終焉そして
「本当に、これが最後?」
『確認した。間違いないわよ。』
日は、すっかり傾いていた。
キャンプに戻ってきたあたしは、肩に担いでいたものをゆっくりと下ろした。
木々や崖の影が濃く、そして長くなっている。
昨日まで騒がしかっただろうこのキャンプに、静寂の落日が訪れようとしていた。
誰もいなくなったわけではない。かつてのここの主たちは、全員揃っている。
テントの前の空間に並べた、21の遺体袋。
二時間以上かけて、ようやく森から全て回収した。
資材や居住スペースからかき集めた袋に、全て納めた。本来その目的に使うらしい
袋も、コンテナの中に8枚予備があった。
これが、あたしの選択の結果だった。
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合成獣融合を解除したあたしの体は、いつもの標準形に戻っていた。
もう、あのスレンダースタイルでいたいとは思わなかった。
「タカネ。」
『うん?』
「本当にいけるのよね?」
『ええ。何度も分析してるから大丈夫。』
「わかった。」
いつまでも佇んでいたって、何ひとつ進まない。
日が暮れる前に、始末をつけなければならなかった。
大きく深呼吸をしたあたしは、もう一度だけキャンプを見やる。
紛れもない、遠い日の地球を思い起こさせる数々。
あたしの知らない、異なる世界の地球からやって来た人たちの骸。
夕日の朱色の中に切り取られたこの光景を、目に焼き付けておこうと思った。
そのまま、あたしは森の境目まで後退する。
もう、時間だった。
「じゃあ、お願い。」
『分かった。』
夕焼けに染まる景色の中に音もなく、ぽっかりと異物が出現した。
それはキャンプ全体のすぐ上の空間を丸ごと覆うような、巨大な水の塊だった。
『行くよ。気をつけてね。』
「うん。」
次の瞬間。
静かに滞空していた水の塊は、前触れなく形を失った。そのまま重力に引かれ、
ザバッという音と共にキャンプ全体に降りかかる。
その威力は、もはや生物という概念すら超えているように思えた。
コンテナもテントも、停めてあった各種車両も。そしてもちろん、並べた遺体も。
何もかもが、白煙を上げて一瞬のうちに溶解していく。金属はボロボロと腐食し、
人体に至っては骨も衣服さえも残さず。
フルプレートの鎧を身にまとった騎士を、武器ごと喰らい尽くすジアノドラゴン。
その消化液による、地球の痕跡の滅殺だった。
同様の処理をした洞穴の中から、すべてを溶かし尽くした消化液が溢れ出てくる。
屹立していた照明塔もまた、基部の腐食によって崩壊していった。
1ヶ月も経ったのなら、流出した技術などもあるかも知れない。それは仕方ない。
だけど、ここにあるものを放置して去るわけにはいかない。
誰かが手に取れば、それは新たな災厄を生み出す。そして、その誰かの人生をも
致命的に狂わせてしまうだろう。
元の世界に戻す術がない以上、こうする以外に手はなかった。
落日の朱に照らされながら、遠い故郷の残滓がグズグズと音を立て崩壊していく。
それはまるで、世界の滅亡を早回しで見ているような感覚だった。
日が沈む頃には、全ては無に帰するだろう。
もうすぐ、日が沈む。
あたしはその場に佇みながら、今日という日をぼんやり思い返していた。
美人さんが多い国だと聞いて、少なからずワクワクしていた。
ちょっと背伸びした姿で、そんな国への記念すべき第一歩を記した。
あれが今朝の出来事だという実感は、どうしても持てなかった。
今。
あたしは、自分の手で殺めた人たちが存在した証を、根こそぎ消し去っている。
こんな事をするために、あたしはこの国へ来たんじゃなかったはずだ。
何でこんな事になったのだろうか。
いや。
この星へ降り立ってから、ずっとそうなのかも知れない。
あたしは、戦うためにここへ来たんじゃない。
こんな血まみれの道を歩むために、地球を発ったわけじゃない。
ジアノドラゴンの力を発現した時のあの高揚感は、もうとっくに消え果てていた。
あの時は、生き残るためには絶対に必要な力だったけど。
そんなものを持たないと生きられない人生を、あたしは一度でも望んだだろうか。
あの人たちを終わらせた事に、今さら後悔はない。
でも、だからって平気なわけじゃない。
そんなわけがない。
助けて欲しいという心の声は、張り上げ過ぎてもう、かすれてしまっている。
新世界は、あたしにはあまりにも重過ぎた。
独りで歩む道は、想像を遥かに超えて心を切り刻んだ。
ボロボロと崩れ落ちる目の前の光景は、あたしの未来にしか見えなかった。
今さらながら、最後に言われた言葉が心に突き刺さる。
悪魔か
もしかしたら、それがあたしの真実なのかも知れない。
この世界さえもいつかこんな風にボロボロと崩し尽くす、拓美という名の悪魔。
生き物を喰らって得た力なんて、まさに悪魔そのものじゃないかと思う。
