悲憤
地面を隆起させている木の根で、時おり車は大きくバウンドする。
まだ日が高いからかエンジン音がうるさいからか、獣の姿も全く見かけなかった。
そんな悪路を走ること、10分ほど。森を抜け、パッと視界が開ける。
一瞬、タイムスリップでもしたのかという錯覚に襲われた。
自分の時代がどこなのかが果てしなくややこしいけど、要するに強烈な違和感だ。
未開の森の中にぽっかりと広がる、岩の多い平原。
そこに、無骨で鈍重な軍用車両が何台か鎮座している。その脇に灰色のコンテナ。
視線を右へと向ければ、テントが並んでいるのが見てとれる。さらにその奥には、
プレハブのような建造物さえあった。屋根にあるのは、まさかのソーラーパネル。
建物のすぐ横に屹立しているのは、移動式の照明塔らしい。灯りの正体はアレか。
それら全ての向こう側、平原が途切れる境目が低い崖になっている。その下には
大きな洞穴が開いていた。たぶん、あそこが武器などを収めた倉庫なのだろう。
非正規の傭兵集団とは言え、その装備は相当なものらしかった。
だけど。
ゴミなどが積まれた区画に目を向けたあたしは、思わず唇をきつく噛み締めた。
地面に突き刺された木の杭に、頭蓋骨が乗せてあるオブジェが、全部で4本。
その頭蓋骨のうち2つは、パッと見でも判るほど焦げていた。判読できないけど、
焦げていない頭蓋骨2つの表面には何かが殴り書きで記されている。
(タカネ。あれってやっぱり英語?)
『フランス語。』
(何て書いてあるの?)
『聞かない方がいいと思う。』
(わかった。)
AIであるタカネの優しい思いやりと、人の仕業である眼前の蛮行とのギャップが
どうにもやり切れない。
自分が人である事実に嫌悪の念が沸いてくる。タカネと同じ存在になりたかった。
「気に入ったか?あれが言ってたジジイ共だぜ。なかなかオシャレだろ?」
隣に立ったサングラス男が、あたしの肩に腕を回しながら誇らしげに言う。
触るな。
爆発しそうな殺意を、必死に押し殺した。
「よう、早かったじゃねえか。」
テントから出てきた長身の男の言葉を合図にしたかのように、大勢の傭兵たちが
わらわらとあちこちから集まってきた。人種も年齢もバラバラな寄せ集めだった。
『あぁ…』
(どうしたの?)
『左から4番目の東洋人。服に日本語が書いてあるわね。やっぱり読めない?』
確かに紛れもない東洋人だけど、相変わらず文字の類は図形にしか見えなかった。
(読めない。何て書いてあるの?)
『京都』
場違いって言葉が、これほど相応しい状況もそう無いだろう。京都で買ったの?
そんな事を考えている間に、ほぼ聞いていた通りの人間が周囲に集まっていた。
長い金髪を無造作に束ねた、まとめ役らしい中年男が問いかける。
「金は?」
「ああ。気持ちよく払ってくれたぜ。」
「で、そっちの女が今日の戦利品ってワケか。」
示し合わせたように、周りの面々が意味ありげな笑い声を上げた。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。聞いたら驚くぜ?」
「何をだ?」
怪訝そうな顔をする金髪リーダーに、あたしを連れてきた2人がニヤリと笑った。
「話を聞いてみたらよ、何とこの女、地球人らしいぜ!」
「はぁ!?」
「マジで!?」
さすがに、さざ波のように動揺が広がった。もちろん、無理もない話だろう。
少し落ち着きが戻ったところで、あたしはできるだけ穏やかに問いかけた。
「それで皆さんは、ここでどういった活動を?」
「開拓だよ。」
「開拓?」
「ああ。この何もない原始時代を俺らの手で変えていくのさ。で、俺はこの世界の
ジェフリー・ハングトンになってやろうと思ってるわけよ。」
金髪リーダーの言葉にどっと笑いが起こったけど、ツボが判らなかった。
「ジェフリー・ハングトン…って?」
「あ?オイオイ、勉強不足にも程があるぜ。合衆国初代大統領も知らねえのか?」
ネタが不発になったせいか、金髪リーダーは露骨に眉をしかめる。
「す、すみません。歴史は苦手で…」
曖昧に笑いながら、あたしは期せずして得た重要な情報の意味を考えた。
アメリカ初代大統領は、ジョージ・ワシントンではなくジェフリー・ハングトン。
という事は、おそらく首都もハングトンなのだろう。…予想以上にズレが大きい。
ひょっとすると、生きていた年代も違ったりするのだろうか。
(タカネ)
『何?』
(あいつらの持ってる武器の型とかから、いつごろの人間か推定でき…)
『無理。』
(即答なのね。)
『あたしも宇宙船も、メモリ容量は無限じゃないのよ。』
(え?)
