ロドーラの女性
あらためて感じるけど、エコーロケーションの精度は高い。
静かな状況で集中すれば、かなり細かな音の情報でも拾う事が出来るらしい。
そう、こんな風に。
曲がってしまったドアをこじ開け、自走砲の運転台から男が一人、外へ転げ出た。
生きていたとは言え、無事では済まなかったらしい。立てそうになかった。
「…何だってんだよ、畜生ッ…!!」
呪詛の言葉を吐く彼の背後に、あたしは黙って立っていた。
エコーロケーションで精査した限りでは、彼が唯一、まだ死んでいない相手だ。
気配を感じて向き直ったその顔に、形容しがたい表情が浮かぶ。
怒りか恐れか、それとも憎悪か。
何となく、予感めいたものはあった。そして、やっぱりそれは的中した。
ギルドを訪れ、あたしをここまで連れてきた男だった。
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「お前…!」
じりじりと後ずさりながらも、彼はあたしにジャケットの拳銃を抜いて向ける。
やっぱり、そっちを選ぶのか。
「…何なんだよお前は。悪魔か!?」
DEVILとでも言ったのだろうか。変換されて「悪魔」なら、きっとそうだ。
タカネに確かめる気にはならなかった。
悪魔、か。
あなたたちからすれば、あたしはそう見えたのかも知れない。強くは否定しない。
だけどね。
信念も良識も、わずかな自制心さえもかなぐり捨てたような集団だったけど。
あなたたちはみんな、戦うのが仕事の兵士だったんでしょ?
ここへ来る時に借りたままになっていたメモ帳が、血まみれになりながら奇跡的に
ポケットに残っていた。ボールペンは、どこかに吹っ飛んでしまったらしい。
あたしは黙って、服を染めた血を指につけた。そして、ゆっくりとメモの表面を
なぞって文字を書く。
戦う事こそが生きる意味の人間だったのなら、何であたしの事をこう呼ばない。
なおもあたしを凝視している彼に、あたしはメモを掲げて書いた単語を見せた。
アルファベットは認識阻害されるけど、意味は伝わるはずだ。
ENEMY
「……敵…かよ…」
どちらかを殺せという選択。
愚かしい未練があったけど、あたしはこの世界の人を救う選択をした。
その直後、射殺されもした。
あたしが敵になる理由なんて、それで充分過ぎるだろう。
最終的に、あたしはあなたたちよりも強かった。だからこういう結果になった。
ここは戦場だ。そしてあなたたちは、敵との戦いに負けた。
そんな当たり前も分からないほど、ただの略奪者になり果てていたのか。
どうにも、やりきれないものを感じた。
「ハハッ。なるほどな。敵…ねえ……まったく、とんでもねえ…」
ヤケになったように笑いながら、男はそんな事を言った。
そして。
「分かったよ。俺たちの負けだな。せめて最期に、ひとつだけ教えといてやる。」
達観したような表情を浮かべ、あたしを手招きした。
最期にひとつ、ね。
かざしていたメモを下ろし、黙って歩み寄った瞬間。
パァン!
なげやりな態度からは想像もできない速さで、構え直した拳銃が発射される。
狙い違わず、あたしの眉間目掛けて銃弾が飛ぶ。
反応できないタイミングと、距離の近さだった。
誰が見ても、必殺の間合いだった。
もちろん、タカネを除いて。
一瞬で顔の前に現出した鱗が、銃弾を弾いた。
あたしは、瞬きをする必要すらもなかった。
何と言うか、驚きも何もなかった。
むしろ、最期の最期の踏ん切りがついた気がした。
「人狼融合。」
呟くと同時に変化した手が、持ったままだったメモをくしゃりと握り潰す。
銃弾を弾いた鱗は、まだ消失せずにそこに滞空していた。
続けざまの発砲を警戒して?