『拓美、大丈夫?もうすぐ…』
「うるさい。」
反射的に言葉が飛び出した。
『でも…』
「黙っててよ!!」
かすれた声を張り上げ、あたしはその場にぺたんと座り込んだ。
溶解はすでにほぼ終焉を迎え、朽ち果てた遺跡のような光景が夕闇に沈んでいく。
「あなたはいいわよね。誰も手の届かないところで遊んでりゃいいんだから。」
口を突いて溢れる醜い言葉が、どうにも止められなかった。
「もう、あたしに構わないでよ。何だったら殺してくれてもいい。許可するよ?」
『拓美…』
「うるさァァい!!」
そのまま、あたしは倒れ込んだ。
限界を迎えた精神が、形容しがたい気だるさに押し潰されていくのが分かる。
謝る言葉を口にする勇気さえ、湧かなかった。
タカネが、返事をしてくれない事を怖れて。
最悪だ、あたし。
タカネが、いったい何をしたって言うんだ。
何があっても、あたしを守ってくれてたのに。
あたしの、たった一人の拠り所だったのに。
ああ、そうだった。
あたしが悪魔になる前に、タカネが終わらせてくれるだろう。
ここではなかなか死なないけど、あたしなんか電源ひとつ落とせば消える存在だ。
生きるも死ぬも、ナノマシンの胸先三寸で決まる。
ちょっとだけ、気が楽になった。
もう、このまま眠ろう。
目が覚めたら、世界は変わってるかも知れない。
ひょっとしたら、あたしの部屋で目覚めるのかも知れない。
いつまで寝てるのって、お母さんに怒られながら。
遠い2800年前に、捨ててきたあの部屋で。
そうでないのなら。
いっそ、永遠に目覚めなくてもいいかも知れない。
このまま
もう、あたしは疲れた。
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誰かに、呼ばれた気がした。
お母さんだったらいいな。
目を開ければ
お母さんの優しいお小言が
あたしを
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薄目を開けた。
ゆっくりと焦点が合った、その視界に映ったもの。
見慣れた部屋
そんなわけなかった。
黒く崩れ果てた、傭兵たちのベースキャンプの残骸だった。
朝日のまだ届かない平原の、何千年も前に朽ち果てたかのような廃墟。
現実は何も言わず、ただそこにあった。
「……」
あたしは、ゆっくりと身を起こした。
終わらせては、もらえなかったらしい。
あたしの、血まみれの道を。
これからも…
「おっはよう!!」
いきなり、ポンと肩を叩かれた。
冗談ではなく、心臓が体内で跳ね上がったのが分かった。
「!!?」
あたしに、声をかける人がいる!?
過程から結果まで、何もかも信じられない出来事だ。
声の出し方が頭からすっぽ抜けてしまったあたしは、とにかく振り返った。
そこにいたのは、一人の女性だった。
まさにこの国の女性と察するに相応しい、素晴らしいプロポーションの持ち主だ。
そして、思わず見入ってしまうほどの美人だった。
これがこの国の平均だと言うなら、あたしは即行で逃げ出すよというくらいに。
見覚えのないその美人さんは、しゃがんだ姿勢でにこにことあたしを観ていた。
こちらの動揺など、全く気にも留めていないという感じだった。
「あの…その…」
何だっけ。
こういう時、何て言うんだったっけ。
おはよう…じゃない。いや、じゃない事ないけど、それとは違う。ええっと…
「………………………どなた?」
ようやく捻り出したそのひと言に、美人さんはきょとんとした。やっぱり違った?
しかしその顔に、再び笑顔が浮かぶ。
「分かんない?あたしよ、あたし。」
「へ?」
鼓膜を震わせたその声に、あたしは目を見開いた。
いや、でも。
その声は
まさか
「…タカネ?」
「やっと分かった?」
嬉しそうに笑う美人さん――タカネの顔を見ながら、あたしは完全に停止した。
うん、わかった。
でも、わかんない。
ええと。
もしかして、ここってまだ夢の真っ只中だったり?
「…どうしたの?ボンヤリしちゃって。もしかして、まだ寝てる?」
こっちが聞きたいです。
あたし、まだ寝てるんですか?
「しょうがないなぁ。じゃあ、起こしてあげよう。」
お願いできます?
助かります。
左右から伸びた彼女の手が、そっとあたしの両頬を包んだ。
そのまま、優しげな笑みをたたえた顔が迷いなく近づいてくる。
え?
気付いた時にはもう、柔らかな唇があたしのそれに重ねられていた。
状況を理解するまでに、たっぷり5秒はかかった。
理解するのを待っていたかのように、ゆっくりと唇は離れた。
息がかかるほどの距離で、タカネはもう一度あたしににっこりと笑いかけた。
「…目は覚めましたか?お姫さま。」
え?
あたし
今
タカネに
…キスされた?
全身の血が頭に殺到したかのような感覚が、あたしを一気に押し流した。
えええぇぇぇぇぇぇぇぇえ!?




