攻と防
本日、2本目の投稿になります。
「相手は移動してるけど、ホントに大丈夫なの?」
『もちろん。』
あたしの問いに、タカネはごくあっさりと即答した。
『忘れてるかも知れないけど、あたしはそれなりの高精度を誇るAIだったのよ。
演算速度には自信がある。確実に防げる盾があるなら、たとえ相手の発砲後でも
射線を読んで防御できるよ。まあ、一度にだと100人くらいが限度だけど。』
「山のようにお釣りが来るわね。」
『そっちはもう、心配しないで。』
「ありがと。それと…」
『うん?』
「ここまで無理させて、ゴメンね。」
『いいって。』
気にするなという語調だったけど、あたしは謝らずにはいられなかった。
おそらくは、遮蔽物ごと相手を撃ち抜くような銃器の、集中砲火にさらされて。
頼りない頭蓋骨のバリヤーと射線予測だけを駆使して、それこそ死に物狂いで。
こんなあたしを、何とか死なせないように頑張ってくれてたんだ。
それに感謝のひとつもしないような人間には、本当にバチが当たるよ。
そんな事を考えている間に、鱗のドラミングが非常にアップテンポになってきた。
どうやら大口径の狙撃では倒せないとみて、機銃の数撃ちに切り替えたらしい。
だけどあいにく、そんな豆鉄砲では何百発撃っても鱗のガードは破れない。
トタン屋根を叩く雨垂れのようなものだ。
とは言え、まだ戦闘は終わっていない。
このままの状態で弾切れを待ち、相手の物資を終わらせるという選択もあるけど。
さすがに、そこまで甘くはないだろう。相手は、凶暴なだけの獣とは違う存在だ。
対策を講じられる前に、終わらせる。今さら覚悟を翻意したりしない。
「じゃあ、上に出ようか。」
『上?』
「そう。」
そう言って、あたしは頭上の梢を見上げた。
「こんな掃射をずっと受けながら、森の中を移動するのはさすがにまずいでしょ。
だから森が一望できる高さまで登って、そこから一掃する。」
『なるほど。これがホントの…』
「『上から目線』」
「よね。」
『分かった。じゃあ、ちょっと待って。エコーロケーション!』
一瞬の間に、超音波が森を駆け巡る。
『オッケー。木の上の女性たちはまだ無事ね。敵は全員、彼女たちよりもこっちに
近い範囲内にいる。これなら射線が上を向いても、誤射の危険性はなさそう。』
「ありがと。」
何度目か分からないけど、さすがはタカネ。
考えに余裕のないあたしよりも、ずっと戦局全体をよく見てくれてる。
「じゃあ、頭蓋跳躍で…」
『待って待って。もうあれは廃盤にするから。』
「え?」
言葉の意味を考える前に、すぐ目の前に重厚感あふれる階段が唐突に出現した。
黒光りするそのステップは、まっすぐに梢の上まで伸びている。
「…何、これ?」
『ジアノドラゴンの、後ろ足の指の骨。これが一番それっぽい形だったのよ。』
「乗って大丈夫なの?」
『試してみてよ。』
予感めいたものを感じ、勢いをつけて一段目に乗った。もちろん全体重をかけて。
やっぱり、ビクともしない。というか、強度的な感触がまるっきり建材だ。
あの巨体を支えて動かす骨なんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。
そうか。
もう、頭蓋骨を踏んづけなくてもよくなったのかぁ…
言葉にすると圧倒的な猟奇感が漂うけど、やっぱりちょっと感慨が湧いた。
階段を上り始めると、一瞬だけ射撃が止んだ。さすがに異様に見えたのだろう。
しかし、中ほどまで上ったところでまた一斉に再開される。
『拓美。』
「ん?」
『梢から顔を出す時、ちょっと衝撃が来ると思う。それだけ気に留めておいて。』
「衝撃って、何の?」
『あのキャンプに停めてあった…自走砲、だっけ?それがさっき起動してたから、
たぶん姿を見せた瞬間に狙い撃ってくる。その衝撃よ。』
「さらっと言ってるけど、大丈夫なのソレ?」
『防げると思うよ。』
「分かった。」
タカネが大丈夫と言うのなら、それ以上あれこれ問わない。信じるだけだ。
2本の木の枝の間を抜けたあたしは、迷いなくその更に上に足を踏み出した。
ガゴン!
