自立
「まずは、あたしの状況からちゃんと説明するね。」
「ぜひお願いします。」
これだけ新情報を畳み掛けられると、正直あたしは白旗を揚げるしかなかった。
ただのナノAIだとか何だとか、ずれた事を考えてたのが実に馬鹿らしい。
「知っての通り、あたしの前身はナノAI集合体。つまりは群体だったってわけ。
この星へ辿り着いた時点での総数をざっと100とするわね。」
「うん。」
本当はもっと多いんだろうけど、そこは流すポイントだ。
「正直な話、宇宙船とあなたの体の管理なら、70程度いれば充分事足りるのよ。
だから手持ち無沙汰になってた30は、持ち回りで自己増殖に励んだわけ。」
「自己増殖?」
「そう。すっごい手間かかるけど、地表だったら素材があるから増やせるのよ。
あなたと行動を共にしている間にせっせと増殖に励んだおかげで、今では全体で
180くらいまでになってる。」
「…へえ…」
増やしたね、ホントに。
意識を持つアバターボディを2体にしただけで、精神がアイデンティテイ崩壊に
耐えられなくなる…と言われている人間には、その感覚はちょっと理解できない。
「もちろん最初は、もしもの時のための予備というか、保険のために自己増殖を
してたんだけどね。竜人融合ボディの設計と自己増殖を同時に進めていく中で、
ひょっとするとコレ、自分に使えるんじゃね?って考えたのよ。」
その発想が、もはやAIだのナノマシンだのという概念を軽くぶっちぎってる。
自己進化システムを構築した開発者さんも、もし今の彼女を目の当たりにしたら
きっと泡ふいて卒倒していただろう。やっぱり、2863年は伊達じゃない。
「まあそんなわけで、今ここにいるあたしを制御形成してるタカネが大体110。
宇宙船の管理とあなたの本体の維持を担当している宇宙タカネが70っていう
割合で役割分担してるのよ。」
「完全に分かれてしまって、混乱とかしないの?」
「あたしはもともと、多く在るのが基本だからね。全体を二つに分けるくらいは
全然問題なしよ。」
「なるほど…」
あたしが全く知らないところで、本当に自己進化を続けてるって事なのね。
「それでその…リンクが切れてるっていうのは、もう修復もされないって事?」
勇を奮い、あたしは一番気になっている事について尋ねる。
何しろタカネは、あたしという存在の生殺与奪を完全に掌握している存在なのだ。
もしも決定的に嫌われたら、その瞬間に抹消されてもあたしには抗いようがない。
起動者には逆らわないみたいな設定は、歳月の中で完全に失われてるだろうし。
いくら何でも2800年は完全に保証の対象外だ。何があっても文句は言えない。
嫌われてるとは思ってないけど、やっぱり怖い。
「まさか。そんな訳ないでしょ。…そんな顔しないでよ。」
怯えが、表情に出ていたのかも知れない。明らかにタカネは心外そうな顔をした。
「いや、でもさ。リンクが切れてるって事は、そういう意味なのかなって…」
「ごめん!!」
いきなり抱きすくめられた。
「言い方が悪かった。ホントにごめん。…だからお願い。あたしに怯えないで。」
「う、うん。…あたしこそ、何かごめんね。」
彼女を疑った事を、あたしは恥じた。
=====================================
「記憶?」
「そう。リンクが切れてるっていうのは、記憶の同時共有をやめたって事よ。」
お互いに気を取り直した後、タカネは説明を再開していた。
「今までのあたしたちは事実上、あなたの体に両方の意識が存在しているような
状態だったわよね。」
「そうね。」
「この世界に慣れてなかった頃ならともかく、ずっとそんな状態で生きていくのは
いくら何でも変でしょ?…だからあたしが現出するのに併せて、あなたの記憶は
あなたの本体の脳にだけ入力されるように設定を変えた。」
「つまりあなたも宇宙タカネも、その内容をあたしと共有しないって事?」
「そう。」
頷いたタカネは、可笑しそうにちょっと笑った。
「何て言うか、要するに普通になった…ってだけよね。そもそも記憶の共有自体、
どこまでも特殊な状態だったからさ。」
「うん…」
確かにそうだ。だけどあたしは、何とも言えない複雑な気分だった。
慣れって、怖い。
覚醒してからずっと、タカネとの意識と記憶の共有はデフォルトだったから。
