容赦のない現実
「4人の魔術師?……うーん…」
勢い込んで尋ねてみたものの、それを聞いたタクミの反応はかなり予想外だった。
あたしがタマキの魂をオルラの体に召喚したのは、オズレン・ホルトを抹殺する
刺客に仕立てるためだ。しかしそれは、どっちかと言うと伏兵の意味が強かった。
あたし自身は魔法は使えないし、召喚の術式はあたしを雇った4人の魔術師の手で
一から十まで組まれたものだった。要するに、あまり期待されていなかったのだ。
しかし見た感じ、タクミは魂だけでなく肉体も一緒にこの世界に召喚されている。
しかも強い。暴走状態のジェラを、片手間であしらえるほどの実力を持っている。
あたしなんかには聞かされていなかった「奥の手」として、4人が召喚していた…
と考えたんだけど。
だけど目の前のタクミの態度から見て、全く心当たりがないわけでもないらしい。
何と言うか、ちょっと目が泳いでる感じだ。言いにくい事でもあるんだろうか。
あんまり時間がない以上、こういう時には待つより重ねて問う方がいいだろう。
問い方さえ適切なら、彼女は決して答えてくれない事はないはずだ。
まずは出し惜しみせず、自分の見聞を話してみる。
「あたしは今言った4人の魔術師の命令で、タマキの魂をここに召喚したんです。
それと時を同じくして、4人は”最強の戦士団”を召喚すると言っていました。
今は細かい目的は言えませんけど、彼らはとにかくその戦士団とタマキの両方を
自分たちの戦力にするつもりだったみたいです。」
「戦士団…ね、うん。」
ますます目が泳いでる。
「それでその…4人の上司から連絡は届いたの?」
「いいえ。」
首を横に振ったあたしは、今さらながらその現実にちょっと怒りを覚えていた。
さんざん苦労してシュニーホに入学し、今日までタマキと共に頑張ってきたのに。
連絡なんて来たためしがないし、相変わらずオズレンを抹殺するに足りるだけの
理由も何も見出せない。ただひたすら、学生としての本分を全うしているだけだ。
おかげであたしたちは…そこそこ楽しく暮らしているんだけどね。
でも、それとこれとは別だ。この際、ハッキリさせられるならさせたい。
「戦士団を差し向けると同時に、追加の指令をよこすという話だったんですが。
今日に至るまで何の連絡も来ていません。もちろん、戦士団の方も。」
「そりゃそうでしょうね。」
「え?」
何だか落ち着きのなかったタクミが、そこで吹っ切れたように口調を改めた。
そして、あたしの顔をじっと見据える。どうやら、何かを話そうと決めたらしい。
おそらくあたしたちに関係が深く、そして決して軽くない内容の話を。
そうだと言われたわけじゃないけど、あたしは気持ちを引き締めて言葉を待った。
やがて。
「あんまり言いたくないけど、しっかり聞いてね。」
「はい。」
「結論から言うと、その4人の魔術師も彼らが召喚した戦士団ももう死んでる。
自分たちで召喚した戦士団を制御できなかった4人は、彼らの手で殺されて…」
「その戦士団は?」
「あまりにも外道な行いをムジンカで繰り返していたから、あたしが始末した。
ひとり残らずね。」
「…そうでしたか。」
「驚かないの?」
「予感というか、覚悟はしてました。」
そう言って、あたしは大きく息を吐いた。
そうか。
やっぱりか。
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もちろん、目の前の彼女が戦士団を殲滅したという事実を予見したわけじゃない。
あたしは預言者じゃないんだから、そんなとんでもない話は想像すらできないよ。
だけど、思った以上に衝撃はなかった。
少なくとも、どっちも死んでいるかも知れない…という想像は何度もしてたから。
こんなに長い間音沙汰がなければ、そう考えるのは不思議でも何でもなかった。
だから、目の前にいるタクミに恨み言をぶつけるかって?
目的を喪失してしまった事への、文句をぶつけるかって?