『そんなゴミ情報、わざわざ持ってくるわけ無いでしょ。』
ごもっともです。
二度と戻らない旅に出るのに、地球の銃火器の詳細なデータなんか持って来ても
何の役にも立たない。まさにメモリの無駄食いだ。
場に流されているとは言え、我ながらかなり間抜けな事を聞いてしまった。
「何だか期待外れだな。まあいい、同郷のよしみだ。可愛がってやろうぜ。じゃ、
連れて来い。」
連れて来い?誰を?
疑問に思う間もなく、後ろの方に立っていた3人がテントの一つに入っていった。
ほどなく出てきた3人の様子を見て、あたしの顔は明らかに引きつる。
3人はそれぞれ、中にいた女性を1人ずつ連れていた。いや、引きずっていた。
髪を掴まれた半裸の彼女たちは、つまづきながら皆の前へと引き出される。
怯えの気持ちも枯れ果てたような虚ろな顔が、どんな目に遭わされてきたのかを
何よりも如実に物語っていた。
「そろそろどれもガタが来ててな。まあ、見ての通り小規模なキャンプだからよ。
置いとける人数は限られてる。一人来たら一人処分だ。合理的だろ?」
そう言った金髪リーダーは、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「いつもはまあ、皆で適当に決めるんだがな。今日は特別だ。なにせ同郷の仲間の
お出ましなんだからな。」
同郷じゃない。あたしの故郷の地球は、この世界にある。一緒にしないで欲しい。
そんな言葉をかみ殺すあたしに、金髪リーダーが拳銃のグリップ側を差し出した。
「ま、禊と言うか、入団テストみたいなもんだ。お前がやれ。地球人だったなら、
使い方くらいは判るよな?」
は?
ほんの一瞬、何を言われたのかが分からなかった。
いや、頭が言われた事の理解を拒否した。
しかし、理解は否応なしに訪れた。
薄笑いの中に期待の色を浮かべながら、こちらを見ている大勢のならず者たち。
目の前に無造作に差し出された拳銃。
やりとりを見ている女性たちの虚ろな瞳に、あらためて宿る恐怖と絶望の色。
あたしに、彼女たちの誰かを撃ち殺せと?
………………………………………
本気で言ってるの?
その瞬間、あたしの心を塗り潰したのは恐怖でも、怒りでもなかった。
身を引き裂かれるかと思うほどの、どす黒い悲しみだった。
あなたたちは、地球から来た人じゃないんですか。
地球に生を受け、地球に育ち、地球にいる誰かを愛した人じゃないんですか。
どうして。
何があなたたちをそこまで、そこまで歪ませてしまったというんですか。
世界の壁を超えたから?
魔法の影響?
それとも。
ここへ来る前。初めから、その心は歪んでいたんですか。
孤独の旅路の果てに辿り着いた、名前もないこの世界。
ここに来てからのあたしの日々は、戦いの連続だった。
いろんな悪意を見た。
理不尽な暴力にも直面した。
あたしだって、それなりに血で手を汚してきたと思う。
だけどね。
納得できるかどうかは別として、彼らは皆、目的や使命というものを持っていた。
生きるため、喰らうために命を狩る、ジアノドラゴンや他の獣たち。
もっと豊かな暮らしを得るため、あたしに刃を突きたてた衛士。
国に尽くすため、残虐な行為に手を染めたヒゲの拷問官さん。
野望のため、メルニィを死に追いやったロッコスたち。
抗う術のない国のしがらみを背負い、メルニィを見殺しにした魔術師。
みんな力ずくで退けてきたけど。
彼らが何故それをしたのかは、あたしなりに理解してきたつもりだ。
だけど、あなたたちは一体何なんですか。
何のために、誰のために力を振りかざしているんですか。
目的もない。そして未来もない。
いくら強力な兵器や物資を持ってたって、いつか弾も燃料も尽き果てる時が来る。
それが分からないほど、狂ってはいないはずだ。
魔術師の言いなりになるかどうかは別として、生きる術を探る道はあったはずだ。
モンスターを狩る、ゲームの主人公にでもなったつもりなのか。
未来が無いからこそ、こんな刹那的な生き方を選ぶしかなかったのか。
だとしたら、そんな考えは認められない。未来があるか無いかは自分次第だ。
たとえか細くても、きっとどこか違う未来につながっていたはずの道。
それを彼らは、笑いながら切り捨てた。
地球人の成れの果てである、彼らは。
「どうした?早くやれよ。みんなショーをお待ちかねだぜ?」
いつだって、現実は待ってくれない。
ごく事務的に、そして残酷にあたしに答えを求めてくる。
時間切れだ。