今になって完全にそれを切り離したと言われると、得体の知れない不安が生じる。
「ちなみに、宇宙タカネとのリンクって、完全に不可能なの?」
「いやいや、そんな訳ないじゃん。」
いささか大袈裟に手を振り、タカネは少し語調を強めた。
「リンクを切ったのは意識と記憶だけ。あなたの肉体の状況に対するチェックは、
今まで以上にしっかりやってるよ。負傷による部位損壊とか細菌の感染とかが
生じれば即行で対処するし、睡眠以外の急激な意識途絶が生じた場合とかでも
すぐにリンクを接続する。あなたが意識を明確に向ければ、すぐ繋がるから。」
「そっか。」
ホッとしたのがもろに言葉に出てしまった。我ながら弱くなってるなぁ。
「…だけど、理想を言えば。」
「え?」
「余程の事がない限り、宇宙タカネとリンクを繋ぐのは控えて欲しい。」
「どうして?」
「どうしても。」
「…分かった。」
あんまり食い下がるのもアレなので、あたしは大人しく引き下がった。
不安が無いと言えば嘘になるけど、やっぱりそこまで弱い自分は見せたくない。
でも、ちょっと気になる事はあった。
「だけど、経験や記憶を丸ごと共有する必要が無い…というのはいいとしても、
情報共有は大事なんじゃない?例えば、どっちかが新能力を思いついたとか…」
「カッコいい技名を思いついたとか?」
「うん、まあ。」
何とか流そうとしたけど、にっと笑うタカネの視線がまだ痛かった。
「大丈夫。そこはちゃんと考えてあるよ。じゃあ、ちょっと操作パネル出して。」
「は?」
操作パネル?
何それ?
いろいろ追いついていけないけど、いちいち聞き直すのも何だか悔しい。
ええいままよ。
出ろ!操作パネル!!
「!?」
ホントに目の前に出た。半透明の操作パネルが。
おお、ステータス表示!
異世界転移っぽい!
ここはゲーム世界か!?
あたしのレベルいくつ!?
ステータスは!?
職種は!?
スキルは!?
すみません。変な意味でテンション上がりました。
「出たでしょ?まあ、それはあなたの意識に直接投影されてるものなんだけどね。
認識しやすいようにそういう形にしたのよ。指でも視線でも操作できるから。」
「あ、うん。…で、どう使うの?」
「使い方は簡単。ウィンドウがひとつと、共有っていうアイコンがあるでしょ?」
「うん。あるよ。」
というか、パッと見それしかないよ。
お年寄り向けの携帯みたいなシンプルデザインだよ。
習う前から、めっちゃ操作が簡単なのが予想できるよ。
「そのウィンドウに意識を集中してみて。フレームの色が変わるでしょ?」
「あ、うん。」
デフォルトのグリーンが、マゼンダっぽい色になった。
「そしたら、今のあたしが知らない情報を入力してみて。」
「と言うと?」
「今パッと思いついた言葉でいいよ。今朝からもう、リンクは切れてるからさ。」
「これ、あなたには見えてないの?」
「もちろん。」
じゃあ…
意識を向けるとすぐ、日本語入力で言葉が浮かんだ。
よし。コレで行こう。
「できた。で?」
「後は「共有」をクリックするだけ。あなたの本体の脳が、その記憶だけを選んで
あたしのメモリに転送するようになってるから。」
「わかった。」
これも予想通り簡単だった。試しに今度は指で押してみたら、アイコンが発光して
ウィンドウの文字列がパッと消えた。
そして1秒。
笑みを浮かべていたタカネが、ちょっと目を見開いた。
よくよく見ると、ほんのわずかに顔が赤くなっているのが判る。
「…何? タカネは美人、って…」
「テスト送信です。ホントの事でしょ?」
「……」
返す言葉に窮してちょっと目を逸らすタカネに、あたしはにっと笑みを返した。
どうだ。ちょっとはその余裕を崩せたかい?
嘘は言ってないよ。本心だよ。
いつの間にか、あたしの足取りは軽くなっていた。
苦笑するタカネを先導する形で、元気よく歩を進める。
もうすぐ森を抜け、街道だ。
=====================================
「で、今さらな本題なんだけどね。」
「本題?」
日差しが眩しい無人の河沿い街道を、並んでてくてくと歩きながら。
少しあらたまったタカネの言葉に、あたしはちょっと怪訝そうな声を返した。
けっこう重要な事をあれこれ話した気がする。まだ何かあったっけ?