今さらそんな事をするわけない。
と言うか、本当は最初から、そんな目的なんてどうでもよかったんだから。
戦士団がどんな連中だったかなんて、今となっては詳しく知りたいとも思わない。
目に余るほどの行為を繰り返していたなら、多分ろくでなし集団だったんだろう。
彼らを見誤って殺されてしまったとすれば、4人だって自業自得の結末だ。
もちろん、悼む気持ちがないわけじゃない。
飢えて死ぬしかなかった寄る辺ないあたしを拾い、ベステュラ家の使用人として
斡旋してくれたのは紛れもなく彼らだ。無理難題を押し付けられる前提だったとは
言っても、今現在まだ生きている礎を築いてくれた事への感謝は忘れていない。
だけど、それこそ今さら彼らの死を、あれこれ悩んだってしょうがないだろう。
きっかけがどうであれ、今のあたしにはもっと重大な事があるんだから。
「タクミさん。」
あたしは、気持ちをハッキリと切り替えて口調を正した。
本題はここからだ。
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「タマキとまともに相対したのは、昨日が初めてですよね。」
「ええ、もちろん。」
「どんな印象でしたか?」
「噂に違わぬ実力者って感じだったね。まだまだ底が知れないと言うか…」
「いえ、そういう意味じゃなくて。」
「え?」
「一人の人間として見た印象は、どうでした?」
「…」
それなりに即答してくれていたタクミが、初めて言葉を詰まらせた。
やっぱりという感じだけど、あたしはあえて彼女の答えを待つ。
タマキをどう思うかの、率直な答えを。
「怒らない?」
「もちろん。」
「正直言って、ちょっとアブない人って印象だった。魔法の強大さとはまた別の、
融通の利かなさみたいなのが強く感じられて。」
「やっぱりそうですか。」
「やっぱりって?」
他人の印象に対し”やっぱり”と言葉にした事で、あたしの中の確信は深まった。
今のタマキは、一緒にこのシュニーホを目指していた時とは様子が違っている。
薄々感じていた事ではあるけど、ここに至ってはもう疑念という段階を超えてる。
「シュニーホに入学してから、タマキは変わってしまいました。あたしにとっては
優しい相方でも、それ以外の局面での容赦の無さがもう看過できないんです。」
「元々そうだったのが出てきたとか、ここの環境に影響されたとかじゃなくて?」
「違います。」
即答する言葉に迷いはなかった。
「タマキはそんな人間じゃありません。あの明るさも優しさもお人好しな性分も、
誰かの影響で変わってしまうほど浅いものじゃなかった。彼女が変わったのは、
もっとちがう理由があるはずなんです。」
「理由、か…。」
勢い込んで一気に言い放ったあたしの弁を、タクミはそのまま受け入れてくれた。
その事実に、またちょっと泣きそうになった。しっかりしろあたし!
「こんな混乱した状況で言う事じゃないかも知れません。…だけど逆に考えれば、
今の状況だからこそあたしはあなたとタカネさんに会えたし、話もできました。
それで、無理を承知でタカネさんにお願いしたんです。」
「つまり二階堂さんがどうして豹変したのか、その理由を一緒に探って欲しいと。
そう言いたいわけね?」
「そうです。」
「引き受けよう。」
「え?」
「え?って何よ。」
いや…
ここまであっさりと引き受けてもらえるとは、正直思ってなかった。
だからこそ、逆に次の言葉が思い浮かばない。ええっと…
「まあ、とりあえずはもうちょっと話を聞かせて欲しいんだけどさ。」
「あ、えと…何の話ですか?」
「あなたたち、ジェラと付き合いが深いんでしょ?」
「えっ…と、そうですね。」
「だったら彼女に何があったのかを教えて欲しい。…直感でしかないんだけど、
きっとその事もどこかで二階堂さんの件とつながってると思うからさ。」
「……」
ジェラの豹変は、ある意味ではタマキの件よりよっぽど複雑怪奇で不気味な話だ。
そしてあたしたちとしても、知らん顔で放り出せるような事じゃない。
なら、ここで話すのはきっと無意味じゃないだろう。
「分かりました。それについては少し前」
「よけて!!」
いきなり言葉を遮られ、肩を掴んで思い切り引き寄せられた。
その瞬間。
ドゴォン!!
すさまじい音と共に、小屋の前半分が一気に崩落を起こす。
爆風などを感じなかった割にその崩れ方は迷いがなく、そして本当に一瞬だった。
破壊と言うより、切断と言った方が正しい気がする。
間一髪でかわしたあたしの目は、確かに捉えていた。
煤けた小屋の壁を一気に切り裂いた、まるで青い宝石のような美しい剣閃を。
すばやく体勢を整えたタクミが、あたしを背にかばいながら厳しい視線を向ける。
容赦のない一閃と共に、ゆっくりと姿を現した襲撃者に。
「…タカネ。」
え?
「何のつもりよ。」
そんな馬鹿な。
だって、彼女は…
思考の混乱は、しかし長くは続けられなかった。
あたしの視線は次の瞬間、襲撃者であるタカネの背後の影に釘付けになった。
「…タマキ?」
「探したわよ、ミロス。」
どこまでも優しく、そして有無を言わさない声が耳を貫く。
「さ、帰りましょ。」
「何で…」
それ以上の言葉は、干上がったような喉からはもう搾り出せそうにない。
目の前に迫る現実は、あまりにも容赦なかった。




