうだね。」
やっとそこで、タカネは笑った。
そうそう。
どうでもいい相手の、どうでもいい言動になんか惑わされないで。
あなたの2000年を超える思いの深さは、あたしが一番よく知ってるんだから。
多少の事は気にせず、堂々と行こうよ。
「じゃあ、行こうか。今度こそいい服を見つけようよ。」
「うん。」
「よっしゃ!」
あたしは元気よくそう叫んで右手を伸ばし、タカネの左手を握った。そのまま、
彼女を引っ張るようにして勢いよく歩き出す。
目を丸くしながらも、タカネは笑顔であたしと並んで歩く。
傍から見れば、仲の良い姉妹にでも見えるだろうか。
あるいは、やんちゃな娘とヤンママとか?
何でもいいよ。
どうとでも見ればいいじゃん。
あたしたちは、あたしたちなんだから。
さあ、このアンダースーツに合う、カッコいい服を探そう!