「技名を叫ぶって話について…」
「やっぱりそれ、いるの!?」
忘れてもらえないんでしょうか。
傷に触れないで下さい。
さっきちょっとからかった事については、謝りますから。
だけど、そんな無言の懇願はタカネには通じなかった。
「恥ずかしいだろうけど聞いて。」
「はい。」
もう諦めました。煮るなり焼くなり好きにしやがれってんだ。
「今までは、あなたの叫ぶ技名はいわゆる発射の号令だった。だけどこれからは、
文字通りそれがトリガーになるのよ。たとえ、声に出そうと出すまいと。」
「え?」
「ためしに何かやってみて。」
え。
羞恥プレイをお望みなんですか、タカネさん。あなたSですか。
ええいままよ。
やれというならやってやろうじゃないか。もう開き直るしかない。
右手を指鉄砲の形にして、街道沿いの茂みから飛び出た小枝に狙いをつける。
中途半端が一番カッコ悪い。だから、いつも通りに声を張り上げた。
「奥歯弾!」
言い終わると同時に、小枝がバシッと折れて弾ける。
あたしは、思わず驚愕で目を見開いた。
速い。
叫んでから着弾までの所要時間が、それまでの比じゃないくらい速い。
これまでは、言い終わったら出現→発射という流れだったはずだ。
今のはどう見ても、途中の過程がすっ飛ばされたとしか思えない反応速度だった。
「体感で分かったでしょ?」
タカネの声で、ようやくあたしは我に返った。
「あなたの能力使用は、あたしも宇宙タカネも介さないダイレクトになってる。
だから反応が速いのよ。それと言うまでもなく、あなたがどんな能力を使おうと
あたしは感知できないようになった。直接目の当たりにしない限り、ね。」
「え…」
指鉄砲の形を中途半端に解いた姿勢で、あたしは硬直した。
そろそろ、あなたも自立してもいいんじゃないかと思ってさ。
その言葉の本当の意味が、途方もない重みと共に理解できたからだった。
タカネとの、リンクの途絶。
能力行使権限の、全面譲渡。
要するに「これからは、自分の行動に対する責任を全部自分で取れ」って事だ。
紛れもない、そして容赦のない自立だ。
冷酷に思うのはお門違いだ。
むしろ今までが、あまりにも度の過ぎた連帯責任だったんだ。
もう、言い訳は出来なくなる。何をしても、全て自分で背負う事になる。
怖い。
今さら何だって言われそうだけど、自分の力が怖い。
出し抜けに、あの傭兵の最期の言葉が鮮明に蘇った。
悪魔か
たった今。
あたしは悪魔になり得る力と、可能性を持たされた。
あたしは…
「大丈夫よ、拓美。」
抗えない深遠に沈み込みそうだったあたしの耳に、タカネの何気ない声が響いた。
唇を噛み締めながら、どうにか彼女の方へと向き直る。
「…なんで、そう言い切れるの?」
みっともないほど、声が震えていた。
だけど、タカネは落ち着いていた。そして、やっぱり優しく笑っていた。
「だって、あたしがいるじゃない。」
=====================================
「…え?」
「ちょっと、勘違いしてるみたいだけどね。」
やれやれとタカネは肩をすくめた。人間初日だってのに、実にサマになっている。
「自立したらとは言ったけど、一人で生きていけなんてひと言も言ってないわよ。
あたしはここにいる。今まで以上に近いこの場所で、あなたと共にいる。」
「それは…」
「言っとくけど、今のあたしは強いよ?」
そう言ったタカネが、かざした拳を軽く握って見せた。
「だから心配しなくていい。もしもあなたがいつか、力に呑まれてあなたの道を
踏み外しそうになったら、その時はあたしが止める。」
ひと言ひと言に、圧倒的なまでの重みがあった。
「能力の剥奪なんて、上から目線な方法じゃない。この体で、説得して止める。
言う事を聞かないなら、引っぱたいて止める。それでも突き進むと言うのなら
力ずくで、半殺しにしてでも止める。そのくらいの力は、あたしにはあるよ。」
「いや怖いって。」
思わず、素で返してしまった。
毒気が抜けたような間抜けなあたしの声に、タカネも握った拳を解いて笑った。
「まあ、そんな心配はしてないけどね。」
「そうですか。」
つられるように、あたしもいつの間にか笑っていた。
胸にわだかまっていた苦い思いが、今度こそ消えていくのが分かった。
何をしても、ひとつ残らず自分との連帯責任。
生かすも殺すも、サポートしている自分の判断ひとつ。
そんな関係を、タカネ自身がいちばん嫌がってたんだ。
だからこそ、さっきあたしが怯えた時、あれほどまでに取り乱したんだろう。
きっとタカネは、あたしの神さまでいるのが何よりも嫌だったんだ。
言葉を交わし合って、体と体でぶつかり合う。
あたしだって、その方がいい。そんなの言うまでもない。
ただのサポートAIであったはずのタカネが、ここまでやってくれたんだ。
紛れもない、自分の意思で。
仲間として隣に立つ。そんな当たり前のために。
嬉しい。
ただひたすら、嬉しい。
あたしなんかのために、そこまでしてくれる人がいるのが。
あたしとタカネが、何なのか。
恋人?
