残滓
女性3人を見送ったあたしは、無人となったキャンプに戻って来ていた。
時間をかけたくなかったので、新能力「竜骨道」で上空から森を迂回した。
ジアノドラゴンの骨ともなれば、どんなに小さな一片でも人が乗れる強度を誇る。
という事は、道でも階段でも自由自在にデザインし放題…って事になるのだろう。
もはや、ごく普通のスカイウォークを歩いているような安定感と快適性があった。
頭蓋骨だの小腸だの、スプラッターなものの上を強引に歩いていたのが懐かしい。
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当たり前の事だけど、キャンプは静まり返っていた。
それでも念のため、小型のテントをひとつひとつ覗いて確認する。
生活感があると言えば聞こえはいいけれど、やはり雑然としていた。うち2棟は、
どうやらあの女性たちにあてがわれていたらしい。
ここで日夜、あの男たちの劣情のはけ口にされていたという事なのだろう。
すえた臭いと、床に散らばるあれこれがそれを物語っていた。
コンテナは厳重に施錠されていたけど、竜牙弾で難なく破壊できた。
中身は予想通り、弾薬と予備の武器だった。ただし弾薬はかなり残り少なかった。
やっぱり、遠からず全てが尽きるジリ貧だったらしい。もう感慨も沸かなかった。
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最後に足を踏み入れたのが、この崖沿いの洞穴だ。
外から見た印象より、奥はかなり深い。シートやら小型のコンテナやらを転用し、
形ばかりのプライベートスペースを作っていたらしい。
輝光石の含有率が高いのか、壁面全体がうっすらと光を放っているのが判る。
かろうじて、灯りなしでも行動できるような感じだった。
こんな不便そうな場所に一ヶ月か。
この世界に溶け込んで、人らしく暮らしていく選択肢はなかったのだろうか。
…無いだろうな。
限りがあるとは言え、ここでは無敵に等しい武器を大量に持参していたんだから。
慎ましい暮らしなんて、最初から選択肢にもならなかったのだろう。
奥の方に、大きく開けたスペースがあった。折りたたみ式のテーブルと椅子が、
でたらめに並べられている。
壁際には、何だか色々なものが雑然と置かれていた。どれもこの世界のものだ。
商人が携えていそうな、大きな皮袋。
ビニール袋に無造作に詰め込まれた、宝石類。
引き裂かれた女性のドレス。
蓋が破壊された木箱。
その中に放り込まれた、何本もの人間の指。男性のものも女性のものもある。
ひょっとすると、殺した人数をこれでカウントしていたのだろうか。
ドッグタグ代わりの、勲章という感覚なのか。
目をそむけたその先に、大きな塊が鎮座していた。
「…ん?」
思わず小走りで駆け寄った。
大きさは全く違うけれど、見覚えがある。
これは…
「ドラゴン、よね。」
間違いない。少し細身だけど、この姿は紛れもなくドラゴンだ。全長3mほど。
首の付け根と下腹部に、銃で撃たれた大きな孔があった。そう言えばのあの男、
ドラゴンを狩るとか何とか言ってたっけ。
かつてのアメリカのバッファローのような、レジャーハントの犠牲なのだろう。
そっと手で触れてみる。やっぱり鱗は硬いけど、甲殻類を思わせる程度だ。
「これって、やっぱりジアノドラゴンの子供なの?」
『いえ、近縁種よ。』
「近縁種?…なんで判るの?」
『幼体に見えるけど、成長はもう完了してる。要するに、これで大人なのよ。』
言われてみれば、確かに全体的なバランスが大人っぽい。
もしかすると、こっちが平均的なドラゴンのサイズなのかも知れなかった。
まるで、眠っているかのような穏やかな死に顔だった。
撃ち殺されてから、そんなに時間も経っていないのだろう。硬直もしていない。
果たして、殺されるだけの事をしたのだろうか。
頭の大きさなどを見ても、人間を襲って食べるようには思えなかった。
『…拓美。』
「なに。」
何となく、不快な予感があった。
『こんな時に、って言うかも知れないけど。』
「…」
『そのドラゴンの組織、摂取してくれない?』
やっぱりか。
こんな時にもか。
さすがにあたしは、顔をしかめた。
食べるのが嫌だと言ってるんじゃない。いい加減、もう慣れてきてる自覚もある。
だけど、いくら何でも気分ってものがあるだろう。
今日、ここに至るまで、あたしが何をしてきたか。
知らないわけでもないだろうに。
今まで散々話を聞いてきたから、このドラゴンがどれほど貴重なサンプルなのかは
それなりに想像できる。それは認める。
竜人融合設計のネックとなっていた、サイズ差を埋めるデータが取れるのだろう。