違う。
最期の顔を見せないという、タカネの思いやりだ。
余計なお世話だと突っぱねるには、あたしの心は擦り減り過ぎていた。
振り下ろした腕が、男の心臓を砕く。
最期の顔を、目に焼き付けようとは思わない。
だけどせめて、拍動が止まる感覚だけは憶えておこうと思った。
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「本当に大丈夫?」
「ええ。」
「ここまで来れれば大丈夫。」
「本当にありがとう。」
ようやくトラップだらけの森を抜け、お馴染みの河沿い街道に出たところで。
救出した女性3人は、自分たちだけで戻れるとあたしに告げていた。
ちなみに今は、あたしを含めた4人とも荒野不動産印のジャージ姿である。
傍目には、海外ロケで途方に暮れる女性芸能人の団体にしか見えないだろう。
あの後、森に戻ったあたしは、ずっと放置していた彼女たちを樹上から下ろした。
引き裂かれた血まみれの服のままではさすがにまずいので、ジャージに着替えて。
憔悴していた彼女たちだったけど、大きな怪我などがあったわけではなかった。
とにかく水を飲ませたら、「こんなおいしい水、生まれて初めて飲みました!」と
思いもかけないテンションアップ効果となった。
まあ、そう言えばそうだね。不純物一切なし、しかもスポーツドリンクとかよりも
体組織に優しい水なんだから。
さらに、ボロボロだった衣服の代わりとしてジャージを渡したら、着込んだ途端に
肌触りの柔らかさでまた大騒ぎになった。3人とも、引くほど大興奮だった。
一人旅ばかりだったので、こういうギャップを目の当たりにする機会がなかったと
今さらながらに実感させられた。
女性は強い。
相当に酷い目に遭わされてきただろうに、これだけでそこそこ立ち直っていた。
そして、現状に対してもある程度まで察し、そして黙って呑み込んでくれた。
あれだけの凄惨な銃撃戦を、まさにその真上で体感したのだ。その後であたしが
現れたとなれば、どんな事があったのかはおよそ想像できただろう。
だけど3人は何も言わず、あたしを怖れるでもなく、ただお礼を述べてくれた。
本当に、女性って強い。
そして、今に至る。
ここまで来れば、街までは大体1キロくらいだ。今朝、自分で歩いたから分かる。
彼女たちの今の足取りなら、おそらく余裕で辿り着けるだろう。
あの連中が居ついていたせいで、ここを通る人はほとんどいなくなってたらしい。
今は、その方がありがたい。
「まだ、やる事があるんでしょう?」
察しのいい彼女たちは、そう言って自分たちから別れを告げてくれた。
もちろん、何があったのかは適当にごまかしてくれる…という口約込みで。
ありがとうございます。
思わずそんな言葉が口を突き、3人を恐縮させてしまった。
だけどそれは、あたしの本音だった。
あなたたちの命を選んで、本当によかった。
あなたたちが強い人で、本当に嬉しかった。
あなたたちを助けられた事が、本当に誇らしい。
そんなあたしの、偽らざる言葉だった。
少し、日が傾き始めた頃。
あたしは、彼女たちを見送った。
何度も振り返って手を振ってくれるその頼もしい姿に、人の強さを垣間見た。
これまでも、そしてこれからも、彼女たちは厳しい人生を歩むのだろう。
厳しい人生を、それでも強く歩んでいくのだろう。
噂で聞いていた通り、この国の女性は素敵だった。
「さて…」
3人を見送ったあたしは、あらためて森の方へと向き直る。
ここで夕日を背に去って行けば、さぞかしカッコいい幕切れになるんだろう。
だけど、それは許されない。
あたしには、あたしの選択に対するけじめがある。
背を向けて去るわけにはいかない。
本当にあたしが強くなければならないのは、むしろこれからだ。
「行こうか、タカネ。」
『ええ。』
己が成した事には、最後までちゃんと向き合え。
たとえそれが、成功でも失敗でも。
大好きだった、おじいちゃんの口癖だ。
荒野耕造の名を、貶めるような事はしないよ。
絶対に。




