再会と告白
時は少しだけ遡る。
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「…本当に確かなんですか?」
「ええ。」
事もなげにそう答えてすぐ目の前を歩く長身の女性-タカネの泰然とした態度に、
あたしは不安とも安心とも形容できない感情を抱いていた。
どうして魔法も使わずに、タクミの所在が判るのだろうか。
こんな状況で、どうしてそこまで落ち着いていられるのだろうか。
あたしなんかには、計り知れない事だらけだ。
だけど、そんな事をあれこれ考えている時じゃない。
どう見ても滅茶苦茶になっている今だからこそ、はっきりさせたい事がある。
些細な事象に目を向ける余裕があるなら、自分の目的に集中しろ。
あたしなんかにできる事は、たかが知れているんだから。
「あそこよ。」
立ち止まったタカネが、北へ向かう街道沿いの簡易休憩小屋を指し示した。
振り返って見れば、学校の中央尖塔がそびえ立っているのが判る。
この場所は学外だけど、さほど学校から離れた場所でもない。北門を乗り越え、
ほんの少し歩いただけの地点だ。
タクミとしても、ここで遠くに逃げるという選択はなかったって事なんだろう。
昨日は一方的にジェラが彼女の素顔を暴いただけで、当人が何か致命的な問題を
起こしたわけではなかったから。
「じゃ、行ってきて。」
「えっ!?」
短い物思いは、タカネのそのひと言で終わった。…と言うか、いいのだろうか?
「でも、あなたは…」
「あたしは後でいいからさ。」
あくまでも彼女は余裕だった。そして、あたしの要望を尊重してくれるらしい。
まあ、あの模擬戦を目の当たりにすれば判る。あたしなんかが会いに行ったって、
どうなるものでもないって事は。
それ以前に、彼女たち2人はマノックと私兵団を根こそぎ殲滅してたんだっけ。
たった一人で会いに来ている自分に呆れるけど、不思議と怖いとは思わなかった。
とにかく、待機の指示を無視してここまで来てるんだ。今さら後には引けない。
「ありがとうございます。じゃあ。」
意を決して歩み出したあたしは、休憩小屋の前まで一気に到達した。
そのままの勢いで扉を開ける。
内側から攻撃されたらひとたまりもない…と思い当たったのは、開けた後だった。
我ながら迂闊さが極まっていると思うけど、どうやら無事らしい。
「…失礼します。」
勇を奮って中に足を踏み入れる。夜が明けているとは言え、やっぱり寒いし暗い。
こんな所に一人で朝まで潜んでいたなんて、どれたけ不安だったのだろうか。
だけど、あたしは…
「おはようミロス。」
いきなりすぐ傍らから明るい挨拶の声が投げられ、あたしは思わず飛び上がった。
あわてて視線を向けると、ちょうど死角になっていた部屋の角に人影があった。
何か言う間もなく、その影はこちらに歩み寄ってくる。
「久し振りだね。」
「…ええ、お久し振りです。」
紛れもない。ベリクの街で出会い、言葉を交わしたあの「タクミ」だ。
あたしに笑いかけるその人懐っこそうな顔には、憂いも疲れも全く感じられない。
あの時のように、ちょっと街角で顔を合わせたような挨拶。
今の状況を本気で忘れそうになっている自分が、何だか妙に可笑しかった。
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「判っていたんですか?」
「タカネから連絡があったからね。」
「連絡って、どうやって?」
「スマホのメールで。」
「…ああ、なるほど。」
最後のひと言に、タクミはちょっと不思議そうな表情を浮かべた。
その言葉と表情の変化に、あたしは最後の確信を得る。
4人での旅の途中、ムルクが同じような場面で適当な相槌を何度も打っていた。
もちろん、何かにつけてオルラが口にする、彼女には意味不明な単語に対して。
今のは、それに似て異なるやり取りだった。
現物はもちろん見た事ないけど、あたしは「スマホ」が何なのかは知っている。