さっきまでとは桁外れの、下腹部に響くような重い激突音がすぐ脇で炸裂した。
危うくバランスを崩しそうになるも、踏み留まってそちらに視線を向ける。
『予想以上の威力ね。鱗2枚を粉砕して、3枚目を割ったところで止まった。』
感嘆したようなタカネの声と共に、粉々になった鱗の破片がパラパラ落ちていく。
やっぱり、地球の兵器の威力は凄まじい。
今あたしを撃ってきた自走砲と相対したら、ジアノドラゴンは秒殺されただろう。
蜂の巣になって終わりだ。
だけど。
ジアノドラゴンは殺せても、今のあたしにその砲弾は絶対に届かない。
タカネには、無限と言ってもいいコピペ能力があるんだから。
今の射撃を受け止めたのは、ドミノ倒しのように縦に並べられていた7枚の鱗だ。
その半分も貫けなかった弾丸は、あたしに音以外の何ひとつとして届けていない。
たとえ鱗2枚を粉砕しようと、タカネはそれに倍する速度で新たな鱗を重ねる。
弾丸に対する防御力という点で、あたしとタカネは本家を完全に置き去りにした。
足元で、誰かの呪詛の叫びが聞こえた。
「何て?」
『ファック・ユーだって。』
と同時に、それまでとは違う飛翔体が迫り来る。正直、弾丸よりずっと遅い。
映画で観た事ある。確か、ロケットランチャーだ。
「爆発するやつよ!」
『了解。』
至近距離で爆発すれば、いくら直撃を防いだとしてもダメージは免れないだろう。
だけど、タカネに死角はない。
のんびり飛来するそのすぐ鼻先に、音もなく鱗が出現。接触と同時に爆発する。
爆炎が収まったその空間に、表面が焦げただけの鱗が気まずそうに浮かんでいた。
正直、もうこれ以上は付き合いきれない。
もっと強力な爆弾とか使われたら、それこそ収拾がつかなくなるし。
「遠距離への攻撃手段って、何か新しいのある?」
『あるよ。』
言い終わると同時に、目の前に紡錘形の物体がずらりと並んだ。右端から順に、
少しずつ大きくなっていく。途中には、飛び抜けて大きいのもいくつかあった。
「何これ?」
『ジアノドラゴンの歯。右が一番前の歯で、順に奥歯になっていく並びよ。』
「ライフルの弾にしか見えないんだけど。」
『全然湾曲してないんだよね、どこの歯も。そのまんま弾丸に使えるわよ。』
手頃な大きさの物を選び、手で掴んでみた。同時にそれだけ空間固定が解除され、
ずしりと重みが生じる。
「重っ!…これ、比重はどれくらい?」
『鋼鉄の1.8倍くらい。』
「強度は?」
『セラミックのざっと2倍くらい』
「オリハルコンかよ!」
なに、あのドラゴン、そんな重くて硬い歯で獲物をムシャムシャしてたっての?
どんな顎の骨と筋肉してたのよ。
今さらながら、よくそんな怪物を初期仕様で倒せたなと思う。
「で、この歯だけどさ。」
『うん。』
「初速マッハ1には…」
『もちろん、余裕で耐えられる。』
「ついに来たね。」
現状が設定に追いついた瞬間だった。
「じゃあ、まずはあの自走砲を沈黙させよう。」
『了解。』
何事もなく会話している風だけど、この間もあたしはずっと的になり続けている。
自走砲の砲弾もロケット弾もその他の弾丸も、これでもかとばかりに飛来してる。
どうして、そこまで容赦も分別もないんだろうか。
この世界で弾薬を使い切ってしまうという事の意味が、本当に分かっているのか。
未来なんかいらない、今この時の欲望さえ満たせればそれでいい。
そんな衝動だけで生きている集団なんだという事は、今さら疑ってないけどね。
「直上からの撃ち下ろしで行くわよ。」
『任せて。』
別に、ここから撃ち返す必要はない。距離もかなりあるし。
発射位置を自由に指定できるというのも、あたしの能力の大きな強みなのだから。
二番目に大きい歯、いや牙が、自走砲の真上に音もなく出現した。その数、5本。
これで、終わりだ。
「竜牙弾!!」
その破壊力は、奥歯や頭蓋骨の比ではなかった。
音速で放たれた竜の牙は、鋼鉄の車体を一瞬でぶち抜いた。そのうちの一発は、
上部に据えつけられていた大型砲をくの字にへし折る。
おそらく発射の瞬間だったのだろう。逃げ場を失った内圧によって、その砲身は
轟音と共に爆散した。
「このまま行くわよ。」
『分かった。エコーロケーション!』
音波でできたクモの巣が、地上の標的を一気にからめ取る。この高さからなら、
位置は確定できる。そして、真上を完全に塞ぐ障壁はほとんど存在していない。
遠過ぎて目視は難しいけど、最も小さな牙がいくつも虚空に出現していた。
相手は絶えず移動する。今さら迷う理由はない。
決める。
「竜牙弾!!」
音もなく真下へ放たれた、必殺の牙。その数およそ20本。
一瞬だった。
断末魔の声や呪詛の言葉などは、聞こえてこなかった。
どうなったかなど、ここからでは見えるはずもない。
だけど、結果は分かった。
あたしに向けて間断なく放たれていた銃弾の掃射が、その瞬間、ピタリと止んだ。
もはやそれ以上、一発も飛んでくる気配は無かった。
もう、二度と。
『拓美。』
「………」
『ぜんぶ仕留めたよ。』
最後は呆気なかった。
目視できないけれど、理解している。
何が起こったのか。そしてあたしが、何をしたのかを。
この乾き果てた沈黙を、勝利と呼ぶのなら。
あたしのとっての勝利とは、虚しさだけを孕んだ言葉だった。




