行動開始に至るまで
学校が始まらない。
始業時間になっても、育成クラスの人間が一人も登校してこない。
1組の人間も2組の人間も姿が見えない。もちろん、3組もまだ帰って来ない。
そして、その事について学校から何の連絡も届かない。
ついでに、タカネも戻ってこない。
「…いよいよもって、じっとしてる訳にはいかなくなった感じだな。」
窓の外を窺いながら言ったオズのその言葉が、事実上の意思決定だった。
硬い動作で頷くみんなの表情が、今この瞬間の決意の重さを嫌でも実感させる。
目指すところが見えないという現状は、夜が明けた今でも大して変わっていない。
だけど、疑念と不安に囚われたまま動けなかった昨夜よりはだいぶマシだ。
決意というのは、自分たちで思う以上に力をくれるものだから。
「ラス。」
「うん。」
だから、まず声をかけられても驚いたり戸惑ったりはしなかった。
「言うまでもないと思うが、音の警戒はしておいてくれよ。」
「言われるまでもなく了解。」
敬礼しながらそう切り返したら、オズもみんなもちょっと笑ってくれた。
うんうん、やっぱりみんなには笑顔がいいよね。
あたしも笑おう。
こんな時だからこそ、ね。
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とりあえず、みんなで現状を整理した。
メルニィ・リアーロウことタクミは、今もなお行方不明だ。
それを探しに行ったタカネからも、今のところは連絡が来ていないらしい。
彼女に同伴者がいたという事実は、あたしが言うまでもなくリータが皆に告げた。
現在、ここにいるのは15人。
4組全18人のうち、メルニィとタカネ、そしてジェラの3人を欠いた面々だ。
デタラメ戦力を持っているのはリータただ1人。編入組3人の中で残ってるのが
彼女というのは、果たして良いのか悪いのか…。
ジェラも行方不明だけど、模擬戦の場に現れた2組の人間が保護しているらしい。
そしてその模擬戦以降、明らかに学校は通常運営をしていない。さらに言うなら、
非戦闘員系の生徒が多い3組を唐突に学外に連れ出してしまった。
今日になって、いよいよ育成クラスの授業も休みになっている。という事は現在、
学内にいるのはあたしたち4組と1・2組、そして教員のみだ。
「…捉えようによっては、どんな解釈もできてしまうよな。」
「そうね。」
オズとカミラード級長が、そんな言葉を交わした。
教室から出てはいけないと言われている以上、現状に関する情報が得られない。
あまりにも前例のない状況であり、確かに考え方次第でどうとでも想像できる。
だけど、おそらく間違いない事実がひとつ。
この状況のきっかけとなったのは、タクミの失踪だ。
さらにその引き金となったのはジェラだけど、彼女は所在がはっきりしている。
タクミがどこで何をしているかが分からないからこそ、こんな状況になっている。
考えようによっては、これは学校を挙げての迎撃態勢と言えなくもないだろう。
昨日の今日だからプロの魔術師とかはさすがに来ていないものの、1組と2組が
同時に相手をするとなれば、学校を揺るがす凄絶な戦闘になるのは避けられない。
どうにも、悪い方への想像は天井知らず…もとい底なしだった。
「そんな事にはならないから心配するな…って気休めは言わないよ。」
意見を求められたリータは、動じる様子もなくそう言った。
「だけど、ひとつだけ約束する。」
「…何を?」
「タクミは、絶対に自分からそんな戦いを仕掛けたりはしないって事を。」
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「………」
誰も何も言わなかった。
その沈黙の理由は、あたしにもハッキリと分かった。
みんな分かってるんだ。
タクミという子が、どういう人間なのかを。
隠し事をしていたのは事実だ。タカネもリータも、今さらそこは言い繕わない。
あたしたちが全然知らない事実を、タクミは他にもまだ持っているかも知れない。
だけど。
少なくともあたしたちは、彼女の人となりについては十分に知っている。
腕っぷしが強いのに口喧嘩が下手で、そしてとにかく泣き虫で優しくて。