オルラの世界で誰もが携帯していたという、互いに連絡を取り合うための道具だ。
使いどころもピッタリ合致する。
初めて会った時も。
旅の途中で、「メルニィ・リアーロウ」としての数々の痕跡を辿っていた時も。
彼女に対しては、なかば確信のような予感を抱いていた。
もう、間違いない。
「タクミさん。」
「ん?」
「あなた、地球人ですよね?…それも日本人。」
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彼女が驚きの表情を見せたのは、ほんの数秒間だけだった。
こういう話に関してはやはり、あたしなんかよりよっぽど察しがいいんだろうな。
もしかしたら、彼女も何かしらの予感を持っていたのかも知れない。
「ええ、そのとおりよ。」
あっさり認めたタクミは、ちょっと首を傾げた。
「もしかして、あなたも?」
「いいえ。」
「じゃあオルラが?」
「はい。」
即答に迷いはない。今さらその事を言い渋るようなら、初めからここには来ない。
あたしの答えを聞いたタクミは、大きく頷いた。
「あたしが言うのもアレだけど、それにしては彼女って見た目がここの人よね。」
「それは、魂だけこの世界に召喚されたからです。本来のオルラ・ベステュラは、
全く違う人格だったんです。」
「ああなるほど。異世界転移じゃなく、異世界転生だったって事ね…。」
ブツブツとそんな専門用語を呟くタクミは、あたしの想像以上に理解が早い。
ここまで話がスムーズに進むと、何だか逆に不安になるよ。
「召喚したのは?」
「あたしです。」
「うわぁお、そうなんだ。」
日本人である事を言い当てた時より驚かれた。…何が引っかかるか判らないなあ。
「…訊いていいのか分からないんだけどさ。」
「何ですか?」
「オルラの本名って、何て言うの?」
「二階堂 環です。」
「ああ、やっぱりね!」
タマキの本名を述べたら、今度は驚くよりも喜ばれた。…何でしょうか一体?
「つまりラジオ体操を広めたのって、オルラ…じゃなくて二階堂さんって事か!」
「ああ…」
なるほどそうか。ムリョーカの街のどこかで、あれを目にしていたって事なのね。
タマキはこれを広く世に浸透させるとか言ってたけど、まさかこんな形で同胞に
知られるきっかけになるとは…。
会ったばかりの頃のタマキを思い出し、あたしはやっと気持ちに余裕が生まれた。
いきなり核心の話を進めていたけど、ここでようやく手荷物の存在を思い出す。
学校を抜け出す前に、タカネが部屋から持ち出していたものらしい。
「これ、タカネさんからです。」
「え?あ、うん。」
渡した荷物をすぐに開いたタクミの顔に、ちょっと嬉しそうな笑みが浮かぶ。
ああ、やっぱり大切な相棒なんだな…と思うには十分な表情だった。
「何ですか?」
「一張羅よ。」
何の事かと思ったら、引っ張り出されたのは着替えだった。そう言えば彼女って、
模擬戦の時に焼け爛れた服のままだったっけ。…顔や髪があまりにきれいだから、
正直ぜんぜん気付かなかったよ。
「ちょっと着替えるから、あっち向いててくれる?」
「あ、ハイ。」
あわてて入口の方に向き直ると、シュルシュルという着替えの音が聞こえ始める。
別に意識してはいないけど、すぐそこにタカネがいると思うと無駄に緊張した。
「タカネは外に?」
「えっ!…あの、はい。後でいいからと…。」
動揺を見透かされたかと思ったけど、それ以上何かを訊かれる事はなかった。
「そっか。…あ、もういいよ。」
向き直ると、彼女はもう完全に着替えを済ませていた。
あんまり見た事のない出で立ちだけど、似合っていると素直に思える。おそらく、
彼女としてもここ一番の勝負服なんだろうね。
「色々とありがとうね、ミロス。」
「こちらこそ。」
そう言い交わした途端、あたしはちょっとだけ泣きそうになった。
少なからず慌てたものの、決して悲しいからじゃないのははっきりと分かる。
あたしはタマキをこの世界に召喚してから、いま初めて。
心からホッとしてるんだろう。