女同士なのに、って?
バカバカしい。
タカネの性別なんて、起動前の初期設定で、あたしが決めただけのものだ。
ぶっちゃけ、どっちでもいいんだ。
タカネにとっては、なおさらだ。
自分というものを確立した時点で、彼女の傍にはあたししかいなかったんだ。
真の意味で一人しかいないのに、性別なんて本当に何にも関係なかっただろう。
じゃあ、何?
家族?
分身?
友達?
相棒?
依存相手?
どれもこれも、足りない。
当たってない事もないけど、足りない。
長くても100年くらいしか生きない人間が作った定義では、タカネは量れない。
2863年の間に培われた感情を、表現できる言葉なんて存在しない。
あたしとタカネ。
それが、あたしたち2人を形容する言葉そのものなんだ。
新世界に、ただふたり。
あたしたちはようやく、本当の意味でこの世界に立ったのかも知れなかった。
=====================================
「見えてきたね。」
「そうね。」
昨日と同じ道を辿り、昨日と同じ街の入口が見えた。
あまりにも色々な事があり過ぎた、一日を経ての再来訪だ。
急ぐ気はない。
のんびり行こう。
と言うか、もうこの街に長居する気はない。その必要もない。
昨日の始末をそれなりに確認したら、すぐに次の街を目指すつもりでいる。
目指せラスコフ。
「…あのさ、タカネ。」
歩きながら、あたしはふと思いついて尋ねた。
「宇宙タカネって、役割としてはけっこう外れくじなんじゃないの?あたしとの
リンクが切れててここの見聞も出来なくて、ひたすら地味な維持管理ばっかり
担当するっていうのは。…自分の事だから、不平とかは出ないものなの?」
「いやいや。もちろん出るよ。役割固定だったら、あっという間にあたしの中で
内乱が起こっちゃうと思う。タカネクーデターって感じで。」
「え、じゃあどうするの?」
「決まってるじゃない。交代制よ。」
そう言って、タカネは空を指差した。
「あたしと宇宙タカネは、一日置きに役割を交代するシステムになってるのよ。
数が片寄ってるから全交代じゃないけど、そこはちゃんとローテになってる。
で、交代する時に両方の情報を共有するってわけ。」
「ああ、なるほどね。」
うまく出来てるんだなと、あたしは感心して頷く。
「それでこっちでの体験も、ぜんぶ共有できるわけか。」
「まあ、体験を記憶のロードだけで済ませるのはちょっと不平が出るかもね。」
「え?」
「やっぱり、じかに見て聞いて触れたものって実感が違うでしょ?」
「まあ、そうでしょうね。」
「分かってくれるよね?特別な体験とかなら、なおさら。」
「…うん、まあ。」
「やっぱり!」
「……」
何だろう、この無駄にグイグイ来る感じ。
ちょっと嫌な予感がする。
何かの言質を取られたような…
「というわけで明日の朝、今朝のくだりをもう一回やるから。」
「え?」
「お目覚めのくだりよ。」
「え?」
「宇宙タカネは未経験なんだから当然でしょ?あたしにとってこれ以上ないくらい
特別な事なのよ?」
「いや、あの…」
「差別しないよね?ね、拓美?」
「…はい。」
「ありがと!!」
嬉しそうに笑うタカネに、あたしも笑い返すしかなかった。
まあ、いいか。
まだまだちょっと、掴めないところがあるけど。
それもまた、タカネなんだからね。
陽は、すっかり高くなっていた。