あれが偽りの姿だと本気で思う人間は、この場には一人もいないはずだ。
いくら素性が知れてしまったと言っても、それだけで彼女が学校に牙を剥くとは
到底考えられない。結果はどうであれ、戦いを仕掛けるとしたら学校側からだ。
疑念はまだ残るものの、リータの言葉にはそれだけの説得力があった。
「だとすれば、だ。」
何か吹っ切れたような口調で、マゾーが皆に告げる。
「タカネがタクミの元に向かった以上、そっちに関して俺たちにすべき事はない。
ただ信じるだけだ。雑な言い方になってるのは承知だが、それでいいよな?」
「…ああ。」
「ええ。」
「そうね。」
ためらいながらも、みんなは頷いた。もちろんあたしもね。
いろんな意味で超越している力を持っている以上、これは当事者同士の問題だ。
だったら、あたしたちはあたしたちのやるべき事をやるまでだ。
つまり、まずは学校の動向を調べる。
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あたしたちは別に問題を起こしたわけじゃないし、軟禁されてるわけでもない。
出ようと思えばいくらでも出て行ける。ただ、待機という指示に従ってるだけだ。
しかし今に至ってもザリエル先生は姿を見せない。これはどう考えてもおかしい。
とにかく、事情を訊きに行くくらいは何の問題もないはずだ。理屈で考えればね。
「って事で、誰か教員室に訊きに行こうぜ。」
至極まっとうな提案である。別に危険な任務ってわけでもない、ただのお使いだ。
もっとも、行けばどういう事になるのかはまったく予想できないけど。
こういう時の適役は…
「…まあ、やっぱり俺だよな。」
全員一致。ジャンの分身に頼むのがもっとも堅実な選択だ。もちろん本人も承知。
ただし彼の情報共有は一定時間を置かないと発動しないので、中継ができない。
そこはやはり、ウストの輪を持参して補う事になった。これなら会話ができるし、
視覚情報もある程度まで共有できるからね。
「そんなに無理はしなくていい。様子がおかしければすぐに引き返せ。いいな?」
「言われなくてもそうするよ。心配するなって。」
ウストに輪を渡されたジャンの分身が、そう言って小さく笑みを浮かべる。
彼の心境だけは、どう頑張っても誰にも想像できないんだよね。ホント不思議だ。
自分が2人いるって、どんな感覚なんだろうなぁ。…まあ今はどうでもいいけど。
「それじゃあ…」
「待って。」
出て行こうとした分身ジャンを呼び止めたのはガウバーだった。彼女だけでなく、
その隣にはゼーラも並び立っている。
「危険かも知れないから、あたしたちも行く。」
「えっ?」
さすがにジャンだけでなく、他の面々も驚きの声を上げる。だけど2人の表情は、
翻意するとは思えない意思に満ちていた。ああ、多分これ止めても無駄だろうな。
それに、確かに2人なら同伴者としては適任だ。どっちも機動性に優れているし、
自分を守る力は十分持っている。残酷な話だけど、万が一ジャンに何かあった時の
保険としては申し分ないだろう。そして、ここの守りにはリータがいるからね。
「…分かった。じゃあ頼む。」
分身ジャンの言葉に頷いた2人が、足を踏み出そうとしたその時。
「ねえ、2人とも。」
そう言って歩み寄ったリータが、そっと両の手を2人に差し出した。
何を意味するかは明白だ。少し戸惑ったものの、2人も手を出して軽く握り合う。
「色々と迷うところはあると思うけど、できればタクミとタカネを信じてあげて。
あたしが願うのは、みんなの無事だから。」
「…分かった。」
「うん。」
どこまで気持ちで歩み寄ったのかは分からないけど、あたしも信じたかった。
とにかく、何とかしてこの状況を打開しないといけないのは同じだからね。
「…そろそろいいか?」
分身ジャンの言葉を合図に、リータたちはゆっくりと手を離す。
「よし。じゃあ頼んだぞ。」
「ああ。」
「任せて。」
「うん。」
短い言葉を残し、3人は迷わず教室を出て行った。
頼むよ。
何でもいいから、安心できる情報を見つけてきてよ。
ようやく日の光が、教室全体をいつものように照らし始めていた。