そのためだけに殺すのは多分あたしが反対しただろうけど、これはもう死んでる。
しかも、まだ腐敗も始まっていない。考え得る限り、最高のチャンスだ。
だけど。
ジアノドラゴンのデータを、有効に活用できる方法が見つかった今となっては。
苦労してきたタカネには悪いけど、竜人融合にそこまで価値があるとは思えない。
あの戦法で勝てない相手なら、おそらく竜人になっても勝てないだろうから。
理屈で言えば、多分タカネに分があるのだろう。
どんな説得をされるのかも、だいたい想像できてしまった。
でも、やっぱり嫌だという意志は示したい。あたしはロボットじゃないんだから。
たとえ、最終的に説き伏せられてしまうとしても。
「あのさぁ。」
『拓美。』
「?」
『お願い。』
「えっ」
耳に響いたその言葉に、思わずゾクッとした。
聞き慣れていたはずのタカネの声が、激しく心を揺さぶった。
理詰めではない、どこまでも実感のこもったひと言。
間違ってもサポートAIの合成音声なんかじゃない、本当の懇願だった。
拒絶すれば、きっとタカネは本当にがっかりする。いや、間違いなく悲しむ。
おかしな言い方かも知れないけど、あたしには確信があった。
こんな事で、タカネを悲しませたくはなかった。
「蝙蝠融合。」
言うと同時に、右手がカギ爪状に変化する。その腕を振りかざし、ドラゴンの腹に
迷いなく突き立てた。外皮を突き破った爪の先で、中の肉をほんの少し抉り出す。
本来は、血液を摂取するだけで済む。これはタカネへの、ささやかな当て付けだ。
我ながら子供っぽいとは思うけど、せめてこんな事くらいはしたかった。
味覚を遮断した上で、その肉片を勢いよく口に放り込む。もちろん、丸呑みした。
『ありがとう。充分よ。』
「そりゃ良かったね。」
正直、どうでもよかった。
味覚が無いはずの口の中には、なぜか苦味ばかりがとぐろを巻いていた。
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それ以上、奥にスペースはなかったので、そのまま引き返した。
入る時には気付かなかったけど、入口の脇にコレクションルームとでも呼べそうな
小さなスペースが設けられていた。そこにはエヴォルフやその他の肉食獣の頭骨が
きれいに皮を剥がれ、トロフィのーのように飾られていた。
こんな映画、昔観た事があったな。確か、人気作のパート2だったと思う。
宇宙から来訪したハンターが、その星の強い肉食生物を狩っていくストーリーだ。
そしてその頭蓋骨を、戦利品として宇宙船の中に陳列していた場面を憶えている。
やってる事は、まるっきり同じだ。
自分たちの倫理や常識を持ち込まなくていい世界で、強大な力を思うまま振るう。
ひょっとしたら、それが知性を持つ生き物の抗えない本能なのかも知れない。
じゃあ、あたしは?
考えるのが怖くなったあたしは、足早に洞穴を後にした。
夕方と呼ぶにはまだ早い時間だけど、傾いた日差しは闇に慣れた目を射た。
入る前と、何も変わってはいなかった。
遠くから聞こえる鳥の声だけが、かえって場の静寂を強調しているようだった。
あたしは、何を期待してここに来たんだろうか。
大事な事を、後回しにしてまで。
予想を超えるようなものは、何ひとつとして見当たらなかった。
もう充分分かっていた彼らの残酷さを、今さらながらに積み増されただけだった。
だけど、仕方ないじゃない。
あたしだって、そんなに強い人間じゃないんだ。
何でもいいから、すがれるものが欲しい時だってある。たとえ気休めでも。
ひょっとしたら、何かあるかも知れないと思ったのは事実だ。
略奪と殺戮に染まり果てた彼らにも、何かしら人間的なものが残っていないかと。
せめてそれがあれば、彼らのために祈ろうという気にもなっていたかも知れない。
ちゃんとお墓のひとつも作ろうと、思えたのかも知れない。
何にもなかった。
何にも。
死してなお、彼らはあたしの惨めな未練を拒んでいた。
「分かったわよ。もういいわよ。」
やっぱり、あたしは子供だった。
どんなに決意を固めたとしても、心が悲鳴を上げるのは隠せない。
あたしにあるのは、力だけだ。
それを本当の意味で裏付けられる強さが、どこを探しても見つからない。
どんなに理屈を並べても、己の弱さが埋められない。
認めるしかなかった。
だけど。
最後の矜持として、弱さから逃げる事だけはしたくなかった。
もう、これはほとんど意地だった。
後始末は、きっちりとする。
折れかけの心を奮い立たせ、あたしは足を踏み出した。
殺し合いの舞台へと。
自分の成した事に、最後まで向き合うために。




